時々雑録

ペース落ちてます。ぼちぼちと更新するので、気が向いたらどうぞ。
いちおう、音声学のことが中心のはず。

人は変わる、世界も変わる

2013年03月05日 | 
ちょっと前(1月4日付け)のSCIENCE誌の「The end of history illusion」という論文の著者インタビューが面白かったので、原論文を読んでみました。4つのサーベイ調査の参加者合計が19000人というかなり大きなデータで、18歳から68歳までに、それぞれ、「今から10年前とどの程度性格が変化したと思うか」「これから10年後どの程度性格が変化すると思うか」を答えてもらったところ、これから10年間の変化のほうがずっと小さいという答えになる。

では、過去の記憶と未来の予測、どっちが正しいのか。それを検討するため、MIDUSという別の大規模データと比較したところ、過去の変化の大きさ(級内相関係数で数値化)が、この論文のデータの過去10年のほうの変化の大きさとほとんどぴったり一致。ここから人には、過去の自分の変化の程度は正確に把握できるけれど、これから10年間については変化を過剰に小さく見積もる傾向がある、と結論。

つまり人は、「過去の紆余曲折を経て今、私はこのような人物として完成した」と考えたがる、いわば「今が自分史の終着点と考えてしまう幻想(論文のタイトル)」を持つ傾向があるのだと。面白いことに、「歳を取るにつれて変化の幅は多少小さくなるが、それでもこの過小評価はなくならない」、若い人も年寄りもそれぞれ、「私は今が到達点」と考える傾向がある。価値観や好みについても同様。

4つ目の、この illusion の現実の行動への影響の調査がまた面白くて、「10年前に好きだったバンドのコンサートに今なら$80程度しか払わないのに、今好きなバンドのコンサートには$130払うと思うと答える」。過去10年で趣味が変わったことを自覚させてもなお、10年後の趣味はあまり変わらないと考えてしまう、という結果。

私のばあいも趣味の変化等いろいろありますが(Jリーグ全く見なくなりました。たぶん性格もいろいろ変わったんでしょう)、本の趣味が変わっていたことも判明。先日、図書館の新着コーナーに以前好きだった評論家の新作を見つけて、借りてみました。2004年くらいまでの著書はほとんど読んだ人でしたが、どうも楽しめない。。。

誰が言ったかもう思い出せませんが、「本という情報はフロー。読んで使ったら捨てろ(or 売れ=ストックするな)。たいてい二度と読まない。万一もういちど読みたくなったら、そのときまた買え」という意見を目にして以来、よほど必要なばあい以外、仕事に必要な本でも図書館で読む、という方針に切り替えました。この論文の知見に照らしても、この考えは正しかったように思われます。この評論家の場合のように、10年経てば好きなじゃなくなる可能性がかなりあるわけだから。本に限らず、趣味グッズでも、車でも、住居でも、10年後はどうなってるかわかんないんだから、所有しないほうが賢明...

と、こういう考えが本当に浸透すれば、本はますます売れなくなるかも。本を書く立場にならんとも限らないのだから、こういう発言は慎んだほうが? ....... いやいや、私が本を書くような人物になるわけが............ と、いうのもまた illusion で、10年後はどう変わっているか分からない、この論文の主旨に基づけば、そうなるのでしょうが、むしろ10年後には、学術出版が今よりさらに苦しくなって、「そんな売れないもんは自前でインターネットにでも公開してよ」という傾向がますます強まるのでは、ともあれ、私の変化なんかより出版業界の変化のほうが大きいだろうという気がします。

ところでこの研究に反応して、Jerome Roosという人が、Roaming.orgに書いた記事も興味深いものでした。この illusion には、もっと重要な現実への影響がある。たとえば冷戦の終了後、「民主主義の勝利が政治体制の終着点」というような説が出回ったけれど、そこにも「現在が到達点」と考えてしまう illusion が働いていないか。じじつ、アラブの春とか、第三世界の台頭とか、あらたな変化の兆候はいくらでもあると。たしかに、この illusion が、目を向けるべき変化(人為による地球温暖化とか)に対処することを拒絶して、現状を肯定する態度の原因になるなら、この論文「面白い研究だね」ではすませるのは適切じゃないかも。この記事冒頭の写真、屋外に寝そべる若者が出しているメッセージがなかなか示唆的。

If you never change your MIND, why have one? (「考えは絶対変えない」というなら、心なんて要らないじゃん)


この研究のたぶん最大の弱点は、インターネットサイトによるサーベイであること。自己申告による年齢が正しいという保証はないのでは。結論の大枠は動かないだろうとは思いますが、要検証。多少の修正はあってもおかしくない。