池袋犬儒派

自称「賢者の樽」から池袋・目白・練馬界隈をうろつくフーテン上がり昭和男の記録

空間の歴史(25)

2024-04-14 10:10:09 | 日記

そんなある日、私は間違って池袋西口広場に舞い戻ることになってしまった。

事業計画のミーティングで、幹部役員の意見が真っ二つに分かれてしまい、大激論になった。こういう場合、仲裁しながら上手に着地点を見つけるというのが一般的な社長のやり方なのだろうが、私はそんなことはしない。全員が喋り疲れるくらい議論をさせる。ただし、感情的になったりしこりが残るような物言いをさせないように気をつける。そうすることで、暗黙の合意が少しずつ各自の胸の中で形成されていく。私はそう信じて会議を切り盛りした。

当然、時間がかかる。予定より一時間も遅れてミーティングは終了した。結論は次回に持ち越しとなった。

帰り道、両方の意見を反芻しながら地下鉄のホームへ下りていき、入ってきた丸ノ内線の電車に乗った。私は十年以上前から四谷のマンションで暮らしており、いつもの通り四谷三丁目の駅で降車する予定だった。

ところが、反対方向の池袋行きに乗ってしまったのだ。後楽園駅の手前で電車が地上に出たとき、ようやくそのことに気がついた。ありえない失敗だ。しかし、電車を降りて引き返そうという気持ちはまったく起きなかった。そうだ、このまま池袋まで行こう。久しぶりだな。自然にそう考えていた。

私は終点の池袋駅で電車から離れ、誘われるように西口公園広場へ行った。春の宵だ。広場の隅に立つと、東京芸術劇場が美しい光の流れに包まれて屹立している。

何かしら深い感動のようなものが湧いてきた。

そうだ、オレは人生は、いつもこの広場が起点になったのだ。そう思った。

アルバイトの掛け持ちをしていたとき、ここで身体を休めていた。妻とここで落ち合い食事をした。職を失ったときも、この場所であのゴマ塩頭の紳士と出会って助けられた。

そこまで思い至ったとき、おかしなことに気がついた。

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