真説・弥勒浄土      

道すなわち真理の奇蹟

十大願~四、退縮不前:退歩して進まず

2023-10-31 18:10:33 | 十大願

退歩即墜陥穽中 退歩せば即ち陥穽(かんせい)の中に堕(お)ち

縮念莫忘自心情 縮念(縮年)するも自心(地震)の情を忘(わ す)るる莫(な)し

不与世俗争好歹 世俗と好歹(こうたい)を争わず

前程速奔有光明 前程の速奔(そくほん)せば光明有り

:修行に嫌気を抱いてこの世で迷えば、陥穽(かんせい:地獄)に堕ちます。

その道念が縮(ちじ)まる時も自分の心情を忘れてはなりません。

このように慎んでいるならば、世の中での功名貨利(こうみょうかり)を争わずに、修道の前程に向かって奔(はし)れば前途に光明が待っているのです。それで

一、求道した後に、我が性は天から賦(あた)えて下さったのだから、更に徳を立て功を立てることに勤めるに、精進、忍辱(じんじょく)、持戒(じかい)、布施、禅定(ぜんじょう)、智慧の六波羅蜜(ろくはらみつ)を究めて、明心見性(めいしんけんしょう)に至らし、明善を初(もと)に復(か)えすには試練を畏(おそ)れず、奮門(ふんもん)して一歩一歩と踏み締めて、怠(おこた)らず畏れずに勵(はげ)む可(べ)し。

二、犯しやすい缺点(けってん)

1,志恒(こころざしつね)ならず:始めは勤めているが終(つい)に怠(おこた)り、好奇心に躍(おど)って奇跡なければ退き、行いては輟(やす)み、試練を畏れて退縮(たいしゅく)す。

2,無形に昧(くら)し:天道の修持(しゅうじ)は自然で形なく、人道を尽くして天道に合わし、左道(さどう)の奇法(きほう)や異術(いじゅつ)はない。故に己の心を修めて性を養い、衆生を教化することで、もしも只(ただ)奇異(きい)を求めるならば、これは皆道とは縁がなく、菩提心を断つことになる。

3,声色名利(せいしょくめいり)に迷っている:世間に住んでいるからには、世間の財貨を用売るのだが、その取ると捨てるにも寸分があり、これを把握できずに只時勢の波に随(したが)えば、今まさに智慧の試練に値(あたい)しているので、利を貪(むさぼ)れば利が現れ、財が欲しければ財が得られる時である。若(もし)も試練がなければ、どうして九品(くぼん)の蓮台(れんだい)に分けられようか。

三、学びては逆流を行く船の如し、速やかに悟りて退(しりぞ)く莫れ。

唯(ただ)道を行いて天恩に報い、将に親心を水に流す莫(な)し、理天の路は遠けれど、一歩行けば一歩と近し。眞道に試練は古(いにしえ)よりあり、黄金百煉をへて光澤(こうたく)顕れ、玉も磨(みが)かずば光なし。

疾風(しっぷう)の中に勁草(けいそう)あらわれ、百折(ひゃくせつ)を歴(へ)て英雄出ずる。始終(しじゅう)志を定めて立ち、中途半端は残霊(ざんれい)となる。

続く

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