今から10年くらい前に、ある歴史学者(名前は存じ上げません。)がこういう学説を発表したそうです。この説は食育を中心に様々な教育現場を介して全国的に広まりました。
「江戸時代の水田面積はこれぐらいで、単位面積あたりの米収穫量はこれぐらいで、当時の人口はこれぐらいだから、計算すると、一人あたりお米50キログラムとなる。だから江戸時代は実は誰でもお米を食べられたのだ。お米を食べられなかった地域があったなんて説は嘘だ。」という学説ですが机上の空論です。
なぜかというと、江戸時代は「お米イコールお金」の「米本位制」という制度だった上に、お米が収穫できない地域もあったので、上記の学説は、次の会話と全く同じ内容なのです。
未来人A「大昔に、平成という時代があったんだって。」
未来人B「へえ、平成の人はどんな暮らしをしてたのかなあ。」
未来人A「平均給与は、平成28年で422万円だったよ。」
未来人B「へえ、じゃあ誰でもお金をもっていたんだね。」
未来人A「そう、平成時代に貧困があったなんて嘘だよね。」
上記の会話がお馬鹿すぎることは、誰でも分かることでしょう。
平成29年9月に国税庁が発表した「平成28年分民間給与実態統計調査」によると、男女平均値で421万6千円の給与があったのは事実ですが、実態としては個人差が激しくて稼げる人もいれば稼げない人もいるから、高所得者もいれば貧困にあえぐ人もいる、そんなことは説明するまでもないことです。
これと全く同じことが江戸時代にも当てはまるのです。江戸時代は、お米がとれる地域もあれば、寒さや水不足、砂質土壌、などの原因でお米が栽培できない地域もあったのですが、お米がお金だったこの時代にお米がとれる地域の農民が、とれない地域の農民のために、わざわざお米を運んで気前よく分配してくれたと思いますか?
江戸時代、お米が収穫できない地域の人は麦やヒエやアワ、芋類、野菜などを食べて、その一部を売ってやっとお米を手にれました。当然手に入れたお米は貴重なので、お正月などのハレの日に大切に食べることとして、普段は麦や雑穀や芋などを主食にしていたのです。過去にこのブログで実例も(例えば平成17年6月24日記事などで)紹介しています。
「江戸時代は誰でもお米を年間50キロ食べていた」説は、「平成時代には誰でも年間給与で422万円手にしていた」というのと全く同レベルのおとぼけな論法です。なんでこんなおかしな説が食育などで広まったのでしょうか。私のお会いしたある教育者は、「身土不二」(地元の伝統的食材が一番体に合うという説)を唱えているのですが、しょっちゅう他の人から「私の地方は昭和30年代まで麦や芋や雑穀しかとれなくて、お米を滅多に食べなかったので、お米が体に悪いのですね。」と言われてしまい、一方マクロビや食養ではお米が最も体に良い食品であるとされているので困ってしまい、そこでたまたま「江戸時代は誰でも年に50キログラムはお米を食べていた。」という説を聞きかじって、つじつま合わせのために周囲に吹聴していました。とても残念なことですね。変な食育には気をつけてくださいね。
「江戸時代の水田面積はこれぐらいで、単位面積あたりの米収穫量はこれぐらいで、当時の人口はこれぐらいだから、計算すると、一人あたりお米50キログラムとなる。だから江戸時代は実は誰でもお米を食べられたのだ。お米を食べられなかった地域があったなんて説は嘘だ。」という学説ですが机上の空論です。
なぜかというと、江戸時代は「お米イコールお金」の「米本位制」という制度だった上に、お米が収穫できない地域もあったので、上記の学説は、次の会話と全く同じ内容なのです。
未来人A「大昔に、平成という時代があったんだって。」
未来人B「へえ、平成の人はどんな暮らしをしてたのかなあ。」
未来人A「平均給与は、平成28年で422万円だったよ。」
未来人B「へえ、じゃあ誰でもお金をもっていたんだね。」
未来人A「そう、平成時代に貧困があったなんて嘘だよね。」
上記の会話がお馬鹿すぎることは、誰でも分かることでしょう。
平成29年9月に国税庁が発表した「平成28年分民間給与実態統計調査」によると、男女平均値で421万6千円の給与があったのは事実ですが、実態としては個人差が激しくて稼げる人もいれば稼げない人もいるから、高所得者もいれば貧困にあえぐ人もいる、そんなことは説明するまでもないことです。
これと全く同じことが江戸時代にも当てはまるのです。江戸時代は、お米がとれる地域もあれば、寒さや水不足、砂質土壌、などの原因でお米が栽培できない地域もあったのですが、お米がお金だったこの時代にお米がとれる地域の農民が、とれない地域の農民のために、わざわざお米を運んで気前よく分配してくれたと思いますか?
江戸時代、お米が収穫できない地域の人は麦やヒエやアワ、芋類、野菜などを食べて、その一部を売ってやっとお米を手にれました。当然手に入れたお米は貴重なので、お正月などのハレの日に大切に食べることとして、普段は麦や雑穀や芋などを主食にしていたのです。過去にこのブログで実例も(例えば平成17年6月24日記事などで)紹介しています。
「江戸時代は誰でもお米を年間50キロ食べていた」説は、「平成時代には誰でも年間給与で422万円手にしていた」というのと全く同レベルのおとぼけな論法です。なんでこんなおかしな説が食育などで広まったのでしょうか。私のお会いしたある教育者は、「身土不二」(地元の伝統的食材が一番体に合うという説)を唱えているのですが、しょっちゅう他の人から「私の地方は昭和30年代まで麦や芋や雑穀しかとれなくて、お米を滅多に食べなかったので、お米が体に悪いのですね。」と言われてしまい、一方マクロビや食養ではお米が最も体に良い食品であるとされているので困ってしまい、そこでたまたま「江戸時代は誰でも年に50キログラムはお米を食べていた。」という説を聞きかじって、つじつま合わせのために周囲に吹聴していました。とても残念なことですね。変な食育には気をつけてくださいね。