のしてんてん ハッピーアート

複雑な心模様も
静かに安らいで眺めてみれば
シンプルなエネルギーの流れだと分かる

黄泉の国より(目次)

2014-12-31 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

  

「黄泉の国より」(1600字)は2014年に当ブログに90回にわたって連載した私の唯一のファンタジー小説です。しかしブログの機能上順を追って読むのが大変で完全にうずもれていました。

ところで真鹿子さんの詩「地球の爆弾すべて花火となれ!世界平和花火大会をしよう!」に出逢い、「黄泉の国より」もこの願いにささやかでも添ってくれるのではないかと思うようになりました。

なんとかできないものかと思っていたら、ひらめきがあってさっそく改良いたしました。

以下の目次のどこからでも開いていただくことが出来、しかも順を追って読めるように工夫いたしました。その都度クリックが必要ですがこれなら長文を好きな時に読んでいただけるという名案です。

「黄泉・・・」は音楽が世界を救うというお話。「地球の爆弾すべて花火となれ!」を願いつつお届けいたします。

お試しくださいませ  (2017年10月15日)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

黄泉の国より 

第一部 

一、夢 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

〇  旅立ち

 ヅウワン 

〇 黄泉のセブズー

〇 わが家

二、セブ王の噴水ーーーーーーーーーーーーー

〇 目覚め一

〇 目覚め二

〇   アモイ探偵団

〇   序 章

〇   奇妙な依頼

〇  セブ王の噴水

三、ユング司書 ーーーーーーーーーーーーーー

〇 王立図書館        

〇 雑貨屋ジル            

〇 ユングの死

四、ユングの手紙ーーーーーーーーーーーーー

〇 女司書   

〇  書庫の鍵             

〇  ユングの贈り物              

〇 作戦会議                 

五、失われた辞書ーーーーーーーーーーーーー

〇   密室          

〇  仕事場                   

〇 ヴェゴジュ王立図書館長        

〇   約 束                        

〇  連 行                       

六、悲しい事故ーーーーーーーーーーーーーー

〇 コンサート                   

〇  計画実行の                  

〇  取り調べ室    

〇 ヅウワンの死

                       

 第二部

 一、レクイエムーーーーーーーーーーーーー

〇 惜 別                         

セブ十七世                  

セブ十六世                

計 画                         

 二、噴水の秘密ーーーーーーーーーーーーー

アモイ探偵団            

建国祭         

 もう一つの建国祭            

 三、エミー ーーーーーーーーーーーーーー

おふだ                     

父と娘        

 馬車の中                

エミーの部屋                 

四、古文書館ーーーーーーーーーーーーーーー

閉ざされた書庫

 夜の山道

 魔 性

 五、依頼主ーーーーーーーーーーーーーーー

眠らされた歴史 

カラス                  

ゲッペル将軍

並木道

パルマとパルガ

六、新月の夜ーーーーーーーーーーーーーーー

歌の力

 王 宮  

王の寝室

準 備                       

カルパコ                  

地下牢    

新月の夜        

黄泉の国へ  

 

 第三部

一、黄泉の国ーーーーーーーーーーーーーー

無のトンネル

黄泉の光

二、それぞれの戦いーーーーーーーーーーーー

地下牢    

セブズー市街

王の間

三、市街戦ーーーーーーーーーーーーーーー

隠れ家     

女 牢               

ゲッペル対ゲッペル

赤い玉 

四、救い主ーーーーーーーーーーーーーーー

ジ ル   

反 乱        

地下道       

ジルの処刑

生けにえーーーーーーーーーーーーーーー

王子とカルパコ

革 命        

儀 式       

大合唱          

青い玉   

最後の戦い

終 章

ーーーーーーーーーーーーーーーー 

地球の爆弾すべて花火になれ!

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

黄泉の国より ありがとうございました

2014-12-31 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

2か月にわたり「黄泉の国より」にお付き合いいただきましてありがとうございました。

このファンタジーは、私が提唱する5次元宇宙の考え方をベースにして書いたものです。

「時間」を主軸にした4次元による思考は現在の世界を繁栄に導きましたが、その歪から恐ろしい悪魔も生み出してしまいました。

アメリカの悪魔とイスラムの悪魔、これらを癒し鎮めるには、もはや4次元の思考を超えた思考違法が必要なのではないかと思います。

5次元は、「時間」の軸に垂直に交わる「スケール」の軸を加えた考え方で、そこでは簡単に「人と神」が合体するイメージを作り上げることが出来ます。

イスラム教やキリスト教のように、交わらない一神教であっても、精神的に、融合可能な思考が可能なのです。

軍を動かさないで、世界が平和になれる。

それこそが平和何だと思いたい。

 

年の瀬となりました。

よい新年をお迎え下さい。

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

第 三 部  五、生けにえ (終 章)

2014-12-30 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

終 章

 

 ランバード王国にウイズビー王が誕生した。セブの称号は廃され、ウイズビーが自らの名で王位を継いだのだ。生きたまま王が引退して王位継承をしたのは、ランバード王国始まって以来の事だった。

 血塗られた王家の歴史は途絶えたのだ。

 新王が即位して間もなく、ランバード王国は新たな王家の墓を建立した。牢獄につながれた歴代の王がはじめて棺の中で安らかな眠りについた。その一番奥の棺にはクライン・マルトの名が刻まれていた。その王達の眠りを見守るように、守人となった乙女達の碑が建てられた。

 ゲッペルは王から許可を得て自分の祖先を祭る神殿を造り上げた。王国に尽くした功績と忠誠の印に、赤と青の玉をはめ込んだパネルが神殿の中央に取り付けられていた。

 荒廃した国土は少しずつ息を吹き返して、山に緑が戻っていた。野原には花が咲き、虫達が踊っていた。  

  ダルカンはランバード王国の新たな歴史を執筆していた。そしてエグマは旧字体の研究者として、旧字体を国民に広めようとしていた。二人は結婚して今は可愛らしい女の子が一人、家族の一員になっていた。エマと名付けられていた。

  カルパコはバックルパーの仕事場で樽職人になっていた。カルパコはバックルパーが認めるほどの技術者となり、バックルパーの仕事場をそっくり譲り受けていた。毎日仕事をしても追いつかないほど盛況だった。

 バックルパーは海の男に戻っていた。古い商船を手に入れ、念願の海に出たのだ。いくつもの国を訪れ、ランバード王国の商品を紹介し、諸国の文化をランバードにもたらした。

 バックルパーの心は晴れ晴れとしていた。自分の体と心が自然に歌い始めるように思えた。バックルパーは再び自分の本当の生き方に巡り会ったような気がしていた。

 その船に、時々エミーも乗ることがあった。エミーはソウル歌手として大成功を収めていた。その名は国外にまで届いているのだった。年に何度か、海外公演が組まれていた。エミーの登場はヅウワンの再来と呼ばれ、サンロットや市民の絶賛を受けた。やがてエミーはヅウワンを越えて国際的な歌手となっていったのだ。

 ランバード城の中庭にバラ園があった。

 ロゼットが無心に花の手入れをしていた。その花園にひっそりと、白い花が咲いていた。ウイズビー王がそれを見つけて足を止めた。ウイズビーは白い花びらに顔を近づけてその香りを胸一杯に吸い込んだ。そしてそっと口づけをした。それを見たロゼットが笑いかけた。

 「どうしたの、ウイズビー。」

  「母上、とても可愛い花ですね。今まで気づかなかったが、まるで母上のようだ。」

  「何を言うの、ウイズビー、」ロゼットは明るい笑顔で答えた。

 「母上、私は父上を救うために黄泉の国に行って来たのです。」

  「ええ、あなたはよい働きをしました。そのお陰でお父様はあんなに元気になられたのです。私からも礼を言います。」

 「ありがとうございます、母上。」

 「いい天気だわ。」

 「そうですね。空が抜けるように青い。」

 ウイズビーは母に、セルザの事を言い出そうと思ってその間際でやめた。セルザの愛を母に知らせたかったが、それと同じだけの愛情を母の中に見たのだった。何という名の花なのかウイズビーは知らなかったが、あの地下牢で見た白い花と同じ花が、母の手でさりげなくも優しく育てられていたのだ。花はよく肥えた黒い土の上に、清楚な花びらを開いていた。

 誰も口を挟む問題ではなかった。

 白い花はそよ風に揺れて、明るい太陽の日差しの中で笑うように見えた。ウイズビーはその白い花に向かって最敬礼をした。

 「まあ、変な子ね。」

 ロゼットがさもおかしそうに言った。

 「何でもありません、母上。これから父上の下に参りますが、何か御用は。その花、持って参りましょうか。」

 「結構よ。このバラは、後で私が持って行きますから。」

  「そうですか、では、」

  ウイズビーは大股に歩いて、花園を後にした。

 

                                  了

 

  

長い間ありがとうございました。

「黄泉の国より」は本日で終了しました。いかがだったでしょうか。    (Waa)

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

第 三 部  五、生けにえ (最後の戦い)

2014-12-29 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

最後の戦い

 

 「ついにやって来おったな。」

 「姉様、どうか気をつけて。」

 「分かっておる。パルガ、お前こそ、首尾よくの。」

  パルマとパルガは素早い動きで王の間を出て王宮のバルコニーに出た。ウイズビーとゲッペルが赤と青の玉を持ってその後に続いた。バックルパー達もバルコニーに出た。

 中庭では、民衆がひしめき合い、全員天を仰いでいた。悲鳴はそこから聞こえて来たのだった。王城の天空には、不気味な黒雲が全天を覆うように広がり、どろりとした渦を巻いていた。それはまるで巨大な蛇が大空一面にとぐろを巻いて世界を覆い尽くそうとしているように見えた。至る所から稲妻が鋭い光を走らせた。その度に雲は悶えるように波打っていた。その光に応じるように、地面が小刻みに振動していた。

  「な、何なのこれは、」エグマは首が折れるぐらいに真上を見上げて叫んだ。

  「ヴォウヅンクロウゾの正体じゃ。」

  「ヴォウヅンクロウゾ、恐ろしい姿だ。」ウイズビーが空をにらんだ。

  「我らがもたついている間に、態勢を整えおった。姉様、大丈夫か。」

  「やるしかあるまいの。後は頼んだぞ。」

 「安心して下され。」

 「では行くぞ。」

 パルマが右手を高々と上げた。すると無数のカラスの群れが空に現れた。

 「カウカウカウ、カウカウカウ、カウカウカウ、」

 カラスの群れが狂ったように鳴き出した。パルマがやすやすと飛び上がり、カラスの群れの上に、仁王立ちになった。それと同時に不気味な地鳴りが起こった。大地が激しく上下左右に揺れた。城壁は波打ち崩れ落ちた。誰も立っていられなかった。地面は割れ、民衆は逃げ惑い、割れ目に飲み込まれ、地面を転がった。パルガ達もバルコニーの床に伏せてその激しい揺れをしのいでいた。やがて地震がやんだ。

 「時間がない、さあ、行くぞ。玉をしっかり持ってくるのじゃ。」

  パルガは、傾いたバルコニーから素早く地上に降りた。そして中庭の敷石の上に青い玉と赤い玉を並べて置かせた。玉は互いに反応し合ってさらに光を増しているようだった。

 パルガは玉を置いた敷石の四隅に小さな結界を張った。そして天と地を貫くように意識を集中し、長い呪文を唱え始めた。

 天空では、恐ろしい光景が展開していた。空一杯にとぐろを巻いた蛇は城を一のみしそうな大きな口を開けてパルマを威かくしていた。パルマはカラスのかたまりに乗って、その口の中に飛び込もうとした。するとその口から、真っ赤に燃える灼熱の炎が吐き出されパルマを襲った。パルマの全身から青い幕が張り出して、バリヤーを張ったがその青いボールごと炎に包まれてしまった。地上は肌が焼けるような熱風が吹き荒れた。民衆の悲鳴が至るところで聞こえた。火炎の舌が王城をなめまわした。パルマは炎に包まれながら、しかし炎を避けようとはしなかった。パルマを乗せているカラスの群れの中から、数羽のカラスが火に包まれて地上に落ちて来た。それでもパルマは耐えていた。パルマは大蛇の炎が治まるのを待っていたのだ。そして炎が消えた瞬間、パルマはカラスの群れと共に素早く動き、巨大な、天空に渦巻く大蛇の口に飛び込んだ。地上からは、パルマがヴォウヅンクロウゾに飲み込まれたように見えた。

 「パルマが食べられた!」エグマが泣き出しそうな声で叫んだ。

 「見ろ、あの蛇の胴体を!」カルパコが天を指さした。

 「あれは何だ。」ダルカンが声高に言った。

 とぐろを巻いた巨大な蛇の胴体から、腫れ上がるような紫色の鈍い光が現れたのだ。それはまるで身体を犯すガン細胞のように増殖して、見る見るその紫色の腫れ物が膨らみ、不気味な光を放ち始めた。大蛇は苦しそうにもがき、天を押し潰すように巨大な胴体を不規則にくねらせ始めた。

  「ギギギギギギギ」

  耳をすり潰されるような鋭い声が天空に響き渡った。

 「一体何が起こっているのだ。」地上からいぶかる声が聞こえてきた。

 大蛇の胴体に広がった紫色の腫れ物がさらに膨れ上がったかと思うと、至る所から白い光が飛び出して来た、鋭い光が天空の蛇の体内から胴体を突き破り、切り裂いてあらゆる所から外に出て来たのだ。無数のカラスがその光と共に蛇の体内から飛び出した。大蛇はずたずたに引き裂かれ、天空に黒雲となって散乱した。

 「カウカウカウ、カウカウカウ、カウカウカウ、」カラスが狂ったように鳴いた。

 「大蛇をやっつけたぞ!」

 「やった!」

  地上では皆がパルマに声援を送った

  パルガの呪文は、時々テンポを変えながら延々と続いていた。その呪文に呼応するように二つの玉はまるで呼吸するように明滅し始めた。パルガの額から玉のような汗が吹き出していた。緊張が極度に高まり、パルガは呪文そのものになっていくように見えた。 

  「竜巻だぞ!」誰かが叫んだ。

  「こちらに来るぞ!」悲鳴と共に逃げ惑う民衆の姿が中庭に入り乱れた。

   天空に散乱した黒雲が、激しいスピードで回転し始めたのだ。雲の残片を一つ一つ取り込みながら真っ黒な竜巻は少しずつ大きく成長して地上に一本の足を降ろした。そして周辺の木や岩を巻き込み激しく回転させて次々と空に巻き上げていった。巨大な竜巻は大地をはぎ取るようにしてじわじわと王城に迫って来るのだった。                 

  「地下に逃げろ!」

 民衆は王城の地下に先を争って非難した。

  『地下に逃げるのだ。』

  バックルパーやエミー達の頭の中に、パルマの声が響いた。

 「しかし、パルガが、パルガをどうするんだ!」

  バックルパーが叫んだ。

  『パルガは大丈夫だ。お前達は生身の体、命を落とすでない。』

 パルマの声が直接、皆の頭脳に届いていた。

 「パルマは避難しろと言ってるわ。」エグマが言った。

 「みんな、とにかく地下に身を隠すんだ。」バックルパーが言った。

 山を一つ丸ごと飲み込んでしまうほどの大きな竜巻がもう目の前に迫っていた。小石が横に飛んで、バチバチと城壁にぶつかっていた。上空ではカラスが激しい渦巻きに巻き込まれて一匹残らず竜巻の外へ吹き飛ばされていた。パルマは空中に立ちはだかり、竜巻を城に近づけないように身を呈して立ち向かっていった。

 激しい音と共に、バリバリと放電が起こり、ヴォウヅンクロウゾとパルマがぶつかった。竜巻のエネルギーは、パルマの力をはるかに越えていた。パルマの体は渦巻きの方向に引き伸ばされ、少しずつちぎれて竜巻に取り込まれ、なす術もなく消滅した。

 「ヴォウヅンクロウゾ」はらわたに響き渡る不気味な声が聞こえた。

 「ヴォウヅンクロウゾ!ギギギギギギ」勝ち誇ったような悪魔の声が天空に響いた。

 黒い悪魔の竜巻はますます勢いを増して城に近づいた。竜巻が通った後は、大地がVの字にえぐられ、大きな谷が出来ていた。

  「ゴゴゴゴゴゴゴゴ」

  「ズズズズズズズズ」

 すざましい音と風がやって来てあらゆるものが天空に巻き上げられた。

 パルガはそんな激しい風の中で一心に呪文を唱えていた。どんなに天地が歪んでも、パルガの集中を解くことは出来ないようだった。赤と青の玉は今や激しい息遣いで点滅を繰り返し互いを引き合うように動いていた。竜巻は狂ったように世界をぶち壊しながら蛇行して進んできた。やがて竜巻は一気に王城を飲み込んだ。王城は紙の箱をねじるように歪み、粉々に砕け散った。一かかえもあるような城壁の破片が竜巻に捕らえられ、渦を中心に激しく回転していた。その一つがパルガを直撃した。パルガは城壁の破片と共に竜巻の渦に巻き込まれた。

 しかしそんなことさえパルガは気づかない程意識を集中させて呪文を唱え続けていた。パルガは風に飛ばされ身体が粉々になりながら、集中した精神を解かなかった。

 「ギヤーッ!」何ものの声なのか、大きな悲鳴が聞こえた。

 その時、世界は完全な闇に包まれた。すべての音が失われた。すべての感覚が消え去った。

 何もなかった。

 無が訪れた。

 光も音も、そして一塵の物さえ存在しない世界がどこまでも続いていた。果てしない無、恐ろしい虚無の闇がすべてを飲み込んだのだ。

 無・・無・・無・・無・・無・・無。

 どこに行っても、どこを見ても、誰もいなかった。

 何もなかった。

 何も聞こえなかった。

 時間も失われた。

 光も消えた。

 一抹の暖かさもなかった。

 そんな闇を見つめる目だけが存在した。

 誰でもない、どこにもいない、それでも闇を見つめる目だけがどこかに残って、見ることの出来ない闇を見続けていた。

 目が形となって闇の中にあるのでもなかった。

 無限に広がる果てしない無の闇、どこを探してもそんな目などなかったが、それでも目がその闇を見つめ続けていた。この闇そのものが目なのかも知れなかった。

 闇の目、無の目がどこかに存在した。

 どこにあるとも言えない目が闇を、何もないものを見つめていた。

  その無の目が、小さな光を捕らえた。その光は二つの色に輝いていた。真空の闇の空間に赤い玉(ロゼ・ボン)と青い玉(プルマ・ボン)が互いの周りをゆっくり回っていた。それはまるで宇宙空間に浮かぶ連星のように見えた。無の中に浮かぶ唯一の光だった。互いに引き合って回転しているために。赤い光と青い光が交互に明滅して見えた。

  やがて二つの星は互いにその距離を縮めていった。何ものかの力によって、二つの玉は

互いに引き寄せられていたのだ。

 ついに二つの玉はその中央で激しくぶつかった。無の空間に世界を生み出す大爆発が起こった。一瞬にして、無の空間に物が満ちあふれ急激に広がっていった。激しい勢いで物と熱が四方八方に押し広げられていったのだ。

  まるでそんな大爆発を超スローモーションでも見るように、 無の目は、ゆっくりと変化していく世界を見つめ、その流れを無心で眺め続けていた。やがて無の空間にたくさんの星が生まれていた。実の所、一瞬に世界が生まれたのだ。暗い夜空に花火が広がるように、果てしない空に無数の星が生まれたのだ。

 満天に星がきらめいていた。どこを見てもきらめく星が見えた。その星を隠すように、大きな丸い月が昼間のように輝いて天空を移動していった。満月の夜だった。

  王城の地下室から、バックルパーが顔を出した。続いて王子とゲッペルが出て来た。二人は大きく深呼吸して、新鮮な空気を胸一杯に吸い込んだ。かすかにバラの香りが流れていた。

 続いてエグマとダルカンが恐る恐る顔を出した。竜巻が通り過ぎて、やっと地上に出ることが出来た。その二人の目に飛び込んで来た風景は、こぼれてきそうな程の星空だった。

 その後に、カルパコとエミーが地下室から出て来た。

 「これは、一体どういう訳なの。」エミーが不思議そうに訊いた。

 激しい竜巻が通過した。悪魔の力を見せつけられたのだ。しかし地上に上がって見ると、そんな痕跡はどこにもなかった。パルガの姿もなかった。ただ美しい夜空だけが静寂を歌っていた。

 「我々は元の世界に戻ったのだ。」バックルパーが唐突に言った。

 「えっ、」

 「ここは生の国、我々の世界だ。」

 「そういえば、西に傾いた満月の空が青い。」

 「本当だわ、青いわ、ねえ、青い世界よ。」エグマが叫んだ。

 「パルガは成功したのだな。」ウイズビー王子がつぶやいた。

 「そうだ、我々が勝ったんだ。」

 「すると、黄泉の国はどうなったの。」エミーが訊いた。

 「命の輪が正しくつながったのだ。」

 「黄泉の国はなくなってしまったの。母さんもユングも、ねえバック」

 「分からない。」バックルパーは正直に答えた。

 「そうだ、黄泉の国の事は分からない。しかしきっとあるだろう。正しくな。」王子が言った。

 「母さんにお別れを言うの忘れたわ。」エミーは淋しそうに言った。

 「エミー、ヅウワンは心の中に生きている。それでいいんだ。」

 「うん、」エミーは甘酸っぱい気持が胸に広がるのを感じた。

 「エミー、ありがとう。」カルパコがエミーの目を見た。

 「カルパコ、よかった元気になって。」

 「みんなに迷惑をかけてしまった。恥ずかしいよ。」

 「そんなことないわ。カルパコはやっぱり私達のリーダーよ、ねえみんな。」エグマが言った。

 「その通りさ。」

 「ありがとうみんな。」

 「パルマやパルガ、ジルはどうなってしまったんだろう。もう戻って来ないのかしら。」

 「パルマ達は、ヴォウヅンクロウゾと一つになったのだ。我らの体の中にも、あの星空の中にも、パルマとヴォウヅンクロウゾがきっと共存しているのだ。」ウイズビーが言った。

 「王子様の言うとおりだ。」バックルパーが相槌を打った。

 「生も死もみな一つの世界の裏表にすぎなかったんですね。」ダルカンがつぶやいた。

 「みんな、愛の力でつながっているのだわ、パルマがそう言ってた。」エグマがダルカンに向かって言った。

 「そうだな。」

  「そうなのよね。」エミーがカルパコを見て言った。

 夜が白み始めていた。セブズーに夜明けは近かった。

 

 

         次を読む

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

第 三 部  五、生けにえ (青い玉)

2014-12-28 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

青い玉

 

 始祖王がウイズビー王子を打ち取ろうと山刀を振り上げたとき、パルマの厳しい声が聞こえた。

  「やめるんだ、ヴォウヅンクロウゾ!」

 「ぐぐぐ、なぜその名を。」

 始祖王が振り上げた山刀を止めてパルマの方を見た。その瞬間にウイズビー王子はゲッペル将軍の手を振り払って逃れた。

 「何もかも分かっているのだ。だがもう終わりだ、ヴォウヅンクロウゾ。」

 「お前は何者だ。ぐぐぐっ、」

 「お前とともに生まれたものだ。」

 「何だと、」

 始祖王の体から黒い霧があふれだし、王の体にまとわり付いて小刻みに揺れた。

 「もう王の体を解放してもよかろう。これ以上ばかな真似はやめるのじゃ。」

 「死にたいのだな。わしの恐ろしさ、見てみるか。」

 「始祖セブ王よ、私の体、欲しいのならくれてやろう。」王子が呼びかけた。

 「やっとその気になったか、ウイズビー。グワッ、グワッ、」

 「ただし、条件がある。」

 「なんだ、条件とは。」

 「青い玉はどこにある。どこに隠したのか教えてくれ。」

 「ググワッ、グワッ、グワッ、それは言えぬ。」

  「ならば、王の体と共に滅びるがよい。」ウイズビーがきっぱりと言った。

 「ヴォウヅンクロウゾ、お前に王の体が必要な事はすでに分かっている。しかしその体、後いくばくももつまい。儀式は破られた。もはや王の体への執着を捨てるのだ。素直に青い玉を差し出すのだ。」パルマが呼びかけた。

 「うるさい、ならば皆殺しだ、わしの恐ろしさ見るがよい。グググワッ!」

 始祖王の体から猛烈な勢いで黒い霧が走り出た。王の間があっと言うまに闇になった。その闇の中からウイズビーのうめく声がした。

 「ううっ、苦しい!」

  「ひーっ、始祖王様、た、助けて下さい。苦しい。」

  将軍ゲッペルまでもが、闇の中で悲鳴を上げた。

  「皆殺しにしてやる。」地の底から沸き上がるようなおぞましい声が聞こえた。

 「やめるんだ、ヴォウヅンクロウゾ!」

 パルマの声がした。同時に、二つの体が発光して闇の中から浮かび上がった。パルマとパルガだった。その光は次第に強く輝き、闇を追い出すように室内を照らし出した。見るとゲッペルが床に倒れていた。もともと骸骨だけの体だったゲッペルの体がノッペリと溶け出していた。そしてガクガクぎこちない動きをして床をはい回っていた。ウイズビーの服はぼろぼろになっていた。ヴォウヅンクロウゾの黒い邪鬼が食い荒らしたのだ。

 「邪魔はさせぬ。」

 「ヴォウヅンクロウゾ、あの声が聞こえぬか。」

 「何、」

 「愛をうたう強い声じゃ。」

 「愛じゃと、愚かな。この世は憎しみだけだ。」

 ヴォウヅンクロウゾがうめくように言ったとき、王城の中庭から、確かに歌声が聞こえて来たのだ。それはヅウワンとエミーの歌声に違いなかった。澄み切った声が絡み合って少しずつ王の間を振動させていた。

 「こ、これは何だ。」

 歌声は誰にも気づかないところで、始祖王の体とヴォウヅンクロウゾの魔性を少しずつ分離させていた。それこそが愛の波動だったのだ。始祖王の中で、愛と憎しみの波動がぶつかって新たな波動が生まれていた。

 「どうした事だ、な、何が起こったのだ。ググググワッ、」

 「始祖王、青い玉のありかを教えて下さい。世界を救えるのはあなたしかいないのです。」

 「黙れ、ウイズビー、わしを拒否した罪は重いぞ。」

 ヅウワンとエミーの二重唱はやがて城を揺るがすような大合唱になった。その歌声は膨大なエネルギーを放って、ヴォウヅンクロウゾの魔性を根底から揺さぶり始めた。

 「グググワッ、ググワッ、苦しい・・・い、一体何が、」

 始祖王は床にうずくまり、胸を押さえて苦しみ始めた。

 「王の体を解放するのだ。ヴォウヅンクロウゾ。」

 「ち、畜生!畜生!畜生!グググググワッ、」

 

 みよこの尽きぬ喜びを

 聞けこの胸の高鳴りを

 今や来たれり我が救い主

 とわの命を喜びに

 凍てつく苦難も消え去りぬ

 今や来たれり

  今や来たれり

  今や来たれり

  おお

  我が救い主

  今や来たれり

 

 始祖王は顔を引きつらせて苦しみ、床を転げ回った。両手で頭を抱え、胸をかきむしった。腐肉が指の間からぼろぼろとこぼれ落ち、無残な姿に変わっていった。始祖王の額に刻み込まれた王家の紋章が赤黒い紫色に膨れ上がり、どろりと溶けた。

 「ギヤアアッ、苦しい。」

 歌声が絶頂に達したとき、始祖王の体から、黒い魔性がぐるぐると渦を巻きながら飛び出して来た。

 始祖王はぼろぼろになって床に倒れ、動かなくなった。ウイズビー王子が駆け寄り始祖王を抱き起こした。

 「王よ、」

 「ウイズビー、お前の勝ちじゃ。」始祖王の弱々しい声が聞こえた。

 「しっかりして下さい、王よ。」

 そのとき、渦巻いて飛び上がった黒い魔性は槍のように飛んだ。そしてうずくまっているゲッペル将軍の体に侵入した。

 「ギギギギギ」

 将軍がバネで弾かれたように起き上がり、剣を抜いて王子の背後を襲った。

 「待てっ!」

 そこにバックルパーと宰相ゲッペルが踏み込んで来た。バックルパーはとっさに紐に回転を与えて投げた。紐はくるくる回りながら将軍の足に絡み付いた。その勢いで、将軍は頭から床に倒れ込んだ。首が折れて頭蓋骨がごろごろ床に転がった。頭蓋骨はそのまま王の寝台の縁に当たって止まった。あごの骨をガクガク鳴らしてゲッペル将軍はバックルパーと宰相ゲッペルをにらみつけた。宰相ゲッペルは歩みよってゲッペル将軍の首を拾い上げた。

 「我々の勝ちです。将軍、どうかもう、安らかに眠って下さい。」

 「カーッ」

 将軍の頭蓋骨が叫ぶと、その口から黒いものが吐き出された。ゲッペルはその黒い魔性にすっぽり覆われてしまった。ゲッペルは床を転げ回って、黒い霧から逃れようとした。しかし霧はゲッペルにまつわり付いて離れなかった。

 「いかん、姉様。」

 パルガがパルマに注意を促した。

 「よし、任せておけ。」

 パルマは人差し指を一本高々と天に差し出した。そこに小さな渦巻きが起こり、その渦がカラスの姿に変わっていった。そのカラスの群れが、ゲッペルに群がっている黒い霧に向かって舞降り、無数の小さな邪鬼をついばみ始めた。邪鬼は一斉にゲッペルの体から離れ、カラスの群れと揉み合いを始めた。

 ヴォウヅンクロウゾは始祖王の体から離れてより所を失った。その分、激しい怒りと執念を空中に発散させて魔性を膨らませ始めた。

 始祖王はウイズビー王子の腕の中で見る見る衰えていった。王子はそっと始祖王を抱え上げ、その体を寝台に運んだ。

 始祖王は、紙切れのように軽かった。始祖王の腐肉は完全に崩れ落ち、かさかさに乾いた骸骨だけになった、それでもうっすらと、額の上に王家の紋章が読み取れるのだった。

 「王よ、あなたは今解放された。」

 「王子様、」後ろにエミーが立っていた。

 「おお、エミーか、頼みがある。この哀れな王のために安らぎの歌をうたってもらえまいか。」

 「王子様、」

 「王は民を守ろうとした。それから何百年も、一度として安らぎを覚えた時はなかったろう。国民には非情な王だったかも知れぬが、王もまた苦しんでいたのだ。それが私には分かるのだ。」王子は始祖王の骨の手を握りしめた。

 「分かりました。」

  そう答えて、エミーは王の前に膝をついてうたい始めた。王の苦しみを胸に描いた。地下牢の中で見た光景が浮かんで来た。その苦しみと同じ苦悩が王の心の中に見えた。民を救うために悪魔に身を捧げた。そのためにランバード王国は栄えたが、苦しみは王の心の中に残ったままだったのだ。

 エミーは自分の心に始祖王の心を移し込み、そこから生まれる理解の思いを言葉とリズムに乗せて歌い出した。王のための歌だった。       

  始祖王は崩れ行く体を小刻みに震わせていた。始祖王にとって、気の遠くなる歳月の間忘れていた感動が、再びやって来たのだ。その感動が体全体を揺さぶり、体がさらさらと砂のように崩れ始めた。

  「わしのベッドの中じゃ」

  始祖王は小さな声でそう言い残すと、王子の手の中でさらさらと崩れ、白い粉だけが王子の周辺に残った。一陣の風がその粉を吹き飛ばした。

  エミーと王子は両手を合わせて、始祖王のための祈りを捧げた。そして王子が始祖王のベッドを調べた。するとまさに、そこから目も覚めるような青い玉を発見したのである。

  ウイズビーは青い玉を天にかざし、それを皆に示した。

  「おお、よくやった。」

  「万歳!」

  「ついにやったぞ。」

  パルマやバックルパーは口々に叫んで喜んだ。ゲッペルは自ら持っていた赤い玉を差し上げ、ウイズビーに応じた。王の間に赤い玉と青い玉がそろった。それが互いに生々しい光を発していた。それはあたかも二つの玉が互いに呼び合い、反応し合っているように見えた。 

  「いよいよじゃ。パルガ、大丈夫か。」

  「姉様、こんな傷、たいした事はありませぬ。この二つの玉、見事融合させて見せましょう。」

  「頼むぞ。」

  しかし、パルガの背中は痛々しい程傷口が開いていた。ヴォウヅンクロウゾの魔刀に切り裂かれたのだ。パルガははた目にも、立っているのがやっとのように見えた。

  「カルパコ!」

  突然エミーの悲痛な声が王の間に響いた。

  カルパコは山刀の刃を自分の体に突き立てた。その傷口からおびただしい血が流れてカルパコの腹部を血糊の色に染めていた。エミーは床に倒れているカルパコに気づき、駆け寄ってその事態を知ったのだ。

 「カルパコ、死なないで!」 

 エミーはカルパコの体を揺さぶった。カルパコはうっすらと目を開けた。そこにエグマとダルカン、それにバックルパーがやって来てカルパコを取り囲んだ。

  「カルパコ、私よ、エミーよ、やっと会えたのに。」

  「エミー、俺は、俺はばかだった。」

 「そんな事言わないで、カルパコ、しっかりするのよ。」

 「すまなかった、」

 「カルパコ、しゃべらなくてもいいの。分かっているわ、分かっているのよ。私こそ、あなたの気持に気づかなくてごめんなさい。」

 カルパコの目に涙が浮かんだ。

 「カルパコ、頑張るんだ、生きるんだよ。」

  ダルカンとエグマがカルパコの手を握り締めた。

 「カルパコは私の首を切れと命じられたのだ。だが私を切る代わりに、自分の体を切って、ヴォウヅンクロウゾを追い詰めたのだ。ヴォウヅンクロウゾは私の命を吸い取る事で生き延びようとした。しかしそれをカルパコが封じたのだ。礼を言う。」

   ウイズビーがカルパコのそばに寄って言った。

 「王子様、」カルパコがうつろな声をあげた。

 「カルパコ、そなたは素晴らしい働きをした。」

 「エミー、」カルパコの瀕死の声だった。

 「なあに、カルパコ。」

 「俺達が初めて聞いたヅウワンの歌・・・、」

 カルパコは粗い息をして、最後まで言葉をつなぐことが出来なかった。バックルパーの仕事場で、ヅウワンがバックルパーのためにうたっていた歌の事だと、エミーは瞬間に理解した。

 「いいえ、わたしは私の歌をうたうわ、あなたのために、ねえカルパコ。」

 エミーはそう言って自分の膝にカルパコの頭を乗せ、そして静かに歌い始めた。エミーの歌は優しさにあふれていた。

 カルパコに対する心の迷いは消えていた。ただあるがままに心に浮かぶイメージを丁寧に追いながら、エミーの歌は静かに綴られていった。

 カルパコは目を閉じてその歌の波動を受け入れた。波のように襲ってくる傷の痛みさえ、その歌のリズムの中で癒されるように思われた。死に対する不安はエミーの包み込むような優しさの中で、まどろむように消えていった。

 

 風わたり、仄かな香りの漂うように

 私の思いが届くなら

  春の陽が、若葉に花を咲かせるように

  あなたの心が暖まるなら

 野原はきっと雪が消え

 黒い大地に光が踊る

 大地に実る命のように

  あなたはいつか素晴らしい

 青葉の茂る大樹となって

 青い小鳥に憩いを与え

 天使のようにほほ笑むでしょう

  天使のように

  うたうでしょう

 

  カルパコはエミーの膝の上に頭を乗せて、安らかな表情を取り戻していた。しかし傷口からは鮮血が今もにじみ出ていた。

 エミーが歌い終わった時、パルガが倒れた。背中の傷は思ったより重症だったのだ。パルガが動けなければ、赤と青の二つの玉を打ち破る事が難しくなる。ヴォウヅンクロウゾはそれを見抜いてパルガに攻撃を仕掛けたのかもしれなかった。

 「パルガ、しっかりするのだ。」パルマは心配そうに言った。

  「ああ、神様。」エミーが神に祈った。

  「あ、あれは!」そのときダルカンが天井を指さして言った。

 皆は一斉にダルンカンの指す方を見た。天井がほのかに明るくなって、そこに巨大な人の姿が幻のようにおぼろげに現れ出たのだ。その姿は、あたかも部屋の中をそっくり抱きかかえるように、両腕を広げているのだった。その人影がどんどん縮んでいくように見えた。次第に小さくなっていくに連れて、その人影は、逆にはっきりと輪郭をもつようになってきた。

  「ジル!」ウイズビーが叫んだ。

 「おお、」

  目の前で変化して行くジルの姿に、皆は言葉を失ってただ見つめていた。

 「ジル、生きていたのか。」ウイズビーが歩み寄った。

 「私は死んではいない。」

 ジルはウイズビーに答えると、真っすぐカルパコの方に歩みよった。そしてカルパコの傷口に右手を当てた。

 白い光がジルの手のひらから発し、カルパコの傷がピンク色に変わった。すると見る間にざっくりと口の開いた傷がふさがり、カルパコの腹部は完全に癒されたのだ。

 「ああ、ジル、神様、」

 エミーは胸がはち切れんばかりの驚きと喜びに、立ったり座ったりしてなすすべがなかった。カルパコはそんなエミーの騒ぎをよそに静かに眠っていた。

 ジルはそのままパルガの所に歩み寄った。

 「やっと来てくれたか。」パルマが言った。

 「再生に少し手間取りました。」

 「よい、時間がないのだ、パルガを頼む。」

 パルマは倒れているパルガを見て言った。

 ジルは床に倒れているパルガの背中に左手をかざした。するとパルガの傷もカルパコと同じように白い光の中で癒されていった。ジルはパルガの中に、あらん限りのエネルギーを注ぎ込んだ。するとその度に、ジルの太った体が小さくなっていくように見えた。ジルの体が小さくなるにつれて、その体は白く発光し始めた。ジルのエネルギーがパルガの体内に吸収されると、やがてジルは握りこぶし程の大きさになり、ついに光と共にパルガの中に消えたのだ。

 エミーもバックルパーも、ダルカンもエグマも、ウイズビーもゲッペルも、そして目覚めたばかりのカルパコも、皆が光の中で行われている不思議な光景を無言で眺めていた。

 パルガは自ら発光する体をゆっくり持ち上げた。

 「姉様、もう大丈夫じゃ。さあ、玉を」

 「頼むぞ、パルガ。」

 そのとき、王宮の外から、悲鳴が聞こえて来た。悲鳴はやがて恐怖の叫びに変わっていった。

 

 

         次を読む

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

第 三 部  五、生けにえ (大合唱)

2014-12-27 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

大合唱

 

 王城の守りは堅牢だった。反乱軍が王城を取り巻いて城門は市民で埋まってしまう程だったが、城からの攻撃は反乱軍をたじろがせた。その間に城門の橋が城の方に吊り上げられ、反乱軍は深い掘りを目の前にして完全に城から締め出された。

  勇敢な何人かの戦士は堀を渡り、城壁をよじ登ろうとしたが、城壁の上から石を落とされて下に転がり落ちた。

  堀を挟んで石つぶてと矢の応酬が続いた。すると、どこからともなく天使のような歌声が聞こえて来たのだ。まるでそれは地面から立ちのぼってくる陽炎のような、柔らかい歌声だった。

 戦闘のために、猛り立った心がふと和らぐような声だった。兵士達は弓を引く手を止めた。誰もがその包み込まれるような旋律に心を奪われていた。

 その歌声は次第に大きくなって来た。やがて兵士達はその歌声の正体を目の当たりにしたのだ。王宮の地下から、囚人達が次々と出て来た。王城の警備兵達は我が目を疑った。一体何が起こっているのか、理解することが出来なかった。囚人達は地上に出た喜びを押さえ切れず、互いに抱きあって解放の喜びを分かち合っていた。

 囚人達の歌声はその喜びも重なって、高らかな合唱となっていった。

 

  みよこの尽きぬ喜びを

 聞けこの胸の高鳴りを

 今や来たれり我が救い主

 とわの命を喜びに

 凍てつく苦難も消え去りぬ

 今や来たれり

  今や来たれり

  今や来たれり

  おお

  我が救い主

  今や来たれり

 

  王城の中庭は喜びのエネルギーで満ちあふれていた。兵士達はしばらく我を忘れて囚人達の合唱に聞き入っていた。何体もの兵士達が中庭の囚人に向けて弓を構えていたが、矢をつがえた弓のつるは次第にゆるみ、誰一人として矢を放つものはなかった。長い間忘れていた懐かしくも暖かい、とろけるような心の振動が兵士達の心をゆり上げて、知らぬ間に涙を誘っていた。

 いつしか兵士達も歌の輪の中に入っていた。冷え冷えとした心に春のような暖かさが訪れた。

 「さあ、城門を開けるのだ。」宰相ゲッペルが兵士達に言った。

 兵士達は戸惑っていた。ほとんどの兵士は戦う意志を捨ててしまったが、自分がどう行動していいのか分からなかったのだ。

 バックルパーが城門に近づいた。橋を降ろし、城門を開こうとしたとき、兵士の中の何人かがバックルパーを阻止しようと挑みかかって来たが、もはやバックルパーの敵ではなかった。十数体の兵士は訳もなくバックルパーに組み伏せられ、城門の前に倒れた。

  何百年もの間、市民に対して閉ざされ続けて来た城門が開かれた。反乱軍は歓声を上げ、城内になだれ込んだ。城門を境にバックルパーとユングの目が向き合った。

  囚人達は反乱軍を歓喜をもって迎え入れた。『黄色いふだ』の仲間達は、互いの姿を認めあって涙を流して抱き合った。

 その中に、テリーとモリスの姿があった。エミーはそっとモリスの喜びを見守っていた。捕らえられて、二年間も拷問を繰り返されたモリス、自分達の戦いの正しさを信じ、テリーを思ってその拷問に耐え続けた。モリスが信じ抜いた通り、テリーは『黄色いふだ』を率いて自分を助けに来たのだ。いや、それよりももっと大きな、この国そのものを救うためにテリーはやって来てくれたのだ。

 エミーはそんなモリスの心を思うと、カルパコを思わずにはいられなかった。この場にカルパコはいなかった。それでもエミーは歓喜に酔う群衆の中からカルパコの姿を見つけようと必死で視線を泳がせた。

  その視線の彼方にバックルパーとユングの姿があった。エミーとヅウワンは二人の方に走った。

 「また会ったな。バックルパー、」

 「おう、ユング!ついにやったな。」

 「お前もな。」

 二人は堅い握手を交わした。

 「それにしても、この歌はどうした訳だ。」

 「ヅウワンとエミーが地下牢でうたったのだ。それが力となった。」

 「そうか、エミーが歌をうたうようになったのか。」

 「ユング!」エミーがユングに飛びついた。

 「エミー、元気そうでよかった。」ユングはエミーを抱き止めた。その目の前にヅウワンの姿があった。ユングはヅウワンを見た。

 「なんだか、いつもの夕食会のようだな。」ユングがおどけて言った。

 「そうね、」ヅウワンがユングを見つめて言った。

 「王を倒せ!」

 「王を倒せ!」

 「悪魔を追い出すのだ!」

 「我らに正当な死を!」

  突然民衆から叫び声が上がった。

 ユングは走りだして王宮のバルコニーに駆け上がった。

 「おお、ユング!」

 「ユング、万歳!」

 「ユング、万歳!」

 民衆はユングの姿を認めて呼びかけた。

 「同志諸君、聞いてくれ、」

 「おう!」歓声が上がった。

 「我々は勝った。この戦いに勝利したのだ。我らは解放された、誰もが等しく自由なのだ。我らの師、パルマが言っていた。我らの戦いは、相手を憎む事ではない、愛する事だと。憎めば再び悪魔が力を盛り返す。憎しみは悪魔の食料だ。恨みは悪魔のエネルギーだ。報復は悪魔の息を吹き返らせる糧となるだろう。今や我らは悪魔と手を切ろうではないか。愛するのだ。悪魔を我が懐に抱き締めよう。その胸の暖かさが悪魔を溶かす唯一つの武器なのだ。」

 「おおっ、ユング!」

 「ユング万歳!」

  「パルマ万歳!」

  「さあ、聞いてくれ諸君、愛を歌う心の歌手ヅウワン、そして今その子エミーがソウル歌手として誕生した。その歌が我らを解放に導いたのだ。愛こそ力だ。」

  ユングはエミー達をバルコニーの方に呼び寄せた。そして二人を民衆の前で紹介した。王城の中庭は嵐のような拍手が沸き起こった。

 「ヅウワン!」

  「エミー!万歳!」

  「さあ、皆で、愛の歌をうたおうではないか。」

  ユングが言った。再び嵐のような拍手が起こった。そして、歌を期待する沈黙が訪れた。自然にヅウワンとエミーがバルコニーの前に進み出て、伸びやかな声の二重唱が始まった。ヅウワンはエミーを見た。エミーはヅウワンのほほ笑みに応えた。ゆったりとした、包み込むような声に、若々しい踊るようなリズムが溶け合った。エミーの歌はヅウワンと同じレベルで民衆の心を揺さぶった。民衆は王城の中庭に入り切らずに、城門辺りまであふれていた。その民衆が我を忘れてエミーとヅウワンの二重唱に聞き入った。愛のリズムが民衆の心を一つにしていたのだ。

 

 みよこの尽きぬ喜びを

 聞けこの胸の高鳴りを

 今や来たれり我が救い主

 とわの命を喜びに

 凍てつく苦難も消え去りぬ

 今や来たれり

  今や来たれり

  今や来たれり

  おお

  我が救い主

  今や来たれり

 

  二重唱はやがてごく自然に三重唱、四重唱と広がり、王城を揺るがすような大合唱になった。民衆は等しく至福のただ中にいたのだ。

 

 

         次を読む

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

第 三 部  五、生けにえ (儀 式)

2014-12-26 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

儀 式

 

 「あの騒ぎは何じゃ。」

 「はっ、反乱軍が押し寄せております。」

 「何、反乱軍じゃと。鎮圧したのではなかったのか。」

 始祖王が興奮して叫んだ。黄泉の国の城に設けられた王宮には始祖王とゲッペル将軍の姿があった。始祖王は寝台の上に身を持ち上げて上半身を起こしていた。その王の周辺に黒い無数の邪鬼が取り囲み、王の体を支えていた。

 「申し訳ありません。セブズーの市民が蜂起したのです。我が軍は二千を越える反乱軍に前後を挟まれて敗走しました。その反乱軍がこの城に押しかけて来ているのです。」

 「馬鹿者!おまえは何をしておったのじゃ。こうしてやる。」

 始祖王は手を振り上げた。すると黒い邪鬼がムチのように飛んで将軍の体に巻き付いた。将軍の骨がミシミシと音を立てた。

 「始祖王様、お、お許し下さい。」

 「お前のような役立たずは許す訳には行かぬ。」

 「ぐわーっ、お、お許しを。」

 始祖王が再び手を上げた。すると、黒い邪鬼が霧のように動いて将軍を解放した。

 「失敗は許さぬ。」

 「分かりました。」

 将軍は床に崩れ落ちたままひれ伏して頭を床につけた。

 「儀式の用意はできておろうな。」

 「はっ、すでにウイズビーの身は清められています。」

 「連れて参れ。儀式の用意じゃ。急がねばならぬ。」

 始祖王の体は一段と衰えているようだった。黒い邪鬼に支えられなければ身を起こす事も出来ないのだ。その黒い霧のような無数の邪鬼が始祖王の体の周りにまとわり付き波打っていた。

 「分かりました。」

 将軍が頭を下げて引き下がった。王の間から将軍が姿を消すと、始祖王の体から溢れるように邪鬼の群れが流れ出て来た。その黒い霧は、見る間に床を横に広がり、部屋全体に充満した。部屋は一瞬闇のようになった。その闇の中から地の底を揺さぶるような低い声が聞こえた。

 『契約を忘れてはいまいの。』

 「わしは何年も、契約を忘れた事はない。」

 『何があっても、お前は生き延びねばならぬ。』

 「分かっている。だが、ヴォウヅンクロウゾ、わしが生き延びるという契約はなかったはずだ。」

 『ググググ、余計な事を言う必要はない。契約は契約だ。お前はヴォウヅンクロウゾを受け入れ続けるのだ。終わりはない。』

 「始祖王様、連れて参りました。」将軍の声が王の間に響いた。

 黒い霧が一瞬で始祖王の体に戻った。

  「入れ。」

  将軍がウイズビーを伴ってやって来た、ウイズビーの後ろにはカルパコが控えていた。

  「よく来た。」始祖王が言った。

 「さあ、その台に横たわるがよい。」

 将軍は王の間に運び込まれた石の寝台を指さした。カルパコがウイズビーを導いて石の寝台に横たわらせた。ウイズビーはクルソンの樹皮を口に含まされていた。そのためもあってか、ウイズビーはカルパコの介添えに抵抗する事なく石の寝台に横になって目を瞑っていた。

 ゲッペル将軍は石の寝台の周りにいくつも白い頭蓋骨を並べ始めた。その頭蓋骨の額にはどれも王家の紋章が刻み込まれていた。カルパコが横たわっているウイズビーに濁ったコンク酒を注いだ。部屋の中にすえたようなコンク酒の臭いが漂った。

 「さあ、やるのだ。」ゲッペルがカルパコに言った。

 カルパコは無言で山刀を構えた。そして思い切り振り下ろそうとした。

 「待て!カルパコ、山刀を振り下ろしてはならぬ。」

 どこからともなく声が聞こえて来た。カルパコはその声に戸惑った。その声はパルマの声だった。

 「カルパコ、首を切るのじゃ。」ゲッペルが促した。

 「だめじゃ、カルパコ、目を覚ませ。」

 「一体何者、何ゆえ邪魔をするか。姿を現せ。」ゲッペルが虚空に向かって叫んだ。

 「カルパコ、目を覚ませ。」

 王の間の片隅にゆらゆらと白い光が現れた。その光が少しずつはっきりと形を取り始め、やがてそれはパルマとパルガの姿になった。

 「何奴!」ゲッペル将軍が短刀を投げた。短刀は真っすぐにパルマに向かって飛んだ。そしてその胸元を通り抜けてその後ろの壁に突き刺さった。

 「ぐぐぐっ、首を切るのじゃ。」

  始祖王がカルパコに向かって命令した。それと同時に、始祖王のからだから黒い霧のような邪鬼が流れだし、カルパコを取り巻いた。

 「ギギギギ、」カルパコは山刀を振り上げたまま苦痛の声を上げた。

 羽虫のような邪鬼が無数に集まって、カルパコの体に食らいついていた。そしてカルパコの心を完全に支配するように闇の中に押し込めようとした。

 『首を切るのじゃ。』

 『首を切るのじゃ。』

 『首を切るのじゃ。』

 『ギギギギギ、』

 「ならぬ!」

 「お前は悪魔ではない。カルパコ!」

  パルマとパルガが叫んだ。パルガの体から、真っすぐにカルパコに向かって白い光線が走った。その光はカルパコを取り巻いている邪鬼をはねのけ、一瞬カルパコの体が仄かに白く輝いた。

  「おのれ!」

  始祖王が枕元から短刀を取り上げ、呪詛を込めてパルマとパルガめがけて投げ付けた。短刀は野獣が吠えるような雄叫びを上げて飛び、妖気を巻き上げて二人に襲い掛かった。

  「姉様!」

 パルガがパルマをかばうように背を向けた。その背に短刀が突き刺さるように見えた。その瞬間、パルガの体から白い光が発せられた。

 「パルガ!」                       

  パルガがパルマの足元に崩れ落ちた。

  「さあ、首を切れ、何をしておるのだ!」

 「ウギギギギ」

 「カルパコ、やめるのだ。」

 パルマがパルガの背中から短刀を引き抜きながら叫んだ。

 「やれ、お前を許す。」

 石の寝台に寝かされたウイズビーが静かに言った。その口からクルソンの樹皮が吐き捨てられた。

 「ウワーッ」

 カルパコは思い切り山刀を振り上げてそのまま振り下ろした。山刀の切っ先がキラリと光って弧を描いた。ウイズビーは寝台に横たわったまま静かに目を閉じていた。カルパコの振り下ろした山刀の刃は、ウイズビーの首を切るかに見えた。しかし意外な事が起こった。ウイズビーの首を襲った刀はウイズビーの首すれすれのところで弧を描いて、そのまま通り越し、カルパコ自身の身を切り裂いたのだ。

 カルパコは山刀を振り下ろすと同時に、順手に握っていた山刀の柄を逆手に持ち替えたのだ。そのためにウイズビーの首を襲うはずの切っ先が自害する刃の動きに変わったのだ。刃はカルパコの首をかすめて跳ね上がり、カルパコのはらわたを直撃した。鮮血が飛び散り、カルパコはそのまま床に崩れ落ちた。

 「カルパコ!」パルマが叫んだ。

 「この愚か者が!」将軍がカルパコから血まみれの山刀を奪い取り、石の寝台に横たわっているウイズビーに襲い掛かった。床に並べられた頭蓋骨が蹴散らされて転がった。

 思い切り打ち降ろされた山刀の刃が石の寝台をたたき火花が飛び散った。山刃が打ち降ろされる瞬間ウイズビーは寝台を転がって山刀から逃がれたのだ。

 「もう終わりだ、始祖王。今や、儀式は破られた。」ウイズビーが言った。

 「そうはさせぬ。ゲッペル、山刀をもて。」

  始祖王の体から黒い邪鬼が盛り上がり半身の始祖王を立ち上がらせた。始祖王はゲッペルから山刀を受け取ると、老体とは思えぬスピードでウイズビーに襲い掛かった。

  ウイズビーは横に飛んで始祖王の攻撃を避けた。そのときウイズビーの背後にゲッペルがいた。ウイズビーはゲッペルに羽交い締めにされた。

 「は、離せ!」

  「始祖王様、私とともにウイズビーをお打ち下さい。」

  「よくやった、ゲッペル。」

  始祖王は山刀を振り上げた。

 

 

         次を読む

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

第 三 部  五、生けにえ (革 命)

2014-12-25 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

革 命

 

  黒い森では再び激しい戦いが起こっていた。森を取り巻く警備隊の軍をその背後から、ユングの率いる民衆の反乱軍が襲い掛かったのだ。

 「解放軍万歳!」

  「警備隊を倒せ!」

  反乱軍の武器は棍棒や石がほとんどだったが、押し込められて鬱屈していた民衆のエネルギーが一気に解き放たれた勢いは、まるでダムが決壊して下流の建物をあっという間に押し流すような力をもっていた。

 反乱軍はすでに、王軍の三倍に膨れ上がっていた。その勢いに押されて王軍の指揮は乱れた。それを見て、森の中から『黄色いふだ』の戦士が攻撃に出た。

 前後を挟まれた王軍は横に走り、左右に割られて勢力を分断されると兵士達は士気をほとんど失った。二手に分かれた王軍はそのまま敗走し始めた。

 黒い森は完全に解放軍の手に落ちた。

  ユングが民衆にかつぎ上げられた。一段高くなった岩場にユングが立ち、民衆に向かって演説を始めた。

  「我々は我慢の限界に来ている。王は悪魔と手を結んだ。王は自らが生き延びるために我々の死ぬ権利を奪ったのだ。我々は正しく死に、そして新たな命を受け取る権利がある。もう、終わりのない苦しみはごめんだ。我らに新たなる命を、そして王には追放を!

 今や救い主が現れた。パルマとパルガは王城の中にいる。この悲惨で惨めな我らの境遇を廃し、世界を救うために王と悪魔に戦いを挑んでいるのだ。我らはどうしてもこの戦いに勝たねばならない。負ければ我らは永遠に苦しみ続けなければならないだろう。この苦しみから解放するのは今しかない。立ち上がるのだ諸君。今こそ王城を襲撃し、城を落とすのだ。王を倒すのだ。悪魔を追放するのだ。」

 大きな拍手が沸き起こった。

 「王を倒せ!」

 「我らの政府を作るのだ!」

 「王を倒せ!」

 「王を追放せよ!」

 民衆が口々に叫んだ。ユングは『黄色いふだ』と合流し、民衆と共に黒い森を動いた。解放軍は王の追放を叫びながら王城に向かって行進を始めた。セブズーの市街を通ると、さらにその勢力を増やした。中央通りを解放軍の行列が通り過ぎると、市街に残ったものはほとんど身動きの出来ないもの達だけだった。敗走した王軍の兵士達も多数投降して仲間に加わっていた。

 

 

         次を読む

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

第 三 部  五、生けにえ (王子とカルパコ)

2014-12-24 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

王子とカルパコ

 

 ウイズビー王子は王の間に近い一室に幽閉されていた。そこは王子が生の国で自分の部屋として使っている一室だった。その部屋も、ここ黄泉の国では、全体に赤茶けて見えた。そこには王子が見慣れた調度品もいくつかあった。それらはおそらく長い年月、この王子の居間にあり続けているのだろう。王子はそのいくつかを、懐かしそうに触ってみた。机の引き出しを開けると、ゴキブリの死骸が山のように積み上がっていた。王子は思わず引き出しを閉めた。

 「王子様、お召し替え下さい」カルパコが白い肌着を持って来た。

  「おお、カルパコか、その下品なしもべの姿、似合うではないか。それでも裏切り者にはもったいないの。それにその頬のムチの跡、将軍はさぞかし優しいのだな。」王子は皮肉を言った。カルパコの頬にはみみず腫れになった、痛々しいムチの跡が残っていた。

 「言うとおりにする方が身のためです。」

 そう言ってカルパコはもって来た肌着をベッドに投げ付けた。

 「おい、召し使い、乱暴なしぐさ、気をつけるがよい。お前のご主人様に言い付けるぞ。今度はムチの跡だけでは済むまい。ハハハハ、」王子は見下した目でカルパコを見て笑った。

 「言い返さぬのか。さあ、哀れな召し使い、こちらに来てこの服を脱がせろ。そして丁寧に持って来たものを着せるのだ。」

 カルパコは突っ立ったままの王子から服を脱がせ、顔を真っ赤にして肌着を着せつけた。屈辱に体が震えていた。

 「さあ、こちらへ。」

 カルパコが導いた所は風呂場だった。そこでウイズビーの体を洗い清めねばならなかった。

 この儀式は本来自分の父、セブ十六世に対してウイズビー自身が、今カルパコの演じているこの役をやるはずだったのだ。父、セブ十六世から儀式の事を申し付けられたとき、ウイズビーはそれを受け入れなかった。

 その王は今頃、生の国の王の間でパルガの張った結界の力で、ヴォウズンクロウゾの魔力から逃れて安らかな寝息を立てているに違いなかった。

 その父の役回りが、自分に降りかかって来ようとは、ウイズビーは夢にも思わなかった。どうすべきなのか、捕らわれの身となってしまったウイズビーにとって、すべての策は失われたと見るべきなのかもしれない。しかしウイズビーには、意外と恐怖感はなかった。たとえヴォウズンクロウゾにこの身が吸収されても、魂まで奪われることはない。ウイズビーにはその自信があった。闇から立ち直った経験がウイズビーを知らぬ間に強くしていた。逆にヴォウズンクロウゾを従わせてやろう。自分の戦いはこれからだと、ウイズビーはそう考えていた。もちろんその考えには何の根拠もある訳ではなかった。ただ自然に沸き上がって来るウイズビーの思考だったのである。

 その思考は、ウイズビーの中で少しずつ広がり、カルパコに対する思いに変化をもたらし始めていた。

 この一連の戦いは、すべて王家の問題から生まれたものだった。結局のところこの問題を解決するためには、自分が、魔物ヴォウズンクロウゾと戦うしかないのだ。そのためには身を呈してヴォウズンクロウゾの懐に飛び込み、その悪の心と戦うしかないのだ。

 そう考えると、ウイズビーには、カルパコの裏切りなど取るに足らない問題に思えて来るのだった。すると、ほんの一瞬のひらめきだったが、ウイズビーの心に、カルパコが可哀想に思える瞬間があった。その思いは瞬間であったにもかかわらず、ウイズビーの心になぜか引っ掛かって来た。

 この男は、王家の問題に引き回されて自分の人生を狂わせてしまったのだ。何の関わりもない人間が、ウイズビー自身が演じるはずだった王家の役割を引き受けさせられているのだ。可哀想と言えば可哀想な男に違いない。

 ウイズビーはいつの間にか、カルパコの事を冷静に考え始めていた。するとカルパコの奇妙な振る舞いの理由が見えて来るようにも思われた。王宮の花園に突然現れて襲って来たその訳が、王子の胸に電撃のように駆け巡った。

 「そうだったのか。」

 ウイズビーは独り言をいった。

 「さあ、お湯にお入り下さい。」カルパコが湯船に王子を招いた。

 「久しぶりの風呂だな、ありがたい。」

 「加減はいかがですか。」

 「うむ、ちょうどいい。気持のいい湯だ。」

 カルパコは王子の背後から王子の背中を洗い始めた。湯船が白く泡立って、その中にウイズビーは身を沈めた。そして大きく息をついて目を閉じた。

 「私は生まれて初めて地下牢に入った。あれは貴重な体験だった。」ウイズビーは目を瞑ったまま言った。

 「そうですか。」そっけなくカルパコは受け流した。

 「これであいこだな。」

 「何がですか。」

 「私もそなたを一度地下牢に入れた。」

 「遠い昔のようですが。」

  「いずれ死に行く身、先に謝っておこう。」

 「王子様。」カルパコはびっくりして王子の身体を洗う手を止めた。

 「いまさら、どうにもなりませぬ。」カルパコは力を込めて再び王子の体を洗い始めた。 「そうだな、過ぎ去ったことだ。どうにもならぬ。」

 二人はしばらく無言だった。

 「なぜそんな話をするのです。」今度はカルパコが口火を切った。随分間の抜けた会話だった。

 「牢でセルザという骸骨の囚人と出会った。」

 「それがどうかしたのですか。」

 「セルザは地下牢で三十年も責め苦を受けながら守り通したのだ。」

 「一体何を、」

 「ある女性への愛情だった。」

 「愛情?」

 「そうだ、その女性のために花を採ろうとして崖から落ちて死んだ。牢でセルザは女性を憎む事を強要されたのだ。しかし三十年も拷問に耐えながらそれを拒否し続けたのだ。」

 「それがどうしたのです。」

  「どうした訳でもない。ただ、そのセルザが愛した女性の名を聞いたとき私は驚いたのだ。」

 「何という名で?」

 「ロゼッタと言った。私の母だったのだ。」

 カルパコは息を飲んだ。

 「私はその時、セルザにその事を言うことが出来なかった。」

 「どうしてです。」カルパコは王子の話に引き込まれて、思わず訊いた。

 「母はセルザが死んでから、或ることで王に見込まれた。母はセルザの心を捨てたのだ。そんな話を三十年も思い続けた男に言えるはずはなかろう。」

 「そうですか。」

 「そう思ったとき、私はふと思い当たったのだ。」

 「何を、」

  「カルパコ、そちはエミーを好いておるのだな。」

 「いまさら何を言うのです。」

 「そのために悪魔に魂を売ったと考えると、セルザと裏返しでよく分かるのだ。それほどそなたはエミーを好いていたのだとな。」

 「王子様。」

 「私は許す。」

 「一体何を、」

 「お前をだ、カルパコ、私は悪魔に心を売ったお前を許す。」

  カルパコは次の言葉が出なかった。ただ黙々と王子の体を洗い、ベッドに横たわらせた。王子も黙ったまま、カルパコに体を任せていた。

 カルパコは王子の体に、なみなみとコンク酒を注いだ。その酒はどろりと濁っていた。王子の体が腐ったコンク酒に汚されていった。

 王子は静かに眠っていた。その姿は、これから殺されようとする人のようには見えなかった。

 「怖くはないのですか。」

 「怖い。」

 「ではどうしてそんなにゆったりしていられるのですか。」

 「じたばたしても始まらぬ。」

 「王子様、」

 「何だ。」

 「お、俺が間違っていました。」

 「もうよい。」

 「俺のために、こんなことになってしまって。」

 「許すと申したはずだ。」

 「王子様、」

  「それよりカルパコ、儀式のおりには、見事私の首を切り落とすのだぞ。私は死んでも負けはせぬ。分かったな。」

 「はい、」

 カルパコの心は急にエネルギーを失っていた。相手を見失って、憎しみのエネルギーだけが中空をさまよっていた。王子はカルパコを許すと言った。悪魔と関わったそのことを許すと王子は言ったのだ。信じられない言葉だった。カルパコは完全に負けたと思った。するとそのとき、悪魔の囁きがカルパコの心に盛り上がって来た。

 『憎め、憎むのだ。そんな言葉を信じてはならぬ。』

 「しかし、」

 『だまされてはならぬ。』

 『だまされてはならぬ。』

  『だまされてはならぬ。』

 『だまされてはならぬ。』

  『だまされてはならぬ。』

 『だまされてはならぬ。』

  『だまされてはならぬ。』

 『だまされてはならぬ。』

  「やめてくれ!」

  カルパコは頭を抱えてうずくまった。

  『許してはならぬ。』

  『許してはならぬ。』

  『許してはならぬ。』

  『許してはならぬ。』

  『許してはならぬ。』

  『許してはならぬ。』

  『許してはならぬ。』

  『許してはならぬ。』

  「ギギギギ」

  カルパコの心は激しく揺れ動いていた。真っ二つに割れた心が互いに主張しあって、幻想がカルパコを窒息させるほどに膨れ上がり、再び自分を見失っていった。心は黒い霧の中に迷い込み、涸れ果てようとしていた。

 

 

         次を読む

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

第 三 部  四、救い主 (ジルの処刑)

2014-12-23 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

ジルの処刑

 

 ヅウワンは毎日骸骨兵から拷問を受けた。自分の死はエミーのせいだと言わせようとするのだった。ヅウワンの心に憎しみを植え付けようとする骸骨兵の責め苦は、ヅウワンの心の広さに比例して大きくなっているのだった。ヅウワンは毎日その苦痛に耐えていた。

 「母さんごめんなさい、私のために。」エミーは何度もヅウワンに謝った。

 「いいのよエミー。」ヅウワンはその度にエミーの頭を優しくなでた。

 もうそろそろ、骸骨兵がヅウワンを呼び出しにくる時刻だった。ヅウワンは分かっていても、その足音が聞こえる度に恐怖を感じるのだった。しかしエミーにそんな気持を見せる訳には行かなかった。それよりも、生きたままこんな所にやって来たエミーを何とか力づけてやりたいと願った。

 バックルパーもまた、この国に来て兵隊達と戦っている。そんな話をエミーから聞いてヅウワンの心は張り裂けそうだった。一体どうなっていくのか、たとえどうなったとしても、ヅウワンにはどうすることも出来なかった。そんな自分の非力さが悲しかった。

 「どうしたのかしら。」エミーがヅウワンの方を見て言った。

 「何なのエミー。」

  「ほら、音が、止まったでしょう。」エミーは牢の外を見た。

 「石うすが止まってるわね。」ヅウワンもエミーの言っている事態に気が付いた。

 「何が起こるのかしら。」

 「石うすが止まるなんて、今までなかったわ。」

 ヅウワンはそう言って鉄格子の方に歩いて行った。エミーもその後に続いた。たくさんの囚人達によって動かされていた石うすは完全に止まっていた。石うすを回し続けていた囚人達は全員持ち場を離れて周辺の壁際にうずくまっていた。骸骨兵達はムチをしならせて威圧し。囚人達を思うように動かしていた。刑を執行するために石うすを回している囚人のほとんどは、更生不可能と見られた囚人達だった。処刑のうすを回しながら、やがて自分もそのうすで粉々に引き潰される運命を背負っているのだ。

 その石うすが止まると、洞窟には両耳が押し潰されるような静けさが訪れて、牢獄の囚人達も、身を乗り出して処刑場の方を見た。

 周りに囚人がいなくなると、大きな石うすは円形の石の舞台のように見えた。その上に骸骨兵が数人立っていて、石うすの中央に太い柱を立てているのだった。よく見るとその柱の先には大きな人間が縛り付けられていた。

 「おおっ!」牢獄の中からいくつも声が上がった。

 「ジル様!」ジルを呼ぶ悲痛な声も聞こえた。

 エミーはその声を聞いて、思わず目を見張った。よく見ると、石うすの上に立てられた柱、その柱に縛り付けられているのは、紛れもないジルの姿だった。ジルの巨体は両手を頭の上に上げたような格好で縛られていた。でっぷり太った腹が見えた。ジルは上半身を裸にされていた。

 「ジル、あれはジルよ。」

 エミーは鉄格子に顔を擦り付けるようにして哀れなジルの姿を見た。

 「皆のもの、よく聞け。」

 骸骨兵が石うすの上から叫んだ。牢獄の至る所からどよめきが聞こえた。

 「静まれ!」

  骸骨兵の一喝に、地下牢は静まり返った。

  「この者は、生きたままこの国に侵入した不届き者だ。こ奴の仲間がまだいるはずだ。知っているものがいれば直ちに申し出よ。もし隠しているなら、そのものは重罰をもって臨む。永遠に四苦八苦すべてを味わう体にしてやろう。申し出ればこの地下牢から解放する。よいか、心して考えるのだ。」

 骸骨兵がジルの方に向き直ると、右手を上げた。すると柱を取り囲んでいた骸骨兵が一斉に槍を構えた。槍の切っ先がジルの胸の周りを取り囲んだ。

 「囚われの人々よ、聞くがよい。」

 澄み切ったジルの声が地下牢に響いた。

 「あなたがたは、その善のために救われるだろう。救い主はすでに現れたのだ。希望を捨てないで神に祈り続けなさい。」

 「おお!ジル様。」

 「ジル様、おいたわしや。」

 「ジル様、」

 囚人達は口々にジルの名を呼び、両手を合わせた。

 「そして、兵士達よ、あなた達もまた救われるだろう。あなた達はその悪のために救われるのだ。自分の幸せを諦めてはいけない。あなた達の悪は許されるのだ。」

 ジルはよく通る声で静かに語りかけた。

 「ええい、言わせて置けばいつまでも勝手な事を言いおって。やれ!」

 骸骨兵が命令した。ジルを取り囲んでいた槍の切っ先が一斉に引いたかと思うと、その切っ先が再びせりあがり、ジルの体にめり込んだ。ジルの体から鮮血がほとばしり出した。

 「ああっ、神様!」囚人達が口々に叫んだ。

 「ジル!」エミーが悲痛な声を上げた。

 胸から多量の血を流して、ジルは首を垂れた。

 「おお、ジル。」エミーはジルの処刑を目の当たりにして、口を押さえて泣き伏した。

 「エミー、ジルの言葉を聞いたでしょう。」ヅウワンが言った。

 エミーは泣きながらうなずいた。

 「ジルは神様のようだったわ。いえきっと、この牢の中で苦しんでいる者にとって神様そのものだったのよ。」

 「母さん。」

  「ジルは死にはしないわ。私達の心の中にいつまでもよみがえってくるの。」

 「立派だった。」涙をふきながらエミーが言った。

 「そう。ごらん、牢の中を、」ヅウワンはそう言って女牢の中を見回した。

 何体もの囚人がジルの死を悲しんで泣いていた。

 「今こそ、私達がこの人達を励まさなければ。」ヅウワンは静かにエミーに向かって語りかけた。

 「どうやって。」

 「歌うのよ。」

 「母さん。」

 「私は歌手だったわ。他には何も出来ないけれど、歌でなら何か役に立つかもしれない。私は今まで、自分の苦しさの中にだけ閉じこもっていた。自分の苦しさに耐えるのが精一杯だったの。でも、ジルの言葉はそんな自分に気づかせてくれたわ。これではいけないって。」

 「母さん、私に歌を教えて。」エミーは目を涙で一杯にして言った。

 「エミー、初めてそう言ってくれたのね。嬉しいわ。」ヅウワンはエミーの両手を取ってまじまじとその目を見た。

 「サンロットが言ってた。母さんは私がそれを言い出すのを待っていたって。」 

 「そうね、ソウルは心なの、エミー。そして心は自分一人で成長しなければならないの。誰の助けも受けられないのよ。自分の事を自分で決めたときにだけ、心は初めて本当の深さを持つ事が出来るのよ。」

 「よく分からないわ。」

 「分からなくてもいいの。大事なことは、今のあなたの心は本物だって事だけ。」

 「母さん。」エミーは次の言葉が出なかった。

  「ソウルは心なの。それが分かったら、あなたはもう立派な歌手だわ。さあ、目を閉じてごらん。自分の心の深い所を見つめて、そして感じるのよ。その心のリズムを捕らえるの。さあ、私について歌ってごらん。」

  ヅウワンはそう言うと、ゆっくり、静かに歌い始めた。眠っている赤ん坊にそっと口づけをして起こすように、ヅウワンの歌は人々の気づかない所からすでに始まっていた。心のリズムがヅウワンの朽ち始めた喉から流れ出て来た。

 エミーはヅウワンのリズムを全身に受け入れた。そして、こわごわとヅウワンの心に入っていった。すると同時に、エミーの心に溢れんばかりにヅウワンの心が流れ込んで来た。エミーにはそれが分かった。言葉以上の理解が生まれ、ヅウワンとエミーの歌は一つになった。その歌の心地よい響きは絶望に打ちひしがれた囚人達の心にも広がっていった。まるで母親のように優しく覆い包むように、歌声は人々の心に気付かない程自然に流れ込んでいった。打ちひしがれて肩を落としていた囚人達が、まるで新芽を吹き出すように涙に濡れた目を上げた。

 希望はそこにあった。自分の目の前にあったのだ。何十年も忘れていた安心と喜び、希望と勇気が、言葉を通り越して直接心に届いていた。

 

  闇の中で行き場を失った天使達よ

  死してなお

 なお死に切れぬ迷いさえ

  やがて消え去る時がくる

  生まれた霧はいつかまた

  地上に落ちて花になる

  苦悩の中で逃げ場を無くした天使達よ

 たとえどんなに苦しくとも

 たとえどんなに惨めな日々も

 たとえどんなに暗い闇でも

 たとえどんなに寒い夜でも

 勇気を持ちなさい

 勇気を持ちなさい

 勇気を持ちなさい

 もうすぐ日が昇る

 たとえどんなにつらい時でも

 希望を持ちなさい

 希望を持ちなさい

 希望を持ちなさい

 もうすぐ朝がくる

 

 囚人達の心を捕らえ、癒したものはリズムだけではなかった。それと同時に言葉が囚人達の意識を高めていった。誰の頬にも涙が光っていた。やがてヅウワンとエミーについて、囚人達がうたい始めた。二人の心のリズムが大きくうねり、捕らわれた囚人の廃墟のような心に潤いを与えていった。その心の波が今度はヅウワンとエミーに寄せ返して来た。そんな繰り返しの中で、心の波は女牢をはみ出し、地下牢全体を飲み込むように広がっていった。

 あちこちの牢から歌声が聞こえ始めた。すべてが一つになって、暖かい胸の中に抱かれる赤ん坊のような安らかさを感じていた。歌は何度も繰り返された。いつの間にか囚人達の大コーラスが地下室に響いた。

 その膨大なエネルギーは囚人達の心を癒すばかりではなかった。牢の外では骸骨兵の中に、鉄格子に顔をくっつけてそのコーラスに聞き入り、歌い出す者まで現れた。処刑場の石うすの周りに座っていた囚人達は、座ったまま涙を流して歌っていた。次第に体がリズムに乗り始めると、互いに肩を組んで、体を揺らせながら歌うのだった。

 その囚人の一部が石うすの上に昇り始めた。ムチを持った骸骨兵が威圧したが効果はなかった。逆に骸骨兵達は囚人の中に埋まり、肩を抱かれて囚人達と一緒に歌い出していた。  バックルパー達が地下道を通り抜けて初めて見た光景はちょうどそんな時だった。ゲッペルもダルカンもエグマも、何が起こっているのか理解するためにかなりの時間が必要だった。

 「あっ、エミー!」エグマが叫んだ。

 牢の中にエミーの姿が見えた。エミーは囚人達と一緒に歌をうたっていた。むしろ囚人達をリードしているように見えた。バックルパーはそのときエミーの横にヅウワンの姿を発見した。

 「ヅウワン!」バックルパーは狂ったように叫び、そして牢に駆け寄った。

 「エミー!」エグマとダルカンも走った。

  「どうしたのだ、ヅウワン。エミー。」

 バックルパーは鉄格子を揺さぶって叫んだ。

  「バック!」

  「バックル、あなた、」

 エミーとヅウワンが気づいて鉄格子越しに手を取りあった。そのとき骸骨兵がバックルパーに踊りかかって来た。バックルパーは振り向きざま、骸骨兵の槍をもぎ取り地面に押し倒した。バックルパー達の周りに何体かの骸骨兵が集まって来た。しかしほとんどの兵は士気を失っていた。むしろ喜んで打ち倒されるような兵士もいた。

 バックルパーとゲッペルはあっと言う間に十数体の骸骨兵を打ち倒した。そしてその中に、腰に鍵の束をつけている骸骨兵を見つけた。

 バックルパー達は手分けして牢の中の囚人達を解放して回った。

 「会いたかった。」バックルパーがヅウワンに言った。

 「私も。」ヅウワンがバックルパー見つめた。

 「随分苦しめられたのだな。可哀想に」バックルパーはヅウワンの体を見て言った。 

 「そんな事、何ともありません。それよりエミーが歌手になってくれました。」

 「エミーが、そうか。」

 「私のすべてはエミーに伝わりました。もう思い残すことは何もありませんわ。」  

 「母さん。」エミーはヅウワンにしがみついた。

 「エミー、まだ仕事が残っているわ。」ヅウワンはエミーの心をはぐらかすように言った。

  「えっ、」

  「ご覧なさい。」ヅウワンは処刑場の方を指さした。

  解放された囚人達が一斉に巨大な石うすの方に集まっていた。石うすの上に昇った囚人達はそのまま中央を向いて膝まづき、両手を合わせていた。その手の向こうに柱に縛り付けられて殺されたジルの姿があった。

  「あれはジルではないか。」ゲッペルが言った。

  「殺されたの。」

  「何という惨いことを。」

  「でも、立派だったの。ここに捕らえられた者達は、皆ジルの言葉で救われたのよ。だからあんなにも皆はジルを慕っているわ。」

  「そうだったのか。」

  「エミー、ジルを慰める歌をうたいましょう。今度は私達の番よ。」

  「分かったわ母さん。」

  エミーとヅウワンは静かに石うすの方に歩いて行った。そして再び歌をうたい始めた。ジルを取り巻いた囚人達は静かにその歌に聞き入った。すると囚人の一人が進み出て二人の手を取り、二人を石うすの上に導いた。二人が石うすの上に立つと、合掌した囚人達が二人の歌を息をのんで待った。

 

 みよこの尽きぬ喜びを

 聞けこの胸の高鳴りを

 今や来たれり我が救い主

 とわの命を喜びに

 凍てつく苦悩も消え去りぬ

 今や来たれり

  今や来たれり

  今や来たれり

  おお

  我が救い主

  今や来たれり

 

 歌声は大きく地下牢にこだました。ジルに向かって感謝の心が堰を切ったように流れ込んだ。その時、ジルの体が輝き始めた。白い光に包まれたジルの体から、人魂のような光の玉が分離して立ち昇り、処刑場の天井に止まった。下牢の中はまばゆいばかりの光で満たされた。

 「おお、神様」

 地下牢の囚人達は皆、地にひれ伏し祈りを捧げた。やがて光は天井にし染み込むように消えた。

 「諸君はたった今解放された。さあ、地上に上がるぞ。」ゲッペルが叫んだ。

 「おお、」

   囚人達の間に歓声が上がった。

  「私に続け!」

  「おう!」

  ゲッペルとバックルパーが先頭になって、囚人達は狭い階段を地上に向けて昇り始めた。

 

         次を見る

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

第 三 部  四、救い主 (地下道)

2014-12-22 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

地下道

 

  狭い闇の中を、小さなランプの灯りに照らされた四人の人影が、黙々と歩いていた。先頭には剣を腰に下げた男、その後ろにたくましい体格の大男、次に華奢な体つきの女と男が続いていた。

 「大丈夫か。」

  二番手を歩く男、バックルパーが先頭に太い声をかけた。

  「間違いない。左右は違っても、この国の地下道も我らの国のものと全く同じだ。ここを行けば、必ず王宮の地下室に通じている。私にはそれが分かる。」

  宰相ゲッペルが答えた。作戦が功を奏して、噴水の赤い玉を手に入れた。しかし将軍ゲッペルも抜け目のない策士だった。赤い玉を奪われるとすぐに兵を動かして王城の守りを固めたのだ。

  『城に入る入り口はすべて封鎖された。王城に至る道を通ってはならぬ。 』

 首尾よく赤い玉を手に入れて気をよくしていたそれぞれの心の中にそんな言葉が生まれて来た。パルガからのメッセージだった。

  「しかしそれでは、王城には入れないぞ。赤い玉を取った意味がない。どうするんだ。」バックルパーが声を出して言った。

  『地下道・・』皆の頭にひとりでにそんな考えが生まれて来た。

  「そうだわ、地下道を通って行けばいいのよ。」エグマが言った。

  「そうだ、あの地下室のトンネル、一つは王立図書館とつながっていると言ってましたね。生の国で、俺達は王立図書館の地下室に入ったことがあります。そこから不気味な声も聞いています。だから、この国でも、図書館の地下に行けば、きっとその入り口があると思うんです。」

 「確かに、私も生の国では何度か使ったことはある。その入り口は分かる。しかしそこに行くには鍵が必要だ。」

 「ユング、お前なら分かるだろう。元図書館の職員だ。一緒に来てくれ。」バックルパーが言った。

 「いや、俺は一緒に行けない。鍵の置き場所を書く。これを持って行け。鍵はそこにある。」ユングは紙に簡単な図を書いて、鍵の置き場所を示した。

 「お前はどうするんだ。」

 「俺はこの国の人間だ。ようやくこの国に革命の好機が訪れたのだ。この市民の力を正しい道に導かねばならぬ。」

 「なるほど、よく分かった。」バックルパーはまじまじとユングを見た。

 「幸運を祈る。」ユングもバックルパーの目を真っすぐに見た。

 「お前もな」

 二人はしっかりと抱き合った。

 「二度と会えないかもしれない。ユング。」

 「何を言っているバックルパー。我々はすでに別れを済ませているんだぞ。バケツ一杯ほどの涙を流してくれた。今その礼を言えるだけ幸せだ。」

 「ユング。」

 「バックルパー。」

 「いい人生だったよ。」

 「俺もだ、ありがとうユング。」

 「さあ、時間がない。俺は行く。見ていてくれ、必ずこの国の虐げられた民を解放して見せる。お前も自分の成すべきことをやれ。」

 「ユング、最後だ。」そう言ってバックルパーは手を差し出した。

 ユングとバックルパーは別れの握手を交わした。そしてそのままユングは身を翻して走り去り、迷走を続けて混乱している民衆の群れの中に消えた。

 「さあ、行きましょう。」

 ダルカンが皆を促し、バックルパー達は王立図書館の方に進んだ。図書館の入り口はすでに民衆によって打ち壊されていた。図書館の閲覧室も司書室も書類が散乱して、本棚は折り重なって倒れていた。誰かが火をつけたのか、折り重なった書架の下からチロチロ炎が赤い舌を出していた。

 「鍵の場所は分かるか」ゲッペルがバックルパーに訊いた。

 「大丈夫だ。ここまで民衆の手が及んでいない。」バックルパーはユングの書いた図を見ながら戸棚を捜し当て、中から鍵を取り出した。

 「行くぞ!」バックルパーは皆に号令をかけた。

 こうして四人は地下道に入り込んだのだった。その地下道は、ゲッペルが何度か通った事があるという、その記憶通りに続いていた。四人はゲッペルを先頭に王宮の地下室へと急いでいた。長いトンネルだった。

 「もう少しゆっくり歩いてくれない。」エグマが息を切らせて訴えた。

 後ろを見るとエグマが一人かなり遅れて続いていた。ダルカンが立ち止まりエグマを待った。

 「大丈夫か。」

 「ついて行くのが大変だわ。」

 「少し休もう。」バックルパーとゲッペルも立ち止まってエグマの方を見た。

 「疲れたわ、ごめんなさい。」エグマは肩で息をして、地下道に座り込んだ。

 四人はしばらく無言で坑内にとどまった。そして再び立ち上がり先に進もうとした時だった。ゲッペルが意外な声を上げた。

 「何だこれは。」

 「どうしたんだ。」バックルパーがゲッペルを見た。

 ゲッペルは先に立って進もうとした体勢のまま凍り付いたように見えた。

 「何かあったのですか。」ダルカンもエグマも立ち上がった。

 「見ろ、」

  ゲッペルがランプをかざした先の方に、地下道の壁が照らし出された。その壁にはぽっかりともう一つの入り口が口を開けていたのだ。

  「別れ道なの。」エグマが言った。

 「こんなものはなかった。」ゲッペルが唸った。

 「じゃあ、どっちの道か分からないのですか。」

 「ねえ、ちょっと、これってどういうこと!」エグマが悲壮な声を上げた。

 エグマは後ろを見ていた。四人が立っている地下道の後ろの方も別れ道になっていたのだ。

 「私達、どの穴から来たの。」エグマが泣きそうに言った。

 「確かに一本道だったぜ。急いで歩いていたから見落としたのか。誰か気づいたものはいないのか。ゲッペル、どうなんだ。」バックルパーが言った。

 「おかしい。この地下道は一本道のはずなのだ。」

 「するとまやかしか。悪魔の仕業か。」

 バックルパーはそう言って前方に現れた二本の地下道を調べた。試しに片方の入り口から入って見た。トンネルはずっと続いていた。そして引き返そうと立ち止まり後ろを振り返ったバックルパーは驚きの声を上げた。目の前にまたもやトンネルが二つに枝分かれしていた。何だこれは、バックルパーは一瞬うろたえて何をすべきか分からなかった。歩いて来たときには確かに一本道だった。慎重に調べながら歩いたから間違いはなかった。それなのに、立ち止まって振り返ると、そこに別れ道が出来ていた。そんなばかな。一体どちらのトンネルから来たのか分からなかった。

  「おーい!」バックルパーは二つのトンネルに向かって声を上げた。

  「どうしたバックルパー、何か見つけたか。」右のトンネルからゲッペルの声がした。

  「いや、そちらに帰ってから話そう。それより皆、決して離れるんじゃないぞ!勝手に動くな。」

   そう言ってバックルパーは声のするトンネルの入り口を選んで元の場所に戻った。調べてみると、もう一方のトンネルも同じだった。自分の進む方向から目をそらすと、とたんにトンネルは枝分かれした。奇妙なトンネルの迷路に迷い込んだ四人が、トンネルのそんな性質を理解したのは長い時間迷ってさまよった揚げ句だった。

 一生出られないのかもしれない。そう思うと、エグマは涙があふれて来た。四人は疲れ果てて地下道の地面に座り込んだ。四人の前には六つのトンネルの入り口が見えていた。トンネルの数は増えるばかりだった。

 「もうだめだわ。」とうとうエグマは泣き出した。

 「エグマ、泣いたって始まらないよ。」ダルカンも半分泣きながら言った。

 「私達、こんな訳の分からない所で死んでしまうの。そんなの嫌よ。」

 すでに四人は、完全に道を失っていた。どこから来たのかさえ分からないのだ。どこに行けばいいのか分かるはずもなかった。

 「どこから来て、どこに行くのか。まるで人生のようだな。」バックルパーが冷ややかに笑った。

 『ヒャッ、ヒャッ、ヒャッ、』将軍ゲッペルの勝ち誇ったような笑い声が宰相の頭の中で響いた。

 「ちくしょう、はかられたか。」ゲッペルが思わず声を上げた。

 「どうしたんだ、ゲッペル」バックルパーが訊いた。

 「これは将軍の罠だったのだ。王城への道をふさいだのは我々をここにおびき寄せるためだったのだ。迂闊だった。」宰相は唇を噛んだ。

 「何ですって!」ダルカンが叫んだ。

 「ここから出られないなんていやだよ。」エグマはダルカンにしがみついた。

 「ヒャッ、ヒャッ、ヒャッ、」今度は皆の耳に将軍の笑い声が届いた。

 「愚か者め、今頃気付いても遅いわ。一生そこでさまよってのたれ死にするがいい。ヒャッ、ヒャッ、ヒャッ、」不気味な笑い声と共に将軍の声は消えた。

 「おのれ、卑怯な。」バックルパーはうなった。

 「出してよ、ここから出してちょうだい!」エグマは我を忘れて叫んだ。

 「お願い、出してちょうだい!」

 「エグマ!」ダルカンは声でエグマを押さえた。

 「そんなことを言っても無駄だよ。」

 「じゃあどうすればいいのよ。」エグマは絶望感で押しつぶされそうになっていた。

 「とにかく黙るんだ。」ダルカンはエグマを抱きしめた。

 ダルカンの胸でエグマは泣き始めた。

 「静かに、」ゲッペルが全身を耳のようにして言った。

 「どうした、」

 「何か聞こえないか。」ゲッペルが耳をそばだてて神経を集中させた。

 地下道の中が急に静まり返った。そのとき四人の耳に、かすかな旋律が聞こえて来た。それはあまりに小さく、かすかなものだったので、誰もが耳鳴りではないかと疑った。しかしその音は確かに四人のもとに届いているのだった。四人は息をこらしてその音の聞こえる方向を探った。心地よい旋律だった。

 「まるで神様の音楽みたい。」

 かすかな音が、確かに一つの地下道から聞こえていることを突き止めてエグマが言った。 「気持のいい音だな。」

 「これも罠か。」ゲッペルが言った。

 「罠なら、受けて立とうじゃないか。」バックルパーが言った。

 「僕もそう思います。」ダルカンが言った。

 「そうだな、取り合えず手掛かりは他にない。行くか。」ゲッペルが立ち上がった。

 四人はいくつも口を開いている地下道の入り口から音楽の聞こえるトンネルを選んで足を踏み入れた。四人はその音楽に導かれるように進んだ。途中何度か別れ道が現れたが、その度にその心地よい旋律が道を示してくれた。

 「俺達、このまま天国に行ってしまうのじゃないか。」ダルカンが言った。

 「天国ならいいのだがな。」ゲッペルが返した。

 「とにかく、気を緩めるな何が起こるか分からない。」バックルパーが口を挟んだ。 その音は次第に大きく聞こえるようになっていた。その旋律は人の声のようにも思われた。それが聖歌隊のコーラスのように深く心の底の方から揺り動かされるような歌声となり、やがてたくさんの人々の声が織り重なる重厚な合唱となっていった。

 「この歌声は一体、何なのだろう。」

 次第にはっきりと聞こえるその何人もの歌声、そのコーラスの音には一抹の危険も感じられなかった。黄泉の国の地下道から聞こえる、まるで天国のような旋律。その声に導かれて、四人は悪魔の迷路を幸福感に満たされたまま進んで行った。

 出口が近いのだろうか、今やはきりと、そのコーラスの歌詞さえ分かるようになった。

 

 たとえどんなに苦しくとも

 たとえどんなに惨めな日々も

 たとえどんなに暗い闇でも

 たとえどんなに寒い夜でも

 勇気を持ちなさい

 勇気を持ちなさい

 勇気を持ちなさい

 もうすぐ日が昇る

 たとえどんなにつらい時でも

 希望を持ちなさい

 希望を持ちなさい

 希望を持ちなさい

 もうすぐ朝がくる

 

 エグマは胸の底から熱いものが込み上げてくるのを感じた。心がバラバラに分解されてその歌声の中に溶け込み、心地よく揺り動かされるような感覚を味わっていた。エグマの目から自然に涙が込み上げて来て、前を歩くバックルパーの姿が歪んで見えた。先程流した絶望の涙とは対照的な至福の涙だった。

 「おお!これは!」

 ゲッペルが思わず立ち止まった。

 「何だこれは、」バックルパーも凍り付いたように動かなかった。

 「何なのこれは、一体どうなってしまったのよ。」エグマが叫んだ。

 最後にダルカンがその光景を見た。

 四人はしばらく呆然と立ち尽くした。次の言葉を発する者はいなかった。

 

 

         次を読む

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

第 三 部  四、救い主 (反 乱)

2014-12-21 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

反 乱

 

 セブズーの市街を外れたランバード山脈の麓に黒い森が茂っている。人が入ると二度と出て来れないと言われる樹海がその奥に広がっている。昼間でも光が届かないその樹海には人を惑わす妖怪がいると信じられていた。そんな妖怪も逃げ出すような、人間の群れが

一つの集団を作って樹海の中に拠点を作っていた。

 テリーをリーダーにした集団『黄色いふだ』が警備隊の追撃を逃れて逃げ込み、そこに拠点を構えたのだ。

 「我らに正当な死を!」

 「始祖王を追放せよ!」

 「囚人を解放せよ!」

  「我らに新たな命を!」

 『黄色いふだ』の戦士達は口々に要求の叫び声を上げて士気をたかめ合った。

 それに対して、槍が主力の警備隊は、森の中の戦いに苦戦を強いられ、ついに森を退き、その森を取り囲むように布陣を敷いた。

 両者は森の中と外でにらみ合う膠着状態に陥った。その間に警備隊の兵員は増員され王軍が動いた。『黄色いふだ』は完全に森の中に閉じ込められてしまったように見えた。 

  宰相ゲッペルの作戦はほぼ予想どおりの展開となって成功した。しかし森に逃げ込んだ『黄色いふだ』は、逆にその森の中に釘付けにされてしまったのだ。総動員の作戦だっただけに、警備隊の側から言えば、反逆者集団を根こそぎ森に閉じ込めた格好になった。

 将軍は兵を増員して、一人も森から出すなと命じた。

 森は日が昇ると、町から山の谷あいに向かって谷風が吹く。そして日が沈めば谷あいから町に向かって山風が吹いてくる。今や時が移って、谷風が山風に変わろうとしていた。日が沈むのだ。

 将軍は次に日が昇り、谷風が森を山に向かってなびかせ始める時、一斉に森に火を放ち、『黄色いふだ』の戦士を森と共に一体残らず焼き滅ぼそうと考えた。部下に薪を集めさせ、森の周辺に延々と薪の山を築いていった。それが一斉に燃え上がり、その炎が谷風にあおられて森を焼き尽くせば、『黄色いふだ』の戦士は全員火炎地獄の中で燃え尽きてしまうだろう。

 森の戦士達は震え上がった。そして我先に森から出ようと走りだした。テリーが制止してその動きを辛うじて止めたとき、そこに、思わぬ出来事が起こった。にらみ合った警備隊の背後から火の手が上がったのだ。

 その火の手はセブズーの市街からだった。

  「何だあの火は!」

  敵味方双方から、同じ叫び声が上がった。

 「反乱だ、反乱が起こったぞ!」遠くからそんな声が聞こえた。

 始祖王の圧政に耐えかねたセブズーの市民達が、バックルパー達の戦いに乗じて骸骨兵を倒した。それが引き金になったのだ。市民達は心に溜まっていたものを吐き出すように、手当たり次第に官舎や王立の建物をたたき壊し、火をつけた。市街は暴徒と化した民衆が渦巻いていた。

 「森で解放軍が警備隊の大軍に包囲されている!今こそ立ち上がろう!」

  ユングが群衆に向かって叫んだ。群衆は訳もなくユングの声に応じて集まって来た。ユングは高台に上ると、『黄色いふだ』を支援して、今こそ王政を倒す時だと熱を込めて主張した。群衆は拍手で答えた。

  「我らに正当な死を!我らに新たな命を!」 ユングが叫ぶと、群衆が何度も唱和して繰り返した。

  「正義は我らに、正義あるものは私に続け!」ユングは先頭に立って中央通りを歩き始めた。

  ユングを先頭にした反乱の群衆は、中央通りを進むにつれてその人数が膨れ上がっていった。そして郊外に出るころには群衆は二千を越える大軍となっていた。その反乱の民衆が森を包囲している警備隊の背後に迫ったのだ。

  「あれはセブズーの民衆だぞ!」

  「おお!民衆が立ち上がったぞ!」

  「万歳!」

  森の中で、歓声が起こった。

 

 

         次を読む

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

第 三 部  四、救い主 (ジ ル)

2014-12-20 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

ジ ル

 

 ウイズビー王子はジルと共に地下牢にいた。カルパコの裏切りはウイズビーにとっては意外な展開ではなかった。むしろ最初からカルパコの心根をそのように見ていたのだ。

 カルパコは突然ウイズビーの前に現れ、刃物を向けて飛び掛かって来た。その姿は悪魔そのものだった。カルパコを許すわけには行かなかった。牢の中で首を切るつもりだったのだ。

 しかし、パルマの説得にあってカルパコを解放した。それが間違いだったのだ。そう思うと、パルマの愚かさが見えて来た。パルマはカルパコを弟子だと言った。そしてこの作戦のためにカルパコが必要だと言って、無理やり奴を地下牢から出させたのだ。その責任は重い。ウイズビーは次期王としての考え方をした。

 王たるものは常に国の中心になければならなかった。世界のすべては王の許しの元に存在していた。許すのが王であれば、罰するのもまた王しかいなかった。

 捕らわれの身となって地下牢に座っていても、ウイズビーの思考は王道を歩んでいた。牢の中に捕らわれた何体もの骸骨の囚人の苦しみを目の当たりにして、ウイズビーは自分が王として、このもの達を救わねばならぬと思うのだった。

 その思考の底には、かつての始祖セブ王の思考がそのまま流れていることに、ウイズビーは気づかなかった。しかしそこには、明らかに、死に瀕した砂漠の民をセブズーまで導いた始祖王の思考があったのだ。

 ウイズビーは牢の中を歩き回り、囚人の話を聞いて回った。その横にはジルがまるで従者のように付いていた。

 「王子様、これはあまりにもむごいですな。」ジルがウイズビーに言った。

 二人の足元には背骨をへし折られた骸骨がうめいていた。その骸骨は、毎日体を折り畳まれて重い切石の下敷きにされる刑を受けていた。一度石を乗せられると、何時間もそのままにされて放置されるのだ。

 「死にたい、死なせて下さい。王子様。」骸骨はうわ言のように何度も繰り返した。

 「一体どういう訳でこんな目にあっているのだ。」王子が訊いた。

 「私は恋人に花をプレゼントしようとしたのです。」

 「プレゼントだと。」

 「崖に咲くきれいな花でした。花を採ろうとして足を滑らせて崖から落ちてそのままこの国に来たのです。」

 「それがどうして、毎日このような責めに会うのじゃ。」

 「足を滑らせたのは恋人のせいだ。その恋人を憎めと言うのです。」

 「そなたが死んだのは恋人のせいだ。そう思えと強要しているというのか、馬鹿げたことを。」

 「私にはとてもそんなことは考えられません。」

  「当然だろう。一体いつからそんな恐ろしい拷問を受けているのだ。」

 「もう何十年も同じ繰り返しです。」

 「何だって、」王子はことばを失った。

 「こんな事があって良いはずはない。」ジルがうめいた。

 「もうすぐ、私は石うすに引かれて粉にされてしまいます。これ以上心を変えられないと、処刑が決まったのです。」

 「粉にされるとどうなるのだ。」

 「永遠に、苦しみ続けます。死ぬことも生きることもできず、苦しみだけが永遠に続くのです。恋人を憎めないために、私は死ぬことも許されないのです。」

  「死ねばまた新たな命の中に生まれ変われるというのに、それさえ出来ないとは、なんという恐ろしいことだ。この悪魔の仕業、許せない。」ジルが身を震わせて言った。

 「名を何と申す。」王子が訊いた。

 「セルザと申します。」

  「しかと覚えておこう。恋人の名は何と申す。」

  「ロゼッタと言いました。」

 「奇遇じゃ。私の母君と同じ名とは。」

 「もったいのうございます。サンパスという港町の商家の娘、身分が違い過ぎます。」

 「セルザとロゼッタの恋物語り、しかとこの胸に刻み込んだぞ。」

 「おお、何ということ、こんな地獄にも喜びがあったとは、王子様、これでたとえ粉々にされましても、私は幸せです。」

 「何十年もひどい責め苦に合いながら、よくぞそなたの愛を貫き通した。その恋人に変わって礼を申すぞ。」

 「ああ、王子様、」骸骨は忘れていた喜びの感情で体を震わし、眼窩の暗い穴から涙を流した。

 そのとき牢の扉が開いて、骸骨兵が呼びかけた。

 「セルザ、出ませ!」

 「セルザはもう歩けぬ。」王子が骸骨兵に叫び返した。

 「何だと、ではこちらに連れて来い。」

  「だれもお前の言うことを聞くものはおらぬ。」

  「おのれこしゃくな、大口をたたきやがって、痛い目に合わして欲しいのか。」

 骸骨兵は数人で牢に入り、囚人を威圧しながら、セルザを鞭打った。無惨にもセルザの体はバラバラになってしまった。骸骨兵はその骨をかごに拾い集めた。かごの中で、頭蓋骨があごをカタカタ鳴らしていた。

 「助けて」

 骸骨兵はおかまいなしにセルザの骨を土ごとすくい上げてかごに入れ終わると、牢を出て行こうとした。

 「待て!」ジルの大きな声が響いた。

 「な、何だ、」

 骸骨兵達はジルの大声にびっくりして立ち止まった。

 「その骨を下に置け!」

 「何だと、もう一度言ってみろ。」

 骸骨兵が振り返った。

 「その骨を下に置くんだ。」

 「お前か、デブっちょ、よく言った。」

 そう言って骸骨兵がムチをしならせ、ジルに向かって横払いに打った。ムチはジルを直撃した。しかしジルはムチを避けずに、自分の右手にムチを巻き付けた。そしてそのままからめ捕って、ムチを持っている骸骨兵を引き倒した。

 大きな体に似合わず、ジルの動きは機敏だった。ジルは奪ったムチを使ってかごを持っている骸骨兵を攻撃した。ムチは骸骨兵の腕を打ち、かごが地面に落ちた。

 「畜生!」

 骸骨兵が捨てぜりふを吐いて牢から走り出た。そして錠を掛けた。その鉄格子からジルに向かって言った。

 「覚えていろ。一生拷問にかけてやる。」

 バラバラになったセルザの骸骨がかごからこぼれて地面に散乱していた。ジルはその骨を丁寧に拾い、一か所に集めて置いた。頭蓋骨がカタカタあごを鳴らして礼を言った。

 「どうするつもりなのだ。」ウイズビー王子が訊いた。

 「セルザを成仏させてやりましょう。」

 「そんな事が出来るのか。」

 「ごらん下さい。」

 ジルはそう言うと、地面に集めたセルザの骨に向かって両手をかざした。するとジルの手のひらから白い光が発せられてセルザの骨を包んだ。骨が静かに振動しているように見えた。セルザの頭蓋骨が涙を流していた。

 「ありがとうございます。」

 セルザが喜びに震える声を上げると同時に骸骨は白い光の中でさらさらと白い粉になっていった。白い粉は地面に溶け込んで行き、やがてそこから一本の植物が芽を出した。緑のかわいい双葉がぐんぐん大きくなって、ついにその植物は美しい花を咲かせた。

 「おお、素晴らしい。」王子が感嘆の声を上げた。

 牢の囚人がジルとセルザの周りを取り囲んで合掌していた。

 「ああ、あなたさまは神様ですね。」囚人達が口々にそう言ってジルを崇め頭を地につけ、そして手を合わせた。

 「今ある苦しみに耐えなさい。悪に負けてはならぬ。やがて皆、解放されるだろう。私はジル。神ではないが、悪魔でもない。神と悪魔が一つになったとき、真の解放があるのだ。私はそのしもべだ。悪を憎んではならぬ。神を求めてはならぬ。ともに愛するのだ。よいか、そのとき必ずこの苦しみは消えよう。貴方達は最上の喜びを見いだすだろう。」

  「おお、私達は救われるのですか。ジル様。」

  「それはもしや、パルマの教えではありませんか。」完全に白骨化した囚人が跪いたままで胸に手を合わせてジルを見上げた。その白骨の肩の骨には、ほとんど擦り切れてしまった黄色いふだが貼り付いていた。

 「いかにも、パルマの教えだ。パルマは今この国にやって来た。あなた達を解放するために。」

  「おお、パルマ。」

  囚人達は抱き合って喜んだ。目のない眼窩から涙があふれていた。

 「我らの救い主、どうか私も花にして下さい。次の命をお与え下さい。」片腕のない骸骨がジルの足元に進み出て、その足に口づけをした。ジルはその骸骨の肩に優しく手を当てて言った。

 「やがてあなた達は、あなた達のなるものになるだろう。それまで待ちなさい。セルザは花になった。セルザの心は癒されたが、しかし見なさい。ここでは花は育たない。残念だがまだその時期ではないのだ。」

  白い光の中で美しく咲いた花は喜々として花びらを開いていた。しかし、ジルのかざした光が薄れると次第に力を失って、そのまま涸れてしまった。

 「この花は、セルザが恋人に与えようとして採ろうとした、崖に咲く花かも知れぬな。」 王子が立ち枯れた花の前で両手を合わせた。囚人達も王子に従った。牢の中には喜びと期待と、そして悲しみの交錯した強いエネルギーが動き初めていた。

 「どんな地獄でも苦難の中でも、同じ量の喜びがある。それを見いだすのだ。」ジルは囚人達を見て言った。

 「ジル、お前は一体・・・・」何ものなのだという言葉を王子は飲み込んだ。今まで見たことのない引きしまった表情のジルだった。

 その時、地下牢の外が騒然となった。槍を持った骸骨兵の集団が隊列を整えてやって来たのだ。地下通路は骸骨兵であふれかえった。骸骨兵は王子達の入れられている牢の前に隙間なく並び、槍を構えた。

 「ジル、出ませい!騒ぐとためにならぬぞ。」

 骸骨兵は牢の扉を開けた。

 「ジル様。」囚人達は不安そうにジルを取り巻いた。

 「心配しなくてもよい。すべては自然に任せるのだ。」

 「出るのだ!ジル。」骸骨兵が苛立って叫んだ。

 ジルは黙ってゆっくりと牢を出た。骸骨兵達は一瞬気圧されて後ずさりした。ジルが前に立つと、骸骨兵は槍をジルの首の前で交差させて威圧し、ロープで後ろ手に縛り上げた。

 「ジル様、」囚人達が鉄格子に顔を押し付けてジルの名を呼んだ。

 「今や救い主は現れた。解放は間近いぞ。」ジルは地下牢の隅々まで通る澄み切った声で皆に告げた。

 「黙れ!」骸骨兵は槍の柄でジルの脇腹を殴りつけた。

  「お前は直ちに処刑される。覚悟するんだな。」

  骸骨兵はロープを乱暴に引っ張り、ジルを連れ出した。骸骨兵の半数がそこからいなくなった。

  「ウイズビー、出ませい!」

  今度は王子が呼び出された。

 「王子様。」囚人達は驚きの声を上げた。

 王子は抵抗する事なく牢から出た。骸骨兵は王子を土間に跪かせた。そこに骸骨の将軍ゲッペルが現れた。その後ろにカルパコが付き従っていた。

 「ウイズビー王子、そなたは今宵、王家の儀式を受ける事になった。謹んでお受けするように。」

 「何をばかなことを。私は次期王だぞ。」

 「これを見よ。」

 ゲッペルは始祖王の書いた儀式の書を王子の前に広げた。そこにはくさび型の文字が並んでいた。その中に一行、ウイズビー王と書かれた文字だけが読みとれた。

 「ばかな、ランバード王国も終わりだな。」

 「さあ、来ていただこう。儀式はわしが取り仕切る。それまで、そなたの世話はこのカルパコがする。よいな。」

 「カルパコ、お前、悪魔に魂を売ったのか。愚か者め。」

  「ギギギギ」カルパコの肩や頬に幾筋ものムチの跡が付いていた。その傷を隠すように、カルパコは顔を伏せた。

 「儀式は厳粛に執り行われる。無駄な抵抗をしないで従うように、始祖王の名の下に申し付ける。」

 「さあ、来て下さい。」カルパコが王子の横に付き、王子を誘導した、槍をもった骸骨兵が三体、槍の切っ先を王子の腰に突き付けて後に続いた。

 骸骨が去った地下牢に闇のような静寂が訪れた。気が付くと、いつの間にか処刑場の石うすの音が消えていた。終日回り続けていた石うすが止められたのだ。両耳が圧迫されるような静けさだった。

 

 

         次を読む

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

第 三 部  三、市街戦 (赤い玉)

2014-12-19 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

赤い玉

 

 空が赤く染まり、夜が明けた。すっかり日が昇って、普通なら青一色に染まる天空がどこまでも赤かった。初めて見るものにとっては、不気味な息詰まるような光景だった。

  まるで町全体が燃えているように見えた。ゲッペルは広場の見える建物の窓からそんな光景を眺めていた。部屋の中ではバックルパーとエグマ、ダルカン、それにユングがテーブルに座っていた。テーブルにはコンク茶と古びて堅くなったパンが乗っていた。黄泉の国で手に入れる事の出来る一番新鮮なパンだった。エグマとダルカンはしばらく気味悪そうに眺めていたが、空腹には逆らえず、堅いパンにかぶりついた。思い切りパンに噛み付いて、両手でパンを押さえて引き千切るようにパンを口に入れた。強いかびの臭いがした。その臭いをコンク茶と共に飲み下した。コンク茶の甘酸っぱい香りは黄泉の国でも同じだった。

  夜明け前に、ユングはバックルパー達を起こして、早朝の町に出たのだ。人目のつかない間に、広場に面した建物に移動して三階の部屋に落ち着いたのだった。ここからゲッペルが広場の路地に身を隠している『黄色いふだ』の戦士達に合図を送る事になっていた。 ゲッペルは窓の外を見た。中央の噴水にはその周囲を取り囲むように骸骨の警備兵が槍を片手に持って立っていた。かがり火がたかれ、一晩中警戒していた事を物語っていた。

  「将軍は我々が、夜陰に乗じて赤い玉を取りにくると思っているらしいな。」バックルパーがゲッペルの後ろから言った。

  「将軍は我々が小人数と考えているのだ。噴水は広場の真ん中にある。小人数で決行するには夜陰に紛れるしかない。しかし夜、あそこに行けば飛んで火に入る夏の虫だ。」

 窓から見下ろすと、それぞれの路地の入り口近くに警備兵の潜んでいるのが見えた。体が見えなくても、槍の先が物陰から覗いて動いていた。その数、三百とゲッペルは言った。

 「だからあなたは、総動員の行動を主張したのか。」

 「成功するのは一回きりだ。我々の勢力を知られては勝ち目はなくなる。」

 「最初で最後のチャンスという訳か。」

 「失敗は許されぬ。心してかからねばな。」

 「背水の陣という訳ですね。」ダルカンが話に加わった。

 「そういう事だ。今回は君にも働いてもらわねばならぬ。」ゲッペルがダルカンに言った。

 「あの像に登るのでしょう。」

 「そうだ、わかりが早いな。どうだ出来るかな。」

 「身が軽い方じゃないですが、以前カルパコが登ったのを見ています。あの噴水の構造は分かっていますから何とかなると思います。エグマの介添えが要りますが。」

 「赤い玉の取り外しは簡単に行くのか。」バックルパーが訊いた。

 「図書館に旧字体で書かれた設計図面があって、エグマが解読しました。それによると、三本のボルトで固定しているだけですから、それを緩めれば簡単に外せます。」

  「よく調べたな。セブズーの町にも、君達のような若者がいたとは心強いことだ。」

 「末恐ろしい子供達ですよ。」バックルパーが笑いながら言った。

 「プールの針の上に敷く板はこれでいいかな。」ユングが分厚い板を数枚部屋に持ち込んで来た。

 「少し短めだが、何とかなるだろう。」

 「しかしこんな物で、あの噴水に敷き詰められた針のプールを渡れるのかね。」ユングは不安そうに言った。

 「なに、子供達がすでに実証済みだ。俺の作業場の大事な板を持ち出してな。」

 「すみません。」ダルカンとエグマが同時に謝った。

 「はははは、冗談だよ。」バックルパーは明るく笑った。

 「ところで、『黄色いふだ』が動いても、噴水には数人の兵隊が残ると見なければならないだろう。将軍は用心深い。おそらく今取り囲んでいる兵はあの持ち場を離れないはずだ。あの人数を我々で何とかしなければならない。」

 「大丈夫だ。俺とユングで十分だろう。あなたは子供達の手助けをしてもらいたい。」バックルパーがゲッペルに言った。

 「そうしよう。」

 『黄色いふだ』が蜂起して、警備隊の戦力を広場から遠ざけてからの作戦を、窓から外を眺めながらゲッペルが具体的に説明した。

 まずバックルパーとユングの隊が兵隊を引き付け、戦いを始める。兵が噴水を離れたのを見計らって板を持ったダルカンとエグマ、それにゲッペルがその反対側から噴水に近づき中央に渡り赤い玉を取り外す。それが作戦のすべてだった。後は作戦開始のタイミングだけだった。

 そのタイミングは徹夜の警戒が解除されて、警備隊の士気が最も緩んだ瞬間だった。その瞬間をゲッペルは兵士達の遅い朝食時と考えていた。『黄色いふだ』の攻撃がすべてと将軍に思わせねばならない。そのためには攻撃の最も有利な瞬間を選ぶ必要があった。そしてそれは、余力をもって退却するためにも必要な事だった。退却を作戦と見破られてしまったらすべてはおしまいになる。そのためにこの計画は五人のリーダーの他は誰も知らなかった。

 ゲッペルの作戦はさらに念を入れていた。将軍はすでにバックルパーや宰相ゲッペルを知っている。そのために、噴水に突撃する部隊の先頭にバックルパー達の替え玉を用意したのだ。部隊の中から体格の似た戦士を選んで、それぞれの服を交換した。

 エグマとダルカンは死人の服をきる事に抵抗したが、ゲッペルに説得されて渋々腐肉に汚れた服を着た。いやでも四人は死臭を我慢しなければならなかった。しかしそれだけで遠目にはバックルパー達が赤い玉を取ろうと噴水に突進したように見えるだろう。それが部隊とともに退却すれば、確実にその後の広場の警戒は弱くなるはずだった。

 やがてそのタイミングがやって来た。徹夜組が緊張感から解放されて持ち場を離れた。代わりに昼間の守り部隊が警備についた。そこに変わり目の気の緩みが見えた。 

 ゲッペルは鏡を使って、中央通りに待機している仲間に合図を送った。通りがにわかに騒然となった。

  噴水の周辺にいる兵隊の叫びが上がった。バックルパーの服を着た戦士が先頭を切って噴水に向かって走っていた。その後にゲッペルの服を着た戦士が続いている。そしてその後ろにはエグマとダルカンの服が百名近い『黄色いふだ』の戦士に交じって突進していた。

 不意を疲れた警備兵はあわてて槍を構えたが、あっという間に懐に飛び込まれ、踏みにじられた。何体かの兵隊は逃げ出し、難無く噴水を『黄色いふだ』に明け渡してしまった。その勢いで『黄色いふだ』の突撃隊は噴水のプールを渡り、セブ王の像に上り始めた。

 しかしその時、広場の周辺から大きなときの声が上がった。どこに隠れていたのかと思うほどの大部隊が突然姿を現した。突撃隊は完全に包囲されていた。それと同時に無数の矢が噴水に向かって飛んで来た。その矢が像に登っていた戦士の肩につき刺さった。戦士はそのまま転がってプールに落ちて動かなくなった。噴水の周辺でも矢に射られた戦士が倒れていた。突撃隊は隊を組み直して、やって来た中央通りに引き返そうと走った。すると中央通りからも兵が姿を現し、突撃隊の前をふさいだ。警備隊は完全に突撃隊を取り囲んだのだ。そしてじわじわと、その囲みの輪を狭めていった。その勢力は目測で突撃隊の三倍はあった。広場はかつてない戦場と化していた。セブズーの市民は震え上がった。百人足らずの突撃隊はそのまま押し潰されるかに見えた。

 そのとき、警備隊の後ろで、中央通りからわき出るように『黄色いふだ』の戦士が躍り出て背後から警備隊に襲い掛かった。大乱闘が起こり、突撃隊を包囲した丸い輪が中央通りの部分で断ち切られた。喚声と悲鳴と剣の打ち合う音が交錯して、広場は土埃が舞い上がっていた。

 囲まれた突撃隊はそのまま、その途切れた包囲網に向かって走り、後続部隊と合流して結集し、『黄色いふだ』の部隊は中央通りで二百の部隊に膨れ上がって警備隊とにらみ合った。

 しかし警備隊の方は数の上で圧倒的に有利だった、周囲に広がっていた兵員が広場で一つの集団となると、力の差は歴然だった。『黄色いふだ』はじりじりと中央通りを後退し始めた。

 「進め!敵は腰砕けになったぞ!全員突っ込め!」

 「おう!」

 「一人も逃がすな!」

 「おう!」

 警備隊が勢いを盛り返し、『黄色いふだ』の戦士達はついに敵に背中を見せて逃げ始めた。

背中を一文字に切り裂かれて倒れた戦士を踏み越えて警備兵の大部隊が追撃し始めた。中央通りを抜け、市外地に出ると、『黄色いふだ』は森の中に逃げ込み、反撃を開始した。長い槍を持っている警備兵の戦力は森の樹や枝のために半減した。それに反して小型の武器を持っていた『黄色いふだ』の部隊は活路を得て形勢を立て直した。

 戦いは森の中で膠着状態になって、昼過ぎまで続けられた。

 戦場と化した広場は、『黄色いふだ』が退却すると、それを追って警備隊の大部隊が中央通りを駆け抜けた。その後には散乱した武器と倒れた兵士が広場のあちこちでうめいていた。 戦いが去ったのを知った市民が建物から出て外の様子を探りに来た。その中にバックルパーとユングもいた。その向かい側にはゲッペルがダルカンとエグマを伴って広場の様子を伺っていた。ゲッペルは予測に反して噴水の警備兵が多勢残っているのに舌打ちをした。将軍ゲッペルの用心深さに舌を巻いた。作戦は完全に成功した。噴水にはほとんど人数を残していないだろうと踏んでいたのに、そこには二十近くの兵が槍を立てて噴水を守っているのだった。バックルパーとユングだけではどうにもならぬ。ゲッペルは一瞬焦りの色を見せた。

 しかしバックルパーとユングは恐れる様子もなく、市民の動きに交じって噴水に近づいていた。そしてバックルパーは目にも止まらぬ早業で、噴水の周りに立っている兵隊に向かって石つぶてを投げた。

  石つぶては一番前に立っている兵隊の首に当たって、その首をへし折った。頭蓋骨がごろりと地面に落ちて、兵隊はよろよろと動いて隊列を離れ、地面に倒れた兵隊の体につまずいて倒れ込んだ。

  兵隊達は何が起こったのか理解出来ずに戸惑っていた。そこにバックルパーの、次の石つぶてが飛んだ。二発目もねらいを違わず、兵の首をへし折った。ようやく警備兵は

バックルパーに気が付いた。

  「敵だ、敵がいるぞ!」

  兵士の叫び声が広場に響いた。バックルパーが三投目を投げた時、猛然と兵士達がバックルパーめがけて襲い掛かって来た。バックルパーは紐を操り、二十近い兵士に立ち向かった。ユングは棒術を駆使して群がる骸骨兵をなぎ倒した。しかし数が多すぎた、バックルパーもユングも思わぬ苦戦を強いられた。そのとき、バックルパーとユングを取り囲んでいる兵士に向かって、その背後から石が投げ付けられた。市民の一人が投げたのだった。それがきっかけとなって、広場に出て来ていた市民が次々と石を拾って警備兵に向かって投げ付け始めた。

 そんな様子を見ていたゲッペル達は、ついに行動を起こした。囲みのなくなった噴水に向かって三人は走った。針の上に板を敷くと、簡単にプールを渡る通路が出来た。

 「焦るでないぞ。」

 「分かっています。」

 「足元が滑らないように、気をつけてね。」

 三人は互いに声を掛け合い、プールを渡った。噴水の中央に設置された像は図面通りだった。エグマとダルカンは迷わず台座の裏側に回り、馬が立ち上がっている球体の上に登った。

 「大丈夫か。」ゲッペルが下から呼びかけた。

 「大丈夫です。」

  「兵隊が一人こちらにくるわ!」エグマが下を見下ろして叫んだ。

 バックルパーと市民に取り囲まれた兵士の一人が抜け出して噴水に向かって突進して来たのだ。

  「任せろ。」ゲッペルは噴水の方を二人に任せて、走り寄る兵士に立ち向かった。走りながら兵士は槍をゲッペルに投げ付けた。ゲッペルは体を横にしてその槍を交わし剣を抜いて身構えた。兵士は剣を持ってゲッペルの前まで走り寄ると、振りはらうゲッペルの剣を受けずに跳躍してゲッペルの頭を越えて噴水に向かった。そして兵士はプールの縁に足をかけたかと思うと大きく飛んで中央の台座に飛び移った。しかしそのとき、同時に投げたゲッペルの剣が台座の手前に着地した兵士の足の付け根を貫いた。兵士はよろめき膝をついた。しかし兵士は片足を失ったまま、台座をはい上がって行った。ゲッペルは兵士を追いかけた。エグマがダルカンの足を支えて、球体の上に危なかしく立っていた。ダルカンはそのまま手を伸ばし、いななく馬にはい上がろうとしていた。

 「キャーッ」エグマが悲鳴を上げた。下から、何ものかに足をつかまれ引っ張られたのだ。エグマが支えていたダルカンの右足が宙に浮き、その勢いでダルカンは左足を滑らせて宙を蹴った。

 「エグマ、離すな!」ダルカンが馬の像にしがみついたまま叫んだ。

 エグマははい上がって来た骸骨兵に足をつかまれていたのだ。強い力でエグマの足が引きずられた。

 「やめて!」エグマは馬の足にしがみついて耐えた。

 すると急に骸骨の力が緩んで握られた手が開いた。ゲッペルが骸骨兵の首を剣で切り落としていた。

 「大丈夫か!」ゲッペルが叫んだ。

 「早く足を支えてくれ」ダルカンが泣きそうに上から声を上げた。

 「エグマ、ダルカンの足を支えろ!」

 エグマはようやく態勢を整えてぶら下がっているダルカンの足を自分の体で支えた。

 ダルカンはそのまま体を持ち上げ、ようやくのことで馬によじ登る事が出来た。それからはカルパコが登ったルートを取って、セブ王の手の上に登り詰めた。赤い玉は思ったより簡単に取り外すことが出来た。下を見ると、警備兵は全滅していた。市民が集まって喚声を上げていた。バックルパーとユングが笑顔でセブ王の像に登っているダルカンを見つめていた。ダルカンは赤い玉を外すと、それを手に持って高々と天に差し上げた。

 「やったぞダルカン。」バックルパーが大声で応えた。

 「気をつけて降りるんだぞ。」ユングが声をかけた。

 「これから降ります。それより、この玉をどうします。これを持ったままでは降りられません。」ダルカンも弾んだ声で返した。

 「ダルカン、玉をこちらに投げてよこせ。」バックルパーが叫んだ。

 「分かりました。」

 ダルカンはセブ王の頭にしっかり腰を据えて、赤い玉をバックルパーめがけて力いっぱいに投げた。玉はきれいな放物線を描いて落ちて来た。バックルパーが玉を受け取ろうと手を延ばしたとき、にわかに黒い霧が発生して落ちてくる玉にまつわり付いて来た。玉は黒い霧に包まれ空中に浮かんだまま漂い始めた。

 「何だ、これは。」バックルパーとユングが叫んだ。

 「畜生!」バックルパーは石を拾って黒い霧をめがけて投げ付けた。

 石はそのまま黒い霧を通り抜けて、あらぬ方向に飛んで行った。黒い霧は赤い玉を包み込んだまま次第に天空高く浮かび上がり始めた。

  「なんて事だ。悪魔の力か。」ゲッペルがくやしがった。

 バックルパーがもう一度石つぶてを空に向かって投げた。しかしそれは何の役にも立たなかった。

  「玉を返せ!」ダルカンが噴水の上から叫んだ。

 そのときカラスの泣き声が聞こえた。

  「カウ、カウ、カウ」

 高い空にカラスが三羽、円を描いて飛んでいた。そのカラスが急降下して黒い霧に襲い掛かった。黒い霧はふらふらと空中を逃げたが、カラスのスピードから逃げることが出来なかった。カラスは丸く膨らんだ霧に群がりついばみ始めた。すると黒い霧の底が破れ赤い玉が姿を見せた。そう思う間もなく玉は霧の中からこぼれて下に落ちて来た。バックルパーは走り寄って玉を受け取った。

 空を見上げると、一匹のカラスが黒い霧にまとわり付かれて中空でもがいていた。ついに力つきたカラスが地面に落ちた。

  二羽のカラスはしばらく空中で旋回していたが、やがてどこへともなく飛び去った。地面に落ちたカラスはすでに死んでいた。カラスの周りには無数の虫がはい回っていた。鼻の穴や目の中に黒い虫が群がって塊になっていた。半開きになった口の中からも無数の黒虫がはい出していた。 ユングはそのカラスを拾い上げた。黒虫がぼとぼと地面に落ちた。

 エグマとダルカンが噴水から降りてくると、ユングは四人を先導して『黄色いふだ』のアジトに急いだ。森の中の戦いは膠着状態になって戦闘は終わっていた。警備隊は森と対峙して陣形を整え、それ以上動けなくなっていたのだ。ゲッペルの作戦は成功したかに見えた。

 

 

         次を読む

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

第 三 部  三、市街戦 (ゲッペル対ゲッペル)

2014-12-19 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

ゲッペル対ゲッペル

 

  『黄色いふだ』のアジトを出て、バックルパー達はユングのアパートに招かれた。そこで一夜を明かすことになったのだ。

 黄泉の国に来て初めての夜だった。『黄色いふだ』の戦士達とともに、夜が明ければ作戦を開始することになっていた。

  作戦会議で赤い玉を奪うためにいくつかの方法が検討されたが、結局セブズーの広場に結集している警備兵を郊外に引き付け、手薄になった所で噴水の赤い玉をとるしかないという結論になったのだ。

 「あの厳重な警備を見れば、すでに将軍の方はこちらが赤い玉をとろうとしている事を知っていると見なければならない。」

 そう言って、ゲッペルは簡単な作戦では必ず失敗すると力説した。作戦を成功させるためには最初から総力で行動するしかない。長い議論のすえ、ようやくゲッペルの作戦が採用されることになったのだ。

 戦士を総動員して、最初で最後の決戦を挑む覚悟で戦おう。『黄色いふだ』の作戦会議は全員一致でそう決議した。

 明日、頃合いを見てゲッペルが合図を送る。すると『黄色いふだ』が一斉に動き出すことになっていた。

 まず半数の戦士が中央通りの路地に分散して待機する。残りの半数が隊を組んで広場の噴水めがけて攻め込むのだ。すると敵は必ず、周辺の路地から広場に結集して来て、部隊を取り囲もうとするだろう。広場に結集している警備隊を十分に引き付けてから部隊は中央通りに向かって退却する。ゲッペル将軍は必ず、部隊の退路を断とうと中央通りに兵を動かすだろう。このとき、通りに伏せた戦士が一斉に蜂起して逆に挟み撃ちにして中央通りの兵を打ち、そのまま退却する。敵の勢いに負けて逃げていると思わせて、警備隊を広場から遠ざけ、郊外に導く。その間に、バックルパーの隊が噴水に残った兵を撃退して赤い玉を奪う。これがゲッペルの考え出した作戦だった。

  『黄色いふだ』のリーダー達は分散して、一晩で総員に戦いの指令を発した。戦いの前の静かな夜だった。

  ゲッペルはなかなか眠れなかった。明日の戦いが何度も頭をよぎって興奮していることもあったが、何か意識の外で、ゲッペルを呼ぶ声が聞こえるような気がして仕方がなかったのだ。

  「気のせいか。」ゲッペルは独り言をいった。

 「どうした、眠れないのか。」バックルパーが話しかけた。

 「なに、たいしたことではない。もう眠ろう。明日がある。」

 「その方がいい。」バックルパーはそう言って目を閉じた。

 ゲッペルは眠ろうとして目を閉じたが、頭の中の騒がしい思いが静まってくるにつれて、ゲッペルを呼ぶ不思議な心の声が次第にはっきりと聞こえてくるのだった。

 「何だろう。」

 ゲッペルは起き上がって、部屋の外に出た。実際に声が聞こえているのではない。しかし心にははっきりとゲッペルを呼ぶ声が聞こえるのだ。どこから聞こえるのか分からないが、その声に応じて体が勝手に動いて行くようだった。

 いつの間にかゲッペルは暗い路地に出ていた。ゲッペルを呼ぶ声が次第に大きくなっていた。やがて心の中に響いてくる声でありながら、その声がどこから聞こえるかはっきり分かるようになっていた。ゲッペルは腰の剣を握り締めた。そして声の方向に忍び寄って行った。路地から大通りに出て、町外れにやって来た。家の尽きた並木通りに差しかかったとき、不意に黒い影がゲッペルの前に現れた。

 「会いたかったぞ。」

 低い乾いた声でその黒い影が話しかけた。

 「何奴、私を呼んだのはお前か。」ゲッペルは剣のつかを握って身構えた。

 「いかにも、わしが分かるか、ジークフリート。」

  黒い影はゲッペルのファーストネームを呼んだ。黒いローブがパラリと落ちた。白い骨が闇に浮かび上がった。その骸骨の胸にはたくさんの勲章がぶら下がっていた。

 「もしや、」

 「長い間、わしはお前を待っておった。わしの後を継ぐ力をもつ我が子孫の現れるのをな。待ち侘びておったぞジークフリート。」

 「あなたはゲッペル将軍。」

  「そうじゃ、」

 「悪魔に心を売ったという噂は本当だったのですか。」

 「ジークフリートよ、この世に善悪などない。あるのは力じゃ。力はすべてのものを思い通りに動かすことが出来るのじゃ。わしは強い力を手に入れようとしたのだ。力こそ正義なのじゃ。」

 「私はそうは思いません。」

 「真実は深い。よく考えてみるがよい。すべてはその深いところで力とつながっているのが分かるじゃろう。常に強いものが勝つのじゃ。」

 「愛のないところに力がどれだけあっても、空しいだけです。」

 「青臭いの。しかしお前は我が子孫から出た初めての実力者じゃ。わしの下でさらに力を磨けばその青臭さも消え果てよう。わしの下に来い、ジークフリートよ。」

 「いやだと断ればどうします。」

 「お前にそんな選択枝はない。受け入れるか、死か、いずれかだ。迷う必要は無い。わしの下に来るのだ。そうすれば、我々は世界を征服する力をもつことができるだろう。帝王になりたくはないか。」

 「そのようなものに興味はありませぬ。」

  「ばかな奴だ。では死ぬしか無いぞ。」

  「死にも致しませぬ。将軍、目を覚まして下さい。世界征服など馬鹿げています。愛すれば自身が世界そのものになれるのですよ。あなたは大変な間違いを犯しているのです。それに気づいて下さい。」

 「わしに説教をするというのか。」

 「世界と対立する道は間違っています。」

  「強がりもそれまでじゃ。これを見るがよい。」

 ゲッペル将軍がそう言うと、木立の影から一人の若い男が現れた。

  「カルパコ、お前どうしてここに。」

 「フアッフアッフアッ、この男は正しい選択をしたのじゃ。」

 「何、悪魔の手先に成り下がったというのか。」

 「ジークフリートよ、この男の働きで、王子とその仲間は皆地下牢に閉じ込めた。よもや生きては出られぬじゃろう。王子はそのまま儀式にかけられて始祖王の貢ぎ物となる。お前が守るべき者はもはや誰もおらぬ。」

 「カルパコ、貴様、」宰相ゲッペルはカルパコをにらみつけた。

 「ギギギギ、」カルパコは奇妙な音を発するだけで、何も答えなかった。

  「考え直すのじゃ、ジークフリート。」

  「何度言われても同じだ。」

 「もう一度聞く。我らの仲間にならぬか。お前を殺すのは惜しい。心して答えよ。」

  「答えはノーだ。」

 「これ以上の話し合いは無用じゃな。」

 ゲッペル将軍はそう言うと、ステッキを持った白い骸骨の手を挙げた。すると黒い影が並木の梢から音も無く、宰相ゲッペルの背後に降り立った。

 「死んでもらおう。」

 将軍はそう言ってステッキを構えた。宰相は半身になって身構えた。右手に将軍とカルパコ、左手に黒い影がじわりと間合いを詰めてきた。宰相はゆっくりと腰の剣を抜いた。黒い影はナイフを構えて跳躍した。ギギギ、樹の枝の反動を使って黒い影は素早く空から宰相に襲い掛かった。そのスピードに押されて、宰相は突き出されたナイフの切っ先を辛うじて剣で払ったものの、バランスを失って腰を泳がした。そこに将軍のステッキが振り下ろされた。宰相はそのまま地面に倒れて、転がりながら将軍の攻撃をかわした。素早く起き上がった宰相の両脇から黒い影とカルパコのナイフの切っ先が襲い掛かって来た。とっさに宰相はカルパコのナイフを剣で払った。その瞬間、がら空きになった宰相の背中めがけて黒い影が躍りかかった。大きく手を振り上げてナイフを突き立てようとした。

 そのとき暗闇から石つぶてが飛んできた。そしてその石が黒い影の手に握られたナイフを弾き飛ばしたのだ。

 「ちいっ、」

 黒い影が手を押さえて膝をついた。その影に向かって宰相の剣が横に走った。とっさに黒い影は上に飛んだが、宰相の剣は黒い影の足を深く切り裂いた。

 「グエッ、」黒い影はそのまま樹の枝に飛び上がり、梢に姿を消した。

 「何者じゃ!」ゲッペル将軍が叫んだ。

  そこにバックルパーが現れた。手にだらりと下げた紐を持っていた。紐の先には石が縛り付けられていた。

  「ゲッペル、また会ったな。俺が相手だ。」バックルパーはそう言うと、石のついた紐を鎖釜のように頭の上で回し始めた。

  「探したぞ、バックルパー、」

 ゲッペル将軍はステッキを構えて身構えた。その横に、将軍を守るようにして、カルパコがナイフを構えた。

  「カルパコ、お前、何をしているのだ。」バックルパーが恫喝した。

  「ギギギ、」カルパコの視線が地面を這った。

  「良いことを教えてやろう。エミーは捕らえた、バックルパー。エミーの命を助けたければ我らの仲間になることだ。どうじゃ。」

  「ばかな、」

 「フアッフアッフアッ、」

 「カルパコに何をした。」

 「この男はわしのしもべよ。」

 「カルパコ、俺達と帰るんだ。」

 バックルパーは紐の回転を止めた。その隙を見計らって、カルパコがバックルパーに襲い掛かった。バックルパーは首を横にそらしてナイフをかわしカルパコの体を後ろに投げ飛ばした。

 「ギギギッギ」カルパコは空中で一回転して地面を蹴ったかと思うと後ろの高い樹の枝に飛び移り、そのまま姿を消した。

 「ギギギギ」カルパコの悲しげな声だけが残された。

 「カルパコ、逃げるな!戻れ、戦うのじゃ。」将軍が虚空に向かって叫んだ。

 カルパコは闇に消えたまま、戻ってこなかった。その時頭上の枝が揺れ、真っ直ぐに黒い影が落ちてきた。

 「ギギギ、」

 宰相に切り裂かれた太股が無惨に口を広げ、おびただしい血が流れていた。頭から落ちた黒い影は身体をけいれんさせると、そのまま動かなくなった。

 「くそっ、覚えているんだな。」

 ゲッペル将軍はステッキを振り上げて天に輪を描いた。すると地面から黒いローブが生き物のように動いて将軍の体にまとわり付いた。次の瞬間、ゲッペルの姿は闇の中に消えていた。

 宰相とバックルパーはしばらく闇の方に意識を集中していたが、やがて相手が完全に去ったのを知ると、大きく息を吐き出した。

 「大丈夫か。」バックルパーが訊いた。

 「なに、たいしたことはない。」ゲッペルは剣に付いた血を拭って鞘に収めながら言った。

 「間に合ってよかったよ。」

 「しかしどうしてここが分かったのだ。」

 「夜中に抜け出したから、後をつけたまでさ。」

 「信用が無いのだな。」

 「実はパルガに導かれたのだ。」

 「そうか、何にしても礼を言わねばなるまい。借りが一つ出来た。」

 「とにかく帰ろうか。」

 「そうしよう。」

  バックルパーとゲッペルは夜の道を歩き始めた。

   並木道には横たわった黒い影が一つ残された。哀れな猿の死体だった。

 

 

         次を読む

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加