大佐和キリスト教会

千葉県富津市・大佐和キリスト教会ブログ
当教会は正統なプロテスタント教会です

礼拝メッセージ 『何故、キリストなのか?』 (2008・2・17)

2008-03-06 22:20:23 | 今週のメッセージ
説教者:宮崎一実 伝道師   
聖書箇所:ヨハネの福音書14章6節

どんな人種、どんな国籍の人であっても福音を信じたなら、それを伝える責任を負う。神に出会って素晴らしい体験をしたら、それだけ多く福音を述べ伝えなければならない。34年間ものお付き合いでも、なかなか福音を伝えるのが難しい人もいる。しかし最近面白い体験をした。それは意外な何気ないことから福音を伝えるチャンスがあることだ。私の職場営業所には、30人位の人がいる。仕事の合間に、両親のことを証しする機会を得た。クリスチャンでない人の方が、証しを喜んで聞くと感じた。

両親が千葉で開拓伝道していた時のこと。聖書学校に来ていた父の友人がカナダに帰ることになった。そこで富津から羽田空港まで見送りに行こうとしたが、交通費が足りない。ようやく片道分をかき集めて、出かけた。帰りは一般道を通って帰ろうと思っていた。羽田空港に行ってできたのは、帰国する友達と握手することだけだった。そのとき友達は何かを父に握らせた。手紙だと思っていたら、なんとお金だった。神様は全てご存知だ。開拓伝道の先生はみんなそんな経験をする。職場の同僚に話をすると、そのような証をたまげて聞いている。会社で神様の話を聞くのが一番楽しいといわれた。いつも質問を受ける。うあーと思った質問がある。「何故キリスト教なの」という質問。何故キリスト教でなければならないのか。山の頂が信仰の到達点とするなら何処から登っても良いのではないか。教会で生まれ育った私にはどう説明するか課題だった。ヨハネ14章6節を読んでいたときハッと思った。「私が道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません」仏教の教えは、仏の力を借りるが自分の修行で悟りをひらく。イスラム教は何十日も断食をする。二つの宗教にあるものは努力。しかしキリスト教はイエスキリストを信じ受け入れれば救われる。頑張らなければ救われないとする教えより、信じるだけで救われる教えは神様の大きな力を物語っている。高野山の大変尊敬されていた高僧が死ぬ直前「死ぬのが恐い」と言われたそうです。それを聞いて、僧侶の学びをしてが意味がないと止めイエスキリストを信じた友達がいます。

ぜひ小さなチャンスを逃さないで、イエスキリストを伝えていきましょう。
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