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信州岩波講座2016講座Ⅲ 中野晃一さん&谷口真由美さん

2016年10月28日 | 信州岩波講座
私たちは政治とどう向き合うか
     
◇中野晃一氏(上智大学国際教養学部教授)
        「危機のなかの希望 立憲民主主義のこれから」

 今の日本の状況を「危機的」と捉える人は多いだろうが、安倍首相個人の問題というより、一度政権を放り出した人が再び首相になることを可能にした構造こそが問題だ。
 問題の一つに「官僚支配」がある。特定秘密法や安保法制、共謀罪などは官僚の中にあったものが出てきたにすぎない。そうした官僚支配に対する批判的なシンボルとして、80年代後半から新自由主義的政策が進められるようなった。政治面での典型的例は小選挙区制で、そこでは有権者は「消費者」だ。総理大臣は国民の代表というより最高経営責任者で、選挙に勝ちさえすれば(「お客様」の支持を得れば)何をやってもいいことになってしまう。
 絶望したくなるような状況だが、昨年夏以降希望を感ずることが多々あった。新しい市民の覚醒が起きている。「市民連合」では、かつての運動体の枠を超え、中高年から若い人まで参加している。「市民」とは主権者だ。市民の言うことを国会議員が聞かないなら声を上げようと広がっているのが今の運動だ。
 こうした運動はアメリカの「オキュパイ運動」のように世界で連動して起きているが、日本では官僚支配の伝統が余りにも強いので、「官にたてつく」として批判される傾向にある。また、新自由主義は自民党一党支配にメスを入れる改革のイデオロギーとして歓迎された経緯から、いまだに根強い人気をもっている。このため日本での抗議行動は、民主主義、立憲主義といった問題に特化されていて、それと根が一つの経済、格差などの問題に言及できないでいる。
 野党共闘を推し進めるなかで、市民運動と政党との新しい関係が模索されてきた。そこでキーワードになるのは「応答」だ。SEALDsの学生たちと中高年の人たちとの間には応答関係があった。そうした関係の中で日本の民主主義が作り直されているのが現在の状況だ。こうした応答関係が政党政治の中でもできるのか、選挙の時だけの「お客様」ではなく、常に私たちの代理人である政治家たちを叱咤激励して、私たちの言うことを聞かせる根気強い作業が進んでいると思う。そこに希望を感じる。

◇谷口真由美氏(大阪国際大学准教授・全日本おばちゃん党代表代行)
        「ほんまに知ってる!?憲法と民主主義」

 「全日本おばちゃん党」をフェイスブックに立ち上げた経緯と活動について、「オッサン」と「おっちゃん」、「オバハン」と「おばちゃん」の違いに触れながら、以下のように話しました。
 今の日本の政治は面子や建前にこだわる「オッサン政治」であり、それに対して「おかしい」と言えるのが「おばちゃん」だ。おばちゃんは、「しんどいな」と思うことを次世代に残したくない、そのために何をするか(しないか)を考えことができる。
 最高裁は、「夫婦別姓」を認めていない民法の規定を合憲とする判断を示したが、結婚によって姓を変えたくないという人(女性)の意志は少数者の問題として無視されている。この問題が進まないのは男性中心の国会で後回しにされてきたせいだ。
 憲法について好きな条文を聞くと「9条」と答える人が多いが、私は「99条」だ。国会議員などの憲法尊重擁護の義務を定めた99条は、権力者が暴走しないように憲法によって制止している。私たちが守るのではなく、権力者に守らせるということだ。
 憲法は最高法規であり、これに反する法律や政府の行為は認められていない。選挙の際には、この人に「最高の権力をもつ仕事を与えていいのか」という視点が大切で、候補者が憲法をどう考えているのかを見極めて選ぶ必要がある。そして自分たちの代表者をどう動かすかも考えなければならない。安倍首相が変われば良くなるかという問題ではない。日々のコツコツが必要だ。むのたけじさんは「憲法は普段着でなければならない」と言われた。愛(アモーレ)をもって憲法を読んでいただきたい。

この後、フロアから寄せられた質問に答えながら、二人の対談が行われました。


アンケート抜粋:今の日本政治の底にある「危機」について気づかせ、考えさせてくれた/主権者としてのあり方、あるべき姿・行動について、改めて考えさせられた/憲法をもっと知ることが大切だと思った/憲法への愛、立憲主義とはどういうことか、支持者であることはどういうことか、とても心に響いた/対談形式を取り入れていることはより理解が深まり大変ありがたい、などの声とともに、両氏とも、もう少し講師自身の考えを聞きたかった/質問票の答えをもっと聞きたかった、などの意見も寄せられました。