きつねの戯言

銀狐です。不定期で趣味の小説・楽描きイラストなど描いています。日常垢「次郎丸かなみの有味湿潤な日常生活」ではエッセイも。

Bitter Sweet Memories①

2022-11-13 21:16:33 | 小説
§ プロローグ §
 太古の昔、世界の中心には互いに国境を接する四大国が存在した。
中でも東の青龍・西の白虎は二大双璧と言っても過言ではなかった。
 北の玄武の国は国土の多くが氷と雪に覆われ、深く暗い森に小柄で筋肉質な身体と強い力を持つ玄武の民が暮らしていた。玄武の民は赤毛の長い髪と、男性は長い顎鬚を蓄え、男女共に太い眉と大きな目が特徴的だった。勇敢な戦闘民族であった玄武の民は、強靭な精神力で厳しい自然にも果敢に立ち向かい、貧しくとも誇り高く、自給自足の慎ましい暮らしを望んだ。
 南の朱雀の国は、四大国の中では、他の三国と比較するとやや狭小ながら、肥沃な国土に豊饒な農作物が実り、澄み切った川や湖、広い海には美しい魚が、明るい森には動物や鳥が棲み、恵まれた暮らしを約束されていた。朱雀の民は、長身痩躯、色白で長い金髪と翠色の瞳を持ち、中性的な美しい姿をしていた。争いを好まず、日々を静かに穏やかに暮らしていた。朱雀の民はまた不老で長命な特異体質を持っていたため、十代後半の外見のままで数百年も生きて老いることがなかったし、回復力に優れているので大病を患うことも殆どなく、大怪我を負っても滅多に死に至ることがなかった。
 東の青龍の国は古代種と呼ばれる始祖民族の血脈を受け継ぎ、その伝統を守ることを重んじる民族であった。この世界の全ての生命が還るべき場所である『龍脈(魂の集合体)』に眠る、過去現在未来の魂の加護を信じ、その声を聴く巫(かんなぎ)によって治められて来た。魔法を使う魔術師も多く、更に祈りにより死者を弔う巫術師(ふじゅつし)は、龍脈と繋がることにより、龍脈とこの世界を守護する『霊龍』を召喚することも出来たため、青龍の民の指導的立場にあった。青龍の民は基本的には黒髪に黒い瞳だが、魔術や巫術を使えるものは赤い瞳をしていた。
 西の白虎の国は国土の殆どを砂漠に埋め尽くされ、点在する緑地の多くは然程大きくはなかったが、その中で最も大きな緑地を首都と定めていた。資源の乏しい白虎の国は、機械と科学技術を発展させ、魔導の技術により龍脈から得られる力を利用した『擬似魔法』を開発することで徐々に強大化してして行った。白虎の民は多民族の混血により多種多様な外見をしていたが、魔導の力を帯びた者だけは特徴的な碧眼により見分けることが出来た。
 数百年前四大国を巻き込んで大きな戦争が勃発した。
白虎の国は突然前触れもなく北の国境を越えて進軍し、魔導兵器を大量投入して玄武の国を蹂躙した。如何に勇敢な武人の国とはいえ、強大な魔導兵器には太刀打ち出来ず、抵抗も虚しく玄武の国は開戦後短期間で滅亡し、民は悉く殺害され、国土は瓦礫の山と焼野原に変わり果てた。すると、地中深く存在するはずの龍脈がかつては玄武の国であった廃墟にて表出し、碧翠色に輝く光の粒子と化した玄武の民の魂が、吸い込まれるように龍脈の大河に飲み込まれると、龍脈は渦を巻いて再び地に潜り、本来あるべき場所へと還って行った。
 玄武の国の滅亡を目の当たりにした朱雀の国は、元より国力の劣る自国に対して示威行為を繰り返す白虎の国からの脅威に屈し、属国を経て併合される形でその存在は消滅することとなった。以降朱雀の国は白虎領朱雀自治区(旧朱雀領)と呼ばれ、朱雀の民は白虎の国の支配下に置かれたが、表向きには基本的に自治区内では併合前同様の生活が保証されたかに見えた。しかし、白虎の国の総統府からの命令は強制的なものであり、拒否することは出来なかったため、豊かな資源は白虎の国によって搾取され、朱雀の民は事実上の奴隷同然に扱われた。
 巫術全盛であった青龍の国には多数の魔術師だけでなく、かつての巫は既に存在しなかったが、その流れを組む巫術師と呼ばれる者は存在した。この世に未練や後悔、怒りや憎しみなど負の感情を残して死者となったものの魂は龍脈へと還ることはなく、その迷える魂が集合体となり『ナマナリ』と呼ばれる魔物へと変化してしまうことから、死者の魂を龍脈へと導く『渡河(とが)の祈り』を捧げることが本来の巫術師の役割であったが、巫術師はまた龍脈に眠る守護神・霊龍を召喚して青龍の国や民を護るために戦うことが出来、その中でも特級巫術師と呼ばれる者は、生きたまま人の魂を肉体から抜き取り、霊龍へと変えて召喚することができる特殊召喚の術を身に着けていた。
 生きながらにして魂を捧げて霊龍となった者は『御柱様(おんはしらさま)』と呼ばれ、その魂は肉体を失い、永遠に、龍脈に還りその一部として同化することも、新たな魂として転生することもなく、特殊召喚を行うことで魔力が尽きて特級巫術師が亡くなった後も、半死半生の御柱様の魂は自我を失い、霊龍となって敵と戦う。一度(ひとたび)霊龍となった後は、他の巫術師の召喚に応じて戦い続け、召喚のない間は霊龍のまま龍脈の中で眠りにつく。青龍の国では、祖国を護るために自ら志願して御柱様となる者も多く、白虎の国との戦闘においても、多くの巫術師と霊龍が活躍した。
 消耗戦となった両国は、このままでは共倒れになると、互いに和平を望み、白虎の国は、玄武の国を滅亡させたような、強大な威力を持つ大規模魔導兵器の使用を放棄すると誓約したが、表向きには平和利用目的の研究と見せかけて極秘裏に兵器開発は続けられており、更に人体に魔導の力を注入することで人工的に魔導師に改造する研究も行われていた。
 一方、青龍の国では、和平に際して、新たな霊龍を生む特殊召喚を封印することを誓約し、巫術師の業務は原則的に渡河の祈りによる死者の葬送と鎮魂のみに限定することとした。また魔術師の業務は原則的に薬識を利用した薬師を中心とし、生活魔法・回復治癒魔法等に限り使用可能と定められた。これにより魔術師や巫術師は弱体化を余儀なくされ、徐々に衰退しその数も激減した。
 苛烈を極めたこの戦争は、青龍の国では最初の『機械戦争』、白虎の国では同じく『魔導大戦』として後世に伝えられている。
 しかし、両国間の冷戦はその後も継続し、限定的かつ局所的な小競り合いは頻発していたが、十数年前にとうとう和平の際の両国の誓約は破棄され、再び全面的に機械戦争(魔導大戦)が勃発した。
 その戦いの中で、青龍の国に現れた一人の特級巫術師が、自身の最愛の者を御柱様とする特殊召喚を行い、その命を代償として祖国を勝利に導いたのである。  しかし、元より少数となりつつあった魔術師や巫術師が相次いで戦死したこともあり、また、戦死者の魂がナマナリとなって多数出現したため、ナマナリを倒し、同時に戦争の被害にあった亡者への渡河の祈りを捧げる巫術師の数は絶対的に不足していた。
 その間隙を縫うように、僅か5年足らずで白虎の国は三度(みたび)戦争を繰り返すこととなり、 開戦から約5年の時が流れても尚、戦況は膠着状態となり、徒に長期化の様相を呈し始めていた。
 
§  ヘテロクロミア  §
 青龍の国はかつて世界の中心と言われた元四大国のうちの一国であり、互いに国境を接していた四大国の中では東側に位置する国である。数百年前の戦争で北側に存在していた玄武の国は滅びて廃墟となり、南側に位置する朱雀の国は西側の白虎の国に併合されて、青龍の国は海を背にして約十年間に亘る戦争状態にある白虎の国に事実上取り囲まれる形となっていた。
  科学技術と魔導の力で玄武の国を滅ぼし、朱雀の国を併合した白虎の国は、魔導兵器部隊等の軍属以外の、非戦闘員である白虎の民は東側の国境から遠く離れた巨大地下施設に避難させ、驚異的な回復力を持つ朱雀の民を、朱い令状一枚のみで招集して最前線に配置したが、白虎の誇る強大な魔導兵器を以てしても、青龍の魔法攻撃と巫術師により召喚される霊龍に苦戦を強いられていた。 戦況が芳しくないことに苛立ちを隠せない総統府は、軍部からの圧力を受けて、白虎の国の科学者達に対し、かねてから秘密裏に進めていた禁断の研究に更に注力するよう命じることとなった。朱雀の民の驚異的な回復力と不老長命の秘密を解明して白虎の民を強化し、一方で魔導の力を人体に注入することで人工的に魔導師に改造するために、朱雀の民を捕らえては実験に供しており、仮に被験者が研究施設からの脱走を試みたとしても、その殆どは失敗に終わり、発見されれば復活再生の力が及ばぬように悉く首を刎ねて殺害された。
 
 青龍の国の東に広がる大海に浮かぶ無数の離島群にも青龍の民は集落を作って暮らしており、最前線である大陸からは遠く離れているために、戦争中であっても今はまだ比較的平穏な日常生活が続いていた。
それらの離島の一つであるツキ島の、海を見下ろす小高い丘の上に人影が二つ。一人は全身黒ずくめの装束に身を包んだ女性。漆黒の長い髪と赤い瞳が、彼女が魔術師であることを示していた。もう一人は茶色の髪の少女。右眼が赤色、左眼が翠色のヘテロクロミア(異色症)という極めて稀な眼を有しているのは、彼女が純粋な青龍の民ではなく混血児であることを物語っており、渡河の祈り等に使う巫杖を持っていることから巫術師であろうと思われるが、まだ幼さの残るあどけない顔立ちから見るに、修行中の巫術師の卵といったところだろうか。
 「本当に行ってしまうのね?ミチル。」
と魔術師の女性が言った。ミチルと呼ばれた少女は微笑んで頷き、
「ええ。もう決めたことだから。ごめんなさい、マユ。今まで10年間お世話になって、本当にありがとうございました。」
と深々と頭を下げた。
「やめてよ。そんな他人行儀な。今まで姉妹同然に育って来たのに。」
ぶるぶると頭(かぶり)を振って制するマユに、頭を上げたミチルは言った。
「伯父さんにも、伯母さんにも、お祖母さんにも、本当に良くしてもらったのに…。でも、わたしは特級巫術師イツキの娘だから、母のような巫術師になりたいの。大陸ではたくさんの戦死者や戦闘に巻き込まれた民の魂が迷っている。一人でも多くの魂を龍脈に還すために渡河の祈りを捧げなくちゃいけないのに、巫術師も戦闘に参加して次々亡くなってしまう。わたしはまだまだ駆け出しの巫術師だけど、こんなわたしにでも出来る事があるなら、少しでも役に立ちたいの。」
「ミチル…。」
マユにはそれ以上何と言葉をかけて良いのかわからなかった。
ミチルは、幼い頃からの二人の思い出の場所である、この丘から眺める海の景色を、旅立つ前にしかと心に焼き付けようと思い、マユと二人でやって来た。戦場へと赴けば、生きてこの地に戻り、再びこの景色を眺めることはもうないかもしれない。今日が見納めかもしれないと思うと拭っても拭っても涙が溢れて来て、しっかりと見ておかなくちゃと思うのに景色が滲んでよく見えなかった。
 二人は丘を下り海岸沿いの道を通って家に戻る途中、砂浜に倒れている少年を見つけた。
少年は気を失っているようだったが、二人が声を掛けて体を揺すったら目を開けた。
「う~ん、ここ、どこ?」
金髪で長身瘦躯の少年は朱雀の民らしかったが、その瞳はまるで眼前に広がる海に染まったように深い碧色だった。そして彼は一振りの刀を携えていた。その刀身は透き通った水色で光が当たるとキラキラと輝いて見えた。
「これは…レンの愛刀『漣(さざなみ)』⁉どうしてキミが持ってるの?」
それは5年前にマユの婚約者・レンが戦場へ向かう時に、マユがレンのために術式回路を組み込んで作った魔法刀『漣』であり、唯一無二の存在であって、決して他に同じものは存在しないはずだった。レンが死んでも手放すとは思えない愛刀を、何故この見ず知らずの朱雀の少年が持っているのか。戦地で行方知れずとなったレンは戦死したものと思われていたが、レンの愛刀『漣』を持っているこの少年なら、レンの消息について何かを知っているはずだった。
「う~ん、オレ、何にも覚えてないんだよね~。ここがどこなのかもわかんないし、どうやってここに来たのかも。そもそも、オレ、自分の名前もわかんなくて。」
少年の言葉に嘘はなさそうだったし、今は敵国白虎の支配下にある朱雀の民とはいえ、敵意は全く感じられなかった。
「まあいいわ。とにかく今夜泊まる場所もないんでしょ。家にいらっしゃい。話は家でゆっくり訊くわ。」
マユがそう言って先に歩き出した。
「キミ、良かったね。マユはああ見えて本当は優しいから。」
ミチルは微笑んで小声で少年に話しかけた。
「わたしはミチル。キミも呼び名がないと不便だから、何か仮の名前でもある方が良いよね?」
ミチルがそう言うと、マユは振り返りもせずに
「サク。今夜は朔の日(新月)だからサク。それで良いんじゃない?」
と言った。
「そうだね。それが良いよ。今からキミの名前はサク。本当の名前を思い出すまで、そう呼ぶね。」
とミチルがサクの顔を見上げて言った。
「サク、か。うん、悪くないかも。」
サクは屈託のない笑顔で素直に喜んだ。
 翌朝連絡船に乗るつもりでいたミチルだったが、季節外れの台風の影響で急に海が荒れ始め、収まるまでは連絡船は当分来そうになかった。大陸に渡るという決意は微動だにしなかったが、突然現れた謎の少年サクとマユの婚約者レンとの関係も気になったし、正直なところミチルは暫く島に留め置かれざるを得なくなったことに少し安心してもいた。何より初めて会ったはずのサクなのに、何故だかいつか何処かで会ったことがあるような気がして、それが気がかりでならなかったのである。しかし、そんなはずはなく、それはきっと彼と同じ朱雀の民であった父・ユヅルの面影を無意識に重ねているだけなのだろう、とミチルは考えた。彼と同じ絹糸のような金色の長い髪をした父の瞳の色はミチルの左眼と同じ翠色で、サクとは違っていたけれど、朱雀の民は皆中性的な美形であったので、他人の空似みたいなものに違いない、と思うことにした。
 「…それで、何か覚えていることはないの?どんな小さなことでも良いから。」
マユはサクに尋ねた。サクは腕組みをして、う~んと唸りながら、頭を捻っていたが、マユの方に向き直ると
「ダメだ。やっぱり何にも思い出せない。浜辺で気を失う前のことは全く分からない。」
と答えた。
「その刀のことは?その刀はあたしがある人に贈ったもので、同じものは絶対にないはずなの。」
マユがそう言うと、サクは漣を目の前に翳し、じっと見つめた。
「…オレは多分とっても大事なことを忘れてしまったんだ。恐らくオレは誰かに頼まれて、この刀をここに届けに来るはずだったんだ。この島に来たのも、マユに会えたのも、きっと偶然じゃなかったんだと思う。」
気丈なマユがぶるぶる震え、涙を浮かべた。生きていれば絶対にレンは漣を手放したりはしない。例え殺されても漣を奪われたりはしないはずだ。だとしたら、やはりレンはもうこの世には居ないということだろう。恐らくサクに漣を託したのはレンに違いない。
「そう。きっと、そうね。」
マユは俯いて肩を震わせて泣いていた。5年前に消息不明になったレンは戦死したのだと、いくらそう信じようとしても、今まではもしかしたら何処かで生きているのではと、一縷の望みを捨てきれずにいたのだが、ここにこうして漣だけが戻って来た以上、確実にレンは亡くなったのだという事実を眼前に突き付けられた気がした。マユはふらふらと立ち上がると、
「悪いけど、先に休ませてもらうわ。」
と力なく告げて自室へ戻って行った。
「あの…。」
と事態の飲み込めないサクは戸惑っていた。
「その刀、漣はマユの婚約者レンのものだったんだよ。マユは魔術師で、漣はマユが心を込めて作った、世界に一つしかない魔法刀で、戦地に赴くレンに贈ったら、レンはとても喜んで、『自分の命よりも大切にする』って約束したんだ。『何があっても絶対に手放さない。例え殺されてもこの刀は誰にも奪わせない』って。」
ミチルがそう語ると、サクはじっと漣を見つめて言った。
「そんなに大事なものだったんだ。なのに、どうしてオレは、そのことを忘れちゃったのかな…。きっとそのレンがオレに頼んだんだよね。『ツキ島のマユにこれを届けてくれ』って。なのに、オレ、どうしてレンのこと、忘れちゃったのかな…。」
サクはぽろぽろと涙を零した。ミチルはサクの肩に手を置いて言った。
「仕方ないよ。きっとどうにもならない事情があったんだと思う。サクのせいじゃないよ。サクは朱雀の民だよね。わたしは嵐が過ぎたら連絡船で大陸に渡るから一緒に行こう?それまではサクもここに泊まれば良いよ。そのうちにきっと何か思い出すんじゃないかな。」
「大陸に渡ってどうすんの?」
サクはきょとんとして尋ねた。
「わたしはまだ新米だけど巫術師なの。10年前戦争で亡くなった母も巫術師だったから、大陸で戦争に巻き込まれて亡くなった人の魂が迷わないようにお祈りしたり、迷った魂がナマナリになって人を襲わないように退治したりするつもり。御柱様になった父も朱雀の民だったから、何かサクのこと、ほっとけないんだよね。朱雀の地に戻れば、サクのこと知ってる人もいるかもしれないし、記憶も戻るかもしれない。だから途中まででも一緒に行こうよ。わたしも10年前までは大陸に居たんだけど、まだ幼かったからあんまり覚えてないんだよね。だから誰か一緒に居てくれると心強いんだ。」
「オレ、大陸のことも何にもわかんないけど、それでも良い?わかんない同士で。」
サクがそう言うと、ミチルは笑った。
「良いんじゃない?だって一人ぼっちは寂しいでしょ。二人ならきっと大丈夫。」
「そっかなあ。うん、そうかもな。」
サクも笑った。
 のろのろと進みの遅い台風が停滞していたせいで、一週間遅れて連絡船はやって来た。
出航時間までは少し時間があるが、ミチルは既にいつでも出発できるように準備を整えていたし、サクは元々身一つで特に荷物はなかった。マユが現れて、サクに漣を手渡した。
「マユ、これって、婚約者の形見、だよな?何で?」
サクは驚いて尋ねた。
「持って行きなさい。ミチルと一緒に大陸に行くんでしょ?ミチルの身に何かあったら、それを使ってミチルを護んなさい。」
「え?」
「その漣には水属性と氷属性の魔法の術式回路を組み込んであるから、斬れば追加効果で魔法が発動するわ。斬らなくても漣に向かって強く念じれば、魔法を放つことが出来る。キミが少々頼りなくても、漣が助けてくれるはず。」
「マユ、良いの?漣をサクに渡しちゃって。」
ミチルが尋ねるとマユは唇に薄い笑みを浮かべて
「良いのよ。あたしの代わりにミチルを護ってくれるなら。本当はあたしが一緒に居てミチルを護ってあげたいけど、家族やツキ島の皆を見捨てることはできないし、事情はわからないけど、レンがサクに漣を託したってことは、きっとレンはサクを信用していたってことだから。あたしが信じていたレンが、最期にサクを信じたなら、あたしもサクを信じる。レンもきっとそれを望んでると思う。」
と言った。サクはぐっと拳を握りしめて答えた。
「マユ、ありがとう。オレ、漣を大切にするよ。そして絶対にミチルを護るよ。」
「頼んだわよ。そして、キミも死なないで。またいつか、ツキ島へ戻って来てね。約束よ。」
マユがそう言うと、出航の準備が整った合図の汽笛が鳴った。サクとミチルは乗船し、連絡船は出航した。船上のミチルとサク、そして島に残ったマユは互いの姿が見えなくなるまで手を振っていた。
 ツキ島を出た連絡船は、他の島々を経由して大陸へと向かっていた。短い旅の間にミチルとサクは次第に心の距離を縮め、巫術師とその護衛でありながら、まるで昔からの友達同士のように親しくなって行った。連絡船が着いたのは青龍の国南東部の港で、そこから直接朱雀の地を目指すこともできたが、サクはミチルと共に旅を続けることに決めた。それはマユにミチルの護衛を頼まれたからでもあったが、サク自身がそれを望んだからでもあった。照れ隠しに
「ツキ島で助けてもらい、家に泊めてもらったお礼だ。」
と言いながら、記憶はなくても、白虎の支配下にある朱雀の地に戻ることを直感的に拒んだのであろう。それは、ミチルもサクも知る由もないが、彼の碧色の瞳が白虎による魔導実験の被験者であったことを物語っており、恐らく彼は白虎の研究機関からの数少ない脱走成功者の一人に違いなかったからである。
 「ミチルは大陸に着いたら何処へ行くのさ?」
サクが尋ねると、ミチルは
「青龍の首都ミヤツコへ行って、イザヨイ様という人に会うんだよ。イザヨイ様は前の戦争で母と一緒に戦ったことがあって、わたしのこともご存知だし、今は、上級巫術師という、青龍の巫術師たちを束ねる存在で、実質的に青龍軍の総指揮を執っている方なんだって。」
と答えた。
「そのイザヨイって人に会って、どうすんの?」
「わたしも最前線の西の国境で戦闘に参加する許可をもらうんだ。」
「そっか。何か面倒くさいんだな。」
「何処の誰かもわからない者が突然乱入しても混乱を招くだけだよ。イザヨイ様が全体の戦況を見定めて、皆に的確な指示を出されるんだから、それに従わないとね。」
「ふ~ん。」
戦時中でありながらも、離島で比較的穏やかに暮らしていたミチルよりも、記憶がないとはいえ、サクは更に浮世離れしている感じだった。戦場から消息を絶ったレンの最期に立ち会ったであろうと思われるサクは、今はまだ全く記憶を取り戻す気配がないが、もっと戦争が身近に感じられる場所に行けば、彼の記憶が戻る可能性もあるだろうとミチルは考えていた。
 ミチルは青龍の国の港から首都ミヤツコへ向かう途中の集落で、戦死者の魂を龍脈に還すために渡河の祈りを捧げた。巫杖を手にゆっくりと舞いながら哀調を帯びた古代言語の鎮魂歌を謡うと、碧翠色の粒子がその調べに合わせるように宙を舞い、昇華されて龍脈へと還り、静かに消えて行った。
戦場で力尽きた魂は傷つき壊れた肉体を捨て、故郷を目指して彷徨う。後悔や恨み、憎しみ、果たせなかった思いや心残り、それらに囚われた魂は龍脈には還れずに迷い、負の感情を遺して死した者の魂は迷ううちに濁り、やがて集まってナマナリと化して心を失い、人を襲う魔物になってしまう。ナマナリとなり果てた者の魂は最早龍脈に還ることは叶わず、倒すことで無に帰すより他に浄化の術はなかった。
 ミチルとサクが次の集落を目指して森を抜けようと通りかかった時、ガサゴソと音を立てて、繁みからナマナリが現れた。倒されれば自らの存在が消滅することを本能的に知っているナマナリは人を襲う。そして人が襲われて命を落とせば、新たなナマナリを生むことになりかねない。だが、ナマナリ戦闘能力も耐久力も遥かに人を凌駕しており、人がナマナリを倒すことは決して簡単なことではなかった。
「がるるる…。」
獣のような唸り声を上げて、全身を白い毛で覆われた、虎とも獅子ともつかぬような獣型のナマナリが二体、ミチルとサクを狙っていた。鋭い牙の生えた大きな口からはだらだらと涎を垂らし、それぞれが途中から二つに裂けたように分岐した、狐のように太い尾を闘気の昂ぶりからかぶるんぶるんと激しく振っている。
サクは刀身を顔の前にして漣を両手で握り、じっと念を込めてから、薙ぎ払うような仕草で大きく刀を振るった。
すると、それぞれのナマナリの足元から突き上げるような冷気が噴出し、白毛は霜が降りたように凍った。ナマナリの怯んだ隙にサクは一体に駆け寄り、漣を振りかざしつつ飛び上がって斬りつけた。その切り口から棘のような尖った氷が現れ、斬られたナマナリはぎゃーっと悲鳴のような叫び声と共に崩れ落ちた。その体が崩壊し、碧翠色の粒子となって空中に舞う間にも、もう一体は狂ったように激しく首と尾を振り、更に大きな唸り声を上げて二人を威嚇して来た。
「ミチル!」
サクは体勢を立て直し、振り返ると、ミチルは両手で巫杖を水平に持ち、古代言語で召喚魔法を詠唱すると、右手で巫杖を高く天空に向かって突き上げた。その刹那、突如現れた光り輝く叢雲(むらくも)の間から、身をくねらせるようにして紅色に輝く霊龍が顕現した。霊龍は金属音のような高い音と共に口から眩い光線を吐き出し、瞬く間にナマナリは光線に身を焼かれて消滅した。ナマナリであったものは既に碧翠色の粒子となって拡散し、霊龍と叢雲は幻のように消えてしまっていた。
「サク、大丈夫?」
呆気に取られていたサクはミチルの声で我に返った。ミチルは既にナマナリであった魂の欠片たちを浄化し、碧翠色の粒子が天に向かって浮遊しながら徐々に消滅してゆくところだった。
「あれ、何?あのでかい、赤い龍みたいなやつ。」
腰を抜かさんばかりに驚いていたサクに、ミチルは微笑みながら答えた。
「青龍の巫術師は、龍脈に眠る霊龍を召喚できるんだよ。」
「へええ、凄いんだな、巫術師って。ミチルはまだ新米だって言ってたのに…。」
サクはまだ目の前で起こったことが現実だとは信じがたい様子だった。
「うん、でもね、あの紅龍は特別なの。わたしの父だから…もう人だった頃のことは何も覚えてないはずだけど…わたしが呼べば必ず来てくれるの。サクに会う前に、わたしが一人で大陸に行くって決めた時、あの心配性のマユが何とか認めてくれたのは、『わたしには紅龍がついてるから大丈夫』って説得したから。それでも心配だったんだろうね。だから、サクに漣を渡して、わたしを護ってって頼んだんだと思う。」
ミチルの話はサクにはあまり理解できなかった。
 ミチルは次の集落での渡河の祈りを終え、謝礼代わりに宿と食事を用意してくれた集落の人々の好意を無駄にせぬよう、二人はその夜は集落に留まることにした。
「何で親父さんは龍になったんだ?」
サクはずっと気になっていたことを素直にミチルに尋ねたが、すぐに思い直して言った。
「あ、もしかして、訊いちゃいけなかった、かな?」
一瞬時が止まったかのような沈黙の後、ミチルはふっと優しい笑顔で答えた。
「ううん、大丈夫。」
「なら、良いけど…。話したくなかったら、無理には訊かないよ。」
「平気。何もやましいことじゃないし、青龍の民は皆知ってることだから。」
ミチルは膝の上に置いた自分の手元に視線を落とし、語り始めた。
「サクは青龍の民でもないし、記憶を失っているから、知らないかもしれないけど、青龍の国と白虎の国は昔から何度も戦争をしていた。わたしの母は巫術師として、召喚した霊龍と一緒に白虎の国と戦ってた。そして白虎の国から逃げて来た朱雀の民を助けた。それがわたしの父だった。二人は恋に落ちて結婚を望んだけど、母の家族に反対されて、一旦は家を捨て、故郷のツキ島を捨てた。二人が結ばれて生まれたわたしは、黒髪で赤い瞳の母と、金髪で翠色の瞳の父の両方の特徴を受け継いだ青龍と朱雀の混血児だから、瞳の色が左右で違うの。戦争がますます激しくなった10年前、父と母はわたしをツキ島の家族に預けようとしたけど、頑固な伯父はなかなか許してくれなかった。それでも、国のために命を捧げると決めた父と母の覚悟を聞いて、伯母と祖母が伯父を説得してくれた。祖母も巫術師だったし、伯母も従姉のマユと同じ魔術師だったから、巫術師である母の気持ちは理解できるってね。そして母は特級巫術師しかできない特殊召喚で、父を霊龍に変えた。青龍の守護神である霊龍は普通は青い色をしてるんだけど、父が朱雀の民だったからか、父の霊龍だけは赤い色で、紅龍と呼ばれるようになったんだって。」
「ええと、それってどういうこと?」
「つまりね、父の体から生きたまま魂を抜き取るということよ。」
「ますますわからねえ。」
「霊龍というのは、生きたまま身体(からだ)から抜き取った魂の化身なの。魂を抜き取られた人は御柱様(おんはしらさま)と呼ばれて、神様みたいに扱われるけど、半死半生のまま、再び身体に戻ることも、龍脈に戻って安らぐことも、新たな体を得て転生することもできない。霊龍になってしまったら、段々人だった頃の記憶も意識もなくなって、ただ召喚されて戦うか、戦いがなければ龍脈の中で霊龍の姿のまま永遠に眠り続けることになる。だから父の魂は紅龍となって生きながら死んでいるのと同じ。」
「何か残酷だな。で、母さんはどうなった?」
「特殊召喚には、とんでもなく魔力が必要とされるから特級巫術師にしかできない。命も魂も全て魔力に変えなければ特殊召喚は完成しない。だから母は自分の全てを捧げて、父を紅龍に変えた。母の魂は龍脈に還ることなく、全て消滅してしまったの。」
淡々と語るミチルに対して、サクは号泣していた。
「何でだよぉ?まだ小さい子供がいるのに、両親がいなくなるなんて、酷いよ。あんまりだよ。」
ミチルはサクを慰めるように肩に手を置いて続けた。
「うん、そうだよね。でもね、そのおかげで、青龍の国は白虎の国に勝てた。父と母は青龍の国を救った。皆が父と母を讃えてくれた。父と母は、わたしだけじゃなく、全ての人の未来のために、戦ったんだよ。青龍の民だけじゃない。白虎の民にだって、家族がいるだろうし、朱雀の民にだって。戦争を終わらせることは、皆の幸せな未来のため…だったんだ。だからわたしは、父と母がいなくなるのは悲しいけど、人のためになる立派なことをするためなんだから、それでいいんだと思ってた。」
泣きじゃくりながらミチルの顔を見つめてサクは言った。
「じゃあ何故、また戦争をしてるのさ?ミチルの両親が命がけで戦争を終わらせたのに、どうして今もまだ戦争は続いてるんだよ?」
「本当だね。レンだって、戦争がなかったら、マユと結婚してツキ島で幸せに暮らしていたはずなのにね。」
そう言うと、ミチルも黙り込んでしまい、サクはまだ啜り泣いていた。
 翌朝からもミチルとサクの旅は続いていた。ミチルが渡河の祈りを捧げ、ナマナリが出れば二人で戦った。そして徐々に首都ミヤツコに近づくほどに、鎮魂の儀式を待ち望む迷える死者の魂の数も、迷える魂のなれの果てであるナマナリの数も増えて、二人の戦闘能力の成長を上回るかと思えるほどに、ナマナリの戦闘能力も耐久力も上昇しつつあった。
 きっと西の国境付近では、ナマナリではなく白虎の魔導戦士や魔導兵器と戦わねばならないだろう。生身の兵士とも戦わねばならない時が来るかもしれない。そうなった時、自分は敵兵を殺すことが出来るのだろうか。生きている人間を、この手で殺めるのだと思うと、恐ろしい気がする。それは例え召喚した紅龍が殺したとしても、それを命じたのは他ならぬ自分なのだ。覚悟を決めたつもりだったが、首都ミヤツコに近づけば近づくほど不安が募り、決意が揺らいでくる。ここから逃げ出してツキ島に戻ったところで、戦争が激しくなれば、ツキ島の民もいつまで無事でいられるか。危険が迫れば、マユも魔術師として戦うだろう。逃げてはいけない。
 そんなことをミチルは頭の中で常に考えていたので、戦闘では別人のように頼もしい姿を見せるのに、日常では無邪気な子供のように天真爛漫なサクの存在はミチルにとっての癒しとなった。逞しさと可愛らしさの落差に最初は戸惑いながら、時を重ねる毎にサクに寄せる好意が、恋愛感情へと移行しつつあることに、ミチルはまだこの時は無自覚だった。
 
§ 上級巫術師・イザヨイ §
 青龍の国の首都・ミヤツコは離島群を除く大陸部の国土の中では中央よりもやや北東寄りに位置し、太古の昔青龍の国を統べた巫の居城・守羅院(しゅらいん)を現在の青龍軍の本陣と定め、上級巫術師・イザヨイが総指揮を執っていた。イザヨイは特級巫術師イツキに次ぐ実力を認められ、巫術師の中でも特に優秀な者にしか名乗ることを許されない上級巫術師の名を冠する事実上最高位の巫術師であった。
 守羅院の門前で警備に当たっていた二人の青龍兵士は、近づいてくる若い男女を威嚇するように槍を向け、
「何処へ行くつもりだ?お前たちは何者だ?」
「朱雀の民がこの守羅院に何用か?」
と尋ねた。
ミチルは、今にも警備兵に食ってかかりそうなサクを制して、深々と頭を垂れた。
「わたしはツキ島より参りました巫術師・ミチルと申します。連れの者は朱雀の民ですが、故有ってわたしの護衛として旅に同行してくれた者。決して怪しい者ではございません。わたしは何度もイザヨイ様宛にお手紙を差し上げて参りました。是非ともお目通りをお願い致したく、どうかお取次ぎ下さいませ。」
そう言って顔を上げると、警備兵の一人がミチルの瞳を見て、はっと息を飲んだ。
「ツキ島から来られたと?もしやあなたはイツキ様の…。」
「はい、特級巫術師イツキと、紅龍の御柱様ユヅルの娘、ミチルでございます。」
ミチルがそう言うと警備兵たちは一歩下がって槍を引いた。
「救国の英雄・青龍の救世主(アギト)の…、お、お、お待ち下さい。」
警備兵の一人がそう言って、もう一人に合図すると、相手は頷いて慌てた様子で門の中に消えた。
「へええ、凄いなあ。ミチルの親って、本当に凄い人だったんだな。」
サクがぼそっと呟くと、ミチルは照れたように少し頬を染めて笑った。
 伝令からミチルの来訪を聞いたイザヨイから謁見の許可が出て、ミチルとサクは守羅院の中へと案内された。
奥の大きな扉を開けると、大広間のような部屋の奥の、中央の玉座でイザヨイは待っていた。イザヨイは長い黒髪を頭頂より少し後ろで束ね、右眼を覆う黒い眼帯を長い前髪で隠していたが、左眼の紅い瞳は眼光鋭く、射るような視線が二人を捉えていた。
 「ミチル殿。遠路遥々、ご苦労でした。何度もそなたより手紙はもろうていたが、多忙のため返事を書くこともままならず、非礼をお許しあれ。」
その言葉には、何とも言われぬような圧が込められていた。
「こちらこそ、お忙しいのに申し訳ありませんでした。本日はお目通りをお許し下さりありがとうございます。」
ミチルは深々と礼をした。それを見て、サクも真似て頭を下げた。
「ほう、朱雀の民か。血は争えないと見える。そなたの母、イツキ殿は我が先達。幾度も戦場で共に戦うて来た間柄で、イツキ殿がそなたの父上と出会うた時にも、わたくしは共に居た。『彼は命がけで白虎から逃れて来たのだから、わたしたちが救わねばなりません』と言うたのはイツキ殿であった。そしてイツキ殿は特殊召喚を決意した時、ミチル殿を故郷のツキ島に置いて戦場に赴くと、特殊召喚の前にわたくしの手を取り、『後は頼みます』と言われた。」
ミチルは視線を落とし、じっとイザヨイの言葉を聴いていた。
「そなたも戦場を目指すのか。後方支援として、渡河の祈りを捧げ、ナマナリを昇華させることも立派な巫術師としての使命ではないか。それとも、母御のように、その朱雀の民を御柱様として特殊召喚を行うつもりか?実際そなたにそれほどの経験と技量があるのなら、だが?」
サクは冷笑を浮かべたイザヨイのことを、底意地の悪そうなおばさんだと思ったが、それを口に出してしまうと、おそらくミチルが困るのだろうと思ってぐっと飲み込んだ。
「いいえ、わたしはまだまだ未熟者で、特殊召喚は出来ません。でも、紅龍を召喚して戦うことは出来ます。そして彼は魔術師であるわたしの従姉から託された魔法刀の使い手です。ここまでの道中もずっと共にナマナリと戦って来ました。彼と共に青龍の国と民を救うために精一杯戦いたいと思っています。」
ミチルが訴えると、イザヨイはふっと笑った。
「あいわかった。そなたが生半可な気持ちでここまで来たのではないことだけは間違いなかろう。本当に覚悟があるのなら、最前線へ向かえ。ちょうど明日最前線出発する部隊がここ守羅院に待機しておる。そなたも共に行くがよい。隊長のスバルにはわたくしから話を通しておく。」
「ありがとうございます!!」
ミチルは勢い良く頭を下げた。それを見てサクも慌てて真似をした。
「ミチル殿、必ず無事に戻られよ。でないとわたくしはイツキ殿に合わす顔がない。」
「はいっ、必ず!」
力強く答えるミチルに頷いたイザヨイは、初めてサクに声を掛けた。
「朱雀の若輩よ、ミチル殿を頼んだぞ。護衛を努めると定めたのなら、己の命に代えても必ずミチル殿を護り切れ。」
「お、おう。…いや、あの、はい。必ず。」
戸惑いながらサクが答えると、イザヨイは玉座から立ち上がり、後方の扉から退出した。
「何かよくわからないけど、良かったな。ミチル。」
サクがミチルの肩を叩くと、ミチルは力強く頷いた。
「うん、そうだね。ありがとう。」
二人は翌朝西方の国境に近い最前線へ向かって旅立つスバル隊に合流することとなった。
(②へつづく)
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