ただ生きるのではなく、よく生きる

自然の法則をとらえ、善(よ)く生きるために役に立つ情報を探して考えてみる

人を許せるか否か。それは、人間に与えられた試練です。日野原重明

2016-06-22 17:41:14 | 知恵の情報
人を憎むも自分、人をゆるすも自分
3年前、末期のがんを病んでホスピスに入院されたある女性のことを、私はいつも
思い出します。
彼女は死をとても恐れていました。お話を伺ってみると、死んでいくこと自体を
怖がっているのではなく、大きな悔いを残して人生を終わらざるをえないことに
心を苦しめられておられるようでした。

彼女は夫に裏切られ、大変な苦労を背負ってきたとかで、夫と別居して久しく、
ホスピスへの入院も自分ひとりで決断して夫には何一つ知らせていませんでした。
夫に人生を台無しにされたという恨みの日々を送ってきた彼女が、ホスピスで
幾日かを過ごし、迫り来る死を目前にして、そんな自分自身に怯えていたのです。

私は、彼女にこう申しました。
「ご主人が変わってくれるのを望むには、もう、あまり時間がないようですね。
けれど、あなたが回心してご主人への思いをすっかり変えてしまうことはまだ
できるかもしれませんね」と。

「回心」とは、方向を失っている人生に新たな価値観を手にいれることです。
人生のありかたがそれによって大きな転換をとげる、いわば全人間的な変革
です。再び悪を行わない心を入れ替える「改心」とはちがうものです。

さて、彼女はしばらく悩んでいましたが、ついに夫にいまの自分の居場所を
知らせました。何年ぶりかでホスピスで再会した夫に、彼女は、
「会にきてくれてありがとう」と「何も知らせなくてごめんなさい」とのことばを
伝えたのです。頑なであった夫の態度は見る間に変わっていきました。

この夫婦のあいだに残された時間はわずかでしたが、二人は互いにゆるし
合う夫婦となれたのです。ゆるすことで彼女の魂は救われ、平安のなかに
死を迎えることができました。

いさかいやわだかまりを残したまま生を終えることほど、死にゆく者の心の
平安を脅かすものはありません。その精神的な苦痛は想像するよりはるかに
耐え難いものです。たとえ、死の間際にあっても、和解をし、心残りをなくす
ことができれば、安らかな心で人は死を迎え入れることができます。

─『続生き方上手』日野原重明著 ユーリーグ株式会社刊より

相手が自分の思うようにしてくれなかったのを、怒るのではなく、自分中心に
考えずに、相手の立場を考え、もう一度、なぜ腹が立つのかを反省してみるとよい
のだろう。