goo blog サービス終了のお知らせ 
不適切な表現に該当する恐れがある内容を一部非表示にしています

鮎と戯れて・・・魚族に感謝

東北地方を中心とした短い夏のあまり多くない鮎釣りの記録。家族に感謝して。近くの広瀬川の環境等にも拘るも、オフは時事問題も

最期を信じて・・・痴呆性老人と暮らして②

2007-03-14 23:02:41 | 提案・要望

 3月8日に続いて2回目です。集中して連載のようにした方がいいのかもしれませんが、当分は1週間に1回くらいの割合で掲載していきたいと考えています。

 書くことがないときは、続けて連載していくかもしれません。

 

【平成12年(西暦2000年)】

⑥ 6月17日;

母と行くお悔やみの席何年ぶりか○×さん宅子どもと会うのは

 ○×さんは同じ町内に住む人で、母は元気な頃週に2回くらい○×さん宅で子どもたちの面倒をみる仕事をしていました。いわば、家政婦みたいな仕事をしていました。

 そのうちのおばあさんが亡くなったということで、本当に久し振りに母と一緒にお悔やみに伺ったというわけです。

 私としても、広瀬川で釣った鮎を何回か持って行ったことがありました。鮎が好きだったためです。

 こういうときの母はきわめてまともです。この頃は四六時中呆けていたというわけではありません。

 

⑦ 7月14日;

母の呆けますます進むこの頃はどうしたものか仕方ないのか

 何を言おうとしていたのか、はっきりはしませんが、多分この頃から「幻覚・幻視」が出てきたのではないかと思います。

 幻覚・幻視については、これからも出てくるのではないかと思いますが、家族が茶の間でくつろいでいるときに、突然『はい!』と叫んで、玄関に行こうとするのです。

 我々には全く聞こえないことですが、母には聞こえるのでしょう。我々が、「誰も来ていない」と言っても、母は「??が来ている」というのです。

 この段階では、まだまだかわいいものです。

 

⑧ 7月15日;

白石へ母親連れておじの家一人竿出し明日に備える

 白石は母の実家です。母の実の兄が健在でした。だから私としてもなるべく母を白石に連れて行こうと努力しました。親孝行のひとつです。

 でもこのときは、実の兄に合わせるということもありましたが、白石川で鮎釣りをしようという魂胆もあったのです。一挙両得です。

 今はあまりパッとしませんが、かって白石川は漁協がしっかりしていたこともあって、釣具メーカー主催の各種鮎釣り大会が開かれていました。

 この日の翌日は、ダイワかシマノの東北地区大会が予定されていたのだと思います。大会で勝つためには、やはりリサーチが重要です。この頃は、「青葉カワセミ会」の他に「トーナメントチームZ5」にも入っていたので、なおのこと事前のリサーチが大切でした。

 こうなると、母のことよりも自分のことになってしまうので、この辺でやめておきます。

 

⑨ 7月29日;

小国川夕焼け空を見上げれば思い浮かぶは母のことのみ

 ちょっときざでしょうか。小国川は、山形県最上町と舟形町を流れ、最上川に合流する山形を代表する、いや東北を代表する鮎釣りのメッカです。

 小国川は天然鮎の遡上も多いし、漁協の鮎に対する想いが素晴らしく養殖技術も高く、どこからも文句のつけようがない河川です。それだからこそ、今上流に穴あきダムを建設しようとしている山形県のやり方に納得いきません。(また長くなりそうなのでこれはここでやめときます。)

 普通鮎釣りをしているときは、鮎釣りに没頭していて雑念等はあまり浮かばないのですが、このときはまだ母のいろんな症状というか状態に戸惑うことが多かったのでしょう。心の余裕がなかったのだと思います。

 多分釣果は貧果だったでしょう。

 

⑩ 7月31日;

母の痴呆ますますひどく重くなりそれでも残るプライド誇り

 痴呆に関するいろいろな本にも書いてありますが、人間は痴呆になってもプライドは残っています。

 我々家族が母の行動にいらいらして、ついつい怒鳴ったり、大声を出したりしましたが、それに対して「なんでそんなことをいうのか、そんなことを言われる筋合いはない」というようなことを言っていました。

 馬鹿にされているということが本能的に分かるのでしょう。人間というものは本当に不思議なものです。

 

 写真は、昨日紹介した組合員証の裏側です。監視員も兼ねています。

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

遅れてしまいましたが。

2007-03-13 22:02:37 | 提案・要望

 いろいろ書きたいことが一杯あって、すっかりタイミングを逸してしまいましたが、11日(日)放送のTBSドラマ「華麗なる一族」第9話を見ましたか。

 いよいよドラマは佳境に入ってきました。次週18日は90分に延長しての最終回です。

 

 11日の第9話を見ていたら、びっくりしました。全く思いもかけなかったことですが、何と9時42分頃の映像部分ですが、第2話での映像が思いがけずに出てきました。

 苦境に陥った専務の鉄平(キムタク)が、将来に明るい希望を抱いて工場の労働者に向かって「2年後に阪神特殊鉄鋼にも高炉が立つ」と、ハンドマイクを持って語りかける場面と、喜びを体全体で現している労働者を従えて、銭高常務から「なぜ2年後に高炉が立つなんて言ったのか」と問い詰められつつ歩いてくる場面です。

 

 いやあまさかここでこういう回想の場面が出てくるなんて思ってもみなかったもので、人知れず「やったあ」と喜んでしまいました。

 1月21日と2月11日の2回、楽しませてもらいました。これでますますこのドラマへの想いも深まり、本当にいい経験をさせてもらったと、誰にというわけではないですが、感謝したいです。

 年にもかかわらず、恥を忍んで?エキストラに応募して本当によかったと心底思っています。

 

 今日放送されたTBSの「ピッタンコカンカン?」にキムタクが出ていましたが、みましたか。泉ピン子と安住アナウンサーの3人で浅草周辺のうまいもの店で食べまくっていました。

 普段着のキムタク、明るく食べ、ピン子との掛け合いを繰り返すキムタク、いい男です。

 

 写真は写りが悪くて申し訳ありません。がまかつの展示会の入り口付近の映像です。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

④届きました?

2007-03-12 22:33:15 | 提案・要望

 すみませんが、①からお願いします。 

 

 昨日の夕方妻と生協での買い物の帰り、広瀬・名取川の組合員証がどうなっているのか、八幡町の釣具店に寄ってみるといったら、土曜日の夕方釣具店から電話があったとのこと。

 しかし、何故か店は閉まっていました。日曜日だからでしょうか。

 それで、今日の昼頃行ってみたら、店は開いていましたので、組合員証を受取ってきました。正しくは買ってきました、4500円で。

 

 「第0458号」。これを地元の川で一杯使うことができたら、素晴らしいことなのですが、この気象では期待はできないのではないでしょうか、残念ながら。

 

 毎年変わりはないですが、鮎に関する規則等は;

 

・・解禁は7月1日午前4時(今年の解禁日は日曜日ですね)

・・友釣り専用区は広瀬川が2箇所(渡幸大橋上下流300メートルと、鳴合大橋から大堀発電所まで)、名取川は4箇所(竹の内上下流300メートル、羽山橋上下流300メートル、割石から人来田発電所まで、川崎北川橋上下流500メートル)

・・投網禁止区は、広瀬川のしばり地蔵から牛越橋までと、広瀬橋からJR鉄橋までの2箇所で、期間は7月1日から8月15日まで

・・鮎産卵保護区は、広瀬川が千代大橋下流全域禁漁、名取川は東北本線鉄橋下流全域禁漁で、期間は9月15日から12月31日まで

・・おとり鮎は4軒で扱っているとなっていますが、実質は広瀬川は「井筒屋」、名取川は「板橋あゆオトリ店」の2軒だけでしょう。他の2軒は、「菅野釣道具店」と「菅井鮎店」です。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

③吹雪の広瀬川

2007-03-12 21:55:37 | 提案・要望

 写真は吹雪き模様の広瀬川です。いかにも寒そうな感じがしますが、実際はそうでもないのです。四六時中吹雪いているわけでもないし、たまには陽も差してくれましたし、神様もいろいろ我々を試しているかのようです。

 

 画面の左側がかっての畑があったところになります。今はショベルカーが入っていて、思い出したように(まじめにではなく)動いているようですが、仕事はさっぱりはかどってはいないように見えます。

 

 画面の対岸の川に接している岩盤は化石の宝庫です。大半はホタテ貝の化石ですが、他の貝の化石も見えます。当然川底の岩盤にも化石があります。

 右手の南西の方には青葉山が連なっているのですが、小学校の頃山の上の岩を削ったりして遊んでいたら、貝の化石が出てきてびっくりしたことがあります。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

②今日の広瀬川

2007-03-12 21:44:28 | 提案・要望

 昨日の夜から雪が降り出し、今朝は数センチの積雪、気温は低く、時折吹雪いたりの天気で、完全に冬に逆戻りしたかのようです。

 冬らしい冬がなかったから、今になって少しでも冬の気分を味わってもらいたいということなのでしょうか。

 何でも、冬が冬らしくないと、虫たちにとっても好ましくないようで、暖冬が続くと虫たちも滅亡する恐れがあるというではないですか。

 水量は先週と変わらず。雪が積もっているだけです。

 今日の最高気温は2度とかで、今年一番の寒い日となったようです。明日は4度になるとか。今週はずーと平年よりも低い気温で推移するらしいです。

 お互いに風邪を引かないように十分注意しましょう!ご同輩!!


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

①昨日の答え

2007-03-12 21:35:31 | 提案・要望

 昨日のカエルのものは、ティッシュペーパー、ポケットティッシュでした。かなり立派な厚手の大きなティッシュで、これが左右両側にあります。

 

 こういうものを展示会でもらったのは初めてです。正直本音を言えば、今年の新製品の針を小分けしたものでもくれればいいのにと思わないでもないですが・・・。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

②がまかつ展示会

2007-03-11 23:44:05 | 提案・要望

また、接続がはずれ、折角入力して送信したのにエラーとなってしまい、原稿?が無駄になってしまいました・・・・(ショックです)再度気を取り直して・・・

 

(お願い)①から眼を通してください。

 

 今日仙台でがまかつの展示会がありました。これはもう恒例となっているものです。①の写真参照

 いつもなら早めに行くのですが、町内会の進級お祝い会があったために遅くなり、会場に到着したのは12時20分くらいでした。でもそれでよかった。丁度12時30分からのお楽しみ抽選会の時間がすぐでしたから。

 もしも、今日の抽選会で何かが当たれば今年の夏は期待できるかなんて内心思いながら、抽選を見ていたのですが、例によって何も当たらず。

 がまかつはいつも当たらない。それで、ゆっくり会場内を見て歩きましたが、展示内容、展示方法ともに変わってはいませんね。それでも、北は青森県から岩手県、福島県からも見に来るのですね。

 まあ、「がまかつ党」は一種独特ですから、展示会を楽しみにして遠くからもやってくるのでしょうね。

 

 やっぱりこの展示会のメインは各種の竿の展示だと思います。普段触れない高価な竿にも遠慮なく触ることができますから。

 55万円、52万円もするエクセルシオ、誰が買うのでしょうか?手に持って振ってみても、この竿と30万円台の竿の違いは何なのか全く分かりません。

 ロングレンジの竿としては、カタログ上は11メートルと12メートルがあるはずですが、12メートルの竿は見当たりませんでした。11メートルで450gですから、重いです。とても持ち続けられません。

 こういう長い鮎竿から一番短いのはわかさぎ用の竿で全長50cmくらいですか、本当にいろいろあるものです。

 記念品?はバッグ入りの全製品の分厚いカタログです。

 

 さて、この写真は一体なんでしょうか?このカエルはなんだ?正解は明日のブログで。

 

 そうそう、9日にはHORA釣具からカタログが届きましたが、どういうわけかがまかつだけでした。相変わらず中古の竿を欲しがっているようで、下取り今なら通常査定の20%アップとのことです。

 

 外は雪となっています。今年一番の積雪となるかもしれません。今さら雪は要らないのに。

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

①町内会進級お祝い会

2007-03-11 22:57:18 | 提案・要望

 3月も中旬に入った今日11日、町内の集会所で進級お祝い会が行われました。

 総務部を代表して顔を出してきました。今年の小学校の新一年生は8人、中学校の新一年生は10人の計18人。去年は12人でしたので、6人も多くなり、嬉しい次第です。

 

 やはり、町内に子どもたちの元気な声が聞こえないと淋しいし、子どもからお年寄りまでが一緒に住んでこそ町であり、子どもが増えてくることはありがたいことです。

 これは野村不動産(PRする必要はないのですが)がマンション「プラウド」を建設したためです。8月末にはまた7階建てのマンションができますので、さらに子どもは増えるでしょう。

 そうなると、町内会のお祭りもにぎやかになるだろうし、おみこしの担ぎ手も増えるのではないかと内心思っているのですが、果たしてどうなるか・・・。

 

 最後に八幡小学校の校歌をみんなで歌いましたが、私もほとんど覚えていました。3番目は少しあやふやなところがありましたが、よく覚えているものです。メロディも弾けます。

 今年八幡小学校は創立80周年を迎えます。大きなイベントを予定しているようです。

 

 皆さんは小学校のときの担任の先生の名前を覚えていますか?意外と覚えているのではないでしょうか?先生のほうは、子どもが多すぎたから覚えるのは大変だったと思いますが。

 1年生は「長谷 百合」先生。2年生は「藤原 てい?」先生。3年生は「佐々木美恵子」先生。4年生は「横山 文雄(漢字に自信なし)」先生。5,6年生は「高野 栄」先生。

 4,5,6年が男の先生でした。このうち一番好きだった先生は、3年生のときの佐々木美恵子先生でした。何といってもすらっとしたスタイルで、髪が長くてパーマをかけていて、美人でした。美人だったということが一番かな。

 「二十四の瞳」の高峰秀子みたいだったかなあ。高校生になって、同級生と二人で先生のうちに行ったことがあり、とても喜ばれた記憶があります。今、先生はどうしているのでしょう?元気でしょうか?

 

 2年生のとき、給食費を使い込んで先生と親から怒られました。たしか、290円だったと思うのですが。もちろん1か月分の給食費です。

 何に使ったか、”ぱった”を買いました。母の実家の白石市では”丸パンパン”といっていました。一般的には”めんこ”ですか。近くの一銭店屋で新しい”ぱった”を売っていたので、つい欲しくなって買ってしまいました。

 ”ぱった”の腕前は町内で1、2位を争うくらいにうまかったのです。町内の縛り地蔵尊の境内で上級生を相手に勝負しては勝って、”ぱった”をためていました。

 

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

時間がない!

2007-03-10 23:50:54 | 提案・要望

 今3月10日、土曜日、午後11時30分。もう時間がありません。飲んで酔ってしまいました。

 

 帰宅はしたものの、眠くて、お風呂の中で眠ったりして、今パソコンに向かっても言いたいことは一杯あるものの、ありすぎてまとまらないし、時間もないので、申し訳ないですが、今日はこの辺で失礼します。

 

 もっと早く帰ってきたかったのですが、付き合いもありますし、それなりに盛り上がったこともあり、ついつい長居をしてしまいました。その結果がこのとおりです。お許しください。

 

 といいながらも、写真の説明ですが、この張り紙は広瀬川のすぐそばにある下水処理場、いや処理ではないな、ポンプ場の鉄の扉に張ってあったものです。

 ここは堤防ができる前は、それなりに立派な野球場だったのです。ちゃんと内野席があったのです、芝生席ですが。

 子どもの頃、ここで遊んでいるときにスピッツという犬に追いかけられて嫌な思いをしたことがあり、それ以来どうしても犬は好きになれません。

 どちらかといえば、犬よりは猫の方がいいかも。でもそれよりはインコがよかったな。可愛がって育てると何語かは分からないけど、言葉みたいなものをしゃべったりして、それなりに可愛かった。

 でも、それよりは金魚がいいかな。金魚というよりも魚という種類というべきか。魚を見ていると飽きません。魚は哲学者みたいですね。ジーと見ていると何かを悟ることができそうな気がしませんか。しませんか?残念。さみしいですね。

 金魚というと、映画「さくらん」見ましたか。見てない?惜しい!是非見てください。煌びやかな遊郭というか、花魁の世界、それを飾っていたのは、他でもない「金魚」です。「さくらん」という映画では、静かですが「金魚」が重要な位置を占めています。

 画面一杯に広がる水槽のなかの金魚。素晴らしい。しゃべらなくても、見ている我々に訴えるものがあるのです。無垢、無であるからこそ、語りかけて来るように感じるのでしょうか。

 金魚といえば、猫ですね。金魚の天敵は猫。元に戻りました。めでたし、めでたしです。

 でも、猫の糞は大したことないと思うのですが・・・。もとは人間が飼っていたのではないですか。勝手ですね、人間は!!!

 ということで、とんびとカラスに乾杯して今日は終わりと致します。

 GOOD NIGHT!


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「定年後」

2007-03-09 22:30:13 | 提案・要望

岩波新書1062「定年後」~豊かに生きるための知恵 加藤仁著

 発売されるとすぐに購入し、昼休みを利用して読んでしまいました。とっても読みやすい本でした。あんまりすらすら読み進むことができると、なんか内容がないのではないかなどと思ったりすることもあります。

 25年以上も定年退職者の取材を続けてきた集大成?を、第1章 「ひとりの旅立ち」・・第2章 「仕事を創る・」・第3章 「たのしむ、学ぶ」・・第4章 「家族を見つめる」・・第5章 「地域社会に生きる」・・第6章 「終の住処」、という章立てで具体例を挙げながら話を進めていきます。

 

 黄色いマーカーが目立ったのは、第4章「家族を見つめる」です。そのなかの「NOを言わない夫」の項にありました。

妻が「やってみたい」と言うことに対して、絶対に夫はNOを言ってはならない

妻のたっての望みであれば、なにはさておき夫はYESと答えなければならない

 上記のことは、数多くの退職者の事例から学んだ大原則だそうです。

 

 また、「夫婦それぞれの第一義」の項には、

夫婦共通の趣味やたのしみを無理して持つこともない。これまで、そうすることが仇になった夫婦を数多く見てきたから。(夫婦共通の趣味を持つ必要はないのか、一つは持たなければならないのかと思っていたのですが。)

夫婦それぞれ、まずはいちばんやりたいことに挑むのがいい

 

 さらに、「妻の情報力」の項には、

定年後、夫の日常は妻に近づいてゆく。妻の言動や姿から、どのような情報を読み取れるのか。妻の情報力を信じ、妻から情報伝達や提案があったならば、まずは率直に眼を瞠(みは)り、耳を傾けたい

 

 「おわりに」で、結論と言ってもいいですか、

定番メニューにこだわることなく、自分の関心事につきすすめばいい。・・・・。あくまでも『自己本位』を貫き、”個”に立ちかえることを心がけたい

 

 これからは、本当にまじめに定年後のことを考えて行かなければならないと痛切に感じたnewoneでした。

 

 写真は、広瀬川河川敷の標識その6です。

 

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最期を信じて・・・痴呆性老人と暮らして ①

2007-03-08 23:35:43 | 提案・要望

 お恥ずかしながら今日から母を詠んだ「短歌」を紹介していきます。

 前から言っていますように、およそ短歌らしくはなく、ただ五七五七七という形式をとっているというだけであり、かつうまい下手は全く関係なく(どちらかといえば、下手としか言いようがありませんが)、そういう次元の問題ではない、うまい下手を超越したものと言った方がいいのでしょうか、くどいようですが、短歌としての出き不出来ということは一切無視して欲しいと思いますのでよろしく。

 

【平成12年(西暦2000年)】

① 1月1日;

いつもなら言われなくても用意して孫に渡すはずお年玉なし

 平成12年のお正月です。母は満82歳。いつもならきわめて少ない年金収入ですが、そこから内孫である私の二人の子どもに、多い少ないは別として、きちんとお年玉を用意して渡していました。

 でも、この年からお年玉を渡すことはなくなりました。

 

② 2月8日;

○×ちゃんがベッドの下に寝ていると寒いだろうと一緒に寝てる (○×は県外にいる娘(私の姉)のこと)

 母は、1階の6畳の間にあるベッドで寝起きしていました。このときは、母の部屋を覗いたところベッドではなく、ベッドの下の畳に寝ていたので、どうしてそんなところで寝ているのかと聞いたところ、返ってきたのが「娘が寝ていて寒いだろうから一緒に寝ているのだ」ということばでした。

 これは幻視以外のなにものでもありません。幻視や幻覚はこれから一杯現れてきます。

 

③ 3月1日;

今日より弥生三月春間近痴呆進む母徘徊もまた

 このときは母は元気でしたから、いわゆる徘徊をはじめました。うちのなかでもいっときもじっとしているということはなかったのです。

 この時期は、まだコタツをしていたはずで、コタツに入ってお茶でも飲んで、テレビを見てゆったりしていてくれと思うのだが、母は落ち着かずに、出たり入ったり、何しろ動き回るのです。

 本当にこっちはいらいらさせられました。ストレスがたまる一方でした。

 

④ 3月4日;

怒鳴り合いまた繰り返す実の母何故か分からぬ年(歳)を経たのに

 ③のように全くじっとしていることがないので、こっちはいらいらし、ついつい大声を出してしまいます。大声を出したからといって、分かってくれるということは全くありません。

 息子から怒鳴られたら母だって面白くない、当然大きな声で文句を言ってくる、反抗してくる。

 お互いいい年(歳)をしているのに、母と息子が怒鳴りあう、本当に空しいものです。なんで、こんなことをし合わなければならないのか、落ち込んでしまいます。

 

⑤ 3月19日;

高速道飛ばして南下白石市パッと広がる真白き蔵王

 これは、東北自動車道を走って県南の白石市に行ったときのものです。白石市は、母の実家です。このときは、母の兄夫婦がまだ健在でした。

 少しでも親孝行をしておこうと、母を実の兄貴のところに連れて行きました。二人の話を聞いているとおもしろいものがありました。

 この時の母は、およそ痴呆とは関係ないような状態で、兄とゆっくりと取り留めのないことを話します。

 白石市が近付くと、右側(西側)に雪で真っ白くなった蔵王連峰が見えてきます。空気が澄んでいるときには本当にきれいに、神々しくさえ見えます。

 母が子どものときに見たであろう、そういう蔵王連峰の雪景色を見せれば、何か心に感じるものがあるのではないか、もしかしてそれがいい方向に作用してはくれないものかなんて甘い考えをもったりもしました。

 

 写真は、広瀬川の標識(その5)です。記事とは全く関係がありません。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

3月7日

2007-03-07 23:48:25 | 提案・要望

 今日は気象庁より桜の開花予報が出されたようです。何でも静岡が一番早く、3月13日とか。

 今日の仙台は久し振りの冬らしい天気で、昨日と比べると一気に気温は低下し、日中は一時吹雪きました。昨日の最高気温が12.5度だったので、なおのこと寒く感じます。

 

 今日の朝日新聞に「硫黄島、民間機で慰霊」という見出しで、簡単な記事と摺鉢山を背景にした飛行機の写真が掲載されていました。

 硫黄島で戦死した旧日本兵の遺族による慰霊巡礼が硫黄島であり、遺族が6日午前、日本航空のチャーター便で硫黄島に降り立った、というものです。

 国内の航空会社がチャーター便を運行したのは初めてだそうです。これまでは自衛隊の輸送機を使っていました。

 

 昭和20年3月7日の硫黄島です。「十七歳の硫黄島」(秋草鶴次著)によります。

 

 『西海岸沿いに北進した米軍は、大阪山より高千穂峡あたりまで完全に攻略したが、さらに三軒家、テーブル岩、漂流木あたりまで進撃している。先頭隊は天山に向かっているようである。中央北進軍は北飛行場の平地を利用して進撃、東方にある銀明水、双子岩に至った。』

 島を南北に分断しようとしていると悟った兵団長は、『東地区隊を北地区に移転して、北地区の防備を強化し、丸万と東地区の一部を戦車第二十六連隊に確保させ、その他の諸部隊を玉名山地区に合流させ、防備強化を図った。』(戦車第二十六連隊の連隊長は、西竹一中佐です。)

 『戦車第二十六連隊は、東山の拠点を発して各地域に分割転進し、その地区の防備につき激戦を展開したが、圧倒的多数の米軍に撃破された。爾後、南北の接点になる東山地区で最後まで激戦を続けたが、遂に米軍の分断が成功した。』

 

 この10日後の17日に、栗林中将(兵団長)は最後の総反撃を決意したということです。

 実際の総攻撃は、26日の朝です。

 

【追加】 : ~介護のコツ

 1 褒める・感謝する・善意には善意で応える。

 2 共感・同情が相手との交流を助けるポイント。説得は何の効果も  ない。

 3 こちらが謝る。

 4 お年寄りの感情や言動をまず受け入れて、それにあうシナリオを演じられる名優になる。

 

 写真は、広瀬川の標識等その4です。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

②家族のたどる心理的ステップ その2

2007-03-06 23:03:29 | 提案・要望

 申し訳ありませんが、①から読んでいただければ幸いです。

 

 「家族のたどる心理的ステップ」(その2)~杉山孝博著「ぼけの法則」 よりの2回目です。(今日でおしまいです)

 【第3ステップ・・・諦め】;

 「今までこんなことをさんざん繰り返してきたが、効果がない。かえって混乱がひどくなる。」ということに気づき、無理なことや無駄なことはしなくなってくる段階です。

 自然に痴呆のお年寄りに対する介護とはどういうものであるか、わかるようになってくるのです。

 しかし、一方ではお年寄りのぼけの進行も早く、次々と介護の難しい症状を表してくるのもこの時期。一息つく間もなく新しい問題行動が始まり、やっと「あきらめ」の段階に入ったつもりなのに、再び第2ステップ「混乱・怒り・拒絶」に戻り、苦しい思いをすることもあるでしょう。

 しかし、二度目には「あきらめ」の境地に戻るまでの時間は短く、多彩な症状になす術もなく振り回される期間はそれ程長くはありません。この段階では、痴呆の症状は家族や隣人にも周知の事実になって、家庭での介護は以前ほど困難ではなくなっているからです。

 

 【第4ステップ・・・受容】;

 この段階になると、痴呆に対して様々な方向から理解が深まってきて、痴呆症状を呈するお年寄りの心理が手に取るように分かってきます。痴呆の症状を理解することが、お年寄りと介護者との関係をよりよいものに変化させたといえるでしょう。

 ぼけたお年寄りを、健康な人たちの日常生活に引き込もうとする、いわば「老い」に逆行した行為が介護者に「混乱・怒り・拒絶」の感情をもたらしていたのです。

 第4ステップの「受容」の段階に至って初めて、痴呆の進行方向と一致した介護・看護が始まることになり、お年寄りとしてもこの時点から介護する人に安心して身を任せられる状態になります。

 つまり、家族全員がお年寄りの異常な行動を「ぼけがあるからあたりまえ」と受け止めることができるようになったときから、それまで迷惑な存在としてのみとらえられていたお年寄りたちは、再び家族の一員として迎えられることになるのです。

 

 以上、3回にわたって、老人性痴呆症とはどういうものか、どういう病気か、さらにそのような高齢者を抱える家族の心理等について、お知らせしてきましたので、これからアップしていこうとしている私の母の行動やそれに対する私を筆頭にした家族の対応等について、ある程度は理解が深まってきたのではないかと思います。

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

①河原のとんびとカラス

2007-03-06 22:33:44 | 提案・要望

 今日の天気はお昼まではいい天気で、気温も上昇するが、夕方から夜にかけては冷え込んで、雪が降り1センチくらいの積雪があるという予報でした。

 しかし、日中少し風が強くなったくらいで、そんなに冷え込むこともなく、ましてや積雪はないようで、ほっとしています。

 

 写真は、広瀬川のいつもの河原の情景です。崖の上にある大木(何という木かは分かりません)にはとんびの巣があり、とんびが伸び伸びと生活しています。

 場所的に人の出入りができにくい場所であるために、とんびにとっては絶好の場所となっています。

 この頃はいなくなりましたが、以前はとんびに餌をやるおばあさんがいました。餌といってもパンくずなのですが、パンくずを投げると空中を舞っていたたくさんのとんびが超低空飛行で投げられたパンくずを掬っていました。

 近くで見ると迫力満点です。大きいものです。怖いくらいに大きく感じます。こんな鳥に襲われたりしたら、たまったものではないなと思っていました。

 

 カラスもいます。中央の木に止まっているのがカラスです。よく見えないかもしれませんが。で、その気の上空を旋回しているのがとんびです。

 大きさからいえば、とんびの方が大きいですが、どちらが強いかといえばカラスです。前にも見たことがありますが、最初はカラスを追いかけているようなとんびでも、その後は逆転して、カラスがとんびを追いかけるという構図になっています。

 とんびは意外とだらしないなあと思ってしまいますが、キリスト教原理主義者とイスラム教原理主義者のように、殺しあうようなことは全くしていません。人間以外の生物は素晴らしいものです。救いようのない、どうしようもない人間が自然界における諸悪の根源です。

 

 今年は梅は咲き誇り、桜も例年よりかなり早く咲くでしょうから、うぐいすの初鳴きを聞くのもそろそろかもしれません。楽しみです。ホーホケキョとまともに?啼けない子どものうぐいすは可愛いものです。

 今回の畑の整地により、かってこの辺にいて「ケン、ケン」と鳴いていたきじはもう住めないでしょう。

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

③家族のたどる心理的ステップ その1

2007-03-05 23:02:09 | 提案・要望

 申し訳ありませんが、①から読んでください

 

 楽天は、昨日の広島に続き、今日も阪神に負けてしまいました。ピッチャーの一場がピリッとしないことには、それでなくても層の薄い投手陣が長期戦を戦っていくことができません。

 打線の方は二桁安打を記録しているので、なおのこと投手陣に頑張って(この言葉は好きではないのですが、プロだから)欲しいです。

 

 「家族のたどる心理的ステップ」(その1

 きのうと同じ杉山先生の説明で、第4ステップまでありますが、今日は第2ステップまで。

 

 【第1ステップ・・・戸惑い、否定】

 痴呆症状に戸惑いながらも、「ぼけであるわけがない」と否定したくなる時期。お年寄りが断片的に見せる異常さに心がすくみ、痴呆か正常かの区別も定かではなく、人格の変化を決して認めたくない気持ちで一杯の段階。

 「ぼけたお年寄り」本人の混乱を上回るほど、介護者も心理的な混乱に陥ります。しかし、身近な家族にさえその実態を分かってもらうことができず、一人で悶々としている介護者が少なくありません。

 お年寄りに対する懸念や身内や親類などに対する遠慮も含めて、介護者の気持ちが内にこもってしまい、一人で悩んでしまう時期です。

 

【第2ステップ・・・混乱、怒り、拒絶】

 介護をする人が、心理的にも肉体的にもくたくたになってしまい、介護することに疲れきってしまうのがこの段階。「注意をあたえ」られたり、「教え込もう」とされることでお年寄りにとって、能力的に無理なことを強いられる結果になっていることもしばしばです。

 いくら繰り返しても効果は出ず、それどころか本人はガミガミ怒鳴られたり、注意されることで症状が悪化していく。そうしているうちに介護者の怒りの感情が沸き上って、こんな状態がいつまで続くのかと不安も募ってきます。

 介護者や家族にとってこの時期がヤマで、どんな人でもお年寄りを拒絶する心理になり、極限まで追い詰められてしまいます。

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする