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のしてんてんハッピーアート

複雑な心模様も
静かに安らいで眺めてみれば
シンプルなエネルギーの流れだと分かる

塩谷 3

2009-07-25 | 小説 忍路(おしょろ)
 「見えないなぁ、ここらあたりに文学碑があるはずなんですがねぇ・・」  運転手は車から降りようともせず、ハンドルを握りながら窓の外を窺う格好をして言った。  言われるままに辺りを見回したがそれらしきものはなく、私は少し運転手に疑いを持ち始めた。  しかし車はそれ以上私を乗せて動く気配を見せず、彼はとにかくここから少し歩いた所だと主張した。  私はその話を信用しなかったが、しかしどこでもいいだろ . . . 本文を読む
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塩谷 2

2009-07-24 | 小説 忍路(おしょろ)
しばらくタクシーは無言で走り、塩谷駅という表示板を通り越した。  おや?と思っていると、そこから国道をそれる小道に入り、ぬかるんだ山道を上って行った。道はやっと車が一台通れる程の狭い地道だった。  私は塩屋駅に行ってくれと言った筈だったが、運転手が気を利かせてその生家まで連れて行ってくれるらしかった。  タクシーは歩くようなスピードで車を転がして進み、運転手は右手に見える雪の斜面にあちらこち . . . 本文を読む
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塩谷 1

2009-07-23 | 小説 忍路(おしょろ)
   再び小樽の駅についた私は、伊藤整の生家のあった塩谷に行こうと思った。時刻表をみると二時過ぎまで列車がないことが分かった。駅の時刻は一時を回ったところであったので、私は少し逡巡してタクシーを拾うことに決めた。  小樽の駅前には国道が並行して走っており、その道路標識には駅から左の方向、つまり小樽商科大学とは反対の方向に蘭島、余市と表示されていた。塩谷はその蘭島よりも手前にあるはずだった。車は多く . . . 本文を読む
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忍路について

2009-07-22 | 小説 忍路(おしょろ)
 伊藤整が「若い詩人の肖像」で描いた時代にはテレビはありませんでした。 人との交流はもっぱら手紙と直接対面することで成り立っていたのです。そこから生まれた恋歌は互いに体温の伝わる温かさが伝わるようです。  下って「忍路」の時代は、まだ携帯電話のない時代でした。公衆電話が町のいたるところに置かれていて、10円玉は貴重な通信手段だったのです。恋人たちは時間のかかる手紙よりも電話に触手が伸びる時代でも . . . 本文を読む
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小樽商科大学 16

2009-07-21 | 小説 忍路(おしょろ)
真っ白な雪の斜面にキラキラと建物は輝き渡り、その色は薄い緑であったり青であったり、あるいはピンクやクリーム色であったりして、それらが一斉に目に飛び込んで来る。私の眼はその鮮やかな光の量にしみて眩み、心に痛かった。  それは何よりこの美しさが、自然の中で生まれた無垢なるものの形ではなく、むしろその自然の中に生きる人の営みから生み出されたものだという思いからだった。  人の営みにはなぜか悲 . . . 本文を読む
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小樽商科大学 15

2009-07-20 | 小説 忍路(おしょろ)
外にはまばゆいばかりの太陽があって、薄暗がりからやってきたやってきた私の体はその光線を受けて朗々と萌え上がるばかりに膨らみ、意識は急激に現実に向かって流れ始めた。  キャンパスから眼下に小樽港が青く霞んで広がっていた。その眺めは伊藤整が何度も表現している通りの感動的な美しさがあった。  その光景に視線を漂わせながら、港に広がる小樽の街を見たとき、一瞬だったがあの町のどこかに里依子がいるのだと . . . 本文を読む
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小樽商科大学 14

2009-07-19 | 小説 忍路(おしょろ)
 私は床に落ちている黄色のチョークを取り上げ、黒板に自分の名前を書いてみた。  シュカ、シュカ、シュカ、黒板とチョークの擦れる音が部屋いっぱいに溢れて私は思わず全身に震えを覚えた。  私は今まで自分の表現をこれほど増幅されて感じたことがあっただろうか。一本線を引くと、その音が私の心を突き抜けて部屋を満たし、私はなんだかこの建物そのものになってしまったように感じ、その黒板に書く自分の名前と同時に私 . . . 本文を読む
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小樽商科大学 13

2009-07-18 | 小説 忍路(おしょろ)
ドアを押しあけて入ると、すぐ正面に一段高くなった教壇があり、この部屋には不釣り合いと思われる新しい暗緑の講義用黒板が正面の壁を領していた。  この黒板と教壇のほかは何もない。ガランとした空間が行き所を失って微動だにしないと思われた。その空気が私の体温を吸収して動き始める。歩くと靴の音が響き渡り、私の腹の中にまで反響して、不思議に私を落ち着かせるのだった。  黒板には様々なことが脈絡なく書きこ . . . 本文を読む
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小樽商科大学 12

2009-07-17 | 小説 忍路(おしょろ)
まだ残雪は深く、かつての主屋に到る道は雪の上だった。人通りの少ないことを証明するように、トボトボと足跡が雪にめり込んだままで残っており、その足跡を選んで歩いても私の足は雪に沈んで埋もれそうだった。  主屋と思われるその建物は、ドアを押しあけて簡単に入ることが出来たが、先の校舎よりもさらに暗く感じられた。注意深く辺りを見回すと、はたしてそれは感じではなく実際に暗いということが判明した。   . . . 本文を読む
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小樽商科大学 11

2009-07-16 | 小説 忍路(おしょろ)
 歩けるところはすべて歩いてみた。階段の下に小さな、ほとんど潜って入るような入口があって、隠し部屋のような雰囲気をかもしだしていた。まるで古代遺跡の新発見でもあるように興味をそそられ、無理をして入ってみた。  その中もまた、学生たちの傷跡が著しかった。中は狭く、しかし天井は高かった。一体何に使った部屋だったのだろうと考えてみたが、もとより答えるものはどこにもなく、私の興味は壁に描き散らされている . . . 本文を読む
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