ただ生きるのではなく、よく生きる

自然の法則をとらえ、善(よ)く生きるために役に立つ情報を探して考えてみる

あるがまま 「花は紅、柳は緑」

2016-06-05 17:55:56 | 知恵の情報
さて、ここでみなさんに、十分注意してもらいたいことは、自分自身をその
あるがままに認めることです。自分は、身長150何センチであるとか、体重何キロ
とか、貧乏に生まれたものとか、人前では、ぎこちなくなるもの、自分は小人であって、
飾り、言い訳し、取りつくろいたくなるものとか、何かにつけて、利害得失に迷い惑う
ものなど、素直にそのまま、正直に認めておくことです。

なお自分は身長153センチと正直に自認しようとすれば、それではなんだか心細い、
少なくとも、159センチくらいには思いたい。人前で固くなる、気が小さい、小人だ、
試合のときは足の震えるものなど、そのまま、あるがままに考えることは、なんだか
浮かぶ瀬のないような気がして、苦しい。もっと気を大きく、朗らかにすれば、3センチの
ものも、9センチに伸び上がり、小人でもいくらか、君子らしくなるかもしれない、という
はかない考えが浮かんでくる。

そこで、いろいろの小細工を工夫して、臭いものに蓋をし、われとわが心を欺いて
「自欺(じぎ)」ということにもなる。それが少し調子に乗って、増長慢心が起こると
「ナポレオン何人ぞ。彼も人なり、我も人なり」とかいうような、とてつもないことを
考えるようになる。実際にこのような教え方をする精神修養家が、どちらかといえば、
かえって一般であるかもしれない。しかし、その空威張りの考え方は、実は強迫観念と
同様の心理であって、そのためにかえってますます小胆・無能になり、浮かぶ瀬は
なくなるのである。

「自ら欺く」ということが全くなくなり、明朗な心となることを、孔子の教えの『大学』では
「明徳を明らかにす」といいますが、自分は153.3センチあるというふうに、自分の
ことをも、深く正確に認識していくことを自覚といいます。

─『現代に生きる森田正馬のことば Ⅱ新しい自分で生きる』生活の発見会編 白洋社

森田療法の創始者森田正馬のことばです。
禅も勉強されていて、なかなか考える視点が参考になります。
「花は紅、柳は緑」といいます。これは、あるがままの姿をいっている、これは、
人生には、苦痛は、当然苦痛であり、煩悶はそのまま煩悶であるということ
なのです。当然であることをそのまま受け入れるということでしょうか。

「人生は,苦は苦であり楽は楽である。「自然に服従し、境遇に従順である」のが
真の道である。毎日の心持を引き立たせる最も安楽な道である。憂鬱や絶望を面白くし、
雨を晴天にし、柳を紅にしようとするのが、不可能であって、世の中にこれ以上の
苦痛なことはない。人生は腹が減れば食べたく、腹がはれば食べたくない。いつも
食べたく、美味でありたいというのが、思想の迷妄であり、哲学・宗教の邪道である
のである。」とも森田氏はおっしゃっている・・・