ヒヨちゃんが行く!

松本市在住「大平滋子」の写真と詩のブログ

とあるギャラリー

2010-04-30 | アート
前からのぞいてみたかったギャラリーに行きました。
ギャラリーは作品を売って生計を立てておられる、
そういう場所ですから、
「一見の客ですが入ってよいでしょうか」
と聞きました。

すると、
「うちは、売ってなんぼの場所です。美術館ではありません」
と……。
みすぼらしい格好でしたから
いきなり小馬鹿にされたあげく、
「絵というのは、
 1.芸術的価値
 2.自分の価値観との合致
 3.資産性
 の3点で成り立っています。
 カシニョールだのジャンセンなど最悪です。
 本物を求めていただく、
 そういう価値があるわけです」
などと言い出しました。
その上、
「10年もうちに通って、1点の作品も買わない芸術家、
 ただ技法を盗みに来ているだけの奴です。
 あと、美術の先生にもそんなのがいます。
 困るんですよ、そういう客。はき違えたの」
……

何だかな~と思いながら、ギャラリーをあとにして
先頃退職した友人を思い出しました。
彼女は、17年間も画廊に通ったんですね。
それで1枚の絵も買わなかった。
買えなかったのです。
でも、仕事を定年退職して、
17年間欲しかった、その1枚を買いました。
「ようやく私の所に来てくれたのね」。
画廊はそんなものには資産価値はないとか何とか言ったそうですが、
「私には価値がある。
 十分、幸せです。
 だって、この絵は、私の人生へのご褒美ですもの」

ギャラリーは夢を売る場所でもあると思うのですね。
わたくしは。

上手く撮れない

2010-04-29 | アート
頼まれ写真などを撮りに行くと、
上手く撮れずにショック!

恐るべき事にコンデジではまずまず撮れたのに
一眼レフカメラでは全くの「×」
ナンジャーって出来。

壁に当たりました。
壁ですから、クライムしなければなりませんけれど、
根源的問題にあたった手応えがあります。
ホワイトバランスであるとか、
コントラストであるとか、
絞りであるとか、
それって、基本中の基本じゃない!

いい機会です。
何でも人生お勉強です。
山があれば登るし、
川があれば渡るし、
(そうして遭難するわけです……。今回のように)

口を「へ」の字に結んで
さて、頑張りましょうか。
一つずつ。

ほっとけという優しさ

2010-04-28 | アート
大阪には「ほっとけ」っちゅう言葉があってな、
「まあ、ほっとけ」って使う。

最初はたまげたねえ、
僕は大阪人じゃないから、
なんちゅう冷たい人たちだろって思ったよ。

でもね、芸術家って、ほとんど残こんないからさ、
手をかけても。
自分で這い上がってくるもの、
幸運に恵まれたもの。
けっきょく這い上がれた人しか残れない。
それって、芸術を志した人の、
ほんの一握りなんだよな。
希少な……。

だから、「ほっとけ」
あんたさんがやりたいならやりな。
僕は見ているから。
そういう肯定の仕方。
ものすごい愛情だと思うんだよな。

駄目になっても、あんたでよかった。
上手くいっても、もちろん、よかった。

----------

そっか、芸術にはエスカレーターがないんだ。
階段に登ったら、そのまま高見に運んでくれる、
そんな便利な道具はないんだ。

芸術は自分の足と手で切り開くものなんだ。

喫茶店で不意に声をかけてきた男性の、
まったく予期しない話を聞きながら、
ほっとけという優しさを教えてもらった話。

で、
「人生至る所青山あり、
さて、今日はどの山を登りますか」。
男性はニンマリ笑って去っていったのでした。

降旗香代子さんのポルセレーヌ展

2010-04-27 | アート
安曇野市豊科にある、アートカフェ清雅で
降旗香代子さんのポルセレーヌ展が開かれています。
ポルセレーヌとは陶磁器人形。
今にも動き出しそうな人形たちの
展示期間は4月27日から5月9日まで。
高さ10㎝から30㎝の精巧な人形が
2階展示室を埋め尽くしています。

さてこのポーセレーヌ。
1100度窯で陶土を焼き釉薬を重ねて完成します。
持ってみて驚くのはその軽さ。
それが故に、焼き込む前にほどこす陶土の乾燥収縮に耐えられず、
ヒビが入ったり、変形するものもあり、
大作に至っては素焼きにあたる作業を3回も行うことがあるそうです。
こうしてできた大作は
1㎝大の桜の花(五葉の花びらつき)で飾られた着物の少女。
レースを羽織った貴婦人。
親子がむつむ姿となって 会場に柔らかな雰囲気を醸し出しています。

  

作家の降旗香代子さんは大きめな瞳がキュートな女性。
ポルセレーヌを作成していると
優しい気持ちになるし、
心を真っ白にできると 仰います。
その言葉の端々まで、製作への暖かな情熱に溢れていました。

降旗さんのお友達がご持参されたクライミングローズ、
「MIYABI」と展示室寸景。


この薔薇の向こうに、たいへん難易度の高い振り袖の少女がいます。
1㎝角の桜(花びら五葉つき)を全身にまとい、
歓喜の表情。
もうすぐ、ゴールデンウィーク、
是非、少女たちに会いに行って下さい。

----------
アートカフェ清雅
長野県安曇野市豊科3550-1
0263-72-3982
営業時間 11時から17時
月曜定休日

撮影会

2010-04-26 | アート
土曜日は撮影会に行ってきました。
デジタルカメラですから
皆さんのお撮りになった画像を
すぐさまチェックできるわけです。

面白いですね。
一緒の場所に行っても、
違った画像ができあがっているのです。
刺激的でした。

その刺激のおかげでしょうか。
今日はやたらと景色がまぶしく見えました。
次の展示用の撮影をしながら、
ふと横を向くと 薔薇の若芽が出ていました。
艶やかな緑。

素敵な季節が始まるのですね。
たくさんの出会いと刺激に溢れた、
そんな時間がつながっていくことを
願わずにはいられません。

雉が来ました

2010-04-26 | アート
1.5㎞先に雉が生息していることは知っていたのですが、
わが家の庭に来るとは……。
ビックリ。
女の子です。

今日はいろいろ鳥に会う日で
ほおじろ、ウグイス、ツバメ、四十雀、
ツグミ、ヒヨドリ、ヤマバト、ムクドリ……。
その出会い方が、ドラマチックでした。
ほおじろは車と並行して飛んで尾羽の白をはためかせていましたし、
ツバメはフロントグラスぎりぎりをかすめ飛んでいきました。
時速50㎞でしたから、驚愕しました。
ウグイスは最高のショットを切った瞬間に鳴きました。
ヒヨドリは、相変わらずお一人様で
(そのうちこの話は書きます)
桜の茂みにいた四十雀が花びらを落として撮影を助けてくれたり、
……(まだある!)
ですが、長くなりましたので、この辺りで。

MEMO程度の画像を挟み込んでみました。



その辺のペンで適当に描いたお目汚しです。
ごめんなさい。

遠足

2010-04-25 | アート
王子動物園帰りの小学生?
ガラスに映っているところを撮りました。

なんだかいいですね、
列を作っている。
でも軍隊のように整然とはしていない。
とっても気持ちよく列を作っている。

人の輪って、こうして 緩やかなのがいいのかもしれません。

モニュメントのヒレが今にも動き出しそうな勢いで
おいでをしているように見えるのは、
歓喜の声を聞いた私の幻聴でしょうか。

ACN(アートクラフトフェスティバルIn神戸)

2010-04-25 | アート
会場の点景です。
一つの美術館で一つの展示をするというのではなく、
「赫」「新世紀美術展」「ACN」の三つの展示が同時開催されていました。
それぞれが特徴ある展示でしたので、
よいところ、気になるところ、
相互に見比べての 切磋琢磨が繰り広げられます。

「赫」「新世紀美術展」と「ACN」の差は
ACNの個展形式主義にあると思います。
区切られたブースをいかに個性的に埋めるか、
その上で会としての統一性が出るか、
そこに主催者のセンスが光っているし、
作家の質がそろっている頼もしさを覚えました。

数点の展示物を見せるだけでは作家の度量はわかりにくいものです。
一挙に見せるとなると 度量が試されてしまいます。
試されることを糧にする人、
そういう人が 残っていく展示です。

いろいろな展示方法がありますが、
私は興味深く考えています。

秋に安曇野にもやってきます。
10月19日からの一週間。
安曇野市豊科にある、「豊科近代美術館」です。
是非、足をお運び下さい。
作家たちがずっと会場に詰めています。
作品解説、芸術論、等々……、
みなさまとの楽しい時間をお約束できることと思います。

人は芸術を食べる生き物(その2)

2010-04-24 | アート
それから、彼は言葉を継ぎました。

 でもね、本当に伝わりやすいものだけが人間感情かなって。
 伝わらない、だから、媒体が必要だ。
 その時、技術って必要なんだよね。
 表現媒体のもつ力のようなもの。
 
 いつも、僕は、そこで立ち止まるんだけど。
 どう?

そうですね、考えるに値するお話です。
文章は、伝わることを強く意識します。
どう読み解かれていくか、幾通りもの読まれ方まで想像します。
画像になると、そこが甘いかも知れません。

課題、またいただきました。

それでも、階段脇の空間にこんな風景を見ると 撮影してしまいます。
空と人と私と、不思議に解け合ってていいなって、後付け的な言葉を飾ります。

 言葉では表現できないものがあるから、
 絵(芸術)をやるんでしょ。

同館で油絵を展示していた作家のひと言。
いずれにしても、

その向こうにいる「人」を意識できるか、
それが、芸術性の高低かもしれないと思いました。
いえ、
肯定であり、工程なのです。
見てもらって、味わってもらってナンボ。

人は芸術を食べる生き物だから。

人は芸術を食べる生き物(その1)

2010-04-24 | アート
激しく画像処理をした写真を持って
昨日、美術館に出向いたのですが、蜂の一刺し。

 この技術を持って、何を表現したいのか。
 表現したいもののために、この技術は適切か。
 そして、伝わるか。

 逆に言うと稚拙な写真であっても、
 お花が綺麗だとか、季節が溢れているとか、
 そういうものの方が共感を得る。
 人の何らかの感情を惹起する。

そういうことってありますね。
携帯でポッと撮った写真の方がいいとか。
友達の顔がアップで、笑っている。
顔は半分かけた上に、ぼけているのに、
気持ちがつながっている。
それが伝わるような写真。