ただ生きるのではなく、よく生きる

自然の法則をとらえ、善(よ)く生きるために役に立つ情報を探して考えてみる

自覚とは・・・

2016-06-07 19:07:11 | 知恵の情報
自ら欺くことなく、自己を正しく如実に認めることを自覚という。たとえば自分は苦痛を
回避する気分本位のものである、怠惰であり低脳であり、欲望過大であるとかいうこと
を、自ら省みて、よくこれを承認することである。

いまこの自覚ということについて、少し注意すべきことは、自覚はただ自己の本性を
正しく深く細密に観察認識しさえすれば、それでよいのである。
やりくり手段はいらない。ただ認めさえすればよい。これが最も大切なことで人の
思い違いやすいところである。

自分は怠けてはいけない。読書の興味を待たなければならないl。人前に出ても
大胆にならなければならないとかいうふうに、人間の小智悪智を弄することが
最もよくないことである。しかもそれが今日の教育でも修養書でも宗教でも、みな
そのように教えるところであるからなおさら難しいことである。

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強いて笑い顔をするということは、ウソをいうのとおなじように、なかなか難しいもの
である。もちろん、平気で嘘を言う種類の人は別であるが、神経質はむしろ愚直に
近いほどの人もいるから、この種の人には、なかなか思うようにできない。

この場合には、ただ自分は、不機嫌な気難しいわがまま者であるということを
自覚し、人にもこれを認めさせ、その結果として、当然人に嫌われ、うるさがられる
ものであるということを覚悟し、その応報を受けさえすればよい。けっして自分は
このような性質であるから、人は大目に見て、自分を許してくれるべきである。
人は自分が悪人でないことや、自分の正直なところなど認めて、理解してくれ
なければならぬ、などと考えてはならないことである。

このように思い定め、覚悟して後には、社交的にあるいは家庭的に、時と場合とに
応じて、笑うも笑わないのも、自由自在で、必ず自然の人情味が現れるように
なるのである。

─『現代に生きる森田正馬のことば Ⅱ新しい自分で生きる』生活の発見会編 白洋社

自覚は、やはり、あるがままに自分をみることになるのだろう。
自分の弱さを認めそのうえで、なにをやるか。弱さゆえの知恵があるはず。
自覚によって、自分のアイデンティティが出てくるのかもしれない・・・