1日1話・話題の燃料

これを読めば今日の話題は準備OK。
著書『芸術家たちの生涯』
『ほんとうのこと』
『ねむりの町』ほか

3/18・酔っぱらいの救世主、田村隆一

2013-03-18 | 文学
3月18日は、仏国の詩人、ステファヌ・マラルメ(1842年)の生まれた日だが、日本の詩人、田村隆一(敬称略)の誕生日でもある。
自分は学生のころから田村隆一のファンで、その詩集を何冊か持っている。彼が生きていたときには、トークショーも見に行ったことがある。歌手の木の実ナナさん(特別に敬称付き)とテーブルをはさんでの対談だった。背の高い、細身の、ダンディーな老人だった。
「職業、詩人」と名乗って食べていけるのなら、そんなに楽しいことはない。とくに田村隆一のように、詩を書いて、酒を飲んで、女にもてて、好きなところへ旅をして、かっこよく「詩人です」と名乗って生きていけるのなら。
相対性理論のアイシュタインは、晩年に「今度生まれ変わったら鉛管工になりたい」と言ったそうだか、もしも田村隆一として生きていけるのなら、やっぱりそのほうがいいと言ったにちがいない。

田村隆一は、1923年、現在の東京都豊島区に生まれた。実家は料理屋だった。商業学校を卒業し、ガス会社に就職したが、一日も出社せず退職。明治大学の文芸科に入り直した。
24歳のとき、詩人、鮎川信夫らと『荒地』を創刊。彼らは荒地派と呼ばれることになる。
27歳のころ、推理小説の女王、アガサ・クリスティの推理小説を翻訳。翻訳ミステリーを多く出版する早川書房に勤務し、ミステリーの編集と翻訳を続けた。
33歳のころ、処女詩集『四千の日と夜』を発表。その後、『言葉のない世界』『水半球』『スコットランドの水車小屋』『陽気な世紀末』『奴隷の歓び』『ワインレッドの夏至』『毒杯』などを発表。
1998年8月、食道ガンにより没。75歳だった。

自分がはじめて読んだ田村隆一の詩は、『陽気な世紀末』のなかの一編「待つ」という詩だった。
海辺の町の、朝のコーヒー・ハウスの様子を描く内容で、店の様子や、店をやっている三人の老嬢とか、いろいろな個性豊かな常連客がユーモラスに紹介された後、最後はこう締めくくられる。

「『おはよう』
白髪の老人が飴色のステッキをつきながらゴシップ新聞を読みに
海辺のコーヒー・ハウスに入ってくる
『待つ』女性は
ここには
いない」(「待つ」)

さわやかないい詩じゃないか、と自分は思った。
それから、ときどき田村隆一を読むようになった。

『片翼だけの天使』を書いたハールドボイルド作家、生島治郎が、かつて早川書房の田村隆一の下で働いていたことがあったそうで、たしかつぎのような内容のことを、どこかで書いていた(記憶を頼りに書くので、正確ではないかもしれない)。
そのころ、生島治郎やほかの社員が会社の机にかじりついて仕事をしていると、和服の着流し姿の田村隆一がどこかから帰ってくる。田村は部下たちがまじめに机に向かっている後ろを通って、奥にある畳の間へ行く。
そうして、あぐらをかいて、昼間から酒を飲みだす。そうして、
「お前ら、よくそんなこと、やっていられるなあ」
みたいな、憎まれ口ききながら、ひとりで飲みつづけている。
でも、生島治郎は、
「当時は忙しく、給料が安くてつらかったけれど、そういう上司がいてくれたおかげで、なんとかやっていられたという気がする」
という意味の感想を書いていた。
部下みんながまじめに仕事をしている横で、上司がくだをまいて酔っぱらっている。そんな異様な風景が展開される職場とは、
「なんと、すばらしい」
と自分は思った。が、これは、おそらく、田村隆一のみに許される芸当だったのではないか、とも思う。

あらためてよく考えてみると、生島治郎の言うことはもっともだという気がする。
たとえば、上司から部下まで、みんながまじめに、つらいのをがまんして、「がんばろう」で仕事をしていたら、もう悲惨の極みで、みんなばたばたとからだを壊し倒れていくか、次々と首をくくっていくしか道がなくなる気がする。でも、なかにひとり、
「くだらねえ。やっていられるか」
と、働かないで、くだをまいているやつがいる。しかも、なにかあったら、そいつが全責任をとる、そういう立場の人間なのである。
そういう人がいると、それがガス抜きになって、その集団はなんとかやっていけるのかもしれない。
会社のなかにいる、そういう変な存在。それが社会においては、詩人の役割なのかもしれない。

「ぼくも十七歳から
毒杯をかさねてきたが

あまり喋りすぎたものだから
いっこうに毒がまわってこない」(「毒杯」)

田村隆一は、きっと、神さまがうっかり地上に降ろしてしまった、酔っぱらいの救世主だったのだと思う。
(2013年3月18日)

著書
『ここだけは原文で読みたい! 名作英語の名文句2』
「ガリヴァ旅行記」から「ダ・ヴィンチ・コード」まで、名著の名フレーズを原文で読む新ブックガイド。第二弾!

『ここだけは原文で読みたい! 名作英語の名文句』
「風と共に去りぬ」から「ハリー・ポッター」まで、英語の名作の名文句(英文)を解説、英語ワンポイン・レッスンを添えた新読書ガイド。

『新入社員マナー常識』
メモ、電話、メールの書き方から、社内恋愛、退職の手順まで、新入社員の常識を、具体的な事例エピソードを交えて解説。

『12月生まれについて』
ゴダール、ディズニー、ハイネなど、12月誕生の31人の人物評論。ブログの元のオリジナル原稿収録。12月生まれの取扱説明書。

『ポエジー劇場 大きな雨』
カラー絵本。ある日、降りはじめた雨は、いつまでもやまずに……。不思議な雨の世界。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 3/17・小説の神様、横光利一 | トップ | 3/19・先駆者、リヴィングストン »

コメントを投稿

文学」カテゴリの最新記事