「朝の連続ドラマ」。APとして、脚本家のAさん、プロデューサーのOさんと「シナリオ打ち合わせ」の為、伊豆・修善寺の温泉旅館に2泊3日合宿をした事があった。
黒澤明監督他、有名な映画監督が脚本打ち合わせに使った温泉旅館だ。
かつて、黒澤明監督が脚本家の橋本忍、菊島隆三、小国英雄と「七人の侍」の脚本を作った場所がこの旅館かも知れない。
「朝ドラ」の放送期間は6ヶ月。台本で言うと、2時間ドラマ26冊分。
ホン作りの「後半戦」が始まる前に、脚本家とプロデューサーの意思統一、そして後半のプロット(あらすじ)作成の為の合宿だ。
僕の役目はお茶を入れたり、原稿用紙を準備したり、食事や入浴のスケジュールを旅館に確かめたり。時々、意見を訊かれたり。自分の意見が採用されると無性に嬉しかった。
こんな合宿に参加する機会は初めてだったので、少なからず緊張した。
後半、65本のプロットを考えて意見を交わしていたら、2泊3日はアッという間に過ぎていた。
脚本家のAさんはワープロやパソコンでは無く、ペラ(200字詰め原稿用紙・昔はみんなこれを使っていた)に「濃い鉛筆」を使って、物凄いスピードでプロットを書いていった。
「朝の連続ドラマ」や当時放送されていた「昼の帯ドラマ」を書く脚本家は一概には言えないが、基本書くスピードが早い人が多い。ゴールデンタイムのドラマより書く分量が圧倒的に多いからである。
Aさんも脚本を書くスピードがとっても早かった。
APとして、撮影現場にばかり立ち会っていた僕にとって、この「脚本家との合宿」は良い緊張感を持ちつつも新鮮なシーンだった。
後に、東京で連続ドラマを作った時にもこの「脚本合宿」をして、とても上手くストーリーを作れた事があった。
Oプロデューサーがある日、僕に言った。
「市原さんのナレーションを録って来てくれる?」
朝ドラの「ナレーション」が市原悦子さんだったのである。
プロデューサーは忙しい。それで僕が代わりに「ナレーション録り」をする事になった。
場所は旧・日本テレビ(麹町)内にあった録音ブース。
NHKの「朝の連続テレビ小説」では映像が既に出来上がった状態でナレーション録りをするのが普通だが、ウチの「朝ドラ」の撮影状況では「ドラマの映像は無く、台本だけでナレーションを読んでもらう」。
市原悦子さんをお迎えし、録音ブースまで御案内する。水やのど飴の用意も怠りない。
ナレーションを一回「テスト」で読んで頂き、「本番」に行く。それの繰り返し。
僕の緊張もMAXに達している。
「今ので良いかしら?」
一回本番が終わった後、市原さんが必ず僕に訊いて来る。
「大丈夫です!OKです!」
緊張を隠して、すぐさま僕は答える。何が正解か、よく分かっていないのに。
でも、あの市原悦子さんが「ナレーションを読んでいる」のだからOKに決まっている。
そんな訳で「ナレーション録り」は短時間で無事終了した。めでたしめでたし。
こんな事もあった。誰もが知っている女優のMさんが「台本に書かれた台詞が言えない」と言っている。
プロデューサーが「Mさんに会って話を聞いて来て欲しい」と言う。
大阪で舞台に出演中のMさんの楽屋に伺う。白粉の匂いを嗅ぎながらMさんの話を聞く。
「こことここの台詞、言えないでしょう」とMさん。確かに少し荒削りな台詞。言いにくい。
「そうですねぇ〜」
同意も反論もしない。
一通り、Mさんの話を聞いて持ち帰り、プロデューサーに伝える。
しかし、「台詞」は変えられる事なく、本番収録を迎える。台本通りに喋るMさん。彼女は誰かに聞いて欲しかったのだ。自分の気持ちを。
APの仕事。広くて深い、なんてね。