1月11日の読売新聞で、海外での和食レストラン増加はユネスコが和食を無形文化遺産に登録したことが契機であるかのような文章が書かれていましたが、ミスリードを招く文章で残念です。今回、改めてユネスコが和食を登録した経緯を詳しく書きます。
特に、現在日経夕刊で連載中の土井先生も、ユネスコ登録経緯について少々誤解して学士会講演会を開いたので、木曽功先生著の「世界遺産ビジネス」(小学館新書)などを参考に、詳しく紹介します。
まず、登録された和食が農山村など地方に残る消えつつある伝統的家庭料理であることは、このブログで繰り返し書いた通りです。
ところがですね、実は10数年前、ユネスコ登録のために国内で組織されたNPO法人の「日本料理アカデミー」は京都の料亭「菊乃井」を中心に組織されたもので、目的も実は、高級料亭の「日本料理」を登録することでインバウンドを狙ったものでした。
なぜなら2010年にフランスの美食がユネスコの無形文化遺産に登録されてフランス料理業界が活気づいたからです。この登録は当時のサルコジ大統領が活発なロビイング活動をして、ユネスコ担当者が嫌がるなかで無理矢理押し通されたものでした。それで、日本の高級料亭も、フランスがそうくるなら日本も・・・と考えたのです。
この菊乃井の村田吉弘さんらが農水省と文化庁に声をかけて、最初は和食ではなく、「美味しくて身体に良い日本料理」を登録しようとしたのです。
このときに国内でもパブコメが行われ、一部の消費者は、「日本食といえば日本料理というイメージを植え付けて、伝統的な日本食がカルシウムや脂質・タンパク質が非常に少なく不健康だった事実を隠うそうとしているのではないか」と反発する動きもあったそうです。しかし日本政府側がうやむや言って押し切ったと聞いております。
しかしいずれにせよ、日本料理アカデミーと政府側のこの働きかけは失敗寸前に陥りました。ユネスコ側としては保護しなければ滅びそうな文化を登録したかったのです。
それなのにサルコジ大統領(当時。)らの熱心な圧力に屈してフランス料理をいやいや登録するはめになったものですから、日本料理にも冷たい態度でした。そこで、日本政府側はユネスコのパネルミーティング専門家のアジア枠に日本人の愛川紀子氏を送り込みました。パネルミーティング専門家はくじ引きで選ばれるので、くじ運が良くて入れたそうです。愛川さんはユネスコ専門家同士がとんでもないことを話しているを耳にします。「(日本料理はすでに)大ブームで商業的に成立している。無形文化遺産で保護する必要はない」と。
はい、ここで繰り返しますよ。ここ近年いろいろな新聞・雑誌で、ユネスコが和食を無形文化遺産に登録したから和食ブームが起きたんだという情報が流されています。しかしそれは完全なミスリードなのです。登録される前から、ユネスコの皆さんたちも、すでに日本の料理は世界中で人気でレストランも世界各地に出来ているし保護する必要がないと考えていたのです。
嘘だーというあなたのためにもう一つ情報を。日本料理はまず1980年代に北米でスシが大ブームになり、やがて、1990年代後半になると世界各地で日本食レストラン(スシやラーメンやどんぶりものなど様々な料理です。)が開かれるようになりました。しかし、現地人などが店主をやって、現地の好みの味付けに変えられたので、これを快くなく思った日本政府(農水省)は、2006年に「海外日本食レストラン認証制度」を導入して、「正しい日本食」を海外に広めようとしました。ところがこれを知った世界中の国々から、食文化は各地に広まるうちにそれぞれの国の文化に合わせた味付けに変わるもので、それを止めさせようとするのはまるで警察かお前らは!と叫んで「スシポリス!!」と揶揄したのです。確かに日本人が食べているビーフカレーやナポリタンなんかを見れば、インド人もイタリア人もびっくりですからお互い様です。
農水省はこのスシポリスという批判に、振り上げた旗を降ろしました。しかし、海外で生じている「日本食レストランブーム」に対してはなんとしても「正しい日本食」を広めたい。だから菊乃井さんの提案に賛成して、ユネスコ登録に力を入れようとした訳です。
それで、あとはいままでブログに書いた通りですが、愛川さんの機転のおかげで、ユネスコには、和食とは正月のおせち料理を代表とした年中行事を基盤とした食文化全体であり、モチや旬の野菜や魚など非常に多種多様なものであると説明し、おかげでユネスコ側もそんならと登録した訳です。
繰り返しますが、ユネスコに登録されたのは一汁三菜ではありません。しかも健康に良いとも一言も書かれていません。
ユネスコの登録URLをご覧ください。
https://ich.unesco.org/en/RL/washoku-traditional-dietary-cultures-of-the-japanese-notably-for-the-celebration-of-new-year-00869
ユネスコ側の登録文書翻訳をあえてもう一度掲載します。
「和食、日本人の伝統的な食文化、特に新年のお祝い
和食は、食品の生産、加工、準備、消費に関連する一連のスキル、知識、実践、伝統に基づいた社会的実践です。それは、天然資源の持続可能な利用と密接に関係する、自然を尊重するという本質的な精神と結びついています。和食に関連する基本的な知識と社会的および文化的特徴は、通常、新年のお祝いの際に見られます。日本人は新年の神様を迎えるためにさまざまな準備をします。餅つきをしたり、新鮮な食材を使った特別な食事や美しく装飾された料理を用意したりしますが、それぞれに象徴的な意味があります。これらの料理は特別な食器で提供され、家族で、またはコミュニティ全体で共有されます。この習慣は、さまざまな自然食品の摂取を促進します。米、魚、野菜、山菜など地元産の食材を使用。家庭料理の正しい味付けなど、和食に関する基礎的な知識や技術は、共通の食事の時間の中で家庭内で伝承されています。草の根団体、学校教師、料理講師も、公式および非公式の教育や実践を通じて知識やスキルを伝達する役割を果たしています。」
身体に良いなんてどこにも書いてないでしょう。
(原文はこちら)
「Washoku is a social practice based on a set of skills, knowledge, practice and traditions related to the production, processing, preparation and consumption of food. It is associated with an essential spirit of respect for nature that is closely related to the sustainable use of natural resources. The basic knowledge and the social and cultural characteristics associated with Washoku are typically seen during New Year celebrations. The Japanese make various preparations to welcome the deities of the incoming year, pounding rice cakes and preparing special meals and beautifully decorated dishes using fresh ingredients, each of which has a symbolic meaning. These dishes are served on special tableware and shared by family members or collectively among communities. The practice favours the consumption of various natural, locally sourced ingredients such as rice, fish, vegetables and edible wild plants. The basic knowledge and skills related to Washoku, such as the proper seasoning of home cooking, are passed down in the home at shared mealtimes. Grassroots groups, schoolteachers and cooking instructors also play a role in transmitting the knowledge and skills by means of formal and non-formal education or through practice.」」
身体に良いという文章は、日本政府側が提出したノミネーション文書の中の文です。ユネスコはそれについてはイエスともノーとも言っていません。
ユネスコの立場は「日本政府は健康に良いって言っているけど、健康面を確認するのはWHOの業務。うちは文化遺産として保護対象かどうかを判断しているだけ。」です。
文化遺産に登録されたことで「和食が身体に良いと世界が認めた」なんて言っている土井さん、あなた国際機関の仕組みを知らないですね?
国際歌唱コンテストに応募した男性がノミネーション文書に「僕は柔道も書道も師範級です」と書いて、ステージで歌って受賞しても、本当に書道師範級かまではコンテスト委員会がチェックしてないのと同じです。
特に、現在日経夕刊で連載中の土井先生も、ユネスコ登録経緯について少々誤解して学士会講演会を開いたので、木曽功先生著の「世界遺産ビジネス」(小学館新書)などを参考に、詳しく紹介します。
まず、登録された和食が農山村など地方に残る消えつつある伝統的家庭料理であることは、このブログで繰り返し書いた通りです。
ところがですね、実は10数年前、ユネスコ登録のために国内で組織されたNPO法人の「日本料理アカデミー」は京都の料亭「菊乃井」を中心に組織されたもので、目的も実は、高級料亭の「日本料理」を登録することでインバウンドを狙ったものでした。
なぜなら2010年にフランスの美食がユネスコの無形文化遺産に登録されてフランス料理業界が活気づいたからです。この登録は当時のサルコジ大統領が活発なロビイング活動をして、ユネスコ担当者が嫌がるなかで無理矢理押し通されたものでした。それで、日本の高級料亭も、フランスがそうくるなら日本も・・・と考えたのです。
この菊乃井の村田吉弘さんらが農水省と文化庁に声をかけて、最初は和食ではなく、「美味しくて身体に良い日本料理」を登録しようとしたのです。
このときに国内でもパブコメが行われ、一部の消費者は、「日本食といえば日本料理というイメージを植え付けて、伝統的な日本食がカルシウムや脂質・タンパク質が非常に少なく不健康だった事実を隠うそうとしているのではないか」と反発する動きもあったそうです。しかし日本政府側がうやむや言って押し切ったと聞いております。
しかしいずれにせよ、日本料理アカデミーと政府側のこの働きかけは失敗寸前に陥りました。ユネスコ側としては保護しなければ滅びそうな文化を登録したかったのです。
それなのにサルコジ大統領(当時。)らの熱心な圧力に屈してフランス料理をいやいや登録するはめになったものですから、日本料理にも冷たい態度でした。そこで、日本政府側はユネスコのパネルミーティング専門家のアジア枠に日本人の愛川紀子氏を送り込みました。パネルミーティング専門家はくじ引きで選ばれるので、くじ運が良くて入れたそうです。愛川さんはユネスコ専門家同士がとんでもないことを話しているを耳にします。「(日本料理はすでに)大ブームで商業的に成立している。無形文化遺産で保護する必要はない」と。
はい、ここで繰り返しますよ。ここ近年いろいろな新聞・雑誌で、ユネスコが和食を無形文化遺産に登録したから和食ブームが起きたんだという情報が流されています。しかしそれは完全なミスリードなのです。登録される前から、ユネスコの皆さんたちも、すでに日本の料理は世界中で人気でレストランも世界各地に出来ているし保護する必要がないと考えていたのです。
嘘だーというあなたのためにもう一つ情報を。日本料理はまず1980年代に北米でスシが大ブームになり、やがて、1990年代後半になると世界各地で日本食レストラン(スシやラーメンやどんぶりものなど様々な料理です。)が開かれるようになりました。しかし、現地人などが店主をやって、現地の好みの味付けに変えられたので、これを快くなく思った日本政府(農水省)は、2006年に「海外日本食レストラン認証制度」を導入して、「正しい日本食」を海外に広めようとしました。ところがこれを知った世界中の国々から、食文化は各地に広まるうちにそれぞれの国の文化に合わせた味付けに変わるもので、それを止めさせようとするのはまるで警察かお前らは!と叫んで「スシポリス!!」と揶揄したのです。確かに日本人が食べているビーフカレーやナポリタンなんかを見れば、インド人もイタリア人もびっくりですからお互い様です。
農水省はこのスシポリスという批判に、振り上げた旗を降ろしました。しかし、海外で生じている「日本食レストランブーム」に対してはなんとしても「正しい日本食」を広めたい。だから菊乃井さんの提案に賛成して、ユネスコ登録に力を入れようとした訳です。
それで、あとはいままでブログに書いた通りですが、愛川さんの機転のおかげで、ユネスコには、和食とは正月のおせち料理を代表とした年中行事を基盤とした食文化全体であり、モチや旬の野菜や魚など非常に多種多様なものであると説明し、おかげでユネスコ側もそんならと登録した訳です。
繰り返しますが、ユネスコに登録されたのは一汁三菜ではありません。しかも健康に良いとも一言も書かれていません。
ユネスコの登録URLをご覧ください。
https://ich.unesco.org/en/RL/washoku-traditional-dietary-cultures-of-the-japanese-notably-for-the-celebration-of-new-year-00869
ユネスコ側の登録文書翻訳をあえてもう一度掲載します。
「和食、日本人の伝統的な食文化、特に新年のお祝い
和食は、食品の生産、加工、準備、消費に関連する一連のスキル、知識、実践、伝統に基づいた社会的実践です。それは、天然資源の持続可能な利用と密接に関係する、自然を尊重するという本質的な精神と結びついています。和食に関連する基本的な知識と社会的および文化的特徴は、通常、新年のお祝いの際に見られます。日本人は新年の神様を迎えるためにさまざまな準備をします。餅つきをしたり、新鮮な食材を使った特別な食事や美しく装飾された料理を用意したりしますが、それぞれに象徴的な意味があります。これらの料理は特別な食器で提供され、家族で、またはコミュニティ全体で共有されます。この習慣は、さまざまな自然食品の摂取を促進します。米、魚、野菜、山菜など地元産の食材を使用。家庭料理の正しい味付けなど、和食に関する基礎的な知識や技術は、共通の食事の時間の中で家庭内で伝承されています。草の根団体、学校教師、料理講師も、公式および非公式の教育や実践を通じて知識やスキルを伝達する役割を果たしています。」
身体に良いなんてどこにも書いてないでしょう。
(原文はこちら)
「Washoku is a social practice based on a set of skills, knowledge, practice and traditions related to the production, processing, preparation and consumption of food. It is associated with an essential spirit of respect for nature that is closely related to the sustainable use of natural resources. The basic knowledge and the social and cultural characteristics associated with Washoku are typically seen during New Year celebrations. The Japanese make various preparations to welcome the deities of the incoming year, pounding rice cakes and preparing special meals and beautifully decorated dishes using fresh ingredients, each of which has a symbolic meaning. These dishes are served on special tableware and shared by family members or collectively among communities. The practice favours the consumption of various natural, locally sourced ingredients such as rice, fish, vegetables and edible wild plants. The basic knowledge and skills related to Washoku, such as the proper seasoning of home cooking, are passed down in the home at shared mealtimes. Grassroots groups, schoolteachers and cooking instructors also play a role in transmitting the knowledge and skills by means of formal and non-formal education or through practice.」」
身体に良いという文章は、日本政府側が提出したノミネーション文書の中の文です。ユネスコはそれについてはイエスともノーとも言っていません。
ユネスコの立場は「日本政府は健康に良いって言っているけど、健康面を確認するのはWHOの業務。うちは文化遺産として保護対象かどうかを判断しているだけ。」です。
文化遺産に登録されたことで「和食が身体に良いと世界が認めた」なんて言っている土井さん、あなた国際機関の仕組みを知らないですね?
国際歌唱コンテストに応募した男性がノミネーション文書に「僕は柔道も書道も師範級です」と書いて、ステージで歌って受賞しても、本当に書道師範級かまではコンテスト委員会がチェックしてないのと同じです。