ノーブル・ノーズの花の穴

麗しき本音のつぶや記
~月に1度ブログ~

私のハートを取り出して

2007-02-22 13:41:04 | 

わかってね

気づいてね

今でも あなたが 好きよ


まるで 心臓を 取り出したような

大きくて 赤い ハートのネックレス

あなたに 会える日だけ つけていくから


離れていく あなたに

たった1つの メッセージ


あなたと 話せない

私の 苦しい気持ち


もう やれる事は すべて やったわ

私の恋は 

「野」になったの 「山」になったの
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バビブへGO!!

2007-02-22 13:06:21 | 映画


職場で、大嫌いな女と、仕事でからんだ。
偉そうな口のきき方。
もう近寄らないでほしい。

バレンタインデーだっていうのに

今日は、いないんだよな~と思っていたら、いた!
会議で残っていたらしい。
ちょっとラッキー。
でも、あげない。女同士で食べ合った。

嫌いな女と、あげられないチョコのせいで、
テンション下がったまま、映画を観に行く。

「バブルへGO!!」

戻れなかったよ、1990年。
思ったより、時代そのものを楽しめなかった。
「私をスキーに連れてって」が大好きで、ホイチョイ・プロダクションズに、期待し過ぎていた。

薬師丸ひろ子は、今でも可愛い。
広末涼子は、可愛いだけ。(この違いわかる?)

眉を太くした飯島愛だけが、リアルで面白かった。

「バブル崩壊を阻止する」というテーマではない方が、良かった気がする。
「携帯」の扱い方は面白かったが、料亭での密談はドタバタ過ぎて、かえってシラけた。

でも、昔の事を思い出すキッカケにはなった。
今から思うと、あの頃のメイクやファッションは派手だったけれど、
「女」である事に、エネルギッシュだった気がする。

最近、洋服屋に置いてある、個性的なアクセサリーを見るのにハマっている。
いくつになっても、飾りたてたい。

「あなたへGO!!」って恋していたい。
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哀歌に殺られた「愛の流刑地」

2007-02-22 10:46:54 | 映画


その手で その手で 私を 汚して
何度も 何度も 私を壊して

ストレートな情念とエロチシズムを歌いながらも、
平井堅の高音は、それを透明な魂のエクスタシーに浄化させた。

アレンジもオーソドックス。
チャイムのような高音が刻む、リズムが美しい。
それでいて、ピアノの低い一音で、地獄に落ちたかのように終わる。

これぞ王道の書き下ろし。
本来、主題歌はこうでなくちゃ。

今まで映画のエンディングで、釘づけになった事はあったが、
先に主題歌を聴いて、映画を観たくなったのは初めて。

この病に名前があれば 楽になれる

恋=病。 この使い古された図式に、改めて涙が出た。
例えそれが一過性の「幻想」で、いずれ冷めるとわかっていても、
死ななければ消えない恋の炎。

映画、観てみようか。
他の人のエントリーをいくつか読んでみたら、あまり極端な評価がなく、
かえってそれが私を迷わせた。
ところがコメントをつけてみると、ずっとハッキリした意見をうかがう事ができ、
私は背中を押された。
今度からエントリーそのものより、コメントのやりとりを参考にしようと思う。

映画は「哀歌」に及ばず

役者のせいと言うより、脇役のキャスティング、セリフ、演出が不自然だったように思う。

陣内さんのしゃべり方は、この作品にはうっとうしい。

検事のハセキョーに、あんな露出した服やエピソードはいらない。
ボイスレコーダーの録音をおこしている時のメガネの方が、よっぽどセクシーだ。
淡々と尋問させるなら、あのメガネと堅いスーツの方が良かった。

最悪なのは高子の面会。セリフに無理があり過ぎ。
あんな事言う娘はいない。興ざめだ。

冒頭で結果がわかっていて、回想していくパターンって、
現在と過去が交互に出てくるたびに、集中力が寸断されてしまうんだよね。
あれでは、菊治は本当に冬香を愛していたのかよくわからないし、
冬香が死にたいと思う理由も稀薄だ。

「私は忙しいんだ!」

いったいこれは誰の為の証言なんだ?(笑)
まるで言い訳のような、冬香の夫のこの言葉に、つい失笑してしまった。
だけど、とてもリアルで良かった。
彼にとっては、妻の「死」そのものよりも、
他の男に寝取られたあげく、殺されてしまった事が、
自分の責任であるかのように、さらされるのが屈辱なのだ。
そうだよね。何も死ななくたって…。

法廷シーンまでは、誰が演じていたのか、よくわからなかったメガネのサラリーマンが、
仲村トオルだと知った時、彼だけが脇役として成功していると思った。

菊治と冬香の「虚無と熱情」

菊治と冬香は、愛し合っているようで、お互いの本当の姿を見ていない。

レビューでは、「冬香がどんどん綺麗になっていく」とあったが、
私は、菊治と初めて会った時の冬香の、
「まるっきり片想い」みたいな顔が、初々しくて良かった。
じょうろで水をまいている寺島さんは、黒のワンピースがとても似合っていた。

冬香にとっては、憧れの作家先生との恋。
最初は非日常で楽しかったと思う。
メールや、京都での2時間あまりの密会も、スリリングで良かった。
非日常は、まだ非日常でありえた。

ところが、箱根のホテルで食事の時、
「今まで生きてきた中で、今日が一番幸せ。もう死んでもいいくらい。」
こんな事を口走るようでは、もうおしまいだ。
これはもう、非日常のピークと言える。
後は落ちていくだけと予感させる。

れ冬は 純文学の犠牲となった

明け方に「欲しい」と言われた菊治は、時計を見ている。
何て無粋な男だろう。
「まだ眠い。」と言われた方がマシだ。
そう言ってくれれば、冬香だって死なずにすんだものを。

あえぎ声を録音するなんて、トヨエツじゃなかったらドン引きだ。(笑)
それを元に小説を書くのか?
それならやはり、菊治にとってこの恋は、文学の材料でしかない。
冬香はまんまと「純文学の中の女」にされてしまった。

「文を書く事と恋は両立する。」

この言葉通り、離婚している菊治には、何の足枷もないはずだ。
「殺して。」と言われて殺す理由はない。

ところが冬香は違う。
横浜で近所に住んでしまった事が災いした。
頻繁に会う事で、非日常と日常が逆転してしまった。
天に舞い上がって降りて来られなくなった冬香の中ではもう、

「人妻である事と恋は両立しない。」

冬香はこの恋を、単なる人生のスパイスにはできなかった。

「死」の予感

「こんなに綺麗に化粧をして、いったいどこへ…。」

2人の愛の営みに何の感動もなかった私が、
母親の口から語られた、この冬香の「無意識」にだけ涙を流した。
誰だって好きな男の前では、1番綺麗な自分でいたいよね。

エンディングは、2人の温度差をハッキリ示していた。

おわら節を踊る冬香は、ゾッとするほど美しく、その白い着物は「死」を感じさせた。
その時初めて、冬香がこの恋に命をかけていた事が伝わってきた。

それに比べ、無邪気な笑顔で走る菊治は、まるで夢見る子供のようだった。
もともと作家は、虚構の世界に生きる事に慣れている。

「あなたは、死にたくなるほど、人を愛した事があるんですか!」と叫ばれたら、
「私は、生きていく為に、人を好きになります!」と言い返してやる。

「純文学な女」になる

それでも「哀歌」と寺島さんのおかげで、
そんなに綺麗じゃなくても(むしろ美し過ぎるとあざとい)
色気と慎ましさ、そして内に秘めた激しさがあれば、
「純文学な女」になれるのだなと思わせてくれた。

私が鑑賞後、「純文学な女」を気取り始めたのは言うまでもない。
妄想する私は、菊治と同類なのである。(笑)

この手で この手で あなたを 汚して
何度も 何度も あなたに溺れて
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