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のしてんてんハッピーアート

複雑な心模様も
静かに安らいで眺めてみれば
シンプルなエネルギーの流れだと分かる

居酒屋 6

2009-06-25 | 小説 忍路(おしょろ)
里依子の細い食を気にしながら、出された料理は残らず食べてしまうのが常である私もまた皿の上に大半を残していた。  「もしかしたら会って頂けないのかも知れないと思っていました。」  堪えきれずに、私はここに来ようと心に決めて以来ずっと持ち続けてきた不安を打ち明けた。  「いやだったら会っていませんでした。」  小さな声で俯いたまま里依子は答えた。その声は辺りの騒音に消されてしまって . . . 本文を読む
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居酒屋 5

2009-06-24 | 小説 忍路(おしょろ)
カウンターに座ると、里依子は手際よく酒と肴を注文した。目の前にあるショーケースを覗いては、細い指先で積み上げられた魚を示してその名前を私に教えた。  ほとんどが私の知らないもので、ここでしか食べられませんからと、笑いながら里依子はそれらを注文するのだった。    酒が入ると私達は話に夢中になった。職場のことや家族のことなど、ありふれた会話が途切れなかった。しかし徐々にではあったが、私の心に焦 . . . 本文を読む
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居酒屋 4

2009-06-23 | 小説 忍路(おしょろ)
 なんだかつい数時間前に脈絡なくこの地の神社の白々しさについて考えていたことが嘘のようで、ここにでは心の居場所を与えてくれるむき出しの生活のようなものが伝わってきて、ふっと和むものがあった。  それはそばに里依子がいるという事と多分に関係があったけれども、しかし私は真っ先に、大阪ではこんな店は出来ませんよとその印象を伝えた。それは里依子に言ったのか自分に言ったのかはっきりしなかった。そう言えるほ . . . 本文を読む
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居酒屋 3

2009-06-22 | 小説 忍路(おしょろ)
入り口に立って見回すと、その奥まったカウンターに座っている客の顔が正面から見えた。カウンターに囲まれた厨房では、ひょうきんで律儀そうな板前が忙しそうに立ち回っていた。  私達が入っていくと、彼は喉もとまである黒い前掛けにあごを深く埋めて馬鈴薯の皮むきを始めるところだった。まるで前掛けの上に鉢巻をした丸い頭を乗せたような格好でその胸元で機用に包丁を使いながら、その板前は利依子に話しかけた。 そ . . . 本文を読む
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居酒屋 2

2009-06-21 | 小説 忍路(おしょろ)
 私は満身に笑みをたたえて手を上げて里依子を見、里依子は身を引き締めてお辞儀をして遅れた詫びを口にするとすぐに笑顔になった。    「出ましょうか」  「ええ、いい所があるんです」  私達は肩を並べてロビーを出た。外は微かに雨が降っていた。里依子がこちらにといって私の横で手を伸ばして、その先にあるタクシーを示した。里依子が職場から乗ってきたタクシーをそのまま待たせていたのだろう、乗り込んだタク . . . 本文を読む
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居酒屋 1

2009-06-20 | 小説 忍路(おしょろ)
   ホテルに帰ると、私はロビーに設けられたカフェーでコーヒーを飲んで冷えた体を温めた。そして部屋に戻り、何度も時計を見ながら踊る心をもてあましていた。  テレビをつけても流れる映像にさしたる興味が起きるわけでもなく、思いはいつも里依子の面影に帰ってくる。するともう部屋の時計に目が向くのだ。ほんの数分動いただけの時計を恨めしく思いながら、私はベッドに座ったり寝転んだり、備え付けの机の引き出しを開け . . . 本文を読む
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忍路について

2009-06-19 | 小説 忍路(おしょろ)
忍路(その3)は居酒屋でのひと時を描きます。 千歳の凛と引き締まった夜気と居酒屋の賑わいの中で過ごした 里依子とのひと時。 どんな展開になるでしょうか、引き続きお楽しみください。 「どうしてそれが悪いのだ?」 自分を苦しめている思いに悩まされているとき 常にそう自問してみると随分苦しみは和らぐ。 悪いと思い込んでいることのほとんどが、自分で作り上げた亡霊だと  HPのしてんてん  . . . 本文を読む
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千歳 12

2009-06-18 | 小説 忍路(おしょろ)
 神仏を信じようが信じまいが、自らの力を尽くさなければたちどころになぎ倒されてしまうだろう自然の猛威。降りしきる雪の中では、神仏など何の役にも立たないとこを開拓民の気概に沁みこませていったのではあるまいか。  それは何の知識も持たない私の、随分短絡的な思考であるかも知れないが、にもかかわらずその思いは私の感傷を満足させた。私はもう一度振り返って鳥居を見、その鳥居の間から見通す神社への登り道を目で . . . 本文を読む
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千歳 11

2009-06-17 | 小説 忍路(おしょろ)
前年の秋に里依子が京都にやってきたとき、二人で古都を散策しながらしみじみ言った彼女の言葉を、私は思い出していた。  「北海道ではとてもこんな静かなお寺は出来ないんです。」  そう言った里依子の姿が謙虚であったために、意外な言葉であったにもかかわらず私にはそれがそのまま里依子の心であるかのように感じたのだった。  そのことで随分気を良くした私は、京都の社寺を案内できることにどれほど喜び . . . 本文を読む
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千歳 10

2009-06-16 | 小説 忍路(おしょろ)
 足元は黒々としたアスファルトだった。雪の上の一条の足跡は神社前でそのアスファルトの中に消えたのだ。雪解けの水がアスファルトの上を流れ細かな砂を運んでは、波紋の砂溜まりを幾重にも描いている。そしてそのまま緩やかに坂道を滑り降りているのだ。  私はサラサラと走る水と砂を踏みしめるように歩き、両手をポケットに入れたまま背を丸めて坂を下っていった。  下りきったところに鳥居がある。私はそれを見たとき、 . . . 本文を読む
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