~このお話は、ばあさんの夢と妄想によるフィクションです。~
のどかな田園風景の落柿舎や二尊院を過ぎ10分ほど歩くと、
しっとりとした奥嵯峨の佇まいになる。
竹林の中にひっそりとある、と言いたいところだが、
今では人気スポットになってしまった祇王寺、それにくらべると
すぐ隣の石段を登ったところにある滝口寺は訪れる人も少ない。
緑に囲まれ、こじんまりした佇まいがなんともいいお寺だった。
念仏房良鎮(法然の弟子)によって創建された往生院の子院、三宝寺の旧跡
本尊は阿弥陀如来。平家物語ゆかりの地。
「滝口寺について200字以内でのべよ!
名前の由来、関連する歴史小説の作者、ヒロイン名…
あと…他にキーワードありましたぁ?思い浮かばないなぁ。」と私が言うと
「歌人である佐々木信綱が高山樗牛作「滝口入道」から名付けた。
ヒロインは横笛、滝口入道とは平重盛に仕えていた斉藤時頼、
横笛は建礼門院に仕えていたのかな?
あとは、新田義貞の首塚がある。
私が見たかったのは、じつはこの首塚なんです。」
「すご~い!完璧ですね。実力はとっくに1級!」
「いやいや、昨日、下調べしてきたからです。
それに、『樗牛』はきっと漢字書けないかも!
今日こそはそれぞれ見落とさないようにしないとね。」
参道脇に、横笛がここを訪れた際に
指を切った血で書いたという歌石があった。
苔むした石は、愛する人に逢ってもらえない横笛の嘆きが聞こえるようにも思える。
石段を上ると滝口と横笛の木像が祀られている本堂がある。
往生院の遺物で玉眼。今は二人仲良く並んでお祀りされていた。
本堂から庭を眺めると、竹林の前に平家一門の供養塔があり、
また、奥の竹林には、平重盛を祀った「小松堂」がひっそりとあった。
愛し合いながらも身分の違いで愛を貫徹できなかった
横笛と滝口入道の悲恋は胸に迫ったが、
どちらからもなんとなく、「男女の愛」について切り出すことができないまま、
私たちは、無言のままあちこち写真を撮ったり眺めたりになった。
表門のすぐ奥に新田義貞の首塚があった。
「鎌倉幕府倒幕の立役者というこの首塚が見てみたかったのです。
足利尊氏との戦いで敗れ、新田義貞の首は三条河原で晒しものにされたらしい。
それを妻の勾当内侍(こうとうのないし)がここに埋葬したとか?
あっ!こっちが、勾当内侍の供養塔ですね。」
私の脳裏に大河ドラマ「太平記」で新田義貞を演じた俳優の姿が浮かんだ。
「やはり男性とは視点が違いますね。
女性はどうしても横笛の悲恋話に興味がいきますが
男性は歴史的史実の方に興味を覚えるんですね。
ここに、入道と横笛の他にも、
新田義貞と妻の悲しい歴史があったとは知りませんでした。」
私たちは、しばらく無言で首塚の前にたたずみ、
手を合わせて、遠い昔に想いを馳せた。