きつねの戯言

銀狐です。不定期で趣味の小説・楽描きイラストなど描いています。日常垢「次郎丸かなみの有味湿潤な日常生活」ではエッセイも。

Killer Queen 5-6

2014-01-13 21:23:27 | 日記

 5 邂逅

 「「これは何ですか!?」」
魔導研究所で研修を始めた紅蓮(グレン)と紫紺(シコン)は一卵性双生児らしくシンクロして所長に質問した。
「ああ、これ?これは『魔導カプセル』と言われているものだ。魔導の力によりエネルギーを吸い込んで保存し、必要に応じて取り出せるように作られている。これが開発され何度でも繰り返し再使用できるようになってからはいつでも過不足なく安定的に必要な量のエネルギーを供給できるようになった。
この研究所では主にエネルギーを取り出す作業を行いながら、更に効率的にエネルギーを取り出したりエネルギーそのものを増幅したり強化したりできないかと常に改良改善の余地を求めて日々研究を重ねているという訳だ。」
所長は掌の中にすっぽりと収まるほどの小さなカプセルを二人に見せながら得意顔で説明した。
「そのエネルギーっていうのは…。」
紅蓮が何気なく発した言葉で我に返った所長は首を振りながら答えた。
「それはまだ研修中の君たちには教えられん。正式な研究員になればわかる。」
(…血の…臭い!?)
紫紺はカプセルから漂う幽かな金属臭に似た生臭い臭いを感じ取り、直感した。
(間違いない。これは人間の…血の臭いだ。)
紫紺の表情の変化に気づいた紅蓮は前に立って歩く所長に悟られないようにそっと紫紺に囁いた。
「…紫紺。どうした?」
紫紺はちらりと所長を見たが人の良さそうな所長には二人の会話を気取られている様子はない。
「紅蓮は感じなかったか?あのカプセルから幽かだが血の臭いがした。」
「…何だって?」
「間違いない。あれは人間の血の臭いだ。」
「…確かにそう言われてみれば何か生臭い臭いがしたかも…いや、紫紺が言うなら間違いないだろう。」
紅蓮がそう言うと二人は顔を見合わせてこくりと頷いた。
「おや?」
所長は前方に立っている一人の青年の姿に目を留めると双生児の方を振り返って言った。
「君たち。すまないがそのまま少しだけ待っていてくれ。」
「「はい。」」
双生児が声を揃えて答えると所長はその全身黒づくめの青年に駆け寄って何か話し始めた。
すらりとした長身の青年は帽子を目深に被りコートの襟を立てていて革の手袋をしていた。帽子もコートも手袋も身に着けているもの全てが黒一色だった。その異様な服装を見れば研究員でないことだけは明らかだろう。
声を潜めて交わされている所長と青年との会話は聞き取れないが、青年が所長に魔導カプセルを手渡しているのははっきり見えた。
そのカプセルは青白い光を放っていて、恐らくエネルギーが充填されている状態なのだろう。
黒づくめの青年の帽子の下から少しだけ覗く金色の髪とふと顔を上げた瞬間にちらりと見えた碧色の瞳。双生児は同時にあっと声を上げ顔を見合わせた。
「「あれは…もしかしたら…。」」
三つ子として生まれ15年前に別れたきりの卵違いの二卵性の末弟・雷電(ライデン)ではないのか。
二人は同時に同じことを思っていた。
「おい…紫紺。あれは…。」
「うん…。紅蓮。間違いない。あれはきっと雷電だ。」
離れた場所からほんの一瞬ちらりと見えただけだが、どんなに長く離れていても見紛(みまが)うはずはなかった。
5歳の時に別れた弟は背も伸びてすっかり大人びてはいたが柔らかく細い絹糸のように真っ直ぐな金色の髪も透き通るように美しく澄んだ碧色の瞳も幼い頃の雷電と少しも変わっていない。少し寂しそうなその表情もあの時のままだった。
「何故あいつが研究所(ここ)に?」
紅蓮がそう言うとすぐに紫紺が付け加えた。
「…そして何故彼があのカプセルを持って来たのか、だね。」
「そうだな。母親と王宮で暮らしているはずなのに今あいつが何をしているか誰も知らない。」
紅蓮は一人残された雷電が女王の後継者になるだろうと思ったが、全く姿を見ないどころか雷電の名すら聞かれないことを以前から不思議に思っていた。
「うん。女王・綺羅に息子が三人居たことすらもう忘れられかけているくらいに。」
「もしかしたらあいつはもうこの世には居ないんじゃないかとさえ思ったほどにな。」
「いや、僕は彼は確かに生きていると信じていたよ。あの母のことだ。きっと彼を籠の鳥にしているんだろうなとは思っていたけどね。」


 6 約束

 双生児の中に残る雷電の記憶。恐らくそれは幾度となく繰り返されたありふれた日常の光景の一つだったのかも知れないが、その日のことは今でもまるで昨日のことのように鮮明に覚えていて、頭の中にその時の光景がありありと思い浮かぶ。それは双生児が王宮を去る少し前のある日の出来事だった。

 「あーっ!“らぃ”が肉残そうとしてるぅーっ!」
紅蓮が指を差して声を上げた。王宮の食卓で三つ子の前には各自の皿が置かれその日は血が滴るような殆ど生に近い肉の料理が夕食のメインであった。もうあらかた食べ終えた双生児に対して雷電の皿には肉だけが手つかずのまま残っている。雷電は俯いたまま小さな声でぼそぼそと呟いた。
「…だって、食べたくないんだもの…。」
「らぃは肉や魚は苦手なんだよね。」
紫紺は雷電を庇うように言った。雷電はこくりと頷いて俯いたまま言葉を続けた。
「…だって、赤い血みたいなのが出てくるし獣の臭いがするもの。魚だって魚の臭いがする。それに生きて動いてた獣や魚が死んだ肉だなんて思うと気持ち悪いし…。」
「でも、うまいぜ♪」
紅蓮がまぜっかえすと紫紺がたしなめるように言った。
「“ぐぅ”だって苦手なものはあるでしょ?グリーンピースとかピーマンとか。」
「あれはうまくないもん。青臭いし苦いし。」
紅蓮はぷうっと頬を膨らませて口を尖らせた。
「“しぃ”だって何かあるだろ?…ええっと、ええっと…ん?」
紅蓮は何か紫紺の苦手なものを思い出そうと考えてみたが何一つ思い当らなかった。紫紺は苦笑しながら言った。
「しぃには苦手なものなんて何もないよ。」
そこへ公務を終えた綺羅が戻って来て冷ややかな声で叱った。
「食事中に何を騒いでいるのです。」
綺羅がちらりと雷電の皿に目を留めるのと同時に紅蓮が声を上げた。
「かあさま。らぃが肉を残そうとし…。」
「いいえ。それは違います。」
紅蓮が全て言い終えるよりも先に綺羅はその言葉を遮ってぴしゃりと言い放った。
「雷電は母と同じで生肉は大好物のはず。きっと雷電は楽しみを最後にとっておいたのでしょう。…雷電。おあがり。」
雷電は真っ青な顔をしてぴくっと背中を震わせた。
「かあさま。きっとらぃはもうお腹がいっぱいで食べられないのです。ねぇ、らぃ?ぐぅはまだ食べたりないみたいだから、代わりにぐぅに食べてもらおう?」
紫紺が言うと紅蓮も満面の笑顔で答えた。
「おう、いいぜ。らぃ。ぐぅは肉ならいくらでも食べられるから。ぐぅが食べてやるからよこしなよ。」
すると綺羅は恐ろしい形相でキッと双生児を睨みつけてきつい口調で言った。
「黙りなさい。母は三人の子に平等に食事を与えているのです。それぞれが自らに与えられたものをきちんと食すようにと。
兄弟の食事を横取りするような浅ましい真似はお止しなさい。雷電の食事はまだ済んでいません。」
そして綺羅は雷電のに向かって猫なで声で言った。
「さあ、雷電。遠慮せずともよい。…では母が直々に食べさせてあげよう。」
綺羅はそう言うと雷電の皿の上の肉片をつまみあげ、自らの口に放り込んで咀嚼し始めた。
そして雷電の顎に手を当て頬をつまんで口を開けさせると口移しで肉片を雷電の口に押し込んだ。
雷電は体をぶるぶる震わせながら膝の上で両こぶしを固く握りしめ溢れそうな涙を必死に堪えながらもじっと為されるがままにしていた。
雷電の喉がごくりと音を立て、肉片が食道を滑り落ちて行った。
綺羅が雷電の名の刺繍のあるクリーム色のナプキンで雷電の口元を拭ってやるとナプキンには赤紫色の口紅がべっとりと付いていた。
「雷電、肉は美味かろう。」
綺羅に問われて雷電は顔をひきつらせ無理に笑顔を作りながら答えた。
「はい。かあさま。おいしかったです。」
綺羅は満足そうに笑いながら言った。
「ごらん。紅蓮、紫紺。やはり雷電は母と同じく生肉が好きなのです。さあ、食事が済んだら皆子供部屋へお下がり。」
「「「ごちそうさまでした。」」」
そう言うと三つ子は子供部屋へ引き上げた。
紅蓮と紫紺は今しがた目の前で起こったことに何とも言えない嫌悪感を覚え不気味な悪寒に襲われた。
子供心に何か見てはいけないものを見てしまったような後味の悪さを感じた。
大きな鳥が黒い翼を広げて大切な弟を包み込んで何処かへ連れ去ってしまうような漠然とした恐怖と不安が胸の中に広がって行った。
「何でだよ?らぃ。何であんなことされてるのに黙って我慢してたんだよ?」
紅蓮は我がことの如く理不尽な母のやり方に対して怒りを抑えきれないというように不機嫌そうな顔で雷電に訊ねた。
「辛かったよね。苦しかったでしょ?」
紫紺が雷電をいたわるように言った。
「…笑って欲しかったから。かあさまに、笑って欲しかったから…。」
雷電は緊張の糸が切れて堰を切ったようにぼろぼろと涙を零しながら答えた。
「…らぃがいい子だとかあさまが喜んでくれるから。かあさまが笑ってくれるから。そしてらぃを褒めてくれるから。
らぃはかあさまの怒る顔や泣く顔を見たくないんだ。かあさまにはいつも笑っていてほしいんだ…。」

 あの時はまだ幼すぎてよくわからなかったが、その後しばらくして両親が離婚し父と共に王宮を去ることになってから、おぼろげだったその考えが段々と形を成して来た。
三つ子として仲良く一緒に育ってきたのになぜか雷電だけが王宮に残されると知った時、今まで何だかわからずもやもやして気持ち悪かったその答えがやっと見つかった。
母は雷電だけを溺愛していたのだと。

 「どぉしてなんだよぉっ!らぃも一緒じゃなきゃやだっ!」
紅蓮は泣きじゃくりながら言った。
「…ごめんよぅ…ぐぅ。でも、らぃが居なくなったらかあさまが悲しむから…。かあさまが一人ぼっちにならないように、らぃはかあさまと残る。らぃがかあさまを護る。」
雷電も泣いていた。
「じゃあっ!ぐぅもらぃと一緒に残るっ!しぃも一緒にだ。三人はずっと一緒じゃなきゃやだっ!!」
紅蓮はますます激しく泣きながら言った。
「ぐぅ…そんなわがまま言うと、らぃが困るよ。かあさまがらぃだけだと言ったら、らぃだけなんだ。いつだってかあさまの言うことは絶対なんだから。」
紫紺が紅蓮をなだめるように言った。
「やだっ!絶対やだっ!!しぃはいいのかよ?らぃが居なくてもいいのかよ?」
紅蓮は紫紺を責めた。
「しぃだって本当はらぃと一緒がいいさ。でも今はまだ三人とも皆ちっちゃいから大人の決めたことには逆らえないよ。いつか皆が大人になったらきっとまた三人で会えるから。ね?ぐぅ。だからもうだだこねるのやめよ?らぃは一人でもかあさまを護って頑張るって言ってるんだよ?ぐぅにはしぃが居るじゃない?いつか二人でらぃに会いに来ようよ。」
「…う…う…。」
紫紺に説教されて紅蓮は言い返すことが出来なくなってしまった。
「…ありがとう。しぃ。そうだね。大人になったらきっとまた三人一緒に居られるようになるよね。」
雷電はそう言って寂しそうに微笑んだ。
「うん。絶対そうなるよ。約束する。きっとぐぅと二人でらぃに会いに来るから。そしたらそれからはまた三人で仲良く暮らせるようになるよ。そう信じてる。」
紫紺も微笑んで答えた。
「だからね、ぐぅ。今は我慢しなくちゃ。ね?」
「…わかった。」
紫紺に言い聞かされ紅蓮は渋々従った。

 王宮の裏門を父に手を引かれて出て行く紅蓮と紫紺は何度も何度も振り返って手を振った。
「「らぃー。らぃー。」」
二人はどんどん遠く小さくなってゆく雷電に向かって呼び掛けた。姿が見えなくなっても声が届かなくなってもまだ叫び続けていた。
雷電は半ば母の陰に隠れるようにしてドレスの襞を握り締めながら泣きそうな顔で黙って双生児を見送っていた。悲しくてたまらないのに涙すら出ない。
二人のように声を限りに叫びたい。紅蓮と紫紺の名を呼びたい。そう思うのに声が出せなかった。
飛び出して追いかけて腕がちぎれるほど手を振りたいのに体が動かせなかった。
雷電の心の中で声にならない叫びが反響していた。
(離れたくない!…離れたくないよ…ぐぅ。…しぃ。三人でずっと一緒に居たいよ!)
いつかきっと会いに来るから。いつかきっとまた三人一緒に居られる日が来るから。
そんな約束が果たされる日が来ることを信じて生きて行こう。
三つ子はその思いを胸にそれぞれの15年を生きて来たのだった。
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