真説・弥勒浄土      

道すなわち真理の奇蹟

2023年4月28日 マイク・クインシーのハイアーセルフのメッセージ

2023-05-06 21:58:47 | ONEメッセージ

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2023年4月28日 マイク・クインシーのハイアーセルフのメッセージ

あなたは、未来についての見通しを変えなければならなくなってきています。何故なら、予測されていた「光のグレートフラッシュ」が回避された新しいタイムラインに移行する可能性が、ますます明らかになってきているからです。人類が波動を上昇させたようなので、このまま上昇が続けば、結果が変わるかもしれません。どちらの道に転ぶかはまだ分かりませんが、いずれにせよ、よりよい新しい生き方を創造する為に必要な変化なので、進歩は続きます。いつか、よくあれだけ絶え間なく消耗する日々を切り抜けたものだ、と振り返る時がくるでしょう。もちろん、そうなるように運命づけられてはいるのですが、あなたの自由意志の方が優先されますから。

あなた方の古い生き方の多くが変化せざるを得なかったのは、それが不適切であることが示された為です。そして、波動の上昇とガイドの働きかけにより、皆さんはより自分のニーズに合った新しい生き方を模索することを賢明にも選択しました。一朝一夕に実現するものではありませんが、あなたの意思は強く、前進するのは間違いないでしょう。変化は既に始まっているので、闇の一味達が引き止めようとしても、それは無駄なことです。もう、既に多くのことが準備されており、必要とされている進歩を止められるものは何も無いということをどうか知ってください。

親愛なる皆さん、皆さんは孤独に戦っている訳ではありません。私達はずっと、皆さんが正しい一歩を踏み出すのを助け、促してきました。あなた方はあまりにも長い間、幻想を生きてきましたが、多くの方が、自分はより良いものを得るに値すると感じています。あなたが上昇する為の基盤は既に存在していて、あとはあなたがそれを発見するだけの事です。また、テスラの帰還により、皆さんの未来は約束されています。通常、大きな発見が明らかにされる際には、その為の適切な時と場所がありますが、その時に関しては、皆さんがそれを受け取る準備ができた時ということになります。

多くの国で、そうするべきでは無い人間が未だに権力を握っている為、あなた方はまだ束縛されたままですが、状況的に変化が求められる為、これはすぐに変わるでしょう。権力者の中には「我が身かわいさ」の為に動いている人が非常に多く、心の中では他人の利益など考えてはいません。実際、今こういった人たちの正体が明らかになりつつあり、彼らは何らかの手段で排除されるでしょう。適切な人物が国家のトップに立つことで、進歩は飛躍的に進むので、私達はそのような人物を支援していこうと考えています。これまで、多くの指導者が地位を得るために武力や犯罪行為を行ってきましたが、やがてこういった意図や嘘は隠せなくなります。何故なら、これからは真実だけが存在するようになるからです。

皆さんは、私達のメッセージから多くの励ましを得ることができるはずです。何故なら、ゆっくり且つ確実にネガティブなエネルギーがその力を失い消え去った後は、真実だけが存在するようになるからです。今はまだ見えないかもしれませんが、波動が上がってきているので、もう時間の問題です。あなた方に対する支配を続ける為に進歩が抑えられたこと、また、あなた方がこれまで偽りの人生を歩まされてきた事を真実が明らかにします。真実は徐々に明らかにされつつありますが、これまでどのように真実が隠蔽されてきたかについて、皆さんは気付いている筈です。率直に言えば、あなた達を支配する為に進歩が妨げられ、その為にあなた達は偽りの人生を送ってきたのです。

あなた方は隔離され、闇の存在たちにいい様に利用されてきました。宇宙の他の地域からの友好的な訪問者は、立ち入るなと警告されていた為、あなた方はこの宇宙には他の生命体が存在しないと考える傾向にありました。私達は以前、地球は開かれた刑務所のようなものだと言いましたが、明らかにそれは変わろうとしています。ほとんどのアメリカ大統領が、地球外生命体と個人的に接触したことがあるのは事実ですし、人間の体をまとったヴァリアント・ソー(金星人)が、第2次世界大戦直後の国連総会で3年程地球に滞在していたのも事実です。

この先、オープンな接触を希望する地球外生命体にとって、平和的な状況が保証される素晴らしい時代がやってきます。長年に渡り、多くの個人的なコンタクトは行われてきたのですが、公式な訪問はありませんでした。また、こういった出来事は、ほとんど隠蔽され報道されることはありませんでした。第二次世界大戦後、平和的な地球外生命体が、核兵器を放棄することを条件に取引を申し入れて拒否されましたが、今にして思えば、これが世界平和の為の素晴らしい機会が断たれた時でした。

このメッセージが書かれている今でさえ、人類には核の刃(やいば)が突きつけられています。しかし、何度もお伝えしているように、人類に対して核爆弾が放たれることを私達は許しません。今は、交渉の席に着いて“地球の平和”について話し合うべきです。何故なら、現実にはどの国も地球を破壊し、住むに適さなくなるようにしてしまう核戦争は望んでいないからです。人間は経験から学ぶことができないようですが、今は人間よりも大きな力が介入しています。何故なら、あなた方の自由意志は自分を爆破することには及ばないからです。人類が本当に望んでいるのは、他国との平和的な関係なのだから、戦争に終止符を打ち、平和的な関係を築くべきではないでしょうか。

どうか、心の中に平和を留め、それを広く遠くまで運ぶエネルギーを生み出すようにお願いします。そして、ネガティブな思考にエネルギーを注がないようにしてください。何故なら、そうすることで、ネガティブな性質を持つ他の存在や低い波動を自分に引き寄せてしまうからです。人々が常にポジティブでいることは非常に重要である為、私達はこのような警告を何度でも繰り返させて頂きます。思考には大きな力があるからこそ、その使い方には十分に注意する必要があります。以前からお伝えしているように、思考はポジティブにも、ネガティブにも大きく作用するので、何かを望む時はどうか慎重に考えてください。

今日も愛と祝福をここに。煌めく光があなたの完成への道のりを明るく照らしてくれますように。このメッセージは私のハイアーセルフ、私の内なる神から頂きました。全ての御魂は神の御魂と繋がっています。

愛と光の中で
マイク・クインシー

訳:NINA


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釈迦略伝~(三)出家 (四)苦行~1・2

2023-05-06 18:39:34 | 釈迦略伝・釈迦仏説因果経・観音菩薩伝・慈航渡世問答・達磨大師伝

「道」というのは宇宙の「真理」のことを名づけたものです。「理」とも言います。2つの字をあわせて「道理」ともいいます。この「道」を、天に関して「天理」といい、地に関して「地理」といい、物に関して「物理」といい、人に関しては「性理」「良心」「本性」といいます。もし、天に「理」がなければ、日月は光を失い、地に「理」がなければ、万物は生ずることがなく、もちろん四季の区別もなくなります。

人に「性理」がなければ、この体を主宰するものがなく、生命も存在しないことになります。これから解るように、「道」が天地万物の根本で、人にとっては「本性・霊」は自分自身の主人公です。もちろんSpiritualの霊魂 という本質的な意味も同じ意味です。

「道」はまた「路」(軌道)ともいえます。それは、人の霊性は一本の正しい路を通って人の身体の入口(玄関)から入り(赤ちゃんが生まれたときオギャ~と泣いた瞬間)、人に生命を与え、生きている間、玄関(松果体との関係は未整理)に留まって人の行動を指揮して、寿命を終えて身体を離れるとき、もと来た正しい路を戻って天(唯一絶対創造主の懐)に帰るべきですが、役目を忘れ迷ってこの路を見失い、長い苦しみの転生を経験してきました。

今、「道」が公開され宇宙(天)や地底(地)の限りない支援が得られ、壮大な創造主の恩恵に浴しています。この機会に古い魂の角質を捨て本性(霊)を輝かして、神としての存在を実践して役目を果たし、縁に従い正しい「道」を得て、ふるさとに還る旅路を歩んでいます。まさに過去の聖人、お釈迦様やキリストがたどった同じ旅路をです。

 大英博物館所蔵 釈迦牟尼佛画像

(三)出家

悉達多太子が降臨されたときのことですが、父君浄飯王は阿私陀(あしだ)という一人の仙人を招いて太子の相を見てもらいました。 

阿私陀仙人は太子の相を見て歎きながら「太子の尊容は偉大です。

その実には三十二相が具わり凡人ではありません。

もし出家しなければ、必ず転輪聖王となり、五つの天竺(てんじく)を統括することでしょう。

五天竺というのは東・西・南・北・中央の五印度(全印度)を指します。

もし出家すれば、必ず三界(天・地・人)の導師となられるでしょう。

悲しいかな私はすでに老いてしまい太子の説法を拝聞することができないのが残念です。 

浄飯王は阿私陀仙人の言葉を一通り聞かれ、大変喜ばれる一方、また悲しまれました。

そして〝どうか、太子が私を離れて出家することなく、転輪聖王となるように“ と心ひそかに願い、あらゆる方法を考えて太子の出家を妨げました。

太子には世間のあらゆる楽しみを与え満足させようと思い、それ以外のことには目もくれないよう三殿を建てて太子に与え、多くの宮女と召使をはべらせました。 

浄飯王は太子を一種の真情で愛し養育して、一国の富が傾くほどのことがあっても惜しみませんでした。 

太子が17歳になったとき、浄飯王は善覚王(ぜんかくおう)の王女耶輪陀羅(あしゅだら)を妃に迎え入れ多くの美姫をよんで毎日歌舞や管弦をして人間の快楽を尽くさせました。

しかし、太子の心中は人間の生・老・病・死の無常を深く悟り、求道の念は日とともに増し、このような宮中の楽しみも太子の心を動かすことは不可能でした。

ある日、太子が父君の面前に参って、出家しようとする強い志を詳しく申し上げました。

するとこの話を聞いた浄飯王は驚きながら「汝がもし成し、一切の衆生を救おうとするなら、まず父のこの苦悩を救うべきではないか、一刻も早く位を汝に譲って梵行を修めることに勤しみたいと思う、それが父の宿願である。」と申しました。

しかし、父君のこのような話は太子の出家の志を動かすことはできませんでした。   

太子が19歳になったときに、耶輪陀羅妃が一子を生みました。羅喉羅(らごら)と名づけられました。

一般国民はみな王孫の誕生を喜びました.しかし太子はひそかに〝一子が生まれたので父王の命にそむいて出家しても、多少ながら父君の憂いを減らすことができるであろう”と考えました。

そして遂に決心し二月八日の夜ふけ人が寝静まったころ、宮中を出て馬車に乗り迦比羅城を離れ去ってゆきました。

(四)苦行~1

悉達多太子は迦比羅城を離れて17里あまりを走り、藍摩市(らんまし)につきました。そしてさらにこれより東に進み、阿跋彌河(あばみがわ)の深い森林の中に入り、四方静寂なところを一箇所選んで修道の場所に当てました。

この時は、髪や髭をそり、袈裟を着て宝服を脱ぎ、車夫に持たせ馬車と共に城に帰らせ父王に奉還することにしました。

そうして「人生は早かれ遅かれ離別するものであって、いずこに一緒に居住することができましょうか」との口信をお伝えしました。

それからまた東に向かって進み、跋迦仙(ばがやせん)を訪ねました。

跋迦仙は婆羅門(ばらもん)の一人の苦行者であって、苦行しなければ解脱できないと説いていました。

太子が跋迦仙が苦行されるのを見て、跋迦仙に[汝はなぜこのように苦修するのですか」と問いました。

すると跋迦仙は[欲によって天に生是利、来世天上の楽果[楽が]を得んと欲すれば、苦修せざるを得ざるを得ない、それのみなり」と答えました。

太子は「汝の求むるところの天上の楽果は亦、究竟にあらず、諸天は楽といえども、福報限りあり、福業尽きれば、また六道輪廻の苦報受けるを知るべし、汝の楽と説くところのものは、究竟苦しみのみなり」と告げて、遂に跋迦仙のところから離れてゆきました。

さて、太子が迦比羅城を離れて後、まもなく父王はことの詳細を知り万分の驚きをなして、直ちに臣下を派遣し四方を探させました。

ちょうど慌しく探し回っている時、車夫が馬車を率いて王城に帰ってきました。

車夫は出城の経過と太子の口信をいちいち浄飯王に申し上げました。

そこで浄飯王は二人の大臣と師夫を派遣し、太子を迎えて帰るようにしました。

この一行が跋迦仙のところに着きますと、跋迦仙は「太子はすでにここを離れて北の方にいかれました。」と申しました。

一行はまた北の方に向かって追っていきますと、樹下に座しておられる太子を発見しました。

一同は大喜びして、父君が如何に太子を思って心配しておられるかを告げて速やかに城に帰るようにすすめました。

(四)苦行―その2

太子はこの話を聞き、堅く謝絶しました。

そして遂にこれらの臣下を捨てて阿羅邏迦藍仙人(あららからんせんにん)のところに去って行きました。

この時、これらの臣下は、太子の決心を知り、挽回できないものと分かりました。

そこで相談し、従う人の中より阿若憍陳如(あにゃぎょうちんにょ)・跋提(ばだい)・婆沙波(ばしゃば)・摩訶男(まかなん)・阿(あしつ)の五人を選び、お供として随従し、そのほかの臣下はみな迦比羅城に帰って行きました。

太子はこれら五人を伴い恒川(がんじすがわ)を渡り、摩訶陀国に入って王舎城を過ぎようとしました。

王舎城の人々が山のように集まって悉達多太子を見に来ました。

この時、頻婆沙羅王(げんばしゃらおう)が城の楼上より遠く人海の様子をご覧になり、悉達多太子が来られるのを知って、臣下に言いつけて御駕をやめさせ槃茶婆山(はんだばさん)に迎えました。

頻婆沙羅王は自ら迎えに出られ太子にお会いしました。

そして「貴下は何故出家したのか、もし早く即位することができない故に出家したのであれば、わが国の半分を汝に与えるので統治を請う。

もし何か不足することがあるならば、我まさに全国を汝に捧げ、我は退居し臣下として仕えることを願う。

なおまた不足ならば、我は我が大兵をして四隣を侵略して汝の統治に帰させましょう。」と申しました。

すると太子は感謝しながら「我が生老病死の四苦を断ち、無上の解脱を得るに有るなり。いずくんぞ世間の五欲を求めて出家せしや、唯、王に願わくば仁をもって汝の国を治め庶民を虐待すべからざるなり」と申しました。

頻婆沙羅王は太子の話を聞き終わり、高潔なる心を発した太子に心打たれ、地に跪き「貴下が若し解脱を得られるならば、請い願わくば最初に我を度し給え」と願い出ました。

太子は王の御厚意に感謝しつつ、また前進しました。

そして尼連禅河を渡り、城北の弥楼山「見る戦」に向かい、優楼頻羅迦葉(うるびんらかしょう)・那提迦葉(なだいかしょう)・迦耶迦葉(がやかしょう)の三師を訪ねてゆきました。

太子が三師の説くところの法を聞き終わり、真道ではないことがわかりました。

そして後にまた弥楼山の麓にある阿羅邏迦藍及び鬱陀羅摩(うつだらま)の二人の仙人を訪ねましたが、太子はまた二人の仙人の説くところの法も解脱が不可能であることを悟りました。

それから解脱は唯自修するにあると決心して尼連禅河の東岸の前にある正覚山上の一箇所を占め、修道の場所として父王から送ってくる食料を謝絶し、そこで六年間の苦行を続けられたのであります。

続く


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天道推奨~(三)天道問答録 3

2023-05-06 18:38:21 | 天道推奨

問:既に別の信頼できる宗教に入っていても、尚、天道を求める必要がありますか。

答:必要があります。宗教と天道は元より相克の関係ではなく、寧(むし)ろ密接に連携された間柄になっているのです。

と云うのは天道は宗教以前の存在であり、万有、万里を貫く本元であり、発祥源であります。

宗教の歴史は浅く二三千年でありますが、天道は無限の生命をもっております。

宗教の教律は天道の理を汲んで聖人が組織的に確立しただけで、天道ありてこその宗教であります。

宗教の開祖はすべて道を得て、道の代弁者となっただけで

述べられた冥利は聖人個人の所有物ではなく、聖人自身が大道の証者(しょうしゃ)だったのであります。

宗教は天道に至る段階で心身修練、人格涵養(じんかくかんよう)を完(まっと)うしてその奥へ進んでゆくのが順序であります。

宗教の救い得る限界は罪の軽減ができても消滅することはできず、精神の安定を得られても過去歴世の因業を根徐(こんじょ)することはゆるされません。

天道の心法を得れば容易にその繋縛(けいばく)を解くことができます。

しかし、天道の真伝を得る資格者は誠意と熱意を備えている人か、亦は敬虔(けいけん)なる信仰の持ち主に限られていますから、何らかの宗教に入って大いに培っておれば寧(むし)ろ、価値づけられて結構であります。

道統の祖師の方々も多くは徳の高い、修業の深い、聖者、高僧の御出身であるのを見ても窺(うかが)い知ることができます。

所が近世の宗教が専門的職業とした人になりますと事情が大部変って、組織とか形式とか、派別とか財力とかの横の繋がりばかりを重んじて上との連絡を軽んじてしまいがちです。

末端的な色彩にばかり拘(こだわ)って、真正の道理探究者としての在り方を忘れ果ててしまいました。

勢力拡張の為、信者に相互間の監視制を取ったり、神仏の名の下に於いて、勝手に罰則を決めて他教に行かせまいとします。

これらは皆、昔の聖者に反したやり方であります。

局限された狭い地球上に住み、複雑な心理要素や風俗習慣をもちながら、一教の理論を以てすべてに適用することは絶対不可能なことであります。

無窮無尽(むきゅうむじん)の妙理を一方から進むよりも多方面から入った方が遥かに完璧を期待できましょう。

一宗派だけに偏執(へんしゅう)すると量見(りょうけん)が狭くなって角張った人間になってしまいます。

お互いに誹謗(ひぼう)したり、排斥(はいせき)したりするよりも、大局的見地に立ってお互いの相違点を調整し、尊重しながら共通する所を一緒に和合して世人を正しくする方が至当(しとう)だと思われます。

相手の大事な所まで破壊しようとするから、皆必死になって悪を隠し、譲らずに攻撃し合っているのです。

後来(こうらい)の弟子達が型造っただけであっても釈迦も孔子も老子もキリストも元は多方面の求道者だった筈です。

宗教の教え方まで統一するから反目が生じますが、道を中心にしていれば、速やかに収まるものであります。

天道の範囲は際限ありません。

何処へでも亘(わた)って奥深く、無尽蔵に真理を高めて下さるので、天道によってこそ永遠の生命を確立することできるのであります。

宗教はわれわれに修道の指針を与えて下さいますが、天道はズバリ、道の本体を与えて下さいます。

一歩一歩の登山を一気にロープウエイで運び上げられるのにたとえられ程であります。

従って宗教の果たすべき役目は天道に至る過程と申せます。

究極に到達する目的地が天道である訳であります。

だが修道の途中で慢心したり、派別に対する固執性が強くなったりしますと、急に進歩が停まり、成長が中止して人間が小さくなり、考えが狭くなってしまいます。

譬(たと)えば、頂上まで登山した人は十方の絶景を一望千里の如く眺められますが、七、八合目当たりで引き返した人は一方だけの景色しか見られないのと同じであります。

天道に至ってこそ凡(あら)ゆる事物の理に徹し、超然とした心持になれます。

天道の法を得、各宗教の在り方を明らかに悟って、本末一如、体用を兼ねて修業すれば、短期間に多大なる収穫を得られ、尚、一層の輝きが増すものであります。

実(げ)に天道こそ凡(あら)ゆる宗教を活かし、正しくする大原動力であり、母胎(ぼたい)でもあるわけです。

続く


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弥勒真経~二十二、緊(きびし)く三十六員の将(しょう)を領し 五百の霊官緊(すみや)かに跟(あと)に随(したが)う

2023-05-06 18:36:34 | 弥勒真経 解釈

三十六員の将とは正法を受けた者を守護する三十六部神であり、三十六天の星宿の霊神である。

霊官とは即ち仙官であり、霊神である。

三曹済度、白陽収圓の大使命を果たされるには救苦天尊の凡に降るのを待たなければならない。

その時には緊(きびし)く三十六天に居す諸々の猛将を帯同して世に降るのである。

文部掲諦の諸神・八大金剛・四位の菩薩、更に三十六星宿の猛将がこれに従っているのみならず、更に五百の霊神、仙官が周囲前後に従ってその命を聴き、その位を助け、その使命を果たすのである。

続く


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性理題釋~五十六、天人同体の趣旨

2023-05-06 18:35:03 | 性理題釋

五十六、天人同体の趣旨

宇宙は一つの大天であり、人は一つの小天であります。言い換えますと、人は一つの小宇宙ということであります。

宇宙には理・気・象がりますが、人間にも又理・気・象があります。

人の骨肉とその他の形体は象であり、呼吸と流通して身を週(めぐ)る力は気であり、全身を主宰(さい)する本性は理であります。

人間の象は宇宙の象と相接(哀切)し、人の気は又宇宙の気と相通じ人の性は宇宙の理と相通ずるのであります。

もし、宇宙の気が理に勝てば、宇宙の万事万物は即ちその中和を失い、四季は不正になり、風雨は調(ととの)わず、人心は乖舛(かいせん:背きもとる)して、社会は悪劣(あくれつ)になり、危険な状態が叢(むらが)り起こって、九九八一の劫災が斉しく現れるのであります。

人身の理(性)が気に蔽(おお)われると、その中和を失い、即ち真を迷い妄を遂(お)って、情をほしいままにし、慾に従って、自ら輪廻に堕(お)ち、生死を流浪(るろう)して永久に止むことがない訳であります。

続く


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