タミアのおもしろ日記

食文化・食育のお役立ちの話題、トンデモ食育、都市伝説、フードファディズムなどを分析して解説します!(^.^)

考察ミスだった「ベルツの人力車実験」

2015年10月10日 | Weblog
一部の食育本で有名な説に「明治時代のベルツ氏の人力車実験から、肉を食べなくてお米ばかり大量に食べる方が身体に良いことが証明された。」というものがあります。この伝説はTOSSなど一部教育関係者の間で事実と信じられていますが、実は実験結果の考察ミスであり、現代の生理学や栄養学の観点からはとっくに否定されている説なのです。

未だに多くの人々がこの明治時代の誤った説を信じてネットなどで広めています。食育を通じて子ども達に広まってしまえば、むしろ育ち盛りに身体を壊してしまうだろうと心を痛めているこの頃なので、今日はこの話を取り上げたいと思います。

まず、ベルツさんの実験とは何だったのか、簡単に説明します。
明治時代に日本に来たドイツ人医師のベルツ博士は、人力車夫(人力車を引っ張る人のことです。)が、重い人を乗せて高速で長距離走れることに驚きました。そこで2人の人力車夫に実験への協力を御願いしました。最初に普段通り、大量のお米主体の食事(実際にはジャガイモや大麦なども食べさせていたそうです。)をして走ってもらい、高速で長距離走れることを確認しました。次にお米を減らして肉を食べて走ってもらったところ、普段のようなパワーは出ず、途中で疲れ果ててしまったのです。

この実験自体は正しい手順を踏んでいましたが、ここから、明治時代の「食養会」をはじめとする人達は誤った結論を導き出してしまいました。(ちなみに、食養会とは、大量のお米ばかりを食べ、野菜等も含めた様々なおかず等を減らすことを勧めた団体で、特に洋風の食事を禁止しました。その思想は、後の様々な代替医療やマクロビオティックなどに受け継がれました)。その誤った結論こそが「普段からずっとお米ばかり食べて、肉を全く食べない方が、力が出るので身体に良い。」という説です。ベルツさんの実験からこのような結論を導くのは論理の飛躍です。

 なぜなら、ベルツさんの実験は「お米とジャガイモや麦などを食べると、人力車夫という非常に過酷な重労働に従事している間は力が出る。」ということを証明してますが、「事務職や営業職や軽労働などの人が、"お米ばかり"食べると良い。」なんてことは全く証明していないのです。しかも、「一時的に力が出る」ということと、「普段から元気はつらつとして長生きでる」ということは、全く別次元の問題です。この人力車夫が元気で長生きできたかどうかは、ベルツさんの実験からは全く読み取れないのです。

ベルツさんの実験を現代の生理学の知識からひもとくと、実は、彼の発見した現象はスポーツ生理学の「カーボローディング」だったのです。カーボローディングとはマラソン、長距離系の水泳、クロスカントリースキー、ロードレースなどの前に、沢山のデンプンを食べておくと、試合の間に持久力が保たれるという現象ですが、ここで言うデンプンは別にお米に限らず、バナナや、小麦を砂糖などで固めた棒状食品でもいいのがミソです。というか、むしろお米のような粒食よりむしろバナナや粉食のほうが早く力が出ます。そして、そういった過酷なスポーツの選手でも、普段の筋肉や健康を保つためにはやっぱり、試合がオフの日は肉、魚、野菜などのおかずもバランス良く食べることが大事なのです。

どうして長時間の激しい肉体労働の時にだけ、こんな不思議な現象が起こるのでしょうか。この点について簡単に説明します。まず、早く走るためには筋肉が激しく収縮と弛緩を繰り返さなければなりません。筋肉が収縮するには、筋肉を構成している「筋細胞」という細胞の中で「ATP」という物質が作られなければなりません。

ところがATPは、細胞の中の2カ所でしか作られません。
(1)解糖系。
(2)TCA回路(クエン酸回路とも呼ばれます。)を経た呼吸鎖。酸素が必要。
(1)の解糖系は酸素が無い状態でも(2)の約100倍のスピードでATPを作れます。ですから、激しい運動が長く続く時は、血管から筋肉への酸素供給が追いつかなくなって、(2)が働かなくなり、(1)の解糖系だけがATPを供給するのです。

しかし、解糖系でATP作りの原料に使えるのはグルコースとグリコーゲンだけです。デンプンは食べると消化されてグルコースになるので、試合前に沢山デンプンを食べておけば、筋肉中の酸素がなくなっても解糖系がどんどんATPを作ってくれます。だから猛スピードで走れるのです。

一方、肉の主成分であるタンパク質は、食べるとアミノ酸に分解されます。アミノ酸は解糖系でATPを作ることができません。アミノ酸からATPを作るには、ピルビン酸やクエン酸回路などを経由しなければなりませんが、これらの反応が進むには酸素が必要不可欠なのです。だから、ベルツさんの実験で肉を食べた人力車夫は、ATP不足のため、途中で疲れてしまったという訳です。でも、肝心の筋肉を養うためには、食事からタンパク質を摂ることが不可欠である一方、お米には少量しかタンパク質が含まれてません。働き盛りの男性肉体労働者は1日に約3000キロカロリーかそれ以上の熱量が必要です。人力車夫はそれに見合った大量のお米を食べて、デンプンを解糖系で燃やして、残ったタンパク質で筋肉を維持していたと考えられますが、仮にお米ばかり食べたとすれば、お米にはリジンというタンパク質合成に必須なアミノ酸があまり含まれてないので、次第に筋肉が細くなって走れなくなり、廃業したことでしょう。

一方、クルマ社会・ネット社会に生きる私達現代人が、3000キロカロリーのお米を食べたらどうなるでしょうか。軽作業の18~29歳の男性は1日に約2250キロカロリーで十分ですので、余った分のカロリーで肥満します。では、肥満しないように2250キロカロリーをお米ばっかりで摂ったらどうなるか?というと、精白米の場合タンパク質はたった33gしか摂取できないのです。玄米でも38gです。男性20歳代のタンパク質の推定平均必要量は1日50g、推奨量は60gですから、お米ばっかりの食事では身体を壊してしまいます。やっぱり、健康の維持に大切なタンパク質は、肉や魚などをバランス良く食べることで補う必要があるのです。
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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (通りすがり)
2017-10-14 19:18:23
あなたの意見もあるでしょうが

お書きになっている内容、それでよかったとは証明されてませんね。
どこか中立公正な機関・団体等で、長期に実験を行った上で決着をつけるべき事柄でしょう。その結果を吟味した上で意見を述べるべきとはお考えになりませんでしたか?
Unknown (タミア)
2017-10-21 13:09:30
様々な研究結果から、多種類の食品が必要であることは明らかになっています。その結果に基づいて書いております。すでにある知見だけで「お米ばっかりが体に良い」という説は否定されます。
Unknown (thing)
2018-09-08 23:57:52
「コメ“ばっかり”を食べろ」などとする論は見たことがありません。
むしろ「蛋白質脂質でダイエットをすべき」という現代ローカーボ絶対正義の、危険で偏った風潮に対するカウンターとしてベルツ先生の意見が取り上げられたはずですが。。。

お米“ばっかり”とする誘導は不適切でフェアではないと感じますよ?
Unknown (タミア)
2018-09-10 23:58:58
ご指摘ありがとうございます。ローカーボへのカウンター形式の文章ということですので、thingさんが読んだ文章は比較的近年に書かれた文章ということになります。大正はじめのころと昭和40年代と2002年~2012,3年ぐらいの期間に「ベルツの実験からお米ばかりたくさん食べることが正しいのだ」と唱えられていましたので、ご指摘のことは時代背景が異なります。

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