足跡をいくらも追わないうちに、この足跡を残した先人はその先に見える神社に向ったのだと分かった。私はそれに逆らわずに進んでいった。
神社はある重量感を持ちながら、深い根雪を頂いてしんしんと静まり返っている。それは私には思いがけないことだった。
前年の夏、初めて北海道を訪れたとき、それは主に道東の海べりであったが、その旅先で偶然に行きあうこうした類の建物を見ては、形式だけを取り入れたような白 . . . 本文を読む
その立体は見上げるほど大きく、千歳市の記念碑であることが知れた。そこにどのような意味がこめられているのか知る術はなかったが、目にしている立体は、簡素な大理石の前衛彫刻に違いなかった。鏡面のように磨かれたその立体の表面は明度の深い石の味わいがあり、そこにおや?と思わせる驚きが仕組まれていた。
一瞬立体が背景に溶けて透明に見えるのである。立体の表面に写った木立だと知るまでの間、私の心は完全に支配 . . . 本文を読む
雪の記憶は、遥かふるさとの少年時代にさかのぼる。長靴を履いて雪だるまをつくり、あるいは学校で雪合戦をした。私は堪え性がなくて、雪玉を4つも作るともう冷たさにたまらなくなってよく雪合戦に負けたものだった。
それにしてもここには雪にうずもれるというイメージがあったのだが、この三月も終わりに近い千歳の雪は、どこかふるさとの雪に似ていると思った。
そんなことを考えながら雪ばかりを見つめて歩いてい . . . 本文を読む
雪解けの水が道路にあって、周囲の雪は黒ずんでいた。それは雪というよりシャーベットのようなものだった。
道が自然に登り始めるとすぐにその右手から疎林が立ち上がってくる。それはいつまでも登り道と共に伸び拡がってゆくらしかった。
私は何度かその林の中に入って行こうとしたが、そのたびに奥の未踏の雪溜まりに阻まれて空しく引き返さなければならなかった。しかしやがて広い通りが林の中に続いている場所に出 . . . 本文を読む
フロントで、里依子に渡された宿泊券を示し、やがてその一室に落ち着いた。
ホテルの窓からは悠長な町のたたずまいが見え、その町全体が雪にまみれてあくびをしているような雰囲気がある。にもかかわらず白黒に還元された町のコントラストの強さに惹かれ、思わず立ち上がって窓辺に歩みよった。
雪の白さが新鮮な透明感を感じさせ、その清楚な装いが里依子と重なるのを、私は抗いもせず楽しむのだった。
ホテルの裏側に . . . 本文を読む
これをといって与えられた封筒はまだ里依子の温かさが残っていた。
その中には何枚かの紙片が入っており、それはホテルの補助券であったり、コーヒー券であったりして、私の日程に合わせた枚数がそろえられていた。
昨夜だった。思い立ってそちらに行くと、随分無作法な電話をした。里依子は電話の向こうで驚いたようだったが、宿は決めていないと言った私の言葉に対する、それは里依子の思いやりに違いなかった。
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千歳は私の想像とは違って、雪が少ないと思った。
至る所に黒い土が顔を見せ、道はぬかるんでいた。
それでも地上の空気は凛と張り詰め、その冷気が私の頬を引き締めた。私は里依子の面影を胸に、表皮よりも心に緊張を覚えながらロビーに掲示された空港の案内板を眺めたりしていた。
鈴の音のような声が私の名を呼んだ。振り返るとそこに里依子が立っていた。
彼女は仕事を抜け出して来たのだろう、体によく合 . . . 本文を読む
機内の私と地上の町、その間に何の支えもないという想像は心に奇妙な泡立ちを覚えさせた。
糸のような道路の上を車と思える点がが移動している、誰が運転しているのか分からないけれども、しかしそこでは疑いようもない日常が動いているに違いない。神がいるならこのように人を眺めているのだろうか。それなら私は、その資格もないのに神の座に座らされてこのように落ち着かないのかも知れない。
思考が色々に働き、やが . . . 本文を読む
昂ぶった私の心は、機内の単調な空気に触れて、やがて落ち着きを取り戻した。
雲海が力強く盛り上がり、機がかすめるたびにそれは霧となってすばやく流れた。突然視界が真っ白な世界に消えた。
雲の中に入ったのだ。それは実に当たり前のことであったが、なにやら不思議に思われて私は長い間ただ白いばかりの窓を眺め続けた。
あるいはまた、雲の切れ目から青い海が見えた。白い航跡を長く引いてその先に舟が見えた。 . . . 本文を読む
忍路と書いてオショロと読みます。
北海道の小樽にある小さな入り江にある村です。
今回の連載は、詩人伊藤整が書いた「若い詩人の想像」に感銘を受け、その舞台である忍路を訪ね歩いた物語。若い画家の肖像です。
全9節からなり、第1節初体験ら順次紹介していきます。
カテゴリーは忍路(おしょろ)~忍路(その9)としてまとめますのでお楽しみください。
若い時代の甘酸っぱさが伝われば幸いです。
H . . . 本文を読む