改札を通ると、私の前にも後ろにも列が出来ていた。自然に順番を待つことになったのだが、見ると前のものは順番に手荷物を取られて腰の高さのベルトコンベアーに乗せられていた。
その様々な荷物達はまっすぐに進んで、魚の口が開いたような穴の中に次々と吸い込まれていった。
その光景は私の頭の中で、里依子を待ったあの到着ロビーの、ベルトコンベアーを流れていく荷物達としっかりつながるのだった。
「ここで渡 . . . 本文を読む
私は自分に余裕のあるところを見せようと思い、出来るだけゆっくりとした足取りでトイレに入った。その動作は私の意識に中につまびらかにあって、私は自身が演者でありながら同時にそれを観るものとして、動かす指先のその先端まで見ているのだった。
トイレの中はごみ一つなく、必要以上に磨き込まれた室内に清楚な便器が並んでいた。私は心までも清められてしまいそうなトイレをこれまでに見たことがなかった。便器の前 . . . 本文を読む
やがてどうすることも出来ず、私は勇気を奮って2階ロビーにある案内のカウンターに近づいた。私が随分上ずった調子で聞いたのだろう、係員はにこやかにではあったが、二度同じことを繰り返して説明した。
中央の改札でチィケットを見せて入場すること。
入場すればもう出られないこと。
改札を入って25番ゲートに行き、そこで搭乗手続きをすること。
ありがとうと言ってカウンターを離れた私が知りえたのはそ . . . 本文を読む
物知り顔でカウンターにチケットを示すと、意外な返事が返ってきた。
「これは二階改札に入っていただきまして、25番ゲートで搭乗手続きをして下さい。」
その声はとても上品な響きがして、二十歳代の明眸な係員によく合っていた。
しかし私はそれどころではなく、二つしかない空港の知識の片方をいとも簡単に覆されたことにうろたえた。
カウンター越しに受けた案内をああそうですかと答えたものの、説明され . . . 本文を読む
私は悠然としていなければと自分に言い聞かせ、キュッとブレザーの襟を引き締めて空港のロビーに向った。
それでもその空間は私の想像を超えて広がり、私を驚かせ、拒もうとするかのように威圧的で、ただ広かった。
私は戸惑い、心のすがる場所を見つけられずに、最初からこの胸を騒然とさせていた。
そんな心を誰かに見られているかのように思い、それを隠そうとして、私はわざとゆっくり歩き、平然と構えていた。
. . . 本文を読む
11時30分ごろであったか、私は随分緊張して改札を通った。
私の悲しむべき習性は、最初からハプニングを起こしていた。
しっかりしていなければという思いがそうさせるのだったが、反省しても反省しても直しようのない私の姿であり、それが私の私自身であった。
全日空772便は今ようやく離陸し、北の空に向って旋回している。
私の体は機体とともに丸く拡がっていく。
しかし私の動悸はまだ、ここに至るまで . . . 本文を読む