(文章改訂の記録。2018年7月21日に文章を読みやすく整理しました。2017年7月29日に情報を追加しました。)
今回は夏休みの自由研究ネタを紹介します。最近は授業で野菜などを育てる小中学校もあり、うちの息子もキュウリ作りに励んでます。ところがインターネットを見たら、まっすぐなキュウリの作り方について、様々なサイトやブログがそれぞれ異なる説を紹介しているのです。これはきっと全国の小中学生や保護者の方々も悩んでいるだろうと思いました。そこで、この場を借りて交通整理をしたいと思います。
まず、大まかに分けて「まっすぐなキュウリの作り方」の説については、正しい説も誤解に基づいた説も合わせて4パターンの説があります(あくまでも私が見聞きした説を分類したものです。他にもとっぴな説があるかもしれませんが、世に存在する全ての説を網羅した訳ではありませんのでご容赦ください)。さあ、次の4つの説のうちどの説が一番信頼できると思いますか?。
パターン1:「キュウリを作ると、まっすぐな物も曲がった物も出来てしまうものだ。スーパーではまっすぐなキュウリが売られているが、大量のキュウリの中からまっすぐなのを選んでいるからだ。」説
パターン2:物理的に矯正しているという説。例えば「キュウリの実が若いうちに、キュウリの下端に針金を刺して数十グラムのおもりをぶら下げると、まっすぐに育つのだ。」説や「キュウリ専用の筒状の型が販売されており、これを若い実に取り付けると、型にそってまっすぐに育つのだ」説が代表例です。
パターン3:「農薬をかけて栽培するとまっすぐに育ち、無農薬や有機栽培だと曲がって育つのです」説。この説を唱える人は「だから無農薬のを買いたい人は曲がったキュウリを選びましょう。」とアドバイスしたがる傾向があります。
パターン4:「実は、曲がったキュウリにかけるとまっすぐになる農薬があるのだ」説。
パターン3と4を同じ説と思う人も居るかもしれませんが、全く別の主張です。3の方は、栽培初期からの栽培方法によって形に差が生じるという発想ですが、4の方はキュウリの収穫直前または収穫直後の処理の話なので、栽培方法については問わない発想です。
さあ、それではどの説が正しいのでしょうか。
結論から述べると、パターン1が一番事実に近いのです。パターン2は手法としては可能なものの通常は商業的に全くペイしませんし、パターン3は正しくありませんし、パターン4に至っては論外です。
どうしてこのように断言できるのか、以下詳しくご説明します。
まず、前提として知っておきたい事実なのですが、キュウリの実は全ての生育条件が完璧であれば、まっすぐに育つものなのです。「まっすぐに育つようにDNAに書いてある。」といえばわかりやすいかもしれません。
じゃあ、どういう時に曲がるのか。キュウリが曲がる主因を先に言うと、乾燥です。水やりを忘れないように気をつけてください。そのほか高温、肥料不足などなども曲がる原因になります。お尻が太った果実(しり太果)やお尻が細い果実(しりこけ果)などが発生したら、気をつけてください。放置すると、曲がり果が多く発生します。しり太果、しりこけ果を見つけたら、水やりや追肥など、適切に管理してください(参考資料として文部省検定済教科書 「高等学校 野菜」に基づき記載しました。)また、光の当たり方にムラがあったり、害虫が付いたり、病気になったりした時などにも曲がります。細長い風船の一部分にセロテープの切れ端を貼って膨らますと、その周辺は伸びず、反対の側面が正常に伸びるので曲がりますよね。それと似たようなことが起こるのです。また、ネット(網)に実の先端がぶつかって曲がることもあります。
従って、同じキュウリ苗から曲がった実もまっすぐな実も収穫されるので、スーパーにはまっすぐな物が選ばれて出荷されているのです。
では、パターン2の説はどうかというと、手法としては可能なのですが、人件費などがとてもかかるので商業的には無理なのです。考えて見てください。仮にスーパーで税抜き3本120円でキュウリが売られていたとします。一般論としてスーパー側の利益は売り上げの半分なので60円になります。農家さんは残った60円をさらに(選果やトラック輸送を代行してくれる)農協と折半します。農家さんの手取りは農協との契約によっても異なるのですが、ここでは計算を簡単にするために、半分の30円だったとします。とするとですよ、キュウリ1本で農家さんの手に入るのは10円なのです。
土作りに精出して、肥料を与えたり、網を張ったり、手塩にかけて育てて、手で収穫して、それでもキュウリ1本10円なのですよ。時給千円稼ぐには1時間当たりキュウリ100本もぎつつ、数日後の収穫用に100本におもりをぶら下げる(または型にはめる)必要があります。そんなことが可能でしょうか?アルバイトさんを雇うとすれば、アルバイト代を捻出しなければなりません。それなのに、針金やおもりを購入してきて、一つ一つの実に針金でおもりをつけたり、1個数百円するキュウリ矯正用の型などをはめたりしたら?。そう、農家さんは破産してしまいます。
プロ農家でもだいたい3割は、商品にならないキュウリが実ると言われています。つまり、もしもキュウリ1ヶが10円なら、1時間に千円稼ぐには約130ヶもいで、曲がった約30ヶを取り除いて漬物など加工用に販売するということになりますが、それでも1時間に100ヶもいでかつ100ヶを型に入れるよりは労働力が楽になるので、通常は型などは使用しません。
ただし、キュウリの断面がハート型や星形になる型もあり、インスタ映えなどの理由でハート型・星形キュウリなら1本300円でも買ってくれる消費者がごく少数存在するため、そういうニッチ向けに型を使って生産する農家さんもいますが、日本のキュウリ生産者全体から見れば非常にごく少数の方々です。
続いてパターン3の説ですが、農薬を使えば害虫や病気の害が減るので、実が曲がる確率は減ります。しかし、水分不足で曲がったり、ネットにぶつかって物理的に曲がったり、光のムラで曲がったりするのは避けられません。逆に、無農薬や有機栽培でも、手塩にかけて栽培すれば、まっすぐな実が採れる確率は上昇します。つまり、「まっすぐなキュウリは農薬使用で、曲がったキュウリは農薬不使用」というような単純な二分法はウソなのです。
かつては、曲がったキュウリを見て「無農薬の印」と早とちりして購入する人も居ました。そのため、ごく一部の店では逆手に取って、農薬使用かつ曲がったキュウリを、比較的高価格で売るケースもあったそうです。店頭表示に有機とも特別栽培とも書かなければ、法的には一切おとがめありません。今は消費者が賢くなって、こういう残念なケースもなくなっている、と良いのですが。
最後にパターン4の説ですが、曲がって成長したキュウリを後から矯正できる農薬なんて見たことも聞いたことも有りません。仮にそういう農薬があったとしても、日本では「ポジティブリスト」というリストに掲載された農薬しか使用できないと法律で定められています。そしてポジティブリストにはそんな農薬は載っていません。仮にそういう農薬があったとしても、使用すれば検査で捕まって新聞沙汰になります。その不心得な農家だけではなく、近隣の何十軒もの農家が出荷停止に追い込まれて、社会的に批判され大打撃、そのキュウリ産地はつぶれてしまいます。想像するだに恐ろしい話です。そんな悲劇を呼ぶ薬を、一体だれが開発して売るというのでしょうか。
・・・以上より、一番信頼できるのはパターン1の説であるということが納得していただけたでしょうか。キュウリを家庭菜園などで栽培している方は、ぜひじっくり観察してキュウリが曲がる様子などを確認してみてください。また、おもりをつけたりしてまっすぐに育てることがいかに手間が掛かり、商業的に無理であることかも確認して見てください。夏休みの自由研究に以上の情報がお役に立てば嬉しいです。
ちなみに、曲がったキュウリも多くの物はまっすぐなのと味は変わりません。しかし、農家さんや流通側にとっては、まっすぐな方が箱詰めして運びやすいのです。この文章が、野菜の流通や販売などについてもいろいろと考えるきっかけになれば嬉しいです。
今回は夏休みの自由研究ネタを紹介します。最近は授業で野菜などを育てる小中学校もあり、うちの息子もキュウリ作りに励んでます。ところがインターネットを見たら、まっすぐなキュウリの作り方について、様々なサイトやブログがそれぞれ異なる説を紹介しているのです。これはきっと全国の小中学生や保護者の方々も悩んでいるだろうと思いました。そこで、この場を借りて交通整理をしたいと思います。
まず、大まかに分けて「まっすぐなキュウリの作り方」の説については、正しい説も誤解に基づいた説も合わせて4パターンの説があります(あくまでも私が見聞きした説を分類したものです。他にもとっぴな説があるかもしれませんが、世に存在する全ての説を網羅した訳ではありませんのでご容赦ください)。さあ、次の4つの説のうちどの説が一番信頼できると思いますか?。
パターン1:「キュウリを作ると、まっすぐな物も曲がった物も出来てしまうものだ。スーパーではまっすぐなキュウリが売られているが、大量のキュウリの中からまっすぐなのを選んでいるからだ。」説
パターン2:物理的に矯正しているという説。例えば「キュウリの実が若いうちに、キュウリの下端に針金を刺して数十グラムのおもりをぶら下げると、まっすぐに育つのだ。」説や「キュウリ専用の筒状の型が販売されており、これを若い実に取り付けると、型にそってまっすぐに育つのだ」説が代表例です。
パターン3:「農薬をかけて栽培するとまっすぐに育ち、無農薬や有機栽培だと曲がって育つのです」説。この説を唱える人は「だから無農薬のを買いたい人は曲がったキュウリを選びましょう。」とアドバイスしたがる傾向があります。
パターン4:「実は、曲がったキュウリにかけるとまっすぐになる農薬があるのだ」説。
パターン3と4を同じ説と思う人も居るかもしれませんが、全く別の主張です。3の方は、栽培初期からの栽培方法によって形に差が生じるという発想ですが、4の方はキュウリの収穫直前または収穫直後の処理の話なので、栽培方法については問わない発想です。
さあ、それではどの説が正しいのでしょうか。
結論から述べると、パターン1が一番事実に近いのです。パターン2は手法としては可能なものの通常は商業的に全くペイしませんし、パターン3は正しくありませんし、パターン4に至っては論外です。
どうしてこのように断言できるのか、以下詳しくご説明します。
まず、前提として知っておきたい事実なのですが、キュウリの実は全ての生育条件が完璧であれば、まっすぐに育つものなのです。「まっすぐに育つようにDNAに書いてある。」といえばわかりやすいかもしれません。
じゃあ、どういう時に曲がるのか。キュウリが曲がる主因を先に言うと、乾燥です。水やりを忘れないように気をつけてください。そのほか高温、肥料不足などなども曲がる原因になります。お尻が太った果実(しり太果)やお尻が細い果実(しりこけ果)などが発生したら、気をつけてください。放置すると、曲がり果が多く発生します。しり太果、しりこけ果を見つけたら、水やりや追肥など、適切に管理してください(参考資料として文部省検定済教科書 「高等学校 野菜」に基づき記載しました。)また、光の当たり方にムラがあったり、害虫が付いたり、病気になったりした時などにも曲がります。細長い風船の一部分にセロテープの切れ端を貼って膨らますと、その周辺は伸びず、反対の側面が正常に伸びるので曲がりますよね。それと似たようなことが起こるのです。また、ネット(網)に実の先端がぶつかって曲がることもあります。
従って、同じキュウリ苗から曲がった実もまっすぐな実も収穫されるので、スーパーにはまっすぐな物が選ばれて出荷されているのです。
では、パターン2の説はどうかというと、手法としては可能なのですが、人件費などがとてもかかるので商業的には無理なのです。考えて見てください。仮にスーパーで税抜き3本120円でキュウリが売られていたとします。一般論としてスーパー側の利益は売り上げの半分なので60円になります。農家さんは残った60円をさらに(選果やトラック輸送を代行してくれる)農協と折半します。農家さんの手取りは農協との契約によっても異なるのですが、ここでは計算を簡単にするために、半分の30円だったとします。とするとですよ、キュウリ1本で農家さんの手に入るのは10円なのです。
土作りに精出して、肥料を与えたり、網を張ったり、手塩にかけて育てて、手で収穫して、それでもキュウリ1本10円なのですよ。時給千円稼ぐには1時間当たりキュウリ100本もぎつつ、数日後の収穫用に100本におもりをぶら下げる(または型にはめる)必要があります。そんなことが可能でしょうか?アルバイトさんを雇うとすれば、アルバイト代を捻出しなければなりません。それなのに、針金やおもりを購入してきて、一つ一つの実に針金でおもりをつけたり、1個数百円するキュウリ矯正用の型などをはめたりしたら?。そう、農家さんは破産してしまいます。
プロ農家でもだいたい3割は、商品にならないキュウリが実ると言われています。つまり、もしもキュウリ1ヶが10円なら、1時間に千円稼ぐには約130ヶもいで、曲がった約30ヶを取り除いて漬物など加工用に販売するということになりますが、それでも1時間に100ヶもいでかつ100ヶを型に入れるよりは労働力が楽になるので、通常は型などは使用しません。
ただし、キュウリの断面がハート型や星形になる型もあり、インスタ映えなどの理由でハート型・星形キュウリなら1本300円でも買ってくれる消費者がごく少数存在するため、そういうニッチ向けに型を使って生産する農家さんもいますが、日本のキュウリ生産者全体から見れば非常にごく少数の方々です。
続いてパターン3の説ですが、農薬を使えば害虫や病気の害が減るので、実が曲がる確率は減ります。しかし、水分不足で曲がったり、ネットにぶつかって物理的に曲がったり、光のムラで曲がったりするのは避けられません。逆に、無農薬や有機栽培でも、手塩にかけて栽培すれば、まっすぐな実が採れる確率は上昇します。つまり、「まっすぐなキュウリは農薬使用で、曲がったキュウリは農薬不使用」というような単純な二分法はウソなのです。
かつては、曲がったキュウリを見て「無農薬の印」と早とちりして購入する人も居ました。そのため、ごく一部の店では逆手に取って、農薬使用かつ曲がったキュウリを、比較的高価格で売るケースもあったそうです。店頭表示に有機とも特別栽培とも書かなければ、法的には一切おとがめありません。今は消費者が賢くなって、こういう残念なケースもなくなっている、と良いのですが。
最後にパターン4の説ですが、曲がって成長したキュウリを後から矯正できる農薬なんて見たことも聞いたことも有りません。仮にそういう農薬があったとしても、日本では「ポジティブリスト」というリストに掲載された農薬しか使用できないと法律で定められています。そしてポジティブリストにはそんな農薬は載っていません。仮にそういう農薬があったとしても、使用すれば検査で捕まって新聞沙汰になります。その不心得な農家だけではなく、近隣の何十軒もの農家が出荷停止に追い込まれて、社会的に批判され大打撃、そのキュウリ産地はつぶれてしまいます。想像するだに恐ろしい話です。そんな悲劇を呼ぶ薬を、一体だれが開発して売るというのでしょうか。
・・・以上より、一番信頼できるのはパターン1の説であるということが納得していただけたでしょうか。キュウリを家庭菜園などで栽培している方は、ぜひじっくり観察してキュウリが曲がる様子などを確認してみてください。また、おもりをつけたりしてまっすぐに育てることがいかに手間が掛かり、商業的に無理であることかも確認して見てください。夏休みの自由研究に以上の情報がお役に立てば嬉しいです。
ちなみに、曲がったキュウリも多くの物はまっすぐなのと味は変わりません。しかし、農家さんや流通側にとっては、まっすぐな方が箱詰めして運びやすいのです。この文章が、野菜の流通や販売などについてもいろいろと考えるきっかけになれば嬉しいです。