タミアのおもしろ日記

食文化・食育関係のお役立ちの話題や、食にまつわるデマ、都市伝説、フードファディズムなどを分析して解説するブログです!

江戸時代は誰でもお米を年50キロ食べてた説は、勘違い。

2018年05月17日 | Weblog
今から10年くらい前に、ある歴史学者(名前は存じ上げません。)がこういう学説を発表したそうです。この説は食育を中心に様々な教育現場を介して全国的に広まりました。

「江戸時代の水田面積はこれぐらいで、単位面積あたりの米収穫量はこれぐらいで、当時の人口はこれぐらいだから、計算すると、一人あたりお米50キログラムとなる。だから江戸時代は実は誰でもお米を食べられたのだ。お米を食べられなかった地域があったなんて説は嘘だ。」という学説ですが机上の空論です。

なぜかというと、江戸時代は「お米イコールお金」の「米本位制」という制度だった上に、お米が収穫できない地域もあったので、上記の学説は、次の会話と全く同じ内容なのです。

未来人A「大昔に、平成という時代があったんだって。」
未来人B「へえ、平成の人はどんな暮らしをしてたのかなあ。」
未来人A「平均給与は、平成28年で422万円だったよ。」
未来人B「へえ、じゃあ誰でもお金をもっていたんだね。」
未来人A「そう、平成時代に貧困があったなんて嘘だよね。」

上記の会話がお馬鹿すぎることは、誰でも分かることでしょう。
平成29年9月に国税庁が発表した「平成28年分民間給与実態統計調査」によると、男女平均値で421万6千円の給与があったのは事実ですが、実態としては個人差が激しくて稼げる人もいれば稼げない人もいるから、高所得者もいれば貧困にあえぐ人もいる、そんなことは説明するまでもないことです。

これと全く同じことが江戸時代にも当てはまるのです。江戸時代は、お米がとれる地域もあれば、寒さや水不足、砂質土壌、などの原因でお米が栽培できない地域もあったのですが、お米がお金だったこの時代にお米がとれる地域の農民が、とれない地域の農民のために、わざわざお米を運んで気前よく分配してくれたと思いますか?
江戸時代、お米が収穫できない地域の人は麦やヒエやアワ、芋類、野菜などを食べて、その一部を売ってやっとお米を手にれました。当然手に入れたお米は貴重なので、お正月などのハレの日に大切に食べることとして、普段は麦や雑穀や芋などを主食にしていたのです。過去にこのブログで実例も(例えば平成17年6月24日記事などで)紹介しています。

「江戸時代は誰でもお米を年間50キロ食べていた」説は、「平成時代には誰でも年間給与で422万円手にしていた」というのと全く同レベルのおとぼけな論法です。なんでこんなおかしな説が食育などで広まったのでしょうか。私のお会いしたある教育者は、「身土不二」(地元の伝統的食材が一番体に合うという説)を唱えているのですが、しょっちゅう他の人から「私の地方は昭和30年代まで麦や芋や雑穀しかとれなくて、お米を滅多に食べなかったので、お米が体に悪いのですね。」と言われてしまい、一方マクロビや食養ではお米が最も体に良い食品であるとされているので困ってしまい、そこでたまたま「江戸時代は誰でも年に50キログラムはお米を食べていた。」という説を聞きかじって、つじつま合わせのために周囲に吹聴していました。とても残念なことですね。変な食育には気をつけてくださいね。
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「健康や有機」で儲かる説は誤解。

2018年04月22日 | Weblog
よくある話なのですが、食品販売の仕事をしようとする人の中に、しばしば「健康に良いとかオーガニックとか言えば、儲かるんでしょう?」と勘違いしている人がいます。申し訳ありませんが、この業界はそんなに甘くありません。外食でも小売業でもそうです。今回はそんな例を紹介したいと思います。

○ある都内の小さなスーパーですが、とても残念な販売方法をしていました。いままでの野菜売り場の一角を有機農産物売り場に変えて、そこにマネキンさん(試食販売を担当する人のこと。)を立たせて「このコーナーの野菜は有機栽培だから安全・安心です。どうか召し上がってください!!」と言わせたのです。その結果逆に店の雰囲気が妙になってしまったのです。

理由、分かりますよね?念のために説明すると、多くのお客さんはこう思ったのですよ。「このスーパーのその他の野菜は安全でも安心でもないってこと?」と。
このスーパーは野菜よりも別のキラーコンテンツがある店だったので、経営は盤石と聞いていますが、大声を張り上げるほどお客様が不安な様子で遠ざかるので、マネキンさんの顔には徒労感がにじみ出ていて、はたで見ていてとてもいたたまれませんでした。

○衣類を含めてオーガニックをコンセプトにした店が半年持たずに閉店、という事例を目にしています。店主がオーガニックにこだわるわりに、立地や客層そのほかの様々な面で素人経営だったのです。「正しい食品」を自称する専門店が閑古鳥でほとんど開店休業に近いのを目撃した時も、少ししなび始めた野菜にそんなに高い値段をつけるのか、と絶句せざるを得ない状況でした。いずれも店主の「うちの商品が正しいんだあ!」的理念が先行して、購入する方の気持ちには配慮しなかった事例です。

○外食産業でも、ヘルシー系メニューが増えているように見えますよね。例えば青汁を使った料理を出す店とか。このため、業界史を知らない人は、ヘルシーだから売れているのだと錯覚してしまいます。実は、最近青汁が話題になっている理由は、「おいしくなったから」です。
 昭和から平成初期にかけて青汁は「まずい」食べものの代名詞であり、だから外食などでは販売されませんでした。自然食品愛好家の間では「体に良いものは味が悪くて当然であり、だから健康を追求することは苦行に近いことだ。苦痛をあえて我慢してこそ健康になる。」という考え方が平成の初めの頃までは普通でした。詳しく知りたい方は「まずーい、もういっぱい!ていうコマーシャルが昔あったって本当ですか?」と40代以上の方に聞いてみてください。たぶん「懐かしい!」といいながら答えてくれますよ。
 昔の青汁はケール100%で苦かったのですが、現在の青汁は果汁なども混ぜて美味しく仕上げているものが多く、だから外食で人気が出てきているのです。

そのほかにも、有名企業で、健康的なイメージや低農薬などを売り物にして、かえって売り上げが低迷しているところが複数あります。ここで名前を出さなくても、しばしばマスコミやネットでも話題になっていので、おそらく多くの読者が気がつくことでしょう。消費者の皆様に喜んでいただく商品を作るのは、とても大変なことです。儲かりそうだからという安易な考えではなく、誠心誠意を込めて、また健康についてはエビデンスも確認して、しっかりと取り組むことが大事だと思います。




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長野県の寿命は縮んでないし、発酵食品説はかなり微妙ですよ。

2018年03月25日 | Weblog
最近、妙な説を耳にしました。「男性の平均寿命1位だった長野県が、最近の統計では滋賀県に1位の座を渡したのは、長野県では野菜サラダの塩分で寿命が縮んだのが一因ではないか。」というのです。これは、長野県では諏訪中央病院名誉医院長の鎌田實先生ら大勢の方々が「野菜摂取量を増やし運動をして健康になろう。」と指導していたことを知っての上で、そこにおかしな解釈を加えた珍説と思われます。

長野県の平均寿命は縮んでいません。男性だけのデータを見ても、2010年に長野県が80.88歳、滋賀県が80.58歳。2015年に長野県が81.75歳、滋賀県が81.78歳です。つまり、長野県も滋賀県も寿命が延びて、順位が単に入れ替わったのです(この情報は厚生労働省のHP「平成27年都道府県別生命表の概況」の統計データに掲載されています)。

男女平均値でも、長野県は1990年に80.2歳で全国1位、2015年には84.3歳と平均寿命は延びています。ただ、2015年に滋賀県が84.7歳となったため、順位として追い抜かれた、というのが実態です。(この情報は日経新聞2017年7月20日夕刊データで、元データは東京大学大学院の国際保健政策学教室によるものです。)

日本農業新聞の2017年9月25日号には素晴らしい記事が載っていました。鎌田實先生の書いた文章で、心を打つ内容だと思いました。そこに載っていたのは、鎌田先生が健康作り運動に心血を注いだ生き様でした。40数年前の長野県は脳卒中が多くて不健康で、医療費のかさむ地域だったのです。しかし、健康について正確な情報を粘り強く地域の人々に訴えた結果、長野県の脳卒中等が減り、健康な県になったのです。

長野県の知人に「具体的にはどのような指導をしていたのでしょうか」と伺ったところ、「鎌田實先生は数年前に日本経済新聞夕刊に自らの取り組みを詳しく紹介していた。それによると、生活改良保健員とかいう方々に協力を得たとのこと。」ということでした。調べてもそういう職業の人は見つからなかったので、厚生省健康政策局計画課(当時)所管「保健婦」と、農林水産省と提携していた地方公務員「生活改良普及員」(現在は普及指導員と改称されています。)の名前が、どこかで混じったのでしょう。

前者の保健婦は、保健所に所属して、疾病の早期発見早期治療を目的とする総合検診や保健指導などをしていた方々です。一方生活改良普及員は、県の実情に合わせて様々なことをしていたので、国が編纂した史料とは活動内容が完全に一致しないのが特徴です。例えば、国が野菜をたくさん食べるように指導すると、それぞれの県では、おひたしを勧めたり、野菜炒めを薦めたり、と様々に地域に合わせて対応していたそうです。

そこで、長野県の「生活改良普及員」が何を指導したのかあちこち問い合わせたところ、「みどりのむらに輝きを」という昭和61年に長野県の職員有志が発行した本が特によくまとまっているとのこと。手にしたら、それは驚くべき内容でした。

もともと長野県の伝統的食生活は漬物の多い一汁一菜であり、大豆消費さえ少なくて、タンパク質や脂肪や野菜が不足したため、体に不調を抱える人々が多かったというのです。そこで、生活改良普及員らが、様々な魚介類、カルシウム強化味噌、生野菜、マヨネーズソースなどを指導したのが始まりだったというのです(参考ページは21,95、202他)。こられは脳卒中予防の指導には適切でした。昭和期の脳卒中は、漬物等による塩分の取り過ぎで血圧が上昇し、そこへもって脳血管に脂肪分が不足しているので血管がパキッと裂けて出血して死亡するケースが大多数だったから、魚介類とマヨネーズで脂肪分を補って、漬物よりも生野菜サラダを薦めたことは理にかなっています。

野沢菜調味漬けの場合、仮に20グラムの漬物を食べたなら0.5グラム食塩相当量あります。一方サラダ野菜100グラムくらいに対してマヨネーズは通常15グラム程度使用しますので、100グラム程度の野菜を取るのに食塩相当量は0.3グラム未満で済むのです。ちなみに、キュウリ1本が大体100グラム、トマトなら1個150グラム前後です。漬物からサラダに代えた方が減塩になります。また、脂質がむしろ不足していた位でしたので、マヨネーズやドレッシングは脂質を補うのにも都合が良かったのです。

その後、「マヨネーズは原料の卵由来のコレステロールが多い」という説が一般化し、長野県に限らず日本全国の医師や栄養士やテレビの健康番組等がマヨネーズの取り過ぎにご注意と指導しました。このことから長野県でもサラダはマヨネーズよりもドレッシングが主流になったと考えられます。ただ、近年の研究によって、食事から摂取するコレステロールは血中コレステロール濃度にあまり大きな影響が与えないことも分かってきました。
以上より、漬物よりも生野菜を食べる指導は、血管を丈夫にしつつ減塩して脳卒中を予防するのに適切だったと言えるでしょう。

「あれ?長野の漬物といえば無塩漬物のすんきが有名じゃないですか?なんで漬物の取り過ぎが塩分過剰につながるのですか?」と疑問に思った方もいるかもしれませんね。実は無塩漬物のすんきは、長野の中でも木曽の、しかも中北部の非常に狭い地域だけに伝わる伝統漬物です。長野は江戸時代は様々な藩に分かれており、現在でも長野、北信、松本、佐久、諏訪など10の行政地区に分けられています。すんきは、その広大な長野県の中のごく一部地域だけで愛好された食品なのです。さらに言えば、すんきは地元では味噌汁やおそばに入れたり、醤油をかけて食べるので、すんき=減塩ではありません。そして、これほど多様な風土だった長野県ですが、県全体で見ると伝統的食文化は塩漬けの漬物を多食する一汁一菜で、塩分過剰が原因で体調不良になるケースがよくあった、ということなのです。

ちなみに、少々脱線ですが、ある年齢以上の方ならみんな知っている昭和の「ぶら下がり健康法」の大ブームですが、「みどりのむらに輝きを」によると信州大学の松田克治先生が、生活改良普及員などの長野県職員らの協力のもと、農家の女性に指導したのが流行のきっかけだそうです(112-113ページ)。もともとはアメリカの健康法で、日本でも松田先生の指導開始よりも20年以上前から知られていたのですが、先生が適切なサイズの道具を開発したところ、日本全国を巻き込んだブームになったという事です。

話を元に戻すと、「みどりの・・・」に記録された様々な健康指導は、普及員のみならず栄養士や、佐久総合病院の若月俊一先生ら大勢の医師が旗振り役となって、県下一円に広められ、活動は次第に成功を収め、長野県の平均寿命はどんどん長くなりました。この本が書かれた昭和61年(1986)の2年後に鎌田先生は諏訪中央病院の院長になります。鎌田先生らはこうした先人の活動も背景にして減塩と野菜消費拡大、スポーツ(運動)の大切さを訴える活動をさらに強力に進めた、というわけです。そして長野県は日本一の長寿県となります。その後も現在まで長野県の寿命は延びているので、冒頭に書いた「野菜サラダが原因で塩分取り過ぎ」説は誤解と言えるでしょう。

「じゃあ、なんで今は滋賀県が男性の平均寿命1位なのかな?あの有名な鮒寿司のおかげ?発酵パワーで長寿?」という噂も流行していますが、事情通の方に聞いたら「あれはハレの日のごちそうで高額な品も多いため、普段はあまり食べませんよ。食べる時も少量です。まれに少量食べる食品で健康になるはずないじゃないですか。それに鮒寿司がそんなに健康に良いなら、昭和のころから滋賀県が日本一の長寿県だったはずでしょう?」。確かに、どうやら「発酵食品のパワーで長寿」説はオーバーですね。「滋賀県は長い努力で喫煙率と塩分を下げてきたのです、そういう日頃の積み重ねのおかげで長寿なんですよ。」とのことでした。

ということで、これからも長野県や滋賀県はじめ全国の皆様が、野菜を食べて、減塩や運動に気を遣って、お元気で健康であることを願っています。
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3月上旬に「いいね」数がリセットになりました。

2018年03月18日 | Weblog
皆様、いつもご愛読ありがとうございます。
しばらく前にとても多くの方から「いいね」をいただき、
大変うれしくて、ブログを書く励みとなっていました。

ただ、先日、残念なことに、ブログの主催者様のやむを得ないご事情で、
gooのこのブログや他の多くの方のブログで、
3月上旬までにいただいた「いいね」等の数がゼロにリセットになったそうです。
これはブログのシステム上の問題なので、やむを得ない措置のようです。
先日からまたカウンターが稼働し始めて数え直しが始まりました。

いままでいただいた多くの方の応援の声に心から感謝し、
この記憶を胸に刻んで、また、これからもお役立ち情報を提供するように
頑張ります。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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先日のブログに関するお詫び。

2018年03月04日 | Weblog
前回2月21日のブログで、UFOが地球を攻撃する確率は極めて低いと記しましたが、本日、一部の方々の間ではこの可能性について非常に心配していると知りました。

神経の行き届かない文章で結果的に誤解を与えてしまったことについて、心よりお詫びを申し上げます。 2月21日のブログについては、誤解のないように適切に訂正します。
これからも気をつけて記事を書くようにいたしますので、ご愛読をよろしくお願いいたします。
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「栄養の常識は変わるから学んでも無駄」説は詭弁。

2018年02月21日 | Weblog
最近、いろいろなところでこういう話を見聞きします。
「栄養学の常識はどんどん変わるから、栄養学なんて信じられない。」
という説です。中には「学ぶだけ無駄。」「栄養士なんて嘘つき。」という過激な意見さえ耳にします。

しかも、タミアの今まで出会った範囲のことですが、なぜかと思って詳しく話を聞くと、どうも一部の人の間で「栄養学は変わるから信じられない」説が出回っているようです。そういう説を信じる方ほど、なぜか食養思想や、疑似科学や、科学を装った政治プロパガンダ(例えば「牛乳は日本人の健康を破壊しようとする○○国の陰謀だ」等の話。)にはまってしまうケースが目立つのも、気になっています。

結論から言うと、「栄養学なんて変わるから信じられない。」という説は論理的に全くのでたらめで、相手にする必要なんかありません。なぜなら学問は変わるものだからです。科学だって歴史学だって文学だって宗教学だって変化しています(仏典や聖書の解釈も過去と現代では変化しています)。
歴史を例に取れば、タミアが学生の頃は「1192(いいくに)作ろう鎌倉幕府」というだじゃれで歴史年表を暗記させられましたが、今では1192年ではないというのが定説です。こんな調子で、歴史の教科書は昔と今で異なる点が多いのですが、では、だからと言って歴史を学ぶことは意味が無いのでしょうか。そんなことはないですよね。

タミアが小学生の頃は、キノコは植物の一種だと教わりました。今では、キノコは植物とも動物とも異なる「菌類」に属するとされています。しかも、米国の大学でよく使用される教科書「キャンベル生物学」には、菌類は植物よりも動物に近いと明記されてます。さすがにキノコがのこのこ歩く訳ではないのですが、実は動物に近いというのはタミアもびっくりしました。菜食主義に基づきキノコばかり食べていたジョン・ケージが生きていたらなんと言うことでしょう。その他にも分類学は大幅な変更があったそうです。じゃあ、分類学は無駄でしょうか。そんなことはないですよね。

変わらない学問があれば、それはイデオロギーです。

学問を学ぶ上で大事なのは、その時代時代の新しい情報を学びアップデートすることです。そして、今分かる範囲でできる限り正確な情報を集めて発信するように努力することです。

そして強調したいことがあります。それは昭和の保健士さんたちは、現代の目から見れば一部間違った情報を伝えていたものの、主軸においては今日でも通じる情報を伝えていたことです。それは何かと言うと、「人間は雑食性の動物であり、一般論としてはいろいろな物を食べる方が、ビタミンやミネラルなどを摂取できてより健康維持に役立つ」という事です。極端な偏食をしている人は、特定の栄養不足や重金属過剰摂取などのリスクが生じてしまうので、健康を維持するのが難しいのです。ですからこの「いろいろな物を食べるほうがおすすめです」という情報はこれからもまず変わらないことでしょう。
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音に色を感じる共感覚は「いろおんぷ」も一因かも?

2018年02月11日 | Weblog
食べものの話では無いのですが、大変気になった話題ですので、紹介させてください
音を聞くと色が頭の中に浮かんで見えるなど、二つの感覚が混じった特殊な知覚「共感覚」という現象が知られています。昔は真偽が疑われたのですが、厳密な研究の結果、本当に存在する珍しい現象と分かっています。ただ、音と色の関係は個人差が激しくて一定の法則性はないと考えられていました。

ところが、新潟大の伊藤浩介助教が、日本人の共感覚者15名にドレミの音を聞かせたところ、虹の色の順番(赤橙黄緑青紫)にほぼ対応していることが発見されたので、ニュースになっています。
新潟大学の12月20日付けプレスリリースによると、15人の平均を取ると、ドが赤、レが黄色、ミが緑、ファが茶色でファ#が橙色、ソが水色、ラが紫、シが薄紫、となる図が掲載されていました。ファの周辺で虹の色の順番が裏返ってしまうのも特徴です。
伊藤先生によると、「ドレミの歌」で「ソは青い空」と歌うことが原因(つまり日本語による生育環境も一因)かもしれないが、ドの赤などが環境要因で説明できないため、脳の未解明の問題にヒントを与えてくれるかもしれないということです。

大変面白い研究だと思います、伊藤先生。たなかすみこ先生の「いろおんぷ」はご存じでしょうか。日本の幼児向け音楽教育の導入(特にピアノ)では、「いろおんぷ」という教材を使用するケースが多いのです。
「いろおんぷ」メソッドでは、ドが赤、レが黄色、ミが緑、ファが橙、ソが空色、ラが紫、シが白であると最初に教え込みます。鍵盤の上にこの虹色のシートを音と色が対応するように置いて、指にも親指に赤、人差し指に黄色、中指に緑、とリボンを巻いて練習します。それだけじゃなく、使用する楽譜も、(通常は黒の)オタマジャクシが白くなっており、先生が色鉛筆を渡して「ドの音には赤い色を、レの音には黄色を塗りましょう。」と指導するのです。

音楽教室に通っていた幼児期、「せんせい、これって虹色の順番に似ているし、レがレモン色、ミが緑色というのも分かるけど、なんで次がいきなりオレンジ色なの?」と尋ねて音楽教室の先生を困らせてしまったことも覚えています。そこで独り合点で、「あ、そうか、ファはファンタオレンジのファですね。」と言ったら、先生がやや引きつった表情で「そ、そうね・・・」と頷いてくれたのを思い出します(笑)。そして、ソが空色、ラが藍(ラン)色すなわち青紫、シは白に基づいていると教えてもらいました。

いろおんぷが関与しているという仮説なら、ファの周辺でオレンジ色となって虹の色の順番をひっくり返してしまう理由も、シの色が薄らぼんやりした色になることも説明がつきます。伊藤先生の次の研究では、いろおんぷを習った方とそうでない方で比較実験してもらえるとうれしいな、と思いました。このブログが今後の科学研究の発展にほんのちょっとだけでも役立つことを願って記しました。
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すぐ使える授業ネタ:米消費減の主因はパンではない!

2018年01月03日 | Weblog
先日知人から聞いた話ですが、数ヶ月前にある教室で面白い授業があったそうです。
社会科や算数の授業で使えて、しかも人生にも刺さる内容でした。

ブログで紹介してよいかどうか確認したところ、論旨はそのままで、ただし台詞等を一部書き換えて、関係者名や教室名を伏せれば拡散して大丈夫、むしろ積極的に授業で使ってください、とのことでした。そこで、これらの点をクリアして、皆さんにご紹介します。

先生「皆さん、近年お米の消費が減っているそうです。」
(新聞や雑誌の「米の消費が減っている」という記事を見せる。)
「では、お米の消費が減った原因はなんだと思いますか。」

生徒「他の食べものを食べるようになったからだと思います。」
生徒「やっぱり、パンじゃないでしょうか。」
先生「皆さんもパンだと思いますか?」

生徒「はい。しばらく前に見た新聞記事にこう書いてありました。最近、パンの消費が米の消費を追い抜いた、と。」

先生「それで、パンが原因だと思うのですね。でもその新聞には、パンが原因だと書いてありましたか?」

生徒「あれ?でも、パンの消費が米を追い抜いたのだから、パンが原因・・・ですよね?」

先生「その記事は私も読みました。国の『家計調査』という統計データによると、パンを購入する金額が、米を購入する金額を追い抜いた、という記事です。でも、記事には、パンが原因で米の消費が減ったとは書いてありませんでしたよ。

実は、あなたが陥った錯覚は、人間なら誰でも多くの人が陥る落とし穴なのです。人間は二つの物を取り上げて、それぞれの増減に関する話を聞くと、その二つの物の間に因果関係があると錯覚しやすいのです。頭の中にいつのまにか思い込みの枠が出来てしまうのです。

例えば年々喫煙率は低下し、子供の貧困率は上昇しています。ではこの二つには因果関係があるでしょうか?・・・・ないですよね。でも、この言葉を聞いてあなたは一瞬、なにか因果関係があるんじゃないかといろいろ想像してみたのではないでしょうか。

日本酒の輸出量が増加していますが、一方で、ガラケーの台数はどんどん減りました。すると、ガラケーが減ったからお酒の輸出量が増えたのでしょうか?
違いますよね。
このように、二つのデータが、年と共に増えたり減ったりすることについて、そこだけを取り上げても、因果関係があるとは証明できないのです。しかし、人間とは残念な生き物でして、きちんと学習しないと、そのことがよく分からない。そのために、二つの物の増減を見つめると、ついその二つの物の間に因果関係があると信じてしまいやすいのです。

では、米とパンの実際の関係について、家計調査をよく見ましょう。実は、家計調査をよく見れば、米の消費減退の主因がパンではない事実が読み取れるのです。」

(インターネットで国が公開している家計調査グラフ「1世帯年平均1ヶ月の収入と支出」を見せる。)

先生「これは2000年(平成12年)のデータです。
  世帯人員は3.31人。
  お米への支出額は3243円。
   これを3.31人で割って、一人あたり979.8円。
パンへの支出額は2267円。一人あたり684.9円。

次は2015年(平成27年)のデータです。
世帯人員は3.02人。
お米への支出額は1822円。一人あたり603.3円。
パンへの支出額は2499円。一人あたり827.5円。

ではこの15年間で米とパンはそれぞれ何円増減してますか?」

生徒「米は376.5円減って、パンは142.6円増えています。」

先生「そうですね。では、皆さんお米376.5円って、炊くとお茶碗何杯になるか知ってますか?」

生徒「・・・?」

先生「例えば、秋田産あきたこまちが5キロで税込み1800円で売っていました。ブランドによって値段の差がありますが、今回はこのあきたこまちを例に計算しましょう。
この場合、1キロで360円ですね。すると、376.5円は1.05キロです。

一方、お米は1キロを炊くと2350グラム前後の炊飯米になるので、お茶碗1ぱいを150グラムとして計算すると、お茶碗約16杯になります。さあ、では376.5円のあきたこまちは茶碗約何杯でしょうか?」

生徒「17杯弱です。」

先生「そうですね。一世帯3人だと50杯近く減少していますね。
 あきたこまちより安い米だと60杯以上減少していることでしょう。
 お米の消費がとても減少したということがよく分かります。
 ではここからが重要な部分です。
 2000年から2015年の15年間で、パンは142.5円増えています。
 これはどれくらいの量ですか?」

生徒「ヤ○ザキのロイ○ルブレッドだと、1斤。」
生徒「でもベーカリーのあんパンだと1個分だよ。」
生徒「サンドイッチだと、1食分も買えないよ。」

先生「なるほど。ここではあんパンを代表例にしましょう。
 では、最後の質問です。
 あんパンを1個余分に食べるようになったのが原因で、ご飯を食べる量が17杯分減ったと思う人、手を挙げてください。」

(生徒、あっと驚いてから、一瞬間を置いて、クスクス笑い出す)

先生「そうですね。誰もいませんね。あんパン1個食べたのが原因でご飯が17杯も減るはずがありません。このように、家計調査から分かる通り、お米の消費が減った主因はパンではありませんね。」

生徒「面白かったです。よく分かりました。では、家計調査でお米の購入金額が減った主な理由はなんでしょう。」

先生「いい質問ですね。あなたは何だと思いますか?」

生徒「うーん。糖質制限ダイエットの影響や、少子高齢化で一人あたりのカロリー摂取量が落ちているとか?」

先生「なるほど。他にアイデアはありませんか。」

生徒「家計調査は生のお米を買って炊飯するのを調べているのですね。じゃあ、生米を買わずに、おにぎりを買って済ませるようになったから?」
生徒「うちはふるさと納税でお米をもらっているからここ数年お米を買ったことがありません。」

先生「なるほど、みなさんいいアイデアですね。おそらく一つの物だけが原因ではなく、複合的な要因によって、少しずつ家計調査におけるお米の支出額が減ったのでしょう。いずれにせよ、結論を出すには、様々な統計を見て、よく比較検討しなければなりません。ここでは私はあえて結論は言いません。皆さんによく考えてもらうのが、この授業の目的だからです。

もう一度繰り返します。私たち人間は物事の因果関係を安易に決めつけがちです。私たちの周りには、様々な問題の「犯人」捜しのための統計データが広まっていますが、データを正しく理解するためには、きちんとした知識とおちついてよく考える態度が必要です。

今回は、小学校で習う算数で、パンがお米消費量減少の主犯でないことが証明できました。みなさんも、これから日常で、様々な物の因果関係の話を聞くでしょう。例えば、これを食べたら痩せるとか、日本社会の問題の原因はここにある、とか。
そういったときには立ち止まって、今回の授業のことを思い出してもらえると、先生はうれしいです。」
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阿子真理さんの論評が面白いです。

2017年11月25日 | Weblog
最近非常に忙しくて、なかなかまとまった話が書けずに、済みません。
そんななか、旧聞ですが、阿子真理さんという生活史研究家の方が
東洋経済ONLINEに掲載した「「一汁一菜本」の礼賛になんとなく感じる違和感」
という論評が、様々な角度から読める深い内容だと思ったので、皆様にも紹介します。

土井先生の一汁一菜の本が売れている背景や、
世界の文化の影響を受けて和食が成立した事実、
家庭料理が一汁三菜と誤解されるようになった歴史的経緯などを
阿子さんの調査に基づいて紹介する内容です。

一汁三菜の誤解のきっかけは1978年10月2日の「きょうの料理」だったという指摘なので、
それは本当だろうかと首をひねりつつも、時期的には確かによく合致する説なので
いろいろ考えさせられて、とても面白い内容です。

結びの部分では、阿子さんは、
最近の「一汁一菜」では味噌汁に限定されずにスープなどを選ぶ人々も現れていると紹介しています。

阿子さんはご存じ無かったのかもしれませんが実は、これは新しい動きではありません。
私が受けた昭和末期の学校教育でも
「一汁なんとか菜とかいう時の汁とは、すまし汁でも洋風のスープでもいい。
お菜は和風に限らず、ハンバーグなどの洋食でもいい。」と指導されていました。
当時政府が指導していた「日本型食生活」という概念が、
米を中心に和風洋風中華風、いろいろな食事を食べるという指導だったからでしょう。

そういう教育がいったん忘れられて消えかかっていたのが
最近になってまた復活したのかもしれません。
阿子さんが指摘したのとは別の雑誌でも、パンとスープの一汁一菜が紹介されていました。

この阿子さんの論評については、それぞれの方々が様々な意見・感想を
もたれることもあるかと思いますが、阿子さんのお話は非常に面白く、
きっとこのブログの読者の皆様も関心を持たれる内容ではと思いましたので、
ここでご紹介いたしました。
今後の阿子さんの論評や著作も楽しみです。そっと陰から応援したくなりました。
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読者の皆様に御礼申し上げます。

2017年09月30日 | Weblog
先日、思いがけず多数の読者様から「いいね」をいただき、大変驚きました。こんなに大勢の方にお役に立てたことがとってもうれしくて、ひとしきり泣いてしまいました。読者の皆様に心から御礼を申し上げます。

心を引き締めて、これからもよく文献を読んだり研鑽したりして、皆様のお役に立つ情報を提供したいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

ところで、書きたいネタはたくさんあるのですが、軽重硬軟いろいろあって、中には非常に慎重に筆を進めなければならない話題もあります。一方で、最近子育ても大忙しで、なかなかまとまった時間がとれないのが悩みです。そんな訳で、更新が遅くてなんとも申し訳ありませんが、これからも時々「そろそろ更新されたかな~」とチェックしていただければうれしいです。

これからも末永くよろしくお願いします。

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「腐る野菜・腐らない野菜」実験は、それだけじゃ意味なし。

2017年08月27日 | Weblog
ご隠居さんと熊さんこと熊五郎さんの会話です。

熊さん「ご隠居、あたしのとこのター坊のことでご相談なんですが。」
ご隠居「小学生のお子さんですね。また何かやらかしたんですか。」

熊さん「とんでもねえ。夏休みの自由研究の相談ですよ。
  ター坊が、学校の食育で、先生からこう習ったんですよ。
  『なんとか農法で栽培した野菜は、普通にスーパーで売ってる野菜よりも体に良い』、ってね。それは、どちらが先に腐るかという実験で、わかるっていうんですよ。」

ご隠居「ああ、食育や食農教育の本に時々そういう話が載ってますね。
  実は、本によって、薦める農法が違うのですが。」

熊さん「さすがはご隠居。何でもご存じだ。こいつは話が早い。
  実はター坊が、先生の説明した実験をまねてみたんですよ。
  なんとか農法の野菜を切ってシャーレに入れる。
  スーパーで買った普通の野菜も同じくする。
  で、どちらが先に腐るかを観察するって具合で。」

ご隠居「で、どうなりましたか?」

熊さん「それが、3回やって3回とも、先生と反対の結果になりましたんで、困ってるんですよ。」

ご隠居「ほほう。」
熊さん「先生は、こう言ったんですよ。
  『スーパーの野菜はすぐ腐るが、なんとか農法は腐りにくい。
  きっと抗酸化成分だかなんだかのおかげだから、体に良い』と。
  ところがター坊の実験は、なんとか農法の方が先に腐りやがった。」

ご隠居「あっはっは。それなら簡単なことですよ。
  自由研究の考察欄にこう書かせなさい。
  『腐らない野菜というのは不自然だ。
  なんとか農法の方がすぐ腐ったから自然で体に良い。』と。
  これは私のアイデアではなくて、実際に、
  別の農法を薦める本に書いてある話ですよ。」

熊さん「なるほど、さすがご隠居。
  ・・・あれ?でもその論法だと、どっちにしても
  スーパーの野菜の方が体に良いって言い張れるんじゃ?」

ご隠居「ほほう、どういうあんばいに言うんですかね?」

熊さん「そうっすねー。
  『なんとか農法は先に腐る。不衛生でばい菌まみれなんじゃないか?スーパーの方が衛生的で安全安心だ。』ってな具合にね。
 で、逆になんとか農法が長持ちしたら『腐らないのは不自然だ。』って言い張るんですよ。」

ご隠居「全く熊さんにしては上出来ですな。」
熊さん「それって褒めてくださってんですか?
  でたらめな論法って分かってて、あたしに薦めるとは
  冗談きついですよ。」

ご隠居「まあまあ、おこりなさんな。今の話を整理しましょう。
 その先生の説明した実験は、何かを説明してるように見えて、実は本当の説明にはなってない。実験結果の考察の段階で出た意見はあくまでも仮説です。この仮説を別の実験で立証してこそ正確な科学実験になるのですが、なぜかそこの段階をはぶいた、実験もどきの詭弁が、食育や食農教育を通じて広まっているのです。」

熊さん「ちょっとあたしには難しいので。別の実験で立証とは?」

ご隠居「なぜ先に腐ったか、あるいは腐らないのはどうしてかを考察しても、それはこの段階ではまだ仮説なので、別の実験をしなければならないって意味ですよ。例えば、先生の言う抗酸化成分説が本当なら、その成分の含有量を分析するなどの実験が必要です。その成分だけを抽出して、カビの生育を防ぐ作用の有無も確認しなければ。」

熊さん「先に腐る野菜が自然だ、という仮説は、どう実験するのですかね?」

ご隠居「それは無理ですよ。人によって、自然な野菜というのは違うものですから。ある人は有機農法だといい、別の人は有機肥料を与えるのも不自然だと言う。さらに別の人は、波動農法だとかEMだとか言う。人間が人為的に選抜したのが今の野菜だから、野草でないとだめだ、という人だっている。機械を使って収穫したら不自然だ、という人もいる。だから、腐る野菜が自然、という説明には意味がないのです。」

熊さん「なるほど。」

ご隠居「先生は何かの食農教育の本でこの『実験もどき』を読んで、そのまままるごと信じてお話されているのでしょう。まあ、最近の小学校の先生方は忙しいですから、詭弁を見抜けない方も、中にはいるのでしょうな。」

熊さん「うーん、ター坊がクラスでいじめられるかも。心配です。」

ご隠居「つらい話ですねえ。先生がなんとか農法にはまってしまったばかりに。先生と異なる研究結果になっても、なんとか農法が体に良いと詭弁を言わなければならないとは。」

熊さん「いやいや、キベンとかいうのには頼りません。
 ター坊にはこの自由研究をそのまま提出させますよ。」

ご隠居「そんなことして大丈夫ですか。」

熊さん「もちろん大丈夫です。PTAの会長が当たっちまったんですよ。小学校の校長とクラスの父兄に、このブログを印刷して渡しますから。」

おあとがよろしいようで・・・。
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クールビスにはパンを召し上がれ!?

2017年08月12日 | Weblog
ある県の教育研究会が、県の小学生の夏休み向けにある課題図書を推奨しました。
食育・食農教育の本だったのですが、その本によると「パン食は体を冷やす。お米は体を温める。」だそうです。

そうなのかー。じゃあ、夏はクールビスのためにも1日3食パンを食べようね。
エアコンも不要になって、パン食は環境保護の頼もしい味方だね!
地球に優しいエコでサスティナブルでロハスでエシカルな暮らしのために、夏は和食をやめてパンにしよう!

、じゃないですよねー!!と、和食大好きタミアは叫びます。

「パン食は体を冷やす」というお話の方が、疑似科学の匂いがプンプン漂います。

私の知る限り、パン食が体を冷やすことを医学的に証明した論文はありません。
民間療法でも、例えばアフガニスタンでは小麦は「熱い」食物に分類されています。メキシコではパンは「中性」(熱くも冷たくもないこと。)に分類しています(味の素食の文化センター「食の思想と行動」に収録された論文、「民間医療の中の食べもの」吉田集而先生、によります)。

つまり、パン食が体を冷やすという説は、血液型占いと同じく、日本など一部の国だけで信じられている迷信、と考えられるのです。ではなぜ日本ではパン食が体を冷やすと信じられているかを調べましたら・・・ああ、またかぁ。このブログでしばしば紹介している「食養」にたどり着きました。

食養思想の創始者である石塚左玄氏が明治時代に「カリウムの多い食品は体を冷やし、ナトリウムの多い食品は体を温める。小麦はカリウムを多く含むから、パン食は体を冷やす。」と唱えたのが始まりでした(参考図書「食医石塚左玄の食べもの健康法」ほか多数)。するとパンはカリウムがものすごく多いんでしょうか?

ということで、文科省の食品成分表で、食品100gに含有されるカリウム量(mg)を調べました。食パンと比較するのは、石塚先生が体を温める食品と指導した、玄米ご飯(食品成分表では「水稲めし/玄米」という名称で記載。)です。

水稲めし/玄米        95mg
食パン            97mg

あらら、ほとんど同じ値ですね。

ちなみに石塚先生が「体を温める」とした食品のカリウム含有量も調べてみました。
ダイコン(皮むき、生、おろし) 190mg
ニンジン(皮むき、ゆで) 240mg

・・・大変驚きますね。石塚先生は「カリウムの多い食品は体を冷やす」と唱えたのですが、石塚先生が「体を温める」と指導したダイコンやニンジンの方がパン食よりよっぽどカリウム含有量が多いのです。

公平のために、石塚先生が「体を冷やす」とした食品のデータも記します。
キュウリ(果実、生) 200mg
ナス(果実、ゆで) 180mg

これも驚きますね。ニンジンに比較したらむしろカリウムが少ない位です。おそらく明治時代の食品分析技術が低かったために、石塚先生は、いろいろと誤解したのでしょう。

以上のように現代の分析技術をもって考察すると、「カリウムが多いからパン食は体を冷やす」というのは勘違いなのです。それに、そもそも論としてカリウムが体を冷やすという前提が正しいなら、冷えが心配な方はまずダイコンやニンジンを避けるべきですね。

「それでもパン食は体を冷やす」と主張したい方は、でしたら、世のため人のため地球環境のために、夏は毎日ずーっとパン食で、エアコンも扇風機も止めて過ごしてくださいね。

(ご注意*「体が冷えるとはどういう現象か。何をもって冷えの指標とするのか。」は実はまだ医学的に明確に定義されていません。その上でこの文章は、仮に「体が冷える」が定義できたとしたらこんなおかしな論法になってしまう、ということを示しています。)


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おにぎり「だけ」推し栄養士にはご注意。

2017年08月06日 | Weblog
タミアは管理栄養士の成田崇信さんのファンです。最近、成田さんのお話のスタイルの上っ面だけをまねつつ、言葉巧みに、不健康なニセ科学的食事法を吹き込む栄養士らが現れたので、危機感を持っています。

成田さんは、「手作りが正しい」「和食が正しい」等の食育デマに振り回されて苦労している方々に、「加工食品でもパン食でも食べ方次第で栄養バランスはとれるので、そんなに焦らなくても大丈夫」とアドバイスしています。野菜嫌いの子を持つ家庭には、ご家族の気持ちに寄り添って、焦らず、長い目で少しずつ、野菜好きな子に育てることをおすすめしています。また、一部の食育指導者がやっきになっている「肉や牛乳は避けましょう。」という食育指導の危険性を指摘し、いろいろな食品をバランスよく食べることの大切さを指導しています。

ところが、よりによって「お米ばかり食べていれば栄養的に足りる。肉や魚などはほとんどいらない。」と、上から目線で変に厳格な食を押しつけていた一部の栄養士らが、最近になって、態度をコロッと変えて、成田さんのソフトな語り口をまねているのです。

やり方は非常に巧妙です。まず、子供の食育に困っている人々に「お子さんのおかずを毎食作ったり、野菜嫌いの子に野菜を薦めるのは、大変でしょう。」とすり寄って、「野菜も肉も、おかずなんて食べなくても大丈夫。子供の栄養はおにぎりだけで十分。」と驚かせて、とどめで成田さんの言い方をそっくりまねるのです。「ご両親の負担が軽くなって食卓の笑顔が増えることがまずは大事ですよね。」と。

育児に疲れている人で初めてこの話に出会った人は、「なんと優しい言葉だろう」と、干天(かんてん)の慈雨のように感じることでしょう。ですが、子供の成長にはタンパク質やカルシウム、ビタミンなどが欠かせない一方、おにぎりだけではこれらの栄養素が不足するのです。それに、どの子にも一律におにぎりを推奨する行為は、野菜が苦手な子供に野菜を無理に食べさせるのとあまり変わりない行為ですね。子供がおにぎり嫌いでしたら、むしろご両親の負担は重くなって、食卓から笑顔が消えてしまうことでしょう。

一方、成田さんはそんな矛盾は言ってません。成田さんの本は、「栄養学的には米飯食にこだわる必要はないし、偏食がひどいようであれば、時間をかけて少しずつ暖かく見守りながら直してあげましょう。」と、栄養バランスが大切だがその取り方は人によって様々な方法があるのですよ、という基本姿勢ですから、「おにぎりだけ推し」とは似て非なる指導法なのです。このページの読者の皆さんなら、成田さんの話の方が筋が通ってることはすぐおわかりですよね。

たぶん、これからますます、成田さんの話の上っ面だけをまねした疑似科学系栄養士や食育指導者が増殖することでしょう。皆さんも、「子供にはおにぎりだけで大丈夫」という甘言にはくれぐれも気をつけてくださいね。

3月16日追加記事:あるサイトで、成田先生がこのブログにコメントしてくださったそうです。たぶんまねをしているわけじゃないとおもいます、というご指摘でした。コメントありがとうございます。そうでしたか、もしかして偶然の一致だったのかな。言い方がよく似ているけど、中身が全然違う説ですよね。
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カール終了。「消費者のコーン菓子離れが原因」説は矛盾。

2017年07月25日 | Weblog
少々旧聞ですが、明治のロングセラーお菓子「カール」が東日本で販売停止するニュースは日本中を駆け巡りました。私も子供時代にカールをたくさん食べましたし、今でもあの味は大好きです。ひこねのりおさんの手がけたカールおじさんのCMも大好きでした。それが東日本で販売されないということが残念で、なぜだろうと気になり、様々な報道をチェックしました。

すると、奇妙なことに気がついたのです。結構な数のメディアや個人が「消費者がコーン菓子離れを起こして、ポテトチップスの方に人気が移ったから。」と言っているのです。しかしその説明は、すぐに壁にぶつかるのです。

例えば、やおきんの「うまい棒」はコーン菓子ですよね。「ポテチが人気だから」という説明では、うまい棒の大人気ぶりが説明できません。すかさず「うまい棒は個包装で手が汚れないから、コーン菓子にもかかわらず人気なのだ。」と説明している人もいましたが、あれれ?変ですよね。ポテチって手が汚れますよね。話が矛盾しています。

ちなみにコーン菓子の「セブンのチーズリング」も、人気商品らしいですし、手が汚れます。

「カールはコンビニでフェイスがでかくて嫌われたが、うまい棒はフェイスが小さいから好まれたのだ。」という説もありました。フェイスとは、簡単に言うと、棚に占める表面積のことです。顔がでかいか小さいか、という考え方です。小さい店舗に多数の商品を詰めたいコンビニ経営者の視点から見れば確かにそれは一理ありそうですが、それを言っちゃうと、フェイスの大きい各種のお菓子(おせんべいなど)も結構コンビニの棚に並んでるのはなぜでしょうか。お客に人気があればフェイスの大きい商品もコンビニに残るのです。

それに、フェイスはメーカー側にとっては、商品の広告宣伝の最後の砦ですので、フェイスが大きいとメーカにとっては商品名を消費者に覚えてもらいやすくて有利なのです。なぜ明治のような大会社がこのアドバンテージを活用できなかったのか。

カールはかさばるから物流コストがかかるからだ、という説もありました。でも、それを言っちゃうと、なぜポテチは売れているのでしょうか?ポテチは思いっきりかさばるのですよね。

・・・「コーン菓子がポテチに食われた」説はどうも奇妙です。

プレジデントONLINEでは6月22にライターの吉田綾乃さんがカール分析記事を書いています。その中で、製造コストがかかることがネックだと指摘しています。これは重要な指摘と思います。確かに、エクストルーダ(というマシンがあるのですよ。)と特注の専用口金がないとカールは作れません。関東地方の工場の製造ラインが耐用年数に近づいてきて、新しい設備に投資しても元を取るには時間がかかると考えた、というのがおそらく真実に近いのではないでしょうか。もちろん、想像の域を出ないのですが。

一方、東洋経済ONLINEでは調達・購買業務コンサルタントの坂口孝則先生が鋭い指摘をされていました(5月27日付け記事)。スーパーマーケットでの人口100万人あたりのカール売上金額を分析したら、中部・東北・北海道で売り上げが低いという事実が判明したというのです。関東は売り上げが高くて人口も多いのですが、データを分析すると、西日本での製造販売に特化した方が利益が上がりそうなことが推察されるというのが、坂口先生の指摘です。

「中部・東北・北海道の人だけがポテチが好きでコーン菓子が嫌い」ということは考えにくいので、やはり、「ポテチにコーン菓子が食われた」説は怪しい、と考えるべきでしょう。

ではなぜ中部・東北・北海道の人がスーパーでカールを買わないのか、それが、さっぱりわからないのです。
ただ、いくつかはっきりしている事実があります。

日経新聞の6月2日付け記事は厳しい内容で、カールファンとしては、少々ショックな内容でしたが、今の若い世代は「それにつけても」のCMソングを知らないというのです。記事は、CMソングを放送しなくなったため、商品の価値が低下したのではないかという指摘でした。確かに、食品にかかわらずあらゆる業界で、国民的に知名度の高いCMソングやジングルは財産ですから、それが忘れられてしまったら商品自体の財産価値を毀損(きそん)してしまうことでしょう。

と書くと、「CMなしでも売利上げがV字回復したお菓子があるじゃないか、ピノみたいに」、という声も上がってきそうです。ところが、ピノはリアル店舗(カフェ)を作ってSNSで話題を作るという、若者向けの戦略を練ったので回復したのです。同様にうまい棒やガリガリくんやポッキー、ベビースターなどの定番菓子も、おもしろいイメージや楽しいイメージ、おしゃれさや新しい食べ方の提案などを様々な手法で、若い世代に喚起するキャンペーンをやっています。かっぱえびせんは幼児向けに低塩分の小袋を販売して、非常に若い消費者を開拓しています。

と書きながら、「あれ?、明治も『おらが村』ホームページを作ったり、合格祈願のウカールというパッケージで販売したり、イケメンの実写版カールおじさんの広告を発信していたよねー。」と、疑問もわいてきました。

そこで改めて調べてみると、今の若い方には「おらが村」の「おらが」という言葉さえ古語で意味がわからないということのようです。ネットの知恵袋ページで「おらがってどういう意味ですか?」と尋ねている人もいる位です。意味のよくわからないページには確かにアクセスしたくないですよね。

「それにつけても」という言葉の意味がわからないと知恵袋ページに尋ねている人もいました。そうか、もはや古語なんだ、昭和は遠くなりにけり、と思いました。残念ですが、「カール」を構成するキーワードが若い世代に理解しにくくなっていたのです。

実写版カールおじさんの方も、私の身の回りで知る限りでは、うまい棒のキャラ「うまえもん」に「妹がいた!」キャンペーン、「ベビースターのキャラが新しくなったよ」キャンペーン、などと比較すると、大きな話題にはなりませんでした。
うーん、明治さんはいろいろと頑張っていたのですが、どうやら若い人の間での話題作りに成功しなかったようですね。また、経営上の指針として、チョコとヨーグルトに広告宣伝を投下する「選択と集中」を行っていたと伺っています。おそらく、カールは広告予算が削られたのではないかと想像します。そうした理由で、CMソング等を知らない若い世代はカールを知らない世代に変化していった可能性もあります。

ところで、うまい棒の工場の近くには、巨大なうまい棒のモニュメントがあり、地元の人も工場があることを我がことのように誇りに思っているのです。ベビースターも、同様に、地域の人が非常に誇りにしていました。両商品に関しては何度かそういうファンに会っています。彼らが目をキラキラして自慢するのをまぶしく見ていましたが、実にいい笑顔でした。このように、リアルに商品の「ふるさと」があり、リアルに応援してくださる人のいる商品は長続きするのではと思います。

ということで、以上をまとめると、「ポテチにコーン系菓子が喰われた」という説はうまい棒の大人気などから見ても首をひねる説であり、本当は、カールという特定の商品に関して複合的要因が重なった、と考える方が実態に近いのではないかと考えます。

いずれにせよ、また、東日本でも復活してほしいなあ。


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「棡原の長寿村」も「コーカサス地方は長寿」も間違いだった!

2017年06月24日 | Weblog
大変びっくりしました。ひょんなことから、1986年に東京都老人総合研究所疫学研究室長の松崎俊久先生が書いた小冊子「すこやか長寿の食事学」を入手しました。この冊子、あまりにも面白すぎて、しかも、おそらくもうほとんどの人の手には入らないものと思いますので、一部をかいつまんで皆様にご紹介します。

まず、エクアドルのビルカバンバ地方は長寿だ、という説については、調査対象者が全員年齢を偽っていたそうです(おやおや)。

次は「グルジア(現在のジョージア)周辺の人々は長寿だ」という説。この説が元になって隣国も含み「コーカサス地方の人は長寿だ。」と言われるようになったのですが、松崎先生が、旧ソ連時代にグルジア共和国の研究所に行って副所長のダラキシビリ博士に確認したところ、グルジアの90歳以上のお年寄りの約半数は年齢を偽っていて、110歳や120歳という話はおとぎ話にすぎない、と答えたのだそうです。

いまだに「コーカサス地方は長寿だ」という説がありますが、実は前世紀にすでに、作り話と判明していたんですね。

また、松崎先生によると、「山梨県の棡原村は長寿村」という話は、単純なデータの読み間違いだったそうです。ちなみに、棡原村は1970年代後半に「逆さ仏説」でも有名になったのですが、それは何かというと、「棡原では、伝統的粗食で育ったお年寄りは長生きしているけど、欧米化した食事で育った中年世代が早死にしてる。」という、当時流行した俗説のことです。沖縄の逆さ仏説が統計の誤読であることは、過去にこのブログで2回に分けてご紹介しましたので、よかったら読んでくださいね。

 棡原村がなぜ長寿村と錯覚されたかというと、「長寿率」という数値が高いためでした。長寿率とは、分母にその村の全人口、分子は70歳以上のお年寄りの数、と計算をすることです。でも、長寿率は、長生きの指数ではなくて、若者の流出の指数だったのです。村に学校や仕事場がなくて、若者が流出すると、高齢者だらけだから「長寿率」がアップする訳です。

そこで、より精度の高い方法で松崎先生が1977年の統計データを分析しなおしたところ、棡原村の長寿者の割合は全国平均とほぼ同じだったのです。逆さ仏説の前提となる「棡原の高齢者は長寿」という説そのものが間違いだったのでした。
 
 伝統食を食べれば長寿になるかどうかの話はさておいて、雑誌等で紹介された棡原の伝統食の、じゃがいもの煮物「せいだのたまじ」や麦のおかゆ「おばく」はおいしそうでした。ですが、おいしそうに見えるのは飽食の現代人の視点からのこと。「男の隠れ家」2009年7月号の47ページによると、棡原村は山間部でお米がとれないので、麦、アワ、キビ、芋類を主食にしていたのです。お米が主食でない伝統文化というのも、和食の一ジャンルとして大切に将来に伝えたいものです。
 夢と幻想の長寿村。ひとときのまぼろしに酔いに、ふらりと旅行してみたいものです
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