今日も暑いです。その暑さをより暑くするセミの大合唱はきのうほどではないですね。我が家でもセミの鳴き声は聞こえません。
きのう午後からちょっと外出。といっても、近くの高校へ行きました。そうです、きのうは仙台市長選挙の投票日でした。いつもですと、投票日の投票はずーとやっていなくて、いつも期日前投票(むかしの不在者投票)をやっていました。その方が気が楽です。
まあ、それにしても今その高校は新築中(全面改築中)ですので、敷地内の建物を歩くは歩くは・・・・。投票場所はどこなのだろうと思い悩みます。臨時の校門を入って、月当たりを左に曲がって、またぶつかったら右に曲がってさらに左に行って建物の中に入る……
ちょっとびっくりしたのは、校舎を汚さないためか、コロナ禍のためか、投票場所まで行くのに靴を脱いで、真新しい紙製のスリッパに履き替えるのです。スリッパはひとつずつビニールに入っています。ゴミがいっぱい出ることになりますね・・・・。
体育館が投票場所だった時は、廊下や体育館に幅1メートル以上もある長いビニールのシーツを敷いたものです。 今ふと思いましたが、もう長いこと投票所での投票をしていなかったので、その間に変わっていたことを知らなかった、いわば浦島太郎状態だったのかもしれないなあ、と。
投票した後ついでに本屋さんへ行ってきました。帰りに公園に入ってみたのですが、セミの姿が結構見つかりました。そして改めて感じました。今の子どもたちは蝉取りをしないのかなと。
我々がガキの頃は、夏と言えばセミ取りや昆虫採集に精を出したものです。ほかには川に入っての魚とりです。付近の子どもたちが長いセミ取り用の網を持って公園等を歩く姿を見かけません。夏休みの宿題というか自由研究としても昆虫採集は最適だったようなきがしますが。
まあ、いいのです、時代が変われば子どもたちの意識も行動内容も変わっていくのでしょうから。昆虫等の生き物にとってはいいことかもしれませんね。生き物を大切にする、自然界の生き物と一緒に生きていく、これも自然との共生なのでしょうか。
実は、またきのうの話になりますが、午前中に広瀬川に入りました。おとといのリベンジもかねての入川ですが、場所は巨鮎と格闘した岩盤底のところで、もしかしてまた夢を実現することができるかもと思ったのですが・・・・。
準備をして川へ向かい、中洲越しに本流を見たらひとりの釣り師らしい人が一人見えました。もしかして入ろうとしている場所に先に入られたらまずいと思って急いで下流域の目的地へ向かいました。
何とか7月中旬の桃源郷を確保しました。水量も当時とほぼ変わらず、もしかしてまた追ってくれて、大鮎とのやり取りが可能かもしれないと内心はハカハカ?でした。場所を確保して、本流の上流を見たら、先に釣り師のように見えた人は何となんとナント”投網師”だったのです。
そうなのです、きのうは8月1日です。広瀬川では、7月にアユ釣りが解禁になったばかりというのに、もう一カ月で投網もOKとなるのです。そういう川なのです。呆れるしかない組合なのです。それを認める県の水産行政なのです。
投網師は上流から下ってきていました。彼は主に本流の右岸側を中心に右岸側と中央付近に投網をぶっています。投網を投げる、広げて投げることを当方では”ぶつ”といいます。「投網をぶつ」、簡単明瞭に言い表しています。
私はというと、7月中旬の桃源郷を確保したので、あとは何とか大鮎が掛かってくれることを祈りながらおとり鮎を泳がせるだけなのですが、まあ、きのうに限ってはそういうことばかりではないのです。この文章をお読みのみなさんはお気づきでしょう。
そうなのです、こちらとしては近くに、少しでも近くにやってきてほしくはないわけです。嫌な気分になりますから。それで私としては何度も上流側を振り返ってじっと見つめるわけです。多分眼光には「こっちに来るな!近寄るな!」という感情が入っていたこととおもいます。
(これ、いいじゃないですか!!!!)
竿を握るものとしては少しでも早く掛かってくれと祈り、また敵に対しては近寄ってくるなとサインを出し、まあ言ってみれば”心理戦”を展開していたわけです。竿先に、目印に集中することができないわけで、これではなかなか掛からないわけで・・・・。
というわけで、きのう午前の広瀬川における””心理作戦””は、結果的には竿派の負けということですね。1時間やっても全く掛からず、もう嫌気が差してきました。竿を畳んで帰途につきました。おとり鮎は放流です。
そして、堤防から竿を出していたところを見たら、投網師がもうそこに来ていました。そういう夏の、それでなくても暑い中での熱い心理作戦が展開されたのでした。それにしても広瀬川の鮎はどこに行ってしまったんでしょうか?????