池袋犬儒派

自称「賢者の樽」から池袋・目白・練馬界隈をうろつくフーテン上がり昭和男の記録

空間の歴史(25)

2019-01-28 15:20:59 | 日記
目覚まし時計の叫び声とともに、私はゆっくりと身体をベッドから起こした。
実を言えば、その一時間前から目が覚めていた。しかし、考えがまとまらず、ベッドの中でじっとしていたのだ。

第一に、どうやれば自分が実父であることを証明できるのかという問題だ。
前妻は、私が交通事故で死んだことにしている。おそらく息子もそれを信じているだろう。顔が似ているというだけでは不十分だ。それは、写真を見た私の主観に他ならないのだから。

洗面台の前で、鏡を見ながら歯を磨いているうちに、自然に結論は出た。
父親と名乗るのはやめよう。いま一番必要なのは、息子の窮状を救うことだ。実父の証明に時間をかけるより、他人になりすまして息子を支援する方がずっと価値がある。そう、匿名の人間から依頼を受けた興信所または法律事務所の調査員とでも自称すればよいのだ。実父を名乗るのは、もっと後からでも遅くない。

おそらく、息子から信用を勝ち取るためには、それなりの工夫が必要だろう。
私は、クローゼットを開け、ずっと着ていなかった古い背広を引っ張り出し、パジャマを白いワイシャツに着替えてから羽織ってみた。少しきついが、我慢できないことはない。ネクタイも地味なものを選んだ。それに加えて……

私は、普段使っている老眼鏡をかけ、洗面台に戻って鏡を見た。白髪交じりの頭に黒縁メガネ。鏡に映った姿は、真面目で誠実な初老の調査員に見えないこともない。

さて、次に考えるべきなのは、息子の救済法だ。これは簡単、依頼主の匿名氏からお金を預かったと称して、息子に当座の生活費を渡せばよい。
おそらく、まだ失職中のはずだから、就職の世話もする必要がある。

私の頭に、大学の同級生Nのことが浮かんだ。
あの男は、いくつもの会社のオーナーになっている。彼に頼み込めば、そのうちの一社に採用してもらえるのではないか。

全ての用意が調った後、私は池袋に向けて自宅マンションを出た。
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