忍路の村は眠っている。その閑散とした家並みの、淡くうらぶれた色彩は質素なまま黒ずんでいた。小樽とは一切が対照的に見える忍路は何もかもが耐え忍ぶように雪に埋もれているようであった。それは現代から取り残された雪国の寒村を思わせる深い静まり持っていて私の胸を突いた。
あたかもそれは、この忍路だけが、時の流れから解放されているようでもあり、その独特の薄墨のような静寂を私は胸一杯に吸い込んだ。
. . . 本文を読む
蘭島の駅を3時過ぎに出たのであるから、もう4時は回っているかもしれない。時計を持たない私には、空を見るしかない。太陽の光はすでにこの斜面には届いて来なかった。急に日が暮れてきたように思われた。前に立ちはだかるように見える灰色の山は暗らさを増している。それはわずかな暖かささえも吸い取ってしまう魔性のように見えた。一面の雪は明るさを失い、死んだように無言になった。
不安が一気に膨れ上がり、私は . . . 本文を読む
私はその少女を見たとき、不思議な感覚を覚えた。それはどうとも説明しがたいもので、不思議としか言いようのない一種の心の動揺であった。
少女はまっすぐな黒髪をお下げにした人形のようで、髪はつやつやと光り、まるで絵の世界から抜け出して来たように思えた。息をのんで見つめてしまうほどに私を惹きつける何かがあった。
少女の出現で、静かだった私の心は突然活気付き、坂下に去るとまた静けさがやってきた。私 . . . 本文を読む
雪の浜辺には3人ほどの人がいた。何をしているのか知れなかったが悠長に陸揚げされた船の舳先でスコップをふるっていた。
その一団を遠目にして、私は雪の上を注意深く進んでいった。下手をすると柔らかい雪を深く踏み込んで、ブーツが埋まってしまうのだ。まるで地雷原に足を踏み込むようにしてようやく浜を尽き、細いZ字の道を登り始めた。その道は幾分踏み固められており、滑ることに気を使うだけで、足を取られること . . . 本文を読む
今日中に札幌まで帰るという強い気持ちがあって、私はそのまま国道に沿って歩くのはやめ、そのまま国道を横切って海岸に出た。
夏には海水浴場となるのだろう、雪に包まれた浜辺には夏の小屋が寒そうに眠っていた。
私は雪に埋もれた海岸を岬の方に歩いて行った。目の前に横たわる岬はその先端に忍路港を構えている筈であった。岬は海に突き出た壁のように見え、海岸を歩いて行きつくその先から壁を這いあがるように、白 . . . 本文を読む
国道に出るとすぐに車はつかまった。海沿いに走るとやがて忍路と書かれたバスストップの標識が見えて、そこからトンネルになり、そこを抜けるとすぐそこは欄島であった。
駅の前で車をとめ、国道を横に入って蘭島の駅はあった。塩谷の駅よりは一回り小さいその駅は濃いオリーブ色に塗られている。小樽で見た明るい飛び出してくるような家々の様子とは違って、内にこもるような沈んでいく空気が感じられて、私は駅に入ってい . . . 本文を読む
3月も終わりのころの北海道は、美しい雪の風景と、泥の道が激しい対比をなしているのに驚きます。国道を走る車はどんな高級車であってもみな等しく泥にまみれている。私にはそれがとても意外で、そして新鮮に映りました。
その泥は待ち望んだ春到来の証なのでしょうか、この地の人々が道のぬかるみを嫌がっているようには見えなかったのを思い出します。
一時は疑いもしたけれども、頼まれもしないのに私を伊藤整の文学 . . . 本文を読む
イカレた公衆電話を呪うより、私はただ呆れながら受話器を置いた。するとそのことが急に可笑しくなって、私は知らぬ間に苦笑いをしていたのだろう。ほほがぎこちなく引きつっているのを感じて、そっと顎を撫ぜるのだった。
財布にはもう10円玉はなかった。そしてたった1枚の10円玉で用は済むのであった。余裕のない目で辺りを見回し、小さな駄菓子屋を見つけてそこに飛び込んだ。やっとの思いで10円玉を得ると、私 . . . 本文を読む
静かな女性の声が受話器を通して聞こえてきた。その声に幾分安心したものの、私は電話の料金切れを心配してつい大声になってこの電話の趣旨を説明した。
今夜そちらに私宛の連絡があること。そしてそれ以外に連絡の方法がないこと。満室で宿泊できなかったために、どうしてもその電話の相手に伝言をお願いしたいこと。
早口で喋る電話の相手に戸惑いながら受け応えしていたフロントが、ようやく事態を了解してくれ、 . . . 本文を読む
塩谷の駅は時代に取り残されたように、ひっそりと立っていた。待合室には老人が腰をおろして、半分眠っているようだった。
時刻表を見ると、目論んでいた列車の到着は2時50分となっていた。駅の時計はすでに3時を回ろうとしていた。次の列車は1時間後だと分ると、私は列車を諦めて引き返し、国道に出ようと決心した。
それにしてもこののんびりしたダイヤを見る限り、伊藤整の時代の通学列車はもう走っていないのか . . . 本文を読む