終章 未来へ
壮絶な光と闇の「神獣(ディヴィスティア)」の闘いは、全て神々の描いた筋書きであり、終焉へと向かう光の世界に対して、光の世界を終わらせるべく、光と闇の「器(ヴェセル)」を操り、闘わせることで、光が勝てば光の世界は残るが、闇が勝てば光の世界は闇に消滅するというものだった。例え光の世界が残っても、このまま何も変わらなければ、滅亡への一本道を加速して行くだけだとしても。
二柱の神はその傀儡である神獣の器同士を闘わせることで星の未来を占おうとしていた。どちらが勝っても負けても器たる二つの魂は永遠に消滅すると知りながら。
そして世界が闇に飲まれても、残された光の世界が自滅したとしても、いつかは『新たなる創世・パリンジェネシス』が発動される。その瞬間が訪れるのが先へ延ばされただけで、遅かれ早かれ世界の終末の時は来るとしても。
ラニットの勝利で死人(しびと・ルヴナン)の姿に戻った闇の神獣メフィステレスの器・アルベルトは碧翠色の粒子・ルスとなって分解・消滅した。力尽きて元の姿に戻り、倒れた光の神獣・タブリュスの器・ラニットに駆け寄り抱き起す婚約者のアルマティだったが、ラニットもまた、末端から碧翠色の光の粒子・ルスとなって風に舞い、消滅して行く。
「アマルティ、この世界で二人で生きることは出来なくても、君の居るこの世界は僕が命がけで護り抜いた。後のことは頼む。この世界を…。」と言いかけたまま消えたラニットの遺志を継いで、アマルティはこの世界を救うことを固く誓った。
ラニットを失った後、アマルティは単身神殿に赴き光の神アルブと対話した。
「光の神アルブよ。どうか私、光の巫女の声をお聞き届け下さい。私たちは皆懸命にもがいています。どんなに差別に歪み、欲望で穢れていようと、私たちは私たちの生きるこの世界を愛しています。私は民衆に対して、「『星の命』への依存を止めることでこの世界を存続できる未来を模索しよう」と説くつもりでいます。「運命に抗い、神託ではなく人々が独自の未来を紡ぐ道を歩もう。魔石(ライストン)に依存した疑似魔法(メギカ)や、蛮族(バルバリアン)の生得魔法(マギカ)を搾取すること、神獣に頼ることを止め、誰もが自分の生きたいように生きる道を、万人が平等で平和に暮らせる世界を作ろう」と訴えようと思います。私たちは『豊かさ・便利さの呪縛か、混迷の中から生まれる自由か』を選ばねばならない時に来ていることを知っています。今までは見えないふり、聞こえないふりを続けて来ましたが、このまま何も変わらなければ、幾度も同じ過ちを繰り返し、果てしない時の彼方で、再び悲劇が繰り返されるだけだと、今になってやっと気づくことが出来ました。私たちは神々の玩具ではありません。私たちは自分たちの意志でこの世界を作り、支えていこうと思っています。もう私たちには神は必要ありません。『星の命』への依存を止め、魔法を捨てて私たちの力のみで未来を築きます。」
と決意表明すると、幼い姿のアルブは一瞬だけ驚いたように目を見開いた後、目を細めてふっと寂しく微笑んだ。
「そう、じゃあわたしはアトルと共に長い眠りにつくことにしましょう。次にわたしたちが目覚めた時に、世界はどうなっているか、楽しみにしながら。」
とアトルと共に沈黙し眠りに就くことにした。
世界の存亡に関わる戦いに勝利し、救世主となったアンスロポス王国新国王ラニットが神獣タブリュスと共に消滅したことによって、ラニットの遺体すら残されていなかったが、ラニット国王の逝去を悼む国葬が開かれ、各小国の貴族たちが一同に会する中、各小国の主要な貴族たち(主に旧五属性の国を領土とする五大諸侯)は、王座の継承に関する神託が五大諸侯に降りることに期待していた。巫女のアマルティはラニット国王の婚約者ではあったが、前国王の服喪期間中のため、正式な婚姻の儀式は行われておらず、王妃とは認められていなかった。また、アマルティには懐妊の兆候もなかったので、アンスロポス王族の血脈も途絶えることとなったからである。
北方を領土とするノルド卿は、
「この中から次の国王が選ばれるかもしれませんぞ。」
と隣り合う四人の諸侯に囁いた。
西方を領土とするヴェスト卿は、
「まさか巫女自ら王位を主張することはないでしょうが、亡き王の婚約者として何事か物申す可能性は否定できませんな。」
と言った。
東方を領土とするオスト卿は、
「よもやとは思うが、既に懐妊してたりはしまいか。婚儀はまだで、懐妊の兆候はないとは言うが、元より二人は恋仲で親密であったのなら、婚約前から深い関係であったとしても何等不思議ではない。」
と下司の勘ぐりめいたことを言った。
南方を領土とするズゥード卿は、
「そんなことよりも、この混乱につけこんで、隣国から攻められはしまいかという方が心配ではありませんか?既に各地で小規模な衝突が始まっているとも耳にしますぞ。」
と不安気に言った。
中央を領土とし、五大諸侯を束ねる立場のツェントルム卿は、
「然様(さよう)。早く次の王を決めて体制を立て直さねば滅ぼされるやもしれん。それには我ら五大諸侯が主となって王国を支えねばなりませぬ。そのためにも我ら五大諸侯から次の王が選ばれることが最善の策だと思いますがね。」
と言いつつ、
(その役目は五大諸侯の頭たる自分こそ相応しい)
と思っているようであり、他の四人の諸侯からは、
「とは言え、神託が下りぬことには、どうにもなりませんからな。」
「確かに、我らには決める権限はありませぬ故。」
などと、抜け駆けされてなるものかとばかりに、口々に釘を刺されていた。
そんな貴族たちの前に純白の死装束のアマルティが現れると、緊張のあまり冷水を浴びせられたように彼らは沈黙した。
アマルティのその姿は死者であるラニットとの婚礼衣裳の代わりであり、生涯ラニットだけを愛し続けるという固い決意の表明であったからだ。
「ご列席の皆様にお伝えしたいことがあります。ご存知の通り、ラニット国王陛下は、御自身と引き換えにこの世界を救うという、見事なご覚悟で先の神獣決戦に臨まれました。私は生前の陛下に、陛下の身罷(みまか)られた後のこの世界を護るために生涯を捧げるとお約束しました。」
貴族たちは動揺して互いに顔を見合せ、
(もしやアマルティ自らこの国を統べる腹積もりなのでは)
と不安げな様子ではあったが、アマルティの凛然とした言葉に気圧されて、言葉を差し挟むことも出来ず、ただ耳を傾けていた。
「私は光の神アルブと対話をして来ました。太古の昔、今は蛮族と呼ばれ、貶められている魔術師(マギア)の時代から、私たちは互いに争い、いくつもの過ちを重ねて来ましたが、今『星の命』や『大魔石(クエレ)』は枯渇し、疲弊しています。魔導技術による疑似魔法の恩恵の下に、豊かで便利な生活のために私たちは『星の命』を削り続けているのです。魔石の代替として魔術師を酷使して非道に扱い苦しめてもいます。全ては魔法に依存してきたことの結果です。そして神は世界の再創世(パリンジェネシス)を試みようと、神獣決戦を行わせました。私はアルブ神に『私たちは神々の玩具ではない。もう私たちに神は必要ない。』と訴えました。魔法がなくなれば、今のような豊かで便利な生活は保証されません。火を起こすのも、水を汲むのも、土を耕すのも全て、私たち自身の力と工夫で行わねばなりません。そうなれば辛く苦しい未来が待っているかも知れません。それでも、私たちは私たち自身の手で、私たち自身の力で未来を切り開いて行くべきです。そのためには、全ての民が力を合わせて共に生きることが必要なのです。上も下もない、万民が自由で平等な世界を私たちの手で作りあげるのです。簡単なことではないでしょう。でも反省も改善もなく、このまま突き進んで行く世界に未来はありません。アルブ神とアトル神は眠りにつきました。これからは神の手を離れて、私たちがこの世界を護って行くのです。アンスロポス王国はなくなります。王国領の各国も、隣国ロイテンドルフ共和国も、皆手を取り合って共に生きる仲間、同士となるのです。」
魔法は魔石由来のため、魔力の枯渇に目を瞑り、問題を先送りして、生得魔法が使える蛮族の奴隷を酷使して使い捨てようとしていたアストロポス王国に対し、反旗を翻し独立したロイテンドルフ共和国は「魔術師に対する非道的な扱いはいけない」とし、「多民族が平和で平等な世界を目指す」としていたので、アマルティは、まずは王国民の意識を変え、共和国民と同調する路線を決めた。
最初は便利で豊かな魔法のある生活を失いたくないと反発する民衆だったが、アマルティが
「『星の命』はもう枯渇しかけています。このままだと世界が終わってしまうのです。私はラニット王がご自身を犠牲にしてまで護った、彼の愛したこの世界を護って行きたいのです。皆さんも一緒に世界を護って行きましょう。」
と繰り返し訴えると、いつしか徐々に彼女に賛同する者たちが増えて、神獣も神託も魔法もない世界が創られて行った。
器となった者たちは自らの望む時、望む場所で死ぬことすら許されなかったが、その宿命により護られ残された者たちが目指す世界は、魔術師も非術師も関係なく、誰もが自分の望む場所で生きられる、万人が平等な世界であり、魔法を捨てて、自分たちの知恵と力と工夫によって、額に汗して働き、築く新しい世界であった。魔導エネルギーの恩恵によって齎(もたら)された偽りの繁栄のために、欲に塗(まみ)れ争い続けた歴史からの反省を胸に、力強く生き抜くと誓った民衆により、旧アストロポス王国は解体され、新生ロイテンドルフ共和国として生まれ変わり、魔法がなくても科学技術の発達により、身近な道具から器具、機械へと改良され、皆が互いに協力し、助け合って生きる世界が生まれたのである。
そして、アルブとアトルは長く深い眠りに就き、『星の命』は民を見守り続け、民が道を誤りそうになれば、世界の再創世のために二柱の双生児の神を目覚めさせることだろう。
かつて存在した世界が幾度となく再創世を繰り返して来たように、「今度こそは」と、この星を統べる生物が、世界が永続する道を見つけられることを期待しても、いつか必ず同じような過ちを繰り返す。この負の螺旋をいつか断ち切ってくれるものが現れることを、『星の命』はまだ、諦めてはいない。
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