のしてんてんハッピーアート

複雑な心模様も
静かに安らいで眺めてみれば
シンプルなエネルギーの流れだと分かる

塩谷 13

2009-08-04 | 小説 忍路(おしょろ)

静かな女性の声が受話器を通して聞こえてきた。その声に幾分安心したものの、私は電話の料金切れを心配してつい大声になってこの電話の趣旨を説明した。
 今夜そちらに私宛の連絡があること。そしてそれ以外に連絡の方法がないこと。満室で宿泊できなかったために、どうしてもその電話の相手に伝言をお願いしたいこと。
 早口で喋る電話の相手に戸惑いながら受け応えしていたフロントが、ようやく事態を了解してくれ、私はホッとして自分の名前を告げ依頼する伝言の内容を伝えようとした時、突然予告音なしに電話が切れてしまった。公衆電話に入れた料金がなくなってしまってのだが、それを知らせる予告音がなかったために、とっておいた予備の10円玉を入れる暇がなかったのだ。私はまだ自分の名前さえしっかり伝えてはいなかった。
 私は急いで最後の10円玉を電話機に入れ、もう一度ホテルを呼び出した。先程の交換手が出て今度はすぐにフロントが出た。しかしその電話出たのは先の女性とは違っていた。焦りながら私はもう一度先の経過を説明しなくてはならなくなり、そういう訳で先程の女性と代わってほしいと頼んだ。しかしそのフロントが先の私の相手が誰だったのか見当もつけられないらしい。受話器の向こうで、私の言った事を繰り返す声がした。その電話を取ったのは誰?焦る私とは対照的に悠長な声が聞こえてくる。時間が尽きて落ちかかっている10円玉が脳裏にちらついて、私は思わず大声をあげたくなる。
 すると受話器から懐かしい静かな女性の声が聞こえてきた。私は時間のないことを気にしながら、早口に要件を伝えた。
 私は自分の名前を伝え、私宛てに掛けてくる相手が里依子であるというそのフルネームを告げた。
 公衆電話が壊れているに違いなかった。私が里依子の名を言い終わったとたんに予告なく再び電話が切れたのだ。
 まだ伝言してもらう内容を伝えていないのであった。



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