ザ・インド人の日本語ブログ

PRAYING FOR THE GOOD OF JAPAN !!!

津波の被害の中で訪れた思いがけない幸せ...アンダマンのプリンセスがベンガルの嫁に

2005-12-27 | インド
スマトラ沖大地震とインド洋津波が起きてから昨日一年がたちました。信じられないぐらい多くの犠牲者を出し、無残な破壊跡を残したこの自然災害から立ち直るにはまだまだ長い時間が必要とするだろう。それは、「復興」などの言葉で簡単に表しきれないほどの大きな被害がそこにあるからです。

そんな絶望的な状況の中、一つ心が温まるニュースがありました。インド洋のベンガル湾南部に位置しているインド連邦直轄地域のアンダマン・ニコバル諸島がその物語の舞台です。この諸島は、世界でおそらくもっとも原始的部族が住居する場所の一つとしても知られています。その先住民の一つであるGreat Andamanese部族の女性がベンガル州の男性と結婚するというできごとがありました。Great Andamanese部族の人口は今わずか49人と言われていますが、それでも部族以外の人と結婚することはまずありえません。つまり、Rangeeさんという名のその女性がSukumarさんと結婚する話がある意味奇跡にほかならないのです。

津波後、Sukumarさんが諸島の首都であるポートブレアの病院で主治医としてお仕事をしていた時にRangeeさんと運命的な出会いを果たしました。Rangeeさんのお父さんが治療のために入院されていた病院はSukumarさんの働く所でした。そのお父さんはGreat Andamaneseの部族長だったから、つまり娘さんはプリンセスRangeeということになります。今年4月、お父さんが津波のショックから立ち直れず亡くなったのだが、その前に娘とSukumarさんを心から祝福したといいます。

50人もいない原始的部族から大きな世界へと飛び立ったRangeeさん、そして被害にあった人々を一生懸命に助ける中で運命の人に出会えたSukumarさん...末永くお幸せに!
' Clapping

続報...切っても切れないスポーツと政治の関係

2005-12-26 | スポーツ
これもまたおもしろい!

先週のブログで、クリケットのインド代表の元キャプテンの選考漏れについてインドの国会で議論になる流れについて書いたが、なんとその選手がチームに復帰することになりました。つい先週終わった対スリランカとのシリーズの最終戦の時に選考漏れをした理由として「チームの若返り」があげられていました。しかしこんど、来月行われるパキスタンへのクリケット・ツアーでは、「長い経験がチームの役に立つ」という理由で復帰することが決まりました。もちろん、スランプからの脱出という大きな課題が残されているわけだから、必ずしもレギュラーメンバとしてではなくて、いわゆるベンチメンバーとしての可能性が高いというニュースです。

Shockedこのあきれた状況をどう表現すればいいのだろうか。政治の力がいろんな形で働いたことは誰が見ても明らかで、選考委員会が苦しい言い訳をする日々が当分続きそうです。

インド対パキスタンの試合をテレビで観戦する人口が、ヨーロッパの人口をゆうに超えると言われている超ビッグ・シリーズを目前にしてヒートアップしたこの選考漏れと復帰の問題でチームの「和」が乱れないければいいですが。その一方、どんな形であれ再びめぐってきたこのチャンスを彼がものにしていい成績が残せたら、歴史に残る復活劇になることも間違いありません。

浅田真央選手をトリノに送らないで本当にいいですか?

2005-12-26 | スポーツ
昨日テレビでフィギュアスケートの全日本選手権を見てしびれました。女子の大会はこんなにレベルが高いことを正直なところ、あまり意識もしていなければ実感もなかったです。トリノオリンピックへの代表選手も決まったし、その3人とも世界ランキング5位に入っているわけだからトリノが楽しみです。

Making A Wishしかし、総合順位1位の浅田真央選手が年齢制限のため代表選手に名を連ねていないことは気になって仕方がありません。これは報道でずっと取り上げられている問題だし、「今さら書いても...」という感じですが、あえて代表選手が決まるまで書かないでいようと思っていました。それに、日本選手権でもう一度浅田選手の演技を見てから書きたいという気持ちもありました。ウィンタースポーツ全体に関してはどちらかというと素人なものなのでミーハーといわれても仕方がないが、彼女はオリンピックに参加できないことが改めて不思議に思いました。

国際スケート連盟がオリンピックの出場条件に年齢制限をもうけたにはいくつか理由があって、「医学的な見地から、若い選手への過度な精神的重圧と、成長を妨げる無理なトレーニングを避けるため」や「オリンピックで金メダル獲得後、プロに低年齢で転向することへの懸念」などがあげられています。

いずれも見解として間違っていないと思いますし、じゅうにぶんに考えた上で決断されただろう。だが、その見解は完璧なものと言えるだろうか。医学的な見地の話しですが、例えばオリンピックに出られないということだけで選手の普段の練習量やトレーニングが減るのかという疑問があります。また、15歳未満でオリンピックに出られないことがわかっていても、スケートをはじめる平均年齢が上がっているわけでもないです。しかも、浅田選手の場合に、出場条件に足りない87日だけで、医学的になにがそんなに違うのかがよくわかりません。次に、プロに低年齢で転向することへの懸念ももっともな話しで、それを防ぐ努力をすることに問題はないだろう。でも、世界で1位・2位の座を争っているような選手の場合ですから、例えばオリンピック後プロに転向しないように誓約書を書いてもらうなどなにか手を打つことはできたと思います。

とにかく、浅田選手の場合、今がピークかもしれないし4年後のオリンピックを考えるにはどうも早すぎます。あれだけ観客を魅了する選手が一番の大舞台に出られないことは残念でなりません。人気選手や実力者が出場しないという理由でオリンピックから消えていくスポーツもあるぐらいですから、「87日」のために特例を認めないことはどうもしっくりきません。

ところで、男子の全日本選手権で採点ミスがあって大混乱だったようです。これまでいろんな不祥事や疑惑があって、採点に透明度を増そうとさまざまな試みがされていますし、点数の区分などもとても細かく表示されるようになりました。なのに、まだミスがおきるわけですから、かつての採点システムはなにがおきても不思議ではなかったのかなあと思ってしまいます。採点競技に関してずっと疑問に思っていることを以前もブログに書きましたが、けっきょく素人は採点や結果に関係なくすばらしい演技に魅了されることが一番のことなのだろうか...

切っても切れないスポーツと政治の関係...一選手の選考漏れがインドの国会で議論へ

2005-12-21 | スポーツ
Cricket 1 インドの新聞のインターネット版を見ると、「スポーツ」の項目と「クリケット」の項目が別々に設けられている場合があります。つまりクリケットに関するニュースは他のスポーツとは別に報じられるということです。それほどクリケットがインドでは国民的スポーツであり、人気・経済効果・選手の認知度・メディアの扱いなどを考えると事実上の国技と言うべきスポーツに発展しています。

そんなクリケット界において、今世間をにぎわしている話題があります。それは、つい最近までインド代表のキャプテンを努めていた選手が選考から漏れた問題です。彼は、インドのクリケット史上キャプテンとして最高の成績を残しており、インドのチームを常勝軍団へ導こうとした立役者でもあります。2000年ごろ、世界のクリケット界で連続して発覚した衝撃的な八百長事件の直後に、彼がキャプテンとして就任してその後のチーム成績によってインドのクリケット潜んでいた危機をある意味救ったという評価も受けています。そして、一人の選手としてもたくさんの個人記録を持っている名選手で、名実ともにインドのクリケット界における英雄の一人です。

しかし、長引くスランプやチームの若返り方針などの理由で、キャプテンとしての解任に続き、一選手としても選考から漏れるのは時間の問題だといううわさがメディアを通してしばらく流れていました。そしてついに、先週その決断が下され彼が次の試合に選ばれませんでした。そのことは事実上、代表としての彼の復帰が極めて難しいことを意味するものでもあり、その波紋が大きく広がっています。

彼の出身地であるベンガル州では、この決断に対してファンがデモをしたり、騒動が起きたりなど、大騒ぎになっています。当然ながらメディアでもさまざまな意見が飛び交っていますし、それによってファンの気持ちも二転三転しています。そこまではありきたりなパターンと言ってもよかろうが、ついにこの問題について国会で議論することが決まったというニュースがありました。それを聞いて驚きあきれました。

ベンガル州の左翼政党を中心に、「この選考漏れが不公平だ」として議員が議論を求め、衆議院の議長がそれを了承したそうです。つまり、もしそれが実現すれば、本来国会が至急取り組まなければならない大事な課題よりも、一選手の選考漏れをめぐることが大きなウェイトを示すということになります。政治かもファンとして意見を持って当然だとはいえ、国会の場を借りて議論しようとするのは度を越したことに他ならないと思います。これまでも、クリケットに限らずインドにおけるスポーツと政治の関係がさまざまな機会に浮き彫りにされてきたし、これからも状況が急に変わることはないだろう。だが、今回のできごとは、政治がどこまでスポーツに関与していいのかを改めて考えさせられるものとしてたいへん興味深い話しです。

続々と現地の発音に改名されるインドの都市名...植民地時代の影響から離脱と、多言語社会構成の反映

2005-12-12 | インド
来年の11月1日から、インドにおけるソフトウェア・IT産業の中心とされるバンガロール(Bangalore)がベンガルール(Bengaluru)として改名されることが決まりました。改名というよりも本来のカンナダ語(バンガロールを含めカルナタカ州の公用語)の発音を再び正式に採用するようになったということです。このことが発表された時、ローマ字でのスペルがBegaluruとなっているが、Bengalooruと訂正される可能性が高いそうです。したがって、イギリスの植民地時代にバンガロールとされた名前がまたベンガルールに戻る結果となりました。

このバンガロールの例は珍しいことではなく、最近多くの都市名がそれぞれの現地の発音に改名される動向があります。ボンベイ(Bombay)がムンバイ(Mumbai)に、カルカッタ(Calcutta)はコルカタ(Kolkata)に、またマドラス(Madras)はチェンナイ(Chennai)に改名されました。

インドの場合、連邦公用語はヒンディー語で、連邦補助公用語は英語で、憲法で公認されている地方公用語が他に17あります。その他の言語やそれぞれの方言を考えると2000にものぼるそうです。これほどの多言語社会において、地名の発音になんらかの特徴が見られるのは当然のことだろう。イギリスの植民地時代に、多くの都市名が本来と違う発音でローマ字表記され定着していっため、その特徴が消えてしまった地名も多い。

例のバンガロールもその一つであります。カンナダ語において、「ウ」の音がとても特徴的であるため、本来のベンガルールがとてもカンナダらしい音に聞こえることが確かです。「コルカタ」においては、ベンガル語(コルカタを含め西ベンガル州や隣のバングラデデッシュの言語)の特徴である「オ」の音が大事だそうです。僕はカンナダ語やベンガル語のいずれもわからないので、なじみのあったバンガロールやカルカッタが変更されることに多少の違和感を感じるかもしれないが、現地の人からすると改名された方が普段から親しんでいる名前が使えることになるわけです。

僕がそのことに気づいたのは「ボンベイ」が「ムンバイ」に改名されてからでした。子どものころから母語のマラーティー語(ムンバイを含めマハラシュトラ州の公用語)で話す時に必ずムンバイと言っていたが、英語になると自然にボンベイに変わっていました。さらにヒンディー語では「バンバイ」というまた違う発音になっていました。つまり、自分の中では「ボンベイ」は英語での都市名であって、本来の名前ではないという意識があったかもしれません。「ムンバイ」が正式に採用されるなってからそのズレがなくなりました。その一方、マラーティー語が母語ではないインド人や外国人にとって「ボンベイ」や「バンバイ」がなじみやすく、いまだに「ムンバイ」がすぐに思いつかない人が多くいます。

例えば、日本は英語で「Japan」ではなく、本来の「Nippon」のまま使われるようになったらどうだろう。その響きの方がかっこいいと思うのは気のせいだろうか...

ひどすぎるマンション耐震強度偽装問題...日本の信頼性とイメージが確実にダウン

2005-12-09 | 日本
' Thumbs書くことがいろいろあったが、やっぱり例のマンション耐震強度偽装問題に受けた衝撃が大きいです。今や一番騒がれている問題なのでここで改めて詳しいことを書くつもりはないですが、毎日のように偽装にかかわった新しい人物のあいまいな記者会見や衆院国土交通委員会で参考人として出席した人々の態度を見ていると、あきれた気になってしかたがありません。

「天下り」とか「裏金」のようなどの社会でもあるような問題が報道されてもいちいち気になることはありません。それは僕の感覚が鈍っていると言われたらそれまでだが、インドの複雑な社会構成とそこに起こりうる問題を考えると日本の場合に驚くほどのことはまず耳にしないのです。しかし、地震がひじょうに多い状況の中、こんなに拡大を見せる耐震強度偽装はとても信じられなくてそのショックが大きいです。偽装マンションが建ってから今まで関東地方にさほど大きな地震が起きなかったことが不幸中の唯一の幸いだろう。

海外でも日本のことが「ルールを守る」国として一般的に知られているだけに、状況がここまでひどいと誰もが想像していなかったはずです。この偽装問題とは別に、最近日本で奇妙な犯罪や事件が増えたという見方も強くなっています。その通りかも知れないが、やはり日本はまだもっとも安全な国の一つであることが確かだし、他の国が日本に見習うべきことがたくさんあります。そういったイメージや信頼性をこのマンション耐震強度偽装問題が大きく揺るがしかねないことは本当に残念でなりません。

そんな話題のニュースをひにくできっぱりと斬っているのはこちら...
大嘘つきな古狸。歌もとても上手でびっくり!

ユニークなcafe+barで楽しんだ感動のインド楽器のライブ

2005-12-02 | 独り言
夕べ、「日本の渚・100 選」にも選ばれている小舞子海岸の近くに、あるユニークなcafe+barに行きました。お店の名前は「Chapun」です。どんな意味なんだろうと思っていたら、水の音がそういうふうに聞こえて付けられた名前だそうです。お店は海の家みたいな雰囲気で、中に入ると壁一面にふぐや他の魚が描かれていたり、器も魚の形だったりとすてきな空間です。オーナーは、代々漁師を営んでいる家の若いお嬢さんで、彼女もお父さんの仕事を手伝っています。さらに、来年からは自分の小さい船を持って、ゆくゆくは独立するつもりでいます。どこの漁業組合かは詳しくわかりませんが、彼女が初の女性漁師として登録されているそうです。

自分で海に出てその日撮れた新鮮な魚がお店のメニューたなってお客さんの現れるわけです。そこまで言われたら、僕はめったに食べることがない「マグロ丼」を食べずにいられませんでした。もちろん新鮮さも味も申し分ありませんでした。

そんな彼女はパティシエというもう一つの顔も持っています。カフェータイムに楽しめるいろんなお菓子やデザートが自慢です。夜はバータイムになると、オリジナルのデザートカクテルに撮れたての魚の豪快な料理と斬新な感じです。口コミでお店の評判がよくなって、小松や金沢からの常連さんもたくさん増えたらしいです。とにかく、とてもユニークcafe+barで、なんでもこなせるとてもかっこいオーナーでした。

昨日わざわざChapunに行ったのは日本人の演奏者によるインドの楽器のライブを聞くためでした。東京など都会に住んでいればそういう機会がいろいろあるだろうが、今の僕にとって日本でめったに経験できないことでした。昨日のライブでは、シタールタブラが演奏されたのです。

Chapunの雰囲気と情熱的な演奏がうまくかみ合ってなにか神秘的な空間が演出さた気がします。僕はインドの楽器を生で聞くことじたいが久しぶりで、とても思いで深い夜となり心が和みました。演奏してくれた方のコンサートにまたぜひ足を運びたいと思っています。それと、Chapunにもたまに顔を出さなきゃ...Cheers


以下は演奏者のプロフィールです。

■ヨシダダイキチ(シタール)
10才よりギター、ピアノ、音楽理論等を独学で学ぶ。1996年よりインドにてシタール及び
インド音楽理論を学んだ後、民族楽器と現代音楽をテーマにボア ダムスのヨシミと『サイコババ』の活動を開始。同名義で現在までに5枚のアルバムをリリース。01年ダライラマ主催の「世界聖なる音楽祭」出演。02年 NHK「ドレミノテレビ ううあとうたおう」に出演。03年、U-zhaan(ASA-CHANG&巡礼)とのユニット『AlayaVijana』を結成。同年、UAのアルバム『SUN』収録曲「ファティマとセミラ」をプロデュース。05年、愛知万博愛地球博』のパビリオン「日本館」のBGMを監修。他に、YMO- remix、ROVO コンピレーション、ソニック・ユース・トリビュート、GOMA、シュガーソウル、リタ・アッカーマン、OOIOO等の作品に参加。ボアダムス、灰野敬二、 Sonic Youth、マタ・プラサド・ミシュラ、等と共演。ロック、現代アート、インド古典など様々なフィールドで活動。
 
■瀬川 U-K-O(タブラ)
1997年渡印。タブラに出会う。2000年よりファルカバード派の巨匠パンディット・シャン
カール・ゴーシュに師事。現在インド音楽やインド舞踊のアカ ンパニーに従事する一方でジャズ、フラメンコ、クラッシック等、さまざまなジャンルで活動中。さらに映像作家やペインター、書道家とのコラボレーション、 映画のサウンドトラックへの参加など幅広く活動している。また、ヨシダダイキチとコンビで全国各地でライブ活動を展開。さらに海外のイベントに参加。精力 的に活動を展開している。