1日1話・話題の燃料

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著書『芸術家たちの生涯』
『ほんとうのこと』
『ねむりの町』ほか

3/17・小説の神様、横光利一

2013-03-17 | 文学
3月17日は、ゴルフのマスターズ・トーナメントを創設したゴルファー、ボビー・ジョーンズの生まれた日(1902年)だが、モダニズムの天才作家、横光利一の誕生日でもある。
自分は高校生のころから横光利一の小説を読んでいた。その全集を買い求めたのは30歳のころで、いまもときどき開いては読んでいる。
横光利一こそは、芥川龍之介が亡くなった後の日本文学を背負ったリーダーであり、戦前、戦中は「小説の神様」として、広く日本人の尊敬を集めていた作家である。
自分にとっては、もう駄作でも傑作でもなんでも好き、という作家なので、横光について冷静な批評めいた文章など、もちろん書けない。

横光利一は、1898年、福島県の北会津に生まれた。本名は「としかず」。中学のころ、横光は、
「文士になればりいち、商人になったらとしかずと呼ぶ」
と言っていたという。で、「りいち」のほうになった。
利一は、鉄道工事にたずさわる父親の仕事の関係で、幼いころから東京の赤坂、三重の柘植、滋賀の大津などを各地を転々としながら成長した。父親について、利一の親友だった川端康成がこう説明している。
「横光君の父上は測量技師で、『鉄道の神様』と言はれてゐた。勘のいい人で、トンネル工事の入札は名人だつた。山をぢつとみてゐると、工事の見積りが立つといふ風だつた。その生涯で最も華かだつた時代は、生野で銀山をあてた時である。幾度か浮き沈みの一生であつた。金銭には淡白で、人に言はれるままに貸し与へ、証文は破いた。京城で死んだ。行年五十四」(川端康成「横光利一」)
利一は早稲田大学に入学したが、長期欠席と学費未納により除籍となった。
25歳になる年に、菊池寛によって創刊された雑誌「文藝春秋」の編集同人となった。また同年、小説『日輪』を発表。つぎのような会話が交わされる斬新で劇的な文体で、文壇に衝撃を与えた。
26歳のとき、横光は、川端康成、今東光、片岡鉄平らと同人誌「文芸時代」を創刊。ここに、新しい日本語の文体創造を目指す「新感覚派」の運動がはじまった。
32歳のとき、ヨーロッパの新しい潮流「意識の流れ」を意識し、独創性豊かに展開した短編『機械』を発表。以後、長編『上海』『紋章』『家族会議』『旅愁』などを書いた。ほかに『悲しみの代価』『青い石を拾ってから』『静かなる羅列』『花園の思想』『睡蓮』『微笑』などがある。
敗戦後の1947年、戦争末期に疎開した先での記録『夜の靴』を発表し、同年12月、胃潰瘍と腹膜炎のため没。49歳だった。

「蟻(あり)臺上(だいじょう)に餓(う)ゑて月高し」
とは、横光の句で、自分は、彼の故郷、柘植まで、この句碑を見に行ったこともある。
横光利一は志の高い人だった。
横光文学の魅力はまず、その書こうとねらっているレベルの高さと、その高い理想に迫ろうと苦闘する姿の美しさにあると思う。
横光自身、自分の来し方をこうふり返っている。
「此の集の中には大正七年から昭和元年にいたる十年間の、主として国語との不逞極る血戦時代から、マルキシズムとの格闘時代を経て、国語への服従時代の今にいたるまで、およそ十五年間の紆余曲折した脱皮生活の断片的記録を集めた」(「『書方草紙』序」)

「馬車は炎天の下を走り通した。さうして並木をぬけ、長く続いた小豆畑の横を通り、亜麻畑と桑畑の間を揺れつつ森の中へ割り込むと、緑色の森は、漸く溜つた馬の額の汗に映つて逆さまに揺らめいた」(『蠅』)

「真昼である。特別急行列車は満員のまま全速力で馳けてゐた。沿線の小駅は石のやうに黙殺された」(『頭ならびに腹』)

「海港からは銅貨が地方へ流出した。海港の銀貨が下り出した。ブローカーの馬車の群団は日英の銀行間を馳け廻つた。金の相場が銅と銀との上で飛び上つた。と、参木のペンはポンドの換算に疲れ始めた」(『上海』)

横光利一は、その作品の才気走ったモダンな文体とは裏腹に、その人柄は温かい、素朴で誠実な人物だったようだ。
川端康成は横光について、こう言っている。
「君は常に僕の心の無二の友人であったばかりでなく、菊池さんと共に僕の恩人であった。恩人としての顔を君は見せたためしは無かったが、喜びにつけ悲しみにつけ、君の徳が僕をうるおすのをひそかに僕は感じた」(川端康成「横光利一弔辞」)
横光は、自分にはきびしく、他人にはやさしい、面倒みのいい人情家だった。そういう温かい人間性が、彼の知的に構成されたクールな作品を読んでいくと、底のほうで輝き、光を放っているのが見えてくる。そういうところも、横光作品の魅力のひとつだと思う。
それに、横光の描く女性は、生き生きとしていて、血が通っている。彼の作品に女性が登場すると、ぱっと場面が明るくなる。そんな華やかな才筆をもった文豪だった。
(2013年3月17日)


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