釜石の日々

岩手県釜石市に移り住んで16年8ヶ月が過ぎ、三陸沿岸部の自然の豊かさに感動する毎日。

快適な生活の代償

2012-12-26 19:14:22 | 社会
今日は朝から一日、強い風が吹き、雪が降り続けた。時々吹く突風で、路面に降った雪が舞い上がり、吹雪のようになった。気温も日中の最高気温が-3度で、犬たちの水飲み用の皿も凍り付いていた。雪と風の中を家の庭にまたエナガの群れとシジュウカラの群れがやって来ていた。朝には近くでツグミの声も聞いた。天候が悪くても野鳥たちは生きるための本能で変わらず餌を探して飛び回っているのだ。北海道並みの今日のような寒さになると、古代の東北に住む人びとの冬の生活を思う。縄文時代の竪穴住居の遺跡では現在の囲炉裏にあたる「炉」が見出されている。恐らく、屋根の部分を含めて住居のまわりは雪で覆われていて、かえって、中は「鎌倉」のように暖かくなっていただろう。衣類は鹿や熊の毛皮を使っていたとのだろう。足や手も毛皮を使って覆っていたかも知れない。炬燵(こたつ)や行火(あんか)などが見られるようになったのは室町時代からだ。明治時代になってやっとストーブが輸入されるようになったが、一般庶民の家庭にそれが見られるようになるには100年近くかかっている。今では屋内の暖房が十分行き届くようになり、快適な生活が雪国でも出来るようになったが、そのために、エネルギーも大量に消費するようになってしまった。快適さは資源の大量消費と引き換えに手に入った。地方の生活に不可欠となった車もやはりエネルギーを消費する。屋内に溢れる電化製品も同じだ。年間を通して快適な住環境を維持することで、大量のエネルギーを消費するだけでなく、人の身体の環境への適応力も少しずつ衰えることになった。簡単に手に入る薬や殺菌力を持った製品が屋内に多用されるようになったことで微生物にとっての環境も大きく変化した。そのため、微生物は微生物なりにそうした環境に適応せざるを得なくなる。抵抗力をもった微生物が現れるようになる。快適さは動物としての人間を弱体化させているとも考えることが出来る。こうした状況の中で遺伝子操作の問題も捉えておかないと、気が付けばとんでもない世界になっている可能性がある。近代までの科学や技術でも世界を大きく変えたが、現代のそれらは尚のこと短期的には何も問題を起こさないが、長期的に見ると、もう二度と帰ることの出来ない世界に行き着く可能性がある。人間は自ら自分の首を絞めている可能性がある。太古の時代から鳥たちは移動することで自分たちに適応した環境を探して、それを見出して来た。人は定住して環境を自分たちに適応させる科学や技術を導入して来た。その積み重ねには恐らくどこかで限界があるだろう。動物としての人の身体を一層弱体化させないためにも、今、人と環境の問題を真剣に考えなければ、自滅の道を歩むことになるのではないだろうか。雪と風の中を変わらずやって来た野鳥たちの姿を見ていて、そんなことを考えた。
庭に降った雪