説教者:宮崎一実 伝道師
聖書箇所:マタイの福音書25章19節~31節
天の御国についてイエス様は、旅に出ていく主人がしもべたちに自分の財産を預けて行くのに似ているとお話しされた。主人はしもべたちに、その能力に応じて、5タラント、2タラント、1タラントを預けた。そしてよほど経ってから主人が戻り、しもべたちと清算した。5タラントと2タラントを預かったしもべたちは、それぞれもう5タラントと2タラントを儲けたことを主人に報告した。主人は喜び「良い忠実なしもべだ。わずかなものに忠実だったから、たくさんの物をまかせよう」と称賛した。ところが1タラントを預かり地に埋めて隠してあっただけのしもべには「悪い怠け者のしもべだ。私の金を銀行に預けておくべきだった、利息がついていたはずだ」と言ってお金を取り上げ10タラントのしもべに与え、彼を外の暗闇に追い出した。
ここでイエス様は、天の御国に入る私たちがどういう信仰の人生を歩まなければならないかを教えておられる。私たちは本当に忠実でなければならない。預かったタラントの多少に関わらず、預かった物に対する態度と行動が問われている。
私は落語が好きで円楽のおはこ「しばはま」の落語を聞くと、このマタイ25章の御言葉を思い出す。
私たちはこの世の生を受けた時に賜を受けている。しかしその賜を十二分に生かしているかいないかは、個人によって違う。真心から主人である神様に仕え、勤め、勤勉でなければならない。主人は5タラントを預けても、50タラントを稼ぎなさいと命ぜず、しもべの自由意思に任せられた。私たちがどうするかということを見ておられる。1タラント預かったしもべは、怠けたままで使おうともしなかった。それを主人は怒った。私たちは、神様に忠実であり、与えられたものをしっかり用いなければならない。神様の御言葉を伝えてゆかねばならない。人の前で大きな声で伝えたり、小さい声でも会話の中で御言葉を語ったりしていかねばならない。あるいは人より早く起きてお祈りの奉仕をすることでも良い。神様は小さいことに忠実であることを求められる。小さいことができない者は大きいことを任せられないからである。来年の目標を掲げて行ってほしい。今までやらなかった分野を開拓していっていただきたい。自分の与えられた賜を広げる体験をしていただきたい。