今回もNHKテキスト「和食という文化」を読みます。
何度読んでも味わいが深い本です。第13回「和食の今、そして未来」の章もそうです。
日本人は外来文化を取り入れ古来の文化と混ぜるのが好きだ、という有名な説に触れる章ですが、いままでとはお考えが違うようです。
従来の学説では、熊倉先生もそれ以外の様々な学者も、「古来の文化を簡単には捨てない」ところが日本の食事の特性だと指摘していました。例えば、日本人は粘り気やもちもち感が大好きなものだから、カレーライスには小麦粉でとろみをつけるイギリス式カレーを採用しました。パンも、欧米風のクリスピーなパンではなく、日本独特のしっとりもっちりになりました。だから外国の方が日本の食パンを食べると柔らかさに驚きます。
ところが、この本の中では、熊倉先生は「外来文化を摂取して古い文化を捨てることに、あまり痛痒を感じないところがあります。」と従来とは逆の立場を示しています。「古い文化を捨てる?痛痒を感じない?」。なぜ先生はそういうのだろうと悩みました。捨ててないですよね、ジャポニカ米、みそ汁、昆布にサンマにマツタケに刺身にまんじゅうにせんべい。新しい文化の影響を受けて味付けなどが変化しつつ、古い文化も息づいている、というのが多くの学者の声と思います。
なぜ先生は従来と異なる説を書いたのかな?とページをめくると、先の文章の続きは「牛肉を明治時代に取り入れた経緯の説明」でした。つまり、明治時代に牛肉を醤油味やみそ味で鍋にしたことを指して「古い文化を捨てた」というのです。
しかし、鶏鍋は江戸時代からもてなし料理でした。鳥以外に牛も鍋に入れることで食材のバリエーションが増えたというのが実態で、古い文化を捨てたとまで言うのには疑問符がつきます。いままではあちこちで、「日本文化は様々な文化を取り入れてきた」と説明していた熊倉先生が、なぜ牛肉を食べたことについては「文化を捨てた」と説明するのか、一読者として困惑しました。
そして先生はこの後、西洋風料理や中国料理が日本に入ってきたことについて、あまりよいことではないという意味をにじませて紹介されています。どうやら、なにかあまりよくない香りがしてきます。
例えば柳田國男の「食文化に入り込む個人の自由」という有名なことばを章のタイトルに引用し、日本人が個人個人で異なる食品を選んできた歴史を紹介するくだりがあります。しかし柳田とニュアンスが違います。
柳田は、冷たい米飯を食べる文化から温かい米飯を食べる文化に変化したことや、かつて固い雑穀を食べていたのが柔らかい白米に変化したこと、甘い食品や新しい食品を食べたがる志向を指して「個人の自由」と述べました。しかし熊倉先生は、そのうちの「新しい食品を食べたい志向」について、洋風料理については差別的なからかいがにじむ筆致になる一方、鍋料理はほめています。
具体的には、雑誌「主婦の友」1917年5月号に掲載された「手軽なオムレツ」「豚とキャベツの酢味噌あえ」の洋風レシピについてなにか誤解して、次のようにからかっています。「意識の高い女性たちは日々あたらしい料理を作らなければならぬという強迫観念にとらわれていったでしょう。」「良妻賢母教育の一つ」と。他方、1918年2月号に掲載されたタイのちり鍋や牡蠣の土手焼、すき焼きなど鍋特集については、みんなが同じ鍋に箸をいれるのはこのころ生じた新しい習慣だが共同体の結束を高めると肯定しています。どのレシピも「個人の自由、新しい食品を食べたいと思った」結果なのですが、熊倉先生は洋風レシピだけを「意識高い系の強迫観念」とディスるので、どうしてなのかと心配しました。
なにか変だと思ったので、図書館で大正時代の主婦の友を確認しました。すると、さっきの鍋特集の「牡蠣の土手焼き」レシピにこんな説明があったのです。「広島の名物料理ですが、牡蠣の料理としては最も美味しいものです」。そう、つまり、あなたの知らない遠い地方の料理に挑戦してみませんかとすすめる記事です。しかも隣に「かきちりウスタソース」という洋風の鍋も掲載されていました。オムレツや豚キャベツが「意識高い系のマウンティング系強迫観念料理で良妻賢母型」で、地方名物料理やウスタソース鍋はなぜそうじゃないのか、さっぱりわかりません。
しばらく先生の本と主婦の友を比較しているうちに謎が解けました。
熊倉先生は、すごく大事な基本情報を知らなかったのです。
実はこの雑誌は、サラリーマン主婦の節約テクニック雑誌としてヒットしたのです。発刊は大正6年(1917)。お米をはじめとする生活必需品の値段が急激に上昇して、サラリーマン主婦がものすごく困っていた時期です。あまりお金のない主婦が「物価が高くて困るわ。とにかく安くて、家族が喜んでくれる料理はないかしら。」と愛読した雑誌なのです。他人と差をつけたい女性が背伸びするための雑誌ではありません。
そんなまさか?と思った方のために、記事を一部紹介しましょう。
第一号(1917年3月号)の巻頭記事は、ドイツの裕福ではない中流家庭の涙ぐましい努力の見聞録です。そのほかには、未亡人が一生懸命子供を育てて博士にした話や、安値で建てた便利な家、手軽な経済料理、1月65円で6人家庭がどうやって生活するかテクニック。そんな、どれもこれも、つましい節約話。
第二号は、葬式をいかに安く済ませたか、手軽な内職、月収26円の小学校教師の家計、自作農家の苦しい生活・・・・。もうこれは「令和の雑誌か?」と言いたくなりますね。
第五号(1917年7月号)が決定的と言えます。「家庭経済の十五秘訣」というコーナーで「流行を追うは家の破滅」と断言しています。
先の西洋風料理2品は、この第五号の「夏向きの経済料理」特集の43品中の2品です。熊倉先生は、この特集は1918年7月号だったと1年間違えてますが、それはタイプミスだとしても、「豚とキャベツの酢味噌和え」「手軽なオムレツ」の見開き隣には、記者の書いた広告記事があり、女学校で習う料理はお客様向けだから家庭には役立たない、人気グルメ本「食道楽」は主婦に役立たないと書いています。節約料理本の広告記事なので、編集方針としてセレブのグルメ料理を否定したことがわかります。「牡蠣の土手焼き」や「手軽なオムレツ」は、強迫観念で珍しい料理を食べようと背伸びしたわけではなく、少ない家計の中で家族の笑顔を思い浮かべながら工夫した料理だったのです。
女学校の良妻賢母教育の料理を否定し、人気グルメ本を否定し、「流行を追うのは家の破滅」だという記事を載せているこの雑誌のどこを読んだら、意識高い系の女性が強迫観念で目新しい食事を追いかけた料理で良妻賢母教育の結果だ、と読めてしまうのでしょうか。
さっき、「夏向きの経済料理」特集に43品目が載っていたといいました。その内訳をご紹介しましょう。
・洋風料理はたった4品。(手軽なオムレツ、シチュー、トマトとキャベツとひき肉の煮込み、ジャガイモと玉ねぎの油炒り)
・中国韓国風は2品。(豚肉の塩蒸し、焼き肉)
・伝統的食材を主役にひき肉やバターなどを追加したレシピが5品。(牛肉豆腐など)
・残り32品は伝統料理。伝統的保存食「きゃら蕗」「昆布の佃煮」のほか、「そらまめの煮つけ」「さやいんげんのしたしもの(ひたしもの)」「なすの丸煮」「どじょう汁」「わかめの酢味噌和え」「鯉のあらい」などです。
熊倉先生の本から受けたイメージと異なり、圧倒的に伝統料理が多いので驚きました。
最後に、数少ない洋風料理の一つ「手軽なオムレツ」レシピをここで紹介しましょう。
ネギ1本と卵1個をバターで加熱して醤油かソースをかけただけ。バターを植物油にすれば江戸の伝統料理にそっくりなので、すっかり拍子抜けしました。
熊倉先生、先生の書いた文章と実物が違うので残念です。今後は正確に文献を読んで書いてくださることを願っております。
何度読んでも味わいが深い本です。第13回「和食の今、そして未来」の章もそうです。
日本人は外来文化を取り入れ古来の文化と混ぜるのが好きだ、という有名な説に触れる章ですが、いままでとはお考えが違うようです。
従来の学説では、熊倉先生もそれ以外の様々な学者も、「古来の文化を簡単には捨てない」ところが日本の食事の特性だと指摘していました。例えば、日本人は粘り気やもちもち感が大好きなものだから、カレーライスには小麦粉でとろみをつけるイギリス式カレーを採用しました。パンも、欧米風のクリスピーなパンではなく、日本独特のしっとりもっちりになりました。だから外国の方が日本の食パンを食べると柔らかさに驚きます。
ところが、この本の中では、熊倉先生は「外来文化を摂取して古い文化を捨てることに、あまり痛痒を感じないところがあります。」と従来とは逆の立場を示しています。「古い文化を捨てる?痛痒を感じない?」。なぜ先生はそういうのだろうと悩みました。捨ててないですよね、ジャポニカ米、みそ汁、昆布にサンマにマツタケに刺身にまんじゅうにせんべい。新しい文化の影響を受けて味付けなどが変化しつつ、古い文化も息づいている、というのが多くの学者の声と思います。
なぜ先生は従来と異なる説を書いたのかな?とページをめくると、先の文章の続きは「牛肉を明治時代に取り入れた経緯の説明」でした。つまり、明治時代に牛肉を醤油味やみそ味で鍋にしたことを指して「古い文化を捨てた」というのです。
しかし、鶏鍋は江戸時代からもてなし料理でした。鳥以外に牛も鍋に入れることで食材のバリエーションが増えたというのが実態で、古い文化を捨てたとまで言うのには疑問符がつきます。いままではあちこちで、「日本文化は様々な文化を取り入れてきた」と説明していた熊倉先生が、なぜ牛肉を食べたことについては「文化を捨てた」と説明するのか、一読者として困惑しました。
そして先生はこの後、西洋風料理や中国料理が日本に入ってきたことについて、あまりよいことではないという意味をにじませて紹介されています。どうやら、なにかあまりよくない香りがしてきます。
例えば柳田國男の「食文化に入り込む個人の自由」という有名なことばを章のタイトルに引用し、日本人が個人個人で異なる食品を選んできた歴史を紹介するくだりがあります。しかし柳田とニュアンスが違います。
柳田は、冷たい米飯を食べる文化から温かい米飯を食べる文化に変化したことや、かつて固い雑穀を食べていたのが柔らかい白米に変化したこと、甘い食品や新しい食品を食べたがる志向を指して「個人の自由」と述べました。しかし熊倉先生は、そのうちの「新しい食品を食べたい志向」について、洋風料理については差別的なからかいがにじむ筆致になる一方、鍋料理はほめています。
具体的には、雑誌「主婦の友」1917年5月号に掲載された「手軽なオムレツ」「豚とキャベツの酢味噌あえ」の洋風レシピについてなにか誤解して、次のようにからかっています。「意識の高い女性たちは日々あたらしい料理を作らなければならぬという強迫観念にとらわれていったでしょう。」「良妻賢母教育の一つ」と。他方、1918年2月号に掲載されたタイのちり鍋や牡蠣の土手焼、すき焼きなど鍋特集については、みんなが同じ鍋に箸をいれるのはこのころ生じた新しい習慣だが共同体の結束を高めると肯定しています。どのレシピも「個人の自由、新しい食品を食べたいと思った」結果なのですが、熊倉先生は洋風レシピだけを「意識高い系の強迫観念」とディスるので、どうしてなのかと心配しました。
なにか変だと思ったので、図書館で大正時代の主婦の友を確認しました。すると、さっきの鍋特集の「牡蠣の土手焼き」レシピにこんな説明があったのです。「広島の名物料理ですが、牡蠣の料理としては最も美味しいものです」。そう、つまり、あなたの知らない遠い地方の料理に挑戦してみませんかとすすめる記事です。しかも隣に「かきちりウスタソース」という洋風の鍋も掲載されていました。オムレツや豚キャベツが「意識高い系のマウンティング系強迫観念料理で良妻賢母型」で、地方名物料理やウスタソース鍋はなぜそうじゃないのか、さっぱりわかりません。
しばらく先生の本と主婦の友を比較しているうちに謎が解けました。
熊倉先生は、すごく大事な基本情報を知らなかったのです。
実はこの雑誌は、サラリーマン主婦の節約テクニック雑誌としてヒットしたのです。発刊は大正6年(1917)。お米をはじめとする生活必需品の値段が急激に上昇して、サラリーマン主婦がものすごく困っていた時期です。あまりお金のない主婦が「物価が高くて困るわ。とにかく安くて、家族が喜んでくれる料理はないかしら。」と愛読した雑誌なのです。他人と差をつけたい女性が背伸びするための雑誌ではありません。
そんなまさか?と思った方のために、記事を一部紹介しましょう。
第一号(1917年3月号)の巻頭記事は、ドイツの裕福ではない中流家庭の涙ぐましい努力の見聞録です。そのほかには、未亡人が一生懸命子供を育てて博士にした話や、安値で建てた便利な家、手軽な経済料理、1月65円で6人家庭がどうやって生活するかテクニック。そんな、どれもこれも、つましい節約話。
第二号は、葬式をいかに安く済ませたか、手軽な内職、月収26円の小学校教師の家計、自作農家の苦しい生活・・・・。もうこれは「令和の雑誌か?」と言いたくなりますね。
第五号(1917年7月号)が決定的と言えます。「家庭経済の十五秘訣」というコーナーで「流行を追うは家の破滅」と断言しています。
先の西洋風料理2品は、この第五号の「夏向きの経済料理」特集の43品中の2品です。熊倉先生は、この特集は1918年7月号だったと1年間違えてますが、それはタイプミスだとしても、「豚とキャベツの酢味噌和え」「手軽なオムレツ」の見開き隣には、記者の書いた広告記事があり、女学校で習う料理はお客様向けだから家庭には役立たない、人気グルメ本「食道楽」は主婦に役立たないと書いています。節約料理本の広告記事なので、編集方針としてセレブのグルメ料理を否定したことがわかります。「牡蠣の土手焼き」や「手軽なオムレツ」は、強迫観念で珍しい料理を食べようと背伸びしたわけではなく、少ない家計の中で家族の笑顔を思い浮かべながら工夫した料理だったのです。
女学校の良妻賢母教育の料理を否定し、人気グルメ本を否定し、「流行を追うのは家の破滅」だという記事を載せているこの雑誌のどこを読んだら、意識高い系の女性が強迫観念で目新しい食事を追いかけた料理で良妻賢母教育の結果だ、と読めてしまうのでしょうか。
さっき、「夏向きの経済料理」特集に43品目が載っていたといいました。その内訳をご紹介しましょう。
・洋風料理はたった4品。(手軽なオムレツ、シチュー、トマトとキャベツとひき肉の煮込み、ジャガイモと玉ねぎの油炒り)
・中国韓国風は2品。(豚肉の塩蒸し、焼き肉)
・伝統的食材を主役にひき肉やバターなどを追加したレシピが5品。(牛肉豆腐など)
・残り32品は伝統料理。伝統的保存食「きゃら蕗」「昆布の佃煮」のほか、「そらまめの煮つけ」「さやいんげんのしたしもの(ひたしもの)」「なすの丸煮」「どじょう汁」「わかめの酢味噌和え」「鯉のあらい」などです。
熊倉先生の本から受けたイメージと異なり、圧倒的に伝統料理が多いので驚きました。
最後に、数少ない洋風料理の一つ「手軽なオムレツ」レシピをここで紹介しましょう。
ネギ1本と卵1個をバターで加熱して醤油かソースをかけただけ。バターを植物油にすれば江戸の伝統料理にそっくりなので、すっかり拍子抜けしました。
熊倉先生、先生の書いた文章と実物が違うので残念です。今後は正確に文献を読んで書いてくださることを願っております。