時々雑録

ペース落ちてます。ぼちぼちと更新するので、気が向いたらどうぞ。
いちおう、音声学のことが中心のはず。

熱にうなされ?

2014年02月27日 | かぞく
娘の幼稚園、ただいまインフルエンザ大流行中。ついに今日から、年少、年長一クラスずつ学級閉鎖(娘は年中)。去年もここから学期末にかけて、子たちがつぎつぎに倒れ、病院でばったりということもしばしば、ついに終了式に間に合わなかった子さえいました。

さて娘も、おとといの夕方から、「だるい」と言い出し、さらに咳、鼻水。昨日の夕方からついに発熱。嫁さんが添い寝をしていたら、何か口走ったので、苦しいのかと「どうしたの?」と話しかけると、実は寝ていたらしく、目覚めて、

娘 「ないしょ」
嫁 「教えてよ~」
娘 「....○○先生(幼稚園の担任)の耳、小さかった」
嫁 「夢見たの?」
娘 「ううん、本当。ばれないように、うしろから、ジャンプしたら届いた
嫁 「ふ~ん、ばれなかったの~」

両親の耳が基本のはずだけど、たまに浮気してるらしい。今日聞いてみると、先生の耳は「でっかかった」そうです。

昨日は熱のせいか、2時間程度で目覚め、しばらくボーっと起きていたそうです。で、母親に「どうしてまだ朝じゃないの? いつもは寝て、起きると朝なのに」と聞いていたそうです。小さいころ、ふだんは寝ている夜中に起きていると、見たことがない異界に入り込んだ気がしました。彼女もそんな不思議な感覚を味わっていたのでしょうか。

「欲望」と「科学」の相性

2014年02月26日 | 
深澤真紀さんの「うまないうーまん」という連載コラムに興味深い記事がありました(コチラ).「遺伝子」と「姓」という,異なるものをそれぞれ「残したい」という理由で,不妊による問題に苦闘する人たちの件.とくに注目したい一節を引用させていただきます.

個人的に注目したのは、向井が「血縁のある子供が欲しい」というだけではなく、「高田の優秀な遺伝子を残したい」という欲望を明らかにしたことだ。実際に向井は、自身の卵子が使えない場合は提供卵子を使ってもいいから(つまり自分と血縁がなくてもいいから)、高田の遺伝子を残したいと考えたのである。高田も「自身の優秀な遺伝子」を残すことを望んでいたのだろうし、血縁だけではなく「優秀な遺伝子」という思想に苦しめられた向井自身の複雑な感情がうかがえる。

コラムのタイトルや,引用部分直前の「法律が医療に追いついていない」という記述からすると,深澤さんはこのような「欲望」や「感情」を尊重し,われわれの社会が対処すべきかどうか考慮するに値するものとして取り上げているようです.連載コラム全体も,結婚・子育て等をめぐる人の思想・選択の多様性を肯定し,サポートできないかというテーマに貫かれているので,それと整合しています.

この点には賛成できなくもないのですが,「遺伝子を残す」には,引っかかりをおぼえました.素人なので誤りがあるかもしれませんが,ここで「残したい」と考えられている個人に固有の遺伝情報とは,ある特定の遺伝子の組み合わせの総体ということになるのでしょう.それは,直接の子どもには概略1/2ほど伝わるのでしょうが,世代を経るごとにどんどん断片化して,子孫が所属する集団の遺伝子の海の中にバラバラに存在することになり,個人としての痕跡はほとんど見出されない,ということになるのでは.もちろん,さらに突然変異もあるし,ある系列では子孫が途絶えてそのタイプの遺伝子型が失われることもある.ちょっと長い目で見れば「特定の人物の遺伝子を残す」という考えはどんどん意味を失っていくように思われます.クローンでも作り続ければ別ですが.

とはいえここで,「この主張には科学的な根拠がない!」と批判をしたいわけではありません.上記引用部分のような主張は額面どおり受け取るのでなくて,その裏にあるもっと原初的な欲求,たとえば「愛するこの人の子が欲しい」というような,真意を汲み取って議論すればよいのでしょう.

もっとも,批判に対抗する根拠の一つとして「遺伝子」云々を持ち出した,という面もあるのかも.だとすれば,皇位継承問題で男系維持支持派が持ち出した,「Y染色体」云々に似てる,という感じがします.くわしくは,専門知識のある方の発言をごらんいただきたいですが(たとえばコレ),kikulogというブログの記事(ココ)のコメント欄での議論での管理人さんの発言が的を射ていると思うので,そこを引用させていただきます.

「科学的な根拠」は欲しいけど、「科学的に理解したい」わけではないんですね。「科学」は「権威」だとは考えられている。いや、それこそが「ニセ科学」を受容する最大の理由だと思っています。科学不信ではなくて、むしろ科学盲信なんですよ。ただし、その「科学」とは「自分の希望通りの内容を言ってくれる科学」なんですけど

このような意味で,「遺伝子を残す」とか,「Y染色体が」という議論は,この管理人さんのおっしゃる「科学のつまみぐい」の一例で,足下をすくわれる隙を作るだけで,真の説得力はないように見えます.もし,そういう意図はなく持ち出しているのだとすれば,理解できていない(でも権威は感ずる)概念に振り回されているわけで,深澤さんの「「優秀な遺伝子」という思想に苦しめられた」という言い方は,その意味で適切.以上,欲望やら,イデオロギーやらを主張・正当化したいとき,それを科学で根拠付けようとしても,あんまりうまくいかないのでは,というハナシでした.

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半可通を承知で,自分の浅薄な理解に基づいて蛇足を.もし本当に「遺伝子を残す」のが重要と考えるんだったら,自分の子だけじゃなくて,兄弟の子,従兄弟の子,近い遺伝子型を持っている可能性が高い,近隣の子... も大切に,という議論だって成り立ちそう.あるいはグローバリゼーションの進む未来を思えば,海外の子供だって...... 途方もない,愚かな議論かもしれませんが,このように考えると,私には,自分が未来の世代全体と(必ずしも自身の子を通してではなく)ゆるやかにつながっているような感じがして,穏やかで豊かな心境に至れるような気がします.

連濁してない!?

2014年02月18日 | ことば
公民館で借りてきた絵本、娘は好きで何度も読んでいますが、先日、その本の表紙をながめて「あれ?」と。

 「これ、『おでんざむらい』だと思ってたけど、『おでんさむらい』なんだね!」

もしかして「おでん」+「さむらい」だから、連濁して「ざむらい」になる、という意識があって、それに対する違反、というか例外を見つけて驚いた、ということ???

と、いったん思いましたが、そもそも彼女はこの本を自分で読んでいたわけではなく、おかあさんに読んでもらっていました。で、そのお母さんは、勝手に自分の連濁意識を適応して、文字を無視して「おでんざむらい」と読んでいた(得意業)。それで娘も「おでんざむらい」だろうと思い込んでいた、ということに間違いありません。

そろそろ連濁規則(なんてものが本当にあるとして)習得が進んでもいい年齢のようですが、今回の件はそれを証明するものではなさそうです。

「最悪の歌」と日本のAET

2014年02月13日 | ことば
NPRの all songs consideredThe Worst Song of All Time? という記事を発見(非常に重いページなので要注意).面白かったので少し紹介します.

無名の曲を取り上げてもきりがないし,意味もないということで,挙がっているのは時代を超えて一定の評価を得た曲ばかり.ゲストとの世代の一致もあって,知ってる曲が多い.選曲の基準の一つが earworm つまり,あまりに何度も聞かされ過ぎてうんざりということ.一例が We Built This City (Starship).この曲は,ゲストの一人Thompsonさんのブログ読者が挙げたもので,当時,完全に終わっていたロックのエッセンスを詰め込んだという意味でも最悪,という評価.それから, It's a Small World (Disneyの) . 今ちょうど,娘が幼稚園で歌ってるらしい.個人的にDisney Worldのあのアトラクションも,この曲のメッセージも...と思っているので,大いに賛成.

それから、成功したミュージシャンが、リスナーの意識とかけ離れた内容を歌ったり,大げさ、あるいは尊大な曲を作ってしまった場合。その一つが,出ました We Are the World (USA for Africa).ゲストの一人が,ついでに英国のミュージシャンによる先駆 Do They Know It's Christmas? (Band Aid) を挙げて「クリスチャンでもない人にまでこういうこと言うか?(曲はマシだけど)」と.アメリカ人ですらこう思うようです.

さらに面白かったのが,個人的にうんざりな思い出と結びついてしまったというパターンで,Robin Hiltonという方の Ob-La-Di, Ob-La-Da (The Beatles) の場合,日本で英語教師をしていたとき,授業ごとに歌うことになり,3年間にわたって4, 5回,毎日歌うハメになったと.そのときの授業風景の録音まで番組内で流されたのですが,そんな個人的な,かつ本筋とあまり関係ない話題の音声クリップをわざわざ挿入するほど面白い(珍妙だ)と思われたようです.

その部分を含むHiltonさんの Big In Japan というラジオ番組 も見つかりました.30分ほどの番組で,日本の学校がネイティブを英語教育に生かす準備が全くできていなかったことが端的に示されています.その3年間(1996-1999年)の日本の英語教育経験で彼が感じた,彼に求められていた役割の描写が非常に興味深く,これもNPRの番組で使われています.その部分を書き起こします。

The school didn't really want me to teach English. They already had a perfectly fine Japanese person for that. It appeared I was purely cosmetic. I was something for the students to stare at so they could see what a real American look like. I felt like a specimen, a novelty, a side show, entertainer.

それから15年,英語の学習開始年齢も早くなってるらしいし(たとえばこれ)、娘の幼稚園にも月一回(学期に一回?)英語ネイティブが来るようですが,現状の英語教員の位置づけが上記からどのていど変わってるのでしょう.

先日終わった2013年度秋学期の「ことばと社会」という授業の後半で,言語のGlobalizationに伴う変化について考えました.読んだ文献によると(たとえばこれ),英語が世界共通言語になるとして,それにしたがって必然的に,いわゆるネイティブの特権的地位は剥奪され,むしろ言語にも文化間コミュニケーションにも堪能なバイリンガルの価値が上がるという予測があります.Hiltonさんが経験したことも,英語教育の牧歌的な時代の記憶にすぎない,ということになるのかもしれません.

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蛇足を承知ながら(といってもこのブログ全体がそもそも),最悪の曲・日本語版を,思いつきで5つ.NPR以上に古い!

山下達郎 クリスマス・イブ 山下達郎は好きなんですが,耳タコということより,これはそもそも彼としては駄作だと.

SMAP 世界に一つだけの花 SMAPにはいい曲も多いと思うけど.

尾崎亜美 オリビアを聴きながら この方の芸風だけれど,自己陶酔の極み.高校のとき,これを必ず歌う女性Duoがいました.

Dreams Come True Love Love Love 大ヒットドラマを切り離して聴けば明らかだと.

尾崎豊 卒業 個人的に,「キミのような人がこれを(しかも入り込んで)歌うか」というのを聞かされた経験もあって.
  
気を悪くなさった方がいたら申し訳ありません.たんに個人の趣味ということで,どうぞご容赦ください...

はじめての「なりたい」

2014年02月04日 | 
娘がまだ1歳になる前のこと、嫁さんと二人で「娘が将来どんな職業に就くか」話したことがあります。真剣に予想したわけではなく、車中の雑談で思い付きを出してみただけ。現実にはたいてい、予想もしてなかったものを選ぶものでしょう。ちなみに父はフォトジャーナリスト、母はヘアデザイナー。

自分の記憶をたどると、聞かれてうれしいものでもなかったので、「大きくなったら何になる?」と聞くことはないのですが、じいちゃん、ばあちゃんなど周囲の大人は聞きたがるもの。といっても答えはたいてい、『プリキュア』など、ファンタジーの世界。ところが一月ほど前、本人から、具体的な希望が出てきました。イルカの飼育員だそうです。

NHKの「ダーウィンが来た!」を欠かさず視聴、土岐川観察館主催の川の生き物探索、「ガサガサ探検隊」も大好き、水族館やプールも大好きな彼女の希望としては、なかなか筋が通ってるかも。そんなわけで、幼稚園で作った凧もその絵。よく見ないとわかりませんが、真ん中の青いのは水槽で、中にイルカ。左は飼育員になった本人でしょう。

このまま本当にその職業に就く、あるいはそれを目指す可能性はとても低いでしょうが、本人から初めて出た具体的・現実的な希望は覚えておきたい。ちなみに、イルカじゃなかったらウマでもいいそうです。