時々雑録

ペース落ちてます。ぼちぼちと更新するので、気が向いたらどうぞ。
いちおう、音声学のことが中心のはず。

Memorial Service

2006年11月23日 | 
半月ほど前、言語学科の院生ラウンジに行くと、PaulとAstaが話していました。Paulの持っていた新聞に知っている顔が映っているので、「あ、ゴードンだ」と言うと、「ああ、この人個人的に知ってるんだ。亡くなったよ」とPaul。「えっ!」と固まってしまいました。(PaulとAstaはその後もなんだか激論)

その人は心理統計学(P553)の授業の実習セクションを担当してくれているAIでした。日本の苗字なので「いったいどんな人だろう」と思っていたら、実に日本人の顔(髪ボサボサ、松本零士のマンガの<鉄郎~男おいどん>系)。でもネイティブの英語。あとで分かったのですが、ハワイの日系の人だそうです。どうやら心臓系の病気で、週末に突然亡くなっていたらしい。

授業で学生にも伝達され、週末にはMemorial Serviceというものが行われる、ともうひとりのAIのJohnから連絡あり。Mathers MuseumというIUが持っている民俗学関連の展示館の一室が会場。私も多少ちゃんとした格好をして行って来ました。Johnに聞いたところ「決まった格好はない」とのこと。黒服はいませんでした。

ハワイから家族も来たらしく、お母さん、お姉さん、おばさんが最前列に並んでいました。みんな見た目は日本人。でも英語を話すみたい。

1時間30分程度続いたその会は、彼のために急遽作った歌の、作曲者自身によるギターで弾き語りでスタート。あとは、まず家族(を代表してお姉さん)、おばさん、義理の兄(仕事仲間だったらしい、非常にショックを受けている様子で最初からずっと泣いてました)、上司(IUの教授)、友人、同僚、とスピーチが続きました。みんなどこか必ず笑いを誘うエピソードを交えるので、「一人一笑い」は取っていました。さらに、たいてい涙で声をつまらせる。

ということで、ともかくみんなで故人の話をする、という会らしい。日本の「故人を偲ぶ会」あたりに近いんでしょうか。お経はもちろん、聖書が読まれることもなく、宗教色はなし。

で、最後に彼の好きだった音楽をみんなで聴きながら、写真をスライドショーで見せて、おしまい。ハワイの歌手がウクレレで歌う♪Somewhere over the rainbow~What a wonderful world♪(Israel Kamakawiwo'oleという人だそうです。私は知らない人ですが、すばらしいです)。そのあとは、本物の葬儀だか何かをするということで、移動。私はそこまで。出口に「彼の好きな曲を入れたCD」ってのが置いてあったのでもらってきました。私は知らない古そうなカントリーからSheryl Crowまで。さらにジャズ、ハワイもの、最後はBeatlesの♪The long and winding road♪ 時々聞いています。曲を書いたりスライド用意したり、みんな数日でよくこんなに準備するもんです。

彼の説明はとても分かりやすく、教え方も親切で、帰り際に"Thank you again today"と声をかけることにしていたのですが、必ず"Thanks"と返してくれました。日本人のような顔をした彼と、成績をつける側と付けられる側、という立場が消えたら、一度ゆっくり話してみたかったのですが。

その会のみんなの話で分かったのですが、IUに入る前に出版ビジネスをやっていた彼は私より年齢が上で40代半ば。かなり年齢が高い院生ですが、亡くなるには若すぎて、家族や友人は辛いことでしょう。Memorial Serviceってのは、常にこういうふうに涙と笑い、という感じなのか、彼自身の人がらによるものなのか、分かりません。きっと両方なんでしょう。とてもいいキャラクターで、周囲に愛されていた人だったようです。「本人にとっては悪くない人生だったのかも」と思いました。

今回も関係する写真はないので、気に入った写真を一つ。うちのベランダから撮った夕焼けです。

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