50代娘と92歳父(要介護3)のゆる~い介護生活

今迄は健康情報のブログでしたが、父親の介護のブログになりました。別居で、頑張りすぎない介護をめざしています。

父と桜を見た午後

2024-04-09 16:54:55 | 介護
うちから車で5分ぐらいの場所に、桜並木があります。
父から、亡くなった母にここの桜を見せた話を何度も何度も聴いていたので、ちょうど満開になっているかなと思って、父を車に乗せて買い物に行く途中に通ってみました。
私は初めて行きましたが、本当にすごくきれいでした。
「わー、きれい」と言いながらゆっくり車で通り過ぎてきました。

友だちとの花見だったら、美しい桜を見たらテンションが上がって「来年も見に来よう」「そうだね」で終わります。
しかし、高齢者の花見は、楽しんだそばから「来年は見られるかな」と、つい暗い方向に考えてしまい、結局、ためいき。未来が描けないってつらいです。本当に。

父はいろいろと憎たらしい面もあるけど、来年も一緒にこの道を通れたらいいな~。



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自分の親を好きか嫌いか。

2024-04-02 12:11:45 | 介護
介護中の友だちA子と話していたら、こんな話が出てきました。
A子「父は昔はものすごく怖かったから、私は父が好きじゃないの。だから、本当に介護がつらいの」
と言いながら、A子は老親と同居しています。やることはやっています。えらい。

高齢の親は、自分の快・不快にしか関心がなくなっていますが、多くの子供は介護しながら、親との過去の関係、満たされなかった親への思いに向き合っているのだと思います。
ずっと忘れていたのに、介護によって一緒に過ごす時間が長くなると「あのとき、あんなことをされた」と思い出してしまうんです。だから、頭にくるんですよね。
逆に、楽しかった思い出、うれしかったことは頭に浮かんでこないんです。
脳は不思議です。

私はというと、父のことは好きでも嫌いでもないです。好き嫌いかは考えないようにしています。
ただ、究極の選択で「好き」か「嫌い」かの二択だと言われたら、嫌いです。一人の人間として客観的に見たときには、好きではないです。いろいろ思い出してしまうので。

そして、おそらく父も、私のことが大嫌いだと思います。娘のくせになんできついことばかり言うんだ、なまいきだ、言うとおりにしろ、もっと優しくしろ、と思っていると思います。我が家は、まだ喧嘩できるので、会うたびに喧嘩しています。

でも、好きではないおかげで、「できる限りのことをしなくては」などと思わずに私は関われています。
もしも大好きなお父さんだったら、私はもっともっと頑張ってしまうと思うのですよ。だから、嫌いでけっこう。ものは考えようです。ある意味、ラッキーだと思っています。

おそらく世の父親は「子供が親の介護をするのは当たり前」だと思っています。だから、労いの言葉も感謝の言葉も出てこないし、要求はどんどん増えていくばかりです。
年齢とともにできないことが増えていくので、それはしょうがないことなんでしょうけど、少なくとも私は、楽しくてやってるわけではないので……。ときどきでいいから、感謝の言葉がほしいと思ってしまいます。
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介護の形は家族の数だけあると感じた出来事

2024-04-01 16:01:32 | 介護
介護中の友達A子と半年に一度ぐらい会って、状況を報告し合っています。

A子いわく「徘徊が始まった」というのです。
A子の父親は90歳で、毎日家の中でじーっとぼーっと座ったまま過ごすそうです。
あるとき、勝手に玄関のドアを開けて外に出ちゃったと。
気付いて探しにいったら、道端の座れる場所に座っていたと。
そういうことが何回かあり、勝手に外に出ないように、鍵を差さないとドアを開けられないようにしたそうです。

お父さんは外に出たかったのでしょうね。
私だって、毎日毎日家の中にいたら、たまには外に出たくなるような気がするんですけど……。
その家には、A子とお母さんも暮らしていて、二人とも基本的に家にいる様子。たまには一緒にお散歩に行ってあげたらいいような気も……。

そのお母さんは年老いた夫の姿を、近所の人に見られたくないんだそうです。
なるほどね~。
家族によって介護の考え方はいろいろあるなぁと、思った出来事でした。
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