タミアのおもしろ日記

食文化・食育のお役立ちの話題、トンデモ食育、都市伝説、フードファディズムなどを分析して解説します!(^.^)

和食の定義は不可能。熊倉功夫先生「和食という文化」2

2020年05月25日 | Weblog
「カレーって和食?ラーメンは?」そんな記事が朝日新聞の2月13日記事に載りました。その記事によれば、観光庁が2018年、訪日外国人客に満足した食品を聞いたところ、1位が肉料理、2位がラーメンだったとのこと。ラーメンは中華料理か和食か、実に悩みます。日本経済新聞の5月10日「文化時評」欄記事はさらに一歩踏み込んでいます。

以下、その記事を引用します。
和食文化学会会長を務める佐藤洋一郎京都府立大特別専任教授は「食文化は変容するから、和食を無理に定義したら陳腐化する。海外の変わったすしを見て、『こんなのすしじゃない』と言っても、30年後には『これもすし』になっているかもしれない」と話す。

この説明はすごくわかりみが深いのでタミアも納得します。1980年代にカリフォルニアロールやサーモンの寿司がアメリカで人気になって日本にも紹介された時、大人達が「こんなの寿司じゃない。」と絶句していたのを覚えているからです。今、サーモン寿司は当たり前のメニューですよね。

このように、和食というのは年と場所で移ろうから定義が難しいのです。和食について誰にでも当てはまるような定義は不可能。だから和食を語る時は「私が言う和食は、このようなイメージです。」と説明して、ボタンの掛け違いを回避するのが大事ですね。

佐藤教授の発言は事実上「和食の基本は一汁三菜」という言葉の否定です。なんせ、このキャッチフレーズ、和食がユネスコの無形文化遺産に登録された2013年12月時点では文書のどこにも書いてないのです。
このフレーズは2015年のミラノ万博の日本館のキーワードで、その頃に急に広まりました。一部の学者は、「一汁三菜を実施できるほど経済的に豊かだった時代は1970年代後半からの短期間のみ」「というか専業主婦が一番多かったこの時代でさえも、多くの家庭は一汁二菜」等、いろいろ指摘していますので、このブログの過去記事をごらんください。関係があるのかどうかは分かりませんが、ミラノ万博のプロデューサーは電通です。

「和食の基本は一汁三菜だ」 というキャッチフレーズは、謎マナー講師には気持ちが良いけど、そばやうどんや寿司や地方文化には失礼です。謎マナー講師とは、「そんなマナーって存在してたっけ?」なマナーを創作・指南してる人たち。江戸しぐさがよい例ですね。

そのようなわけで、和食研究で有名な熊倉功夫先生が書いたNHKテキスト「こころを読む 和食という文化」も、「一汁三菜」の解説がぐらぐらと揺らいでいます。

このブログで以前(2016年4月)にも紹介しましたが、熊倉先生は産経ニュース2014年1月6日で「和食の基本が一汁三菜」と示す古い文献が一つもないことを指摘しています。2014年3月5日付けのALICの消費者コーナー「トップインタビュー」においても、熊倉先生は「お菜が三つでなければならぬと思われては困ります。汁とご飯とお菜と漬け物という四つの要素からできているのが和食の基本」と指摘しています。
つまり熊倉先生は、和食ユネスコ登録直後に何者かが「和食の基本は一汁三菜」と話し始めたのを知って警戒したから、即座に2つのメディア上で一汁三菜説を否定したわけ。

それなのに熊倉先生は、2020年1月1日発行「こころを読む 和食という文化」で、平安時代の「病草紙」という病気カタログの挿絵で歯周病の男性の前におかずが3つ置いてある、というたった1つの情報を根拠に「平安時代の末には家庭料理の定型として一汁三菜が成立していたのです。」(27-28頁)、と断定してしまってます。このブログでも以前に書きましたが、その絵巻は病気カタログ集で、病気の苦しみを表現するのが目的なので、歯周病の苦しみを強調するためにおかずの品数を増やして描いている可能性が高いから、食文化史の資料としては信頼性が低いんです。

しかも熊倉先生は「一汁三菜が成立していたのです。」と断定する文章の直後(28頁)で、おかずが3つあるのは上層の庶民か特別なごちそうの時だから、「極端な場合、庶民は汁と漬物だけでした。」と書いています。ということは、家庭料理の定型として一汁三菜が成立していたという前段の文章は言い過ぎだと認めているのです。

先生もなんども言葉を翻すところをみると、よほど苦悩されて文章を書かれているのだろうと推察します。いったいだれがどのような理由で、先生になんども前言を撤回させているのでしょう。胸が痛みます。

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5月3日日経の「阪大岡田教授の研究成果」図解は、誤解を招く内容で残念です。

2020年05月04日 | Weblog
日経の科学記事は、有名新聞の中でもレベルが高いことで知られていて愛読しています。でも、最近少しレベルが落ちているように思います。ゲノムネタは、研究スピードの早さと蛸壺化激化で、正確な記事を書くのは大変難しいと分かるので、こんなことをお願いするのは少々申し訳ないなと思いつつも、今後の科学記事の充実のために、指摘したいと思います。

今回の記事は、大阪大学の岡田随象先生の「ゲノムから日本人の特徴が分かってきた」という趣旨の研究成果を紹介したものですが、解説図が、先生の研究の意図や結論について間違って解釈していて、結果的に読者に大変大きな誤解を与えるのです。

どういう図かというと、まず、日本人男性の絵に「解析で分かったこと 酒に弱い、太ると心筋梗塞や虚血性脳卒中になりやすい・・・・」と書いてあります。そこまではOK。でも、その真下に「欧米人の特徴は違う」と金髪碧眼の男性の絵を描いて「パンを食べる」と書いて、パンを食べる人物像も添えられています、この図を見たら誰もが確実に「ゲノムを研究したら欧米人の特徴はパンを食べることと判明したのか。欧米人はパンを主食にするとDNAに書かれているが、日本人にはDNAにパンが書かれてないのか。」と思うことでしょうが、それ、岡田先生の言いたいことと全然違いますから!!

岡田先生の研究は、阪大のプレスリリースのタイトルを引用して、こういうことです「日本人と欧米人の適応進化に関わる遺伝子領域や形質を特定~日本人はお酒、欧米人はパンが深く関与~」。このタイトルは、新聞の挿絵のような「ゲノムを研究したら、欧米人はパンを食べることが分かった」という意味ではありません。先生の研究は、「SNP」という、遺伝子の中の一つの塩基が別の塩基に置き換わることについて調べる研究です。

岡田先生は、日本人と欧米人のSNPの変化を調べた。そうしたら、日本人は、お酒の摂取量や閉経年齢などと、SNPに強い「何かの関係」があった。当然ですが、「日本人は全員酒を飲まない」「日本人女性は全員閉経年齢が遅い」という話じゃありません。「酒に強い弱いの個人差や閉経年齢の早い遅いの個人差がSNPと関係があるんだよ。」という研究です。それと同じことで、欧米人の場合パンやシリアルの摂取量や握力が異なる人の間でSNPの変化が目立ったが、欧米人は全員パンを食べてシリアルを食べて握力が強いわけじゃありません。

というわけで阪大プレスリリースにもはっきり書かれています。
「今回採用した遺伝統計解析手法ASMCは、各遺伝子領域における適応進化の強さを議論できるものの、その方向性については議論することができません。同定した適応進化に関わる形質が、各集団における生存に有利・不利のどちらに働いていたのかは、既知の一部の形質(例:日本人集団はお酒に弱くなる方向に進化、欧米人集団は背が高くなる方向に進化)を除いて不明のままです。」

小中学校の方もこのブログを見ているので、先のプレスリリースをうんと簡単にして説明を補うと、こういうことです。「今回のデータ解析方法では、遺伝子の微細な変化が分かったけど、それが生き残りに良いか悪いかではっきりしてるのは、日本人だとお酒、欧米人だと背丈の遺伝子ぐらいだった。」ということ。

阪大プレスリリースと岡田先生の原論文を見ると、事前にアンケートでパンを食べる量やシリアルを食べる量や握力など様々なことが分かっている方の、SNPを調べたら変化が目立つけど、それに何の意味があるのか全く謎だ、というものでした。しかもその「欧米人」とは、岡田先生の原論文によると、UK Biobankというデータベースから、オックスフォード大のPalamara先生らがBritish ancestryの方々を選んで分析した研究(2018年)に基づくので、「欧米人」というくくりは正確ではありません。イギリス起源と判定された方々の遺伝子の分析結果が「欧米人」と日本の新聞に紹介されていると知ったら、イタリア起源のお名前のPalamara先生はたぶん渋い顔をされることでしょう。

頭がこんがらがって「それにしても日経記事本文には、欧米人が背が高くなるように進化したことについて、こう書いてますよ。『岡田教授は「欧米人はパンをたくさん食べて体を大きく強くしたのだろう」と推測する』と。欧米人というのがブリティッシュ起源の方々だとは分かったが、するとイギリス人の体にはパンが合うが、日本人はパンが合わないって研究結果か?」て誤解する方がきっといると思うけど、それは頭がこんがらがってるだけですから。
整理しましょうね。例えば仮に岡田先生に記者が、「欧米人は背が高くなるよう進化したが、何を食べてたんでしょうね?」と質問したら、先生は「肉が大量生産されて誰でもたくさん食べられるようになったのはここ100~200年だから、それ以前はパンをたくさん食べていたでしょうね。」と答えることでしょう。で、そう答えたら、この記事になります。

意味が分からないという方に別の角度から。スウェーデン人は背が高く、しかも、昔は貧しい国だったので、小麦は滅多に食べられなかったんで、オーツやライ麦や魚類、ジビエなどを食べていました。で、仮に、記者が専門家に「スウェーデン人は背が高い方に進化したが、何を食べてたんでしょうね?」と質問したら専門家は「タンパク質やカルシウムを補給したものと言えば魚ですねえ。」と答えます。すると当然ながら記者は「スウェーデン人が背が高くなるように進化したが、専門家は、スウェーデン人は魚で巨体を維持していたと推理している。」と書きますよね。そこから「スウェーデン人は魚が合うが日本人は魚が合わない」という話を引き出せませんよね。それと同じことです。

だから、この記事をネタに「欧米人の体に合うものと日本人の体に合う物は異なるのだ」と勘違いしたら、岡田先生が悲しむから、誤解しちゃ絶対だめですよ。
それから、一言、この日経のイラスト、「日本人の顔」は正面を向いた優しい瞳と口角の上がったにこやかな口元ですが、「欧米人の顔」は三白眼で口元がきゅっと締まってにらみつけるような怖い顔なんです。まさか欧米人への印象操作が目的じゃないですよね?


(参考)
大阪大学の発表(日本語)はこれ。
http://www.med.osaka-u.ac.jp/activities/results/2020year/okada2020-01

論文がこれ。
Genome-Wide Natural Selection Signatures Are Linked to Genetic Risk of Modern Phenotypes in the Japanese Population
 Molecular Biology and Evolution, Volume 37, Issue 5, 20 January 2020

Palamara先生の先行論文(ブリティッシュ起源と判定した方の遺伝子を分析しました、と記載されている。)はこちら。ネィチャージェネティクスの論文。
Nat Genet. 2018 Sep; 50(9): 1311–1317. doi: 10.1038/s41588-018-0177-x.
High-throughput inference of pairwise coalescence times identifies signals of selection and enriched disease heritability
Pier Francesco Palamara, Jonathan Terhorst, Yun S. Song, and Alkes L. Price

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