NPO・999ブログ    本を読んで 考える力を養おう

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[本]の可能性って、読者がつくる……

2011年06月27日 | 哲学カフェ


哲学カフェ「長田洋一文学ゼミ」第2弾は、6月19日午後13時より、画廊喫茶・カンヴァス城山で開催。講義のテーマは老年文学から枠を広げてノンフィクションにまで及びました。
 長田先生は、「老年文学」という言い方が適切かどうか疑問符もありますがと前置きされながら、A.老年の作家による作品 B.老いをテーマにした作品 C.老人読者向けに出版される作品、と明快に区分され、「老年文学」の切り口による多様性に驚きました。「まだ老年の域じゃないだろう」と年嵩を認めたくない私は、「とりあえずA域を対象としょう」と、宇野千代という作家に興味を持ち『薄墨の桜』から読みはじめようと思いました。
 ノンフィクションは、社会性、事件性、あるいは人間像といったテーマが多く、書き手の真実に迫る鬼気に圧倒され、私はこのところその世界の講読ばかりです。そのノンフィクションが、長田先生は、書き手は「作家」とは呼ばれず、作品は話題にならず、ダメになっていくと思うのです、と言うのです。事実、ノンフィクションを載せた『現代』『論座』『諸君』が休刊や廃刊に追い込まれています。資料として佐野眞一、重松清、佐藤優など10名の作家が推す10冊のノンフィクション100選のリストをいただいたので、ノンフィクションは真実の記録あるいは歴史の事実として後世に手渡すものとの思いで、読書量を増やし読者として応援したくなりました。
 圧巻は、有名作家の直筆原稿を目にできたこと。長田先生のような出版社の編集者でなければ決して手にできない、中上健次、水上勉、立松和平、田中康夫などの校正原稿で、それぞれに特徴のある手書き文字が、なんとも人間性を醸し出し、そこに作者の存在感すら感じた、胸の熱くなるひと時でした。長田先生ありがとうございました。(hsokawa)

<予告>哲学カフェ2011「福島泰樹・短歌絶叫コンサート」7月24日(日)午後1時30分開演 会場アイビースクエア3F 前売り1,200円 ※長田洋一先生との談話会もあります。