大佐和キリスト教会

千葉県富津市・大佐和キリスト教会ブログ
当教会は正統なプロテスタント教会です

今月の礼拝予定&お知らせ

2005-05-31 23:49:21 | 今月の礼拝予定&お知らせ
◆2005年6月 主日礼拝予定◆

6月05日 PM3:30~PM5:00    メッセージ:宮崎健男牧師

6月12日 AM10:30~PM12:00  メッセージ:宮崎一実伝道師

6月19日 AM10:30~AM12:00  ビデオメッセージ(李康憲牧師)

6月26日 AM10:30~PM12:00  メッセージ:宮崎健男牧師

※教会学校 毎週日曜 AM9:00~AM9:45

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

礼拝メッセージ 『ガリラヤ湖畔での再会』 (2005・5・22)

2005-05-29 00:23:37 | 今週のメッセージ
メッセンジャー:宮崎健男 牧師
説教箇所:新約聖書ヨハネの福音書 21章1~25節

クリス(注:宮崎師の子女・一実伝道師の夫)が先週ネパールより帰ってきた。
ネパールは今、クーデターが起こって以来大変治安が悪い。
クリスの家族は皆クリスチャン。両親も。お姉さんが孤児院を経営されている。
普通孤児院を経営していれば安全といわれていたが、クリスチャンだという理由で
お姉さんとご主人が捕まえられ留置場に3日間入れられた。
ネパールは沢山の私生児がいて、若い夫婦が離婚している。
クリスが母国に帰り、母国での困難を通して主に一段と向くようになったと感じ、
主に感謝している。クリスは、ネパールで朝6時の早天祈祷に出て、
日本の為に祈ってきた。日本に戻り千葉の教会にも来たいと願っている。
神は少しも変わることなく救いの計画を進めておられる。
今日は、復活されたイエス様がガリラヤ湖畔でペテロをはじめ弟子たちと
再会されたところをみる。
どうして復活されたイエス様がガリラヤ湖畔でペテロをはじめ弟子たちと再会されたか。
ペテロはイエス様が十字架にかけられる時3回も弟子であることを誓って否定した。
ペテロは自分の裏切り行為に傷ついていた。
イエス様は湖畔でパンと魚を用意されてペテロや他6人と食事をされた。
イエス様は3回ペテロに私を愛するかと尋ねられ私の羊を牧しなさいとお命じになられた。
ペテロも当初命をかけてイエス様を守ろうとされていたが、
霊の戦いの前には、何の力も人間にはなかった。
私も丁度ペテロのように、防衛大学在学中、献身を決意し、
卒業前にやめることまで実行したが、糸の切れたたこのように
献身を先延ばしにし就職しようとした。
しかし宣教師と会うことで志が戻った。
ペテロは神の変わらぬ愛を通して立ち直り、
弱さの故に牧者として信仰の弱い人を励まし助けることができるようになった。
(文責:三浦)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

礼拝メッセージ(ビデオ) 『生ける水』 (2005・5・15)

2005-05-22 00:10:50 | 今週のメッセージ
メッセンジャー:李 康憲 牧師 (1994年5月15日 収録)
説教箇所:旧約聖書エゼキエル書47章1~12節 

エゼキエルは幻の中で神殿の入り口に立たされた。
神殿から流れ出る川は、み言葉を指している。
またイエス様自身が「生ける水」である。
そして聖書のいうとおり聖霊様が「生ける水」である。
神殿の敷居から川が流れ出ているが、神殿はイエス様ご自身を表している。
エゼキエルが川の中に立った時、川は足首まであったとある。
その後、段々深くなっていくが、各段階の川の深みは、
それぞれイエス様を信じる信仰の段階を表している。
1番目の段階が、足首の段階。足首だけしか入っていないが、
神の恵みに入れる人がいる。唇や行動は生意気。
しかし韓国に「足首が握られたら、完全に捉われた」という言葉がある。
次に川が膝まで浸かった。神様に跪いて祈れる。次は腰まで浸かった。
腰が低いという言葉がある。神の前や人の前で、へりくだるようになる。
最後は、渡ることができないほどに深くなった。自分の意思では生きられない。
しかしどんなに深くても泳げる人がいる。
聖霊様によって、賜物によって泳げるようになる人。
神殿から流れ出る川は、生ける水である。
神のみ言葉、聖霊様をいただくと生かされる。また体が悪くなっても生かされる。
生ける水が流れる所は全てを生き返らせる。
聖霊の実を毎月実らせる。韓国のインチョンの教会に行ったが、
子どものできない夫婦を祈ったところ、その夜にできたと知らせを受けた。
生ける水が流れる所は清くなる。清めるには聖霊の力、神のみ言葉である。
塩分が濃い死海でもヨルダン川の注ぐ所は魚が生きる。
日本は塩分が濃すぎて魚が生きにくい。クリスチャンは0.5%とわずか。
しかし神様が生ける水を流して下さる。
また教会も「生ける水」を流し、魚が入るように大きな網を下ろしましょう。
(文責:三浦)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今月の礼拝予定&お知らせ

2005-05-15 16:41:51 | 今月の礼拝予定&お知らせ
◆2005年5月 主日礼拝予定◆

5月01日 PM3:00~PM5:00    メッセージ:宮崎健男牧師

5月08日 AM10:30~AM12:00  メッセージ:宮崎一実伝道師

5月15日 AM10:30~AM12:00  ビデオメッセージ

5月22日 PM3:00~PM5:00    メッセージ:宮崎健男牧師

5月29日 AM10:30~AM12:00  メッセージ:宮崎一実伝道師

※教会学校 毎週日曜 AM9:00~AM9:45  


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

礼拝メッセージ 『キリストの体と賜物と私たち』 (2005・5・8)

2005-05-15 16:13:48 | 今週のメッセージ
メッセンジャー:宮崎一実 伝道師
説教箇所:新約聖書Ⅰコリント人への手紙 12章4~31節

『キリストの』とは『教会』のこと。
そして私たちはその一部分である。
体の一器官として協調していかねばならない。
私たちには、神様より賜物が与えられている。
『人に教える賜物』『聖書を学ぶ賜物』『人を癒す賜物』
『何時間でもお祈りできる賜物』等々、それぞれ賜物が与えられている。
とかく癒しの賜物を持っているとそれはすごいと思い、
上下関係を考えてしまいがちである。
しかし賜物には優劣はないし、全ての方に賜物が与えられていて、
求めれば賜物は与えられる。なぜなら神様から全てが出ているから。
賜物を誇るのではなく、賜物を持って忠実に仕えることが大切である。
また何の賜物があるか分からないときは、神様に求め尋ねていくようにする。
賜物は得意分野で与えられていることが多い。
目も鼻も手も足も、体にとって全てが不可欠なように、
賜物をそれぞれ持つ教会員も全てが不可欠である。
5人いる教会の一人が欠けても不十分になる。
「この教会は、私が無くてはならない」ということを意識しなければならない。
同時に周りの兄弟姉妹も無くてはならないことを知ること。
人間関係を大切にする鍵は、相手を認めること。
相手が何を喜び、何が好きであるか、等々知り認めること。
苦手な人であっても何を求め、好きであるかを知ろうとしなければならない。
それとともに主が何を求め考えておられるかということを
知るように求め祈っていかねばならない。
人は教会内において支えあい尊敬しあうことが非常に大切である。
お互いに相手を優れた者と思い、その素晴らしい所を探すことである。
また愛は押し付けてはならない。
聖霊様は一つであるから、聖霊様の力により、
私たちは支えあい尊敬しあい、愛しあうことができる。
(文責:三浦)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

礼拝メッセージ 『礼拝の天使の堕落』 (2005・5・1)

2005-05-12 23:24:29 | 今週のメッセージ
メッセンジャー:宮崎健男 牧師    
説教箇所:旧約聖書エゼキエル書 第28章11~16節

韓国で30年以上も牧会しておられるイー・チョンス先生が先日来日され
み言葉の解き明かしをされて大変恵まれた時を持った。

旧約聖書エゼキエル書28章11~16節のみ言葉は、
天使の頭として見そばに仕え礼拝をつかさどっていたにもかかわらず、
堕落して悪魔となり、神に敵対する者となり、
後は滅びしかない存在となった『天使』のことが表されている。
(堕落する前は、神のみ座に最も近い所で働いていた。)

ツロの王様は島に栄えていた王だが、
エゼキエル書のこのみ言葉はツロの王のことではなく
彼を操っていた霊の存在こと、つまり『堕落した天使』について記している。
どうして天使は堕落してしまったか?
それはイザヤ所12~15節にあるように、
最もみそば近くにいた天使が、自分自身が神のみ座にのぼろうと
願った事によって、よみに落とされたのだと書いてある。
私たちも神様を礼拝し自分自身が高ぶってはいけないのであって
罪人である自分自身は聖霊様に満たされ助けられて生きるのだという
信仰を常に持つことが大切である。

新約聖書ルカ16章19節~31節には、
貧乏人のラザロと金持ちのことが書いてある。
(二人が死んだ後のことが書いてある。)
ラザロはアブラハムのふところに行き、
金持ちはハデスに行って苦しんだと書いてある。
しかしこの3人とも皆よみに下ったのであってアブラハムと
ラザロも天国にいたわけではない。
天国に行くようになったのは、イエス様が十字架で人間の罪を
贖ってくださった後である。
第3の天のみ座に、神のみ座の礼拝する所に、
私たちの霊も引き上げられるようになった。
これはどんなにすばらしいことか。
神様は私たちを生きている時から神を礼拝する者として
用いて下さっておられる。(文責:三浦)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

お花見(2005・4・9)

2005-05-12 12:16:55 | 大佐和キリスト教会NEWS
イースター礼拝の後、集われた兄弟姉妹とともに
満開の桜の下で会食会。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

教会案内

2005-05-01 16:00:36 | 教会案内・地図
大佐和キリスト教会

伝道師 宮崎一実

〒293-0041 富津市上1-5

TEL&FAX:0439-65-3136

宮崎伝道師直通:045-781-8242


<集会案内>

◆教会学校:毎週日曜日 AM9:15~10:15

◆主日礼拝:毎週日曜日 AM11:00~PM12:20もしくはPM3:30~PM5:00

※詳しくは『今月の礼拝予定&お知らせ』にてご案内しております。

<地図>







コメント (7)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする