まだ残雪は深く、かつての主屋に到る道は雪の上だった。人通りの少ないことを証明するように、トボトボと足跡が雪にめり込んだままで残っており、その足跡を選んで歩いても私の足は雪に沈んで埋もれそうだった。
主屋と思われるその建物は、ドアを押しあけて簡単に入ることが出来たが、先の校舎よりもさらに暗く感じられた。注意深く辺りを見回すと、はたしてそれは感じではなく実際に暗いということが判明した。
つまり、この細長い校舎に並行してその南側に隣接した現役の建物があり、その建物との間に雪が吹きだまっているのだ。その雪はまだ深く残っており、私が立っている部屋の窓を埋めているのだ。
雪はその窓ガラスの接触面から溶けはじめ、窓の外ですすけたような色をして洞窟のような壁を作っている。窓と雪の壁の間には小人たちが座って食事ができるほどの空洞ができているのだ。
その印象は複雑だったが、概してそれは私に陰鬱な印象を与えた。
先ほどの建物と同じように、この校舎もまた学生たちに開放されているのだろうか、管理を放棄されたまま時が流れ、学生たちのいないこの時期にはその流れさえ止めて淀んだように眠っているのだ。
建物の中央には、外見から想像された3階に続く階段が見えた。それは古風な手すりのついた主屋としての趣を感じさせる造りで、目に入れた瞬間私は伊藤整が描いた空間であることを直感的に理解したのだった。この階段で伊藤整と小林多喜二は互いに意識しあいながら何度かすれ違ったのだ。
私は誘われるように、手すりに手を添えて階段を上った。上りつめたそこは大講堂になっていた。入口には合併教室と書かれた板が張り付けられている。
HPのしてんてん
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