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MBAで教える「交渉術」

MBA留学先での「交渉」の授業内容を配信。といっても最近はもっぱら刺激を受けた本やMBAについて。

<25-3>感情をきちんと伝えるには?(3)

2006-01-07 | 第三部:実戦で交渉に勝つコツは?
前回は、感情をきちんと伝える難しさとその弊害をおさらいしました。
今回は、感情をきちんと伝えるために必要な、「互いに学びあう会話」を実現するために必要な考え方を見ていきます。

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感情をうまく伝えられず、しこりの残る会話をしてしまう。
結果として相手の言うなりになってしまっている。
そんな場合のつまずきのポイントは、大きく3つにまとめられます。
一つずつ順に見ていきましょう。


ポイント1:事実認識

(1)一番広く見られる過ちが、「私は必要な情報を全て持っていて、状況を全て分かっている」という互いの過信です。

必要なことが自分の側で全部分っており、物事の背景や原因も正確に認識しているという前提に立って、物事を考えるわけです。
そうなれば当然、正しい情報に基づく自分の判断こそ正当である、ということを相手に説得し分らせる目的で会話を進めることになります。

「正しいこと」を互いに押し付け合う会話となると、当然感情的なヒートアップが避けられません。
「何でこんな当たり前の真理が分らないのか」とフラストレーションがたまる一方、相手は相手で「間違った」主張を押し付けてくるからです。
またそうした言い争いでは、声の大きさや図々しさ、さらには物理的な力で論争の勝負がついてしまうことが多々あるでしょう。

しかしながら多くの場合、必要な情報を完全に把握することは困難です。
相手の側には向こうにしか知りえない背景事情があるものですし、同じ事実を見てもそれをどう判断するかは人によって認識がばらつくことがあって当然だからです。

例えば前回出した事例で言えば、こんな認識のズレがあるかもしれません。

(Bさんの事実認識)
Aさんは遊びにいくために授業をサボって私にノートの代書を頼んだ。
その上今も自分だけ週末を楽しもうとノートの清書を押し付けてこの場を去ろうとしている。

(Aさんの事実認識)
世話になっている下宿の大家さんが病気で倒れたので看病のためやむを得ず授業を休み、Bさんにノートの代書を頼んだ。
今日も薬局に依頼していた薬を大家さんの代わりに取りに行くので、あとはBさんに任せて早くこの場は切り上げたい。

こうした背景を共有できていれば、Bさんの感情や対応もまた違ったものになっていたかもしれませんし、Aさんからしてももっと容易にノートを頼むことができたでしょう。

(2)また上記から派生する誤った前提として、相手の意図の理解には特に注意すべきです。

要は、「私は相手がどういうつもりでこう言ったか、その意図も分っている」という過信です。
相手の意図が分っているという前提に立つと、「相手の意図や行動が適切でないことを思い知らせる」ことが会話の目的になってしまいます。

例えば前回の事例で言えば、こんなすれ違いがあるかもしれません。

(Aさんの意図に対するBさんの推測)
Aは帰国子女だから英語の授業のノートもすらすら取れるかもしれないが、こっちは初めての海外留学で、ノート一つ取るのにも苦労している。
そんな苦労も知らず、「ノートがきちんと取れていない」と言って、自分の優越感を示そうとしている。

(Aさんの意図)
Bさんはまだ語学力が低いから、ノートもこんなものだろう。
でもあえて厳しく扱ってもっと上にチャレンジしてもらうことで、早く上達してもらいたい。
ノートの清書も英語を分りやすく書く良い練習になるだろう。

人間誰しも、自分がどんな意図で行動しているか、相手の行動が自分の目にどう映ったか、は把握することが出来ます。
しかし、相手がどういうつもりでそう発言したのか、またこちらが言ったことに対して相手がどう思ったかは、分ったつもりでも正確に把握することは困難です。
また間違った理解を前提に話を進めると、さらに誤解が増していくのも厄介な問題です。

(3)さらに感情がヒートアップしてくると、もう一つの大きなチャレンジが訪れます。
すなわち、「この問題については全部相手が悪い」という前提で考えてしまうことです。

前回の事例で言えば、Bさんは「全てAさんが身勝手だから悪い」と腹の中で考えているようです。
こうしたゼロかイチかという考え方はすっきりしていて、確かにその場の苛立ちを抑えるのには役立ちます。
しかし互いの間で問題を解決する上では、対立をあおるだけで生産的とは言えないでしょう。
満足のいかない状況に対して、「互いにいくばくかずつは責任があるはずだ」という考え方で解決を探る必要があるでしょう。

事実認識の誤解に対して注意すべき点をまとめると、

(1) 互いの持っている背景情報を共有する。どう状況を理解したか、その理由も含めて。

(2) 自分の意図、相手の行動が自分にどんなインパクトを与えたか伝える。同時に、相手の意図、自分の行動が相手に与えたインパクトも教えてもらう

(3) 互いのどの行動がどう状況の悪化に寄与したか共有する。一方だけの行動でなく必ず両者の行動を含めて。

といった点が挙げられるでしょう。
「互いに学びあう会話」とは、このようにお互いのストーリーを批評抜きにまずテーブルの上に出すことから始まります。
ここまで進めて初めて、「何が起こっていたのか」について共通理解が生まれると言えるでしょう。

より広く言えば、事実認識に関して必要なのは、「どちらの側が考えているよりも、状況はもっと複雑で微妙である」ことを前提として受け入れることかもしれません。

(第25回続く)

<25-2>感情をきちんと伝えるには?(2)

2006-01-06 | 第三部:実戦で交渉に勝つコツは?
さて、BさんはどうすればAさんともっと上手にコミュニケーションができるのでしょうか?

例の場合でも、また一般的にも、後味が悪く納得のいかないコミュニケーションでは、ホンネの感情が伝え切れていないことがあります。
例に挙げた会話にしても、Bさんが口にしていなくても、ホンネで感じていることは別にあるでしょう。
もし例の会話にBさんのホンネを補足したら、具体的には次のようになるかもしれません。


<例(Bさんのホンネ)>

A「折角のノートだけど、この最後の10枚は速記し過ぎて読めない部分があるね。」
B「ちょっと待ってよ。確かに完璧なノートじゃないかもしれないけど、大筋の部分は読めるだろう?教授が話すことを書き留めるのでやっとなんだから」

(読めないだって?どうしても読めないほど汚い字じゃないだろう。話し言葉を書き言葉に直しているんだから、そこまで綺麗に書けるはずもない。Aは帰国子女だから英語の授業のノートもすらすら取れるかもしれないが、こっちは初めての海外留学で、ノート一つ取るのにも苦労してるんだ。そもそも、頼まれたことをわざわざやってあげたのに「ありがとう」の一言もないのか?)

A「いつもならそれでも問題ないよ。だけど、今回はレポートを書いて出さなきゃいけないじゃないか。しかも期限は明後日の月曜日。この10枚がレポートを書くのに一番重要な部分だろう?」
B「まあ、それはそうだよ。だけど…」

(レポートの期限が迫ってるのは確かにその通りだ。でもそもそもこっちのノートがなければ、レポートも書きようがないじゃないか。感謝の言葉は無いのか?)

A「だったら悪いけど、この10枚をタイプして読めるようにして送ってよ。今日中に。それから僕が急いでレポートを書いて、まあギリギリだな」
B「そんなこと言ったって…」

(次々たたみかけてくるけど、少しはこっちの気持ちも考えろ)

A「ノートは読めなきゃノートじゃないよ。僕はタイピストじゃないし、第一このノートは僕には細かい所が読めないから清書しようがない。じゃあ、僕は用があるからこれで。ノートは今日中に必ず、ね」

(Aは俺のことを専属のタイピストか何かだと考えていたのか?俺たちは対等な友人同士じゃないのか?
こいつはいつもこうだ。自分のペースで事を進めて、他人の意見など聞く耳を持たない。ここでああだこうだ文句を言ってもどうせ聞かないだろうから、今日は我慢して作業してやろう。でも今後は二度とAのためにノートなんかとってやらないぞ…)


納得のいかない会話や、難しいコミュニケーションの多くは、ホンネの感情を伝えることにつまづいています。
この例の場合を見ても、AさんにはBさんの感情がうまく伝わっていないようです。
もしAさんがもう少しBさんの事情に配慮を見せて、話を聞いて、「申し訳ないけどお願いする」姿勢を見せていたら、Bさんの満足度も違ったかもしれません。
それにBさんがAさんにそうした配慮をさせることができていたら、Bさんは無理に時間を作ってノートを清書させられずにすむかもしれません。
AさんとBさんの会話も、広い目で見ればノートを清書する負担を巡る交渉です。感情を上手に伝え相手に配慮を強いることは、交渉結果にも影響を及ぼし得るのです。

では、どうしたらホンネの感情を効果的に伝えられるのでしょうか。

注意しなければならないのは、単にストレートに思いをぶつけたところで、成功するとは限らないことです。
例のケースで、Bさんが括弧の中のセリフをそのまま口にしたらどうなるでしょう。
もしかしたらAさんも怒り出し、今まで以上の勢いでBさんに自分の都合をまくしたててくるかもしれません。
真っ向から立ち向かうことも時には必要ですが、できれば摩擦を回避して関係も好転させながら、感情を伝え合うのが理想です。

そのために必要な考え方は、対立する会話で無く互いに学びあう会話を目指すことです。
次回は相互に学びあう会話をするためにどうすれば良いか、を順を追って考えていきたいと思います。

<25-1>感情をきちんと伝えるには?(1)

2005-12-27 | 第三部:実戦で交渉に勝つコツは?
前回は、話し合いで互いのすれ違いがどうして生まれるのか、を考えてみました。
現実には、こちらがいくらそうしたポイントに注意していても、相手がそれを無視して挑発的な態度をひたすら続けてくることがあります。
こちらの感情が全然理解されない。
相手は全然聞く耳を持たない。
そんな時はどう対処したらいいんでしょうか?
今回は、頑固で相手の感情など全然考えもしないヒトにどう対処するか、より具体的な視点から考えてみましょう。

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-こっちは公平に接しているのに、あいつは自分のことしか考えてない。
-仕方ないから、あいつとは無駄な言い争いせずに、言うとおりにしてやっている。

こんなことは身の回りにないでしょうか?
会社の上司や奥さん・旦那さん、友人など、人との付き合いの中でこうした場面に出くわすことは少なくないと思います。

多くの場合、人はあきらめてこうした場をやり過ごすことでしょう。
いちいち言い争いしてもどうせ相手は聞かないし、時間の無駄だ。
それなら、とにかく言う通りにしてやればとりあえずこの場は収まるんだろう。
一般的にはこうした計算が「大人の配慮」と呼ばれるのも事実かも知れません。
しかしながら、心の中の不満や不快な感情は簡単に消えるものではありません。
たとえその場をやり過ごせたとしても、我慢をした本人としては損をした感覚は否めないでしょうし、こうした不全感は積もり積もれば大きなストレスになります。

交渉においても、議論が白熱してくると、相手の感情などお構いなしに強硬な押し付けに出てくる場合がよくあります。
ヒトによっては、あえて「聞く耳を持たない頑固者」という役を演じきることで、相手から妥協を引き出そうと、意図的にそのように振舞う場合もあるのです。
そうした場面で、「仕方ないから相手の言うとおりにしよう」となっては、まさに相手の思うツボです。

では、どうしたらこちらが感じていることを相手にも理解させ、互いの言い分をきちんと俎上にのせた話し合いができるのでしょうか。

まず、例を挙げて考えてみましょう。


<例>

AさんとBさんはビジネススクールの同級生です。
毎日宿題に終われ、一生懸命勉強しています。
二人は親しい友人でもあるので、ノートの貸し借りや勉強の相談など、いつも互いに助け合っています。

あるときAさんが授業を欠席することになり、Bさんに代わりにノートを取ってくれるよう頼んできました。
忙しい中、わざわざ綺麗にノートをとって他人に渡すのも負担になります。
とはいえ友人からの頼みでもあり、BさんはAさんのためにノートの代書を引き受けました。

週末になり、BさんはAさんと約束して会うことにし、頼まれていた授業のノートを渡します。
ところがAさんの反応はBさんの予想を裏切るものでした。

A「折角のノートだけど、この最後の10枚は速記し過ぎて読めない部分があるね。」
B「ちょっと待ってよ。確かに完璧なノートじゃないかもしれないけど、大筋の部分は読めるだろう?教授が話すことを書き留めるのでやっとなんだから」
A「いつもならそれでも問題ないよ。だけど、今回はレポートを書いて出さなきゃいけないじゃないか。しかも期限は明後日の月曜日。この10枚がレポートを書くのに一番重要な部分だろう?」
B「まあ、それはそうだよ。だけど…」
A「だったら悪いけど、この10枚をタイプして読めるようにして送ってよ。今日中に。それから僕が急いでレポートを書いて、まあギリギリだな」
B「そんなこと言ったって…」
A「ノートは読めなきゃノートじゃないよ。僕はタイピストじゃないし、第一このノートは僕には細かい所が読めないから清書しようがない。じゃあ、僕は用があるからこれで。ノートは今日中に必ず、ね」

そう言ってAさんは席を立ちます。
Bさんは引きとめて文句を言おうかと思いますが、Aさんはどうせ聞く耳を持たず、一方的に自分の都合を並べるだけだろうとあきらめてしまいます。
Aさんはいつもこんな風だからです。
あきらめて自分がノートをタイプしてしまえばそれで済む。
とはいえ、今日は別の友人と飲みに行く約束があったのですが、約束はどうもお流れになってしまいそうです…

さて、BさんはどうすればAさんともっと上手にコミュニケーションができるのでしょうか?

(第25回続く)

<24-2>頭に血が上っちゃうんですが・・・(2)

2005-11-24 | 第三部:実戦で交渉に勝つコツは?
では、どうしてこうした「意外」な結果が出てきてしまうのでしょうか。

カギは、ヒトの認知プロセスにあります。
ヒトはある物事を経験するときに、何でもオープンにまっさらな頭で受け止めるのではなく、色々な解釈を自動的に付け加えて理解しています。
その無意識の解釈が、目の前の現実や相手の反応と矛盾するとき、自然ないわば防衛反応として、「こんなのはおかしい」と怒りが生じてくるのです。

具体的には、ヒトの理解の過程には4つのステップがあります。
一歩目の理解に基づいて次の一歩を進め、最終的な思い込みが成り立っていくので、ビジネススクールではこれをLadder of inference(解釈のハシゴ)と呼んでいました。
四つのステップとは、次のものを指します。

1. データの選択
2. データの解釈
3. 解釈に基づく評価
4. 評価に基づく前提

簡単に言えば、1.はまず、判断の上で何が大事なことなのか、何を元に物事を判断するか、判断の元となるデータ(現象)の選び方です。

さらに選んだデータ(現象)に対して、それがポジティブなのかネガティブなのか、どう取れるのか、解釈の仕方は人それぞれです(2.)。

さらにあるデータが仮にポジティブだとしても、「だから交渉に対してそれがどういう影響をもつのか」という評価はヒトによって違います(3.)。

最後に、交渉へのある影響がありそうだと分かったとしても、交渉の中でどこまでそれを「前提/所与」と考えるかは交渉者次第でしょう(4.)

このように、思い込みや前提の背後にはいくつもの判断の階層が存在します。
これらの階層のいずれかで、相手(や目の前の現実)とあなたの間にギャップが生じているからこそ、「こんなはずじゃなかった」という事態が生じてしまうのです。

例を挙げて考えてみましょう。

AさんがBさんに物を売る交渉をしているとします。
一回目の話し合いでは、Bさんは話し合いの間中しぶい表情をして、「そんなに予算がないから」と乗り気でない様子を見せていました。
しかし話し合いの最後になって表情を和らげ、「次回の話し合いまでにもう少し検討しておく」と話し、二回目の交渉を約束しました。
二回目の交渉に臨むにあたって、AさんとBさんは交渉にどんな期待をもっているでしょうか。

Aさんとしては「前回Bさんが最後に表情を和らげて前向きな発言をした」こと(データ)を重視したくなるでしょう(1.)。
Aさんから見れば、Bさんの表情はポジティブなもので、とても清々しそうなものに見えました。だとすると、Bさんも交渉戦術上しぶい顔を見せていただけで、ホンネの部分ではまだまだ交渉成立への意欲があるのかもしれません(2.)。
Aさんにとっては、Bさんの面子を立てつつその関心をうまく引き出してやれば、交渉成立に向け有利な進め方ができることでしょう(3.)。
ともかくAさんとしては提案をブラッシュアップして交渉に向かいます。と同時に、二回目の交渉では当然Bさんサイドから何らかの提案があったり、うまくすればこちらの前回の提案を了承してくれるかもしれないと考えます(4.)。

一方Bさんから見ると、「あまり乗り気がしないので前回こちらはずっとしぶい顔を見せていた」という印象の方が強かったりするでしょう。最後に表情が(無意識に)和らいだのは、トイレに行きたいのを我慢していて、やっと交渉が終わったからかもしれません(1.)。
Bさんの常識からすれば、あれだけ一生懸命説明する売り手にあれだけ鈍い反応をしていたのだから、当然ネガティブな反応であったことは相手に通じたと思うでしょう(2.)。
それだけネガティブなら、「基本的にこの交渉はまとまらなそうだ」と相手も評価しているはずです(3.)。
だとすると、(そもそもBさんは乗り気でないので)「あれだけいやな顔を見せておいたから、相手も分かってくれて、打ち切ればそれでOKだと考えます(4.)。

こうした二人が交渉に臨めば、お互い「こんなはずじゃなかった」とひと悶着あることは想像に難くありませんね。

このように同じ経験(この場合一回目の交渉)を共有していたとしても、その中で何が重要だったか、それをどう解釈できるか、それが交渉にどんな影響をもつか、ヒトによって考え方にバラつきが生じることは非常に多くあります。

交渉など生産的なコミュニケーションを円滑に進める一つのカギは、こうした理解の相違を「当然起こるもの」と受け止め、どこでどうお互いがずれているのかを明確にしていくことです。
その際相手を批判したり、どちらの解釈が「正しいか/優れているか」を競う姿勢をなくすことが重要です。
交渉は互いの利益のために行われるものであって、真理を探究する議論ではありません。

-どちらの意見が正しいのか?
-どちらの理解が本当の意味で優れているのか?普遍的なのか?

といったことが交渉の争点になってしまっているとしたら、そしてそのために話し合いが怒気を帯びてきているとしたら、こう考えるべきです。

-どちらも正しい。そんなことは問題じゃない。あるのは前提の違いだけ。

解釈・前提を自在に使ってものを考えられるようになると、よほどえげつない発言を受けない限り、交渉で腹が立つことはなくなるはずです。
基本的にはこれで十分に交渉の上級者なのですが、さらに話を深めていくと色々な技・コツがあります。
そこでこの議論を進めた応用として、相手の挑発的な発言にどう対処したよいか、を次回は考えてみたいと思います。

<24-1>頭に血が上っちゃうんですが・・・

2005-11-21 | 第三部:実戦で交渉に勝つコツは?
交渉に限らず、他人と話をするときに意見が食い違い、相手の無理解に腹が立つことはよくあると思います。
こちらが腹を立てて相手をなじれば、相手もまた機嫌を損ねて感情的な対立はエスカレートするでしょう。
交渉を有利に運ぶためには、感情に囚われることは大きなマイナスになってしまいます。
今回は、こうしたイライラにどう対処すべきかを考えてみたいと思います。

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-なんでこんな簡単なことが分からないんだ!
-そんなわけないだろう!
-これ以上話しても時間の無駄だ!

こんな言葉が喉もとまで出てくることはないでしょうか。

交渉のように双方が自分の都合の良いように話を導こうとする場合には、なおさら相手の頑強さに腹がたってきます。
わざと話を理解できなかったふりをしたり、わざとこちらの言ったことを軽んじて脅しをかけてきたり。
普通の会話以上に、相手への思いやりなどかけらもない言動が平気でとられるのが交渉です。
こうした相手の態度に加えて、話が同じ部分で平行線をたどり一向に進まなくなると、時間ばかりが過ぎてますますイライラが募ることにもなります。

どうしてヒトは頭に血が上ってしまうのでしょうか?

一口に「怒り」といっても色々なタイプがあり、それが引き起こされる条件も多様です。
とはいえ、怒りが生じる源泉を考えてみると、主なものの一つに「意外性」が挙げられるでしょう。
すなわち、ヒトは自分が予期していなかったこと(「意外なこと」)を突然突きつけられると、内容はどうあれムッと不快を感じるのです。
増して、突然突きつけられるものが相手からの攻撃的な発言だったりすると、不愉快さもひとしおです。
テレビのドッキリカメラなどでは、突然のイタズラがやらせだと分かってもプロの出演者は笑ってすませますが、普通の生活で同じことが自分に起こったなら、いくら他愛ない内容であってもかなりのヒトは腹が立つのではないでしょうか。

交渉で「意外性」から腹が立つ場合、こちらの頭の中に相手に対する無意識の(勝手な)前提があるケースが多いものです。
例えば「この交渉相手はこちらに協力的だろう」と思っていて、いざ交渉に入ったら強硬な態度で要求を繰り返されたりしたらどうでしょう。
或いは、「前回の交渉で相手もA案で合意したから、今回は細かい手続きを話し合うだけだ」と思っていたのに、相手がまたゼロから交渉してきたらどうでしょう。
いずれのケースも腹が立つでしょうが、こちらが楽観的な見通しをあらかじめ持っていればいるほど、かえってますます怒りが激しさを増すでしょう。

では、どうしてこうした「意外」な結果が出てきてしまうのでしょうか。

(第24回続く)

<23-2>アクティブリスニングってなに?(2)

2005-11-17 | 第三部:実戦で交渉に勝つコツは?
アクティブリスニングの概念は、「自然状態で普通にやっていてはリスニングはできない」という発想から出発しています。
受動的(パッシブ)に話を受けようと思っていてもつい自分の考えを差し挟んでしまうのが人間だからです。

そこで次のような3つの原則を受け入れることがアクティブリスニングの考え方になります。


(1) 相手に聞いてもらうには、まずこちらが聞く耳を持つ必要

話がうまくいかなくなると、こちらも相手の話を聞けず、それを見て相手がさらに態度を硬化させるという負のサイクルが働きます。
そうして時間だけが無駄に過ぎてはこちらにとっても大きな損失です。
これを正のサイクルに持っていくには、まずどちらかが規範を示す必要があります。
こちらが話を聞く耳をもてば、多かれ少なかれ向こうも話を聞かなければならないプレッシャーが生まれるのです。

(2) 相手に「話を聞いてもらった」と思わせた方が勝ち

論争している相手の話を無条件に聞くことには誰しも抵抗があるものです。
しかし多くのヒトは「自分の話を聞いてほしい」という欲求を強く持っており、増して話が熱くなってくれば話の内容以上に、とにかく今この場でその欲求を満たすことがメインの動機になってきます。
逆に言えば、話さえ聞いてやれば多くの相手はこちらの想像以上に満足感を持ち、高ぶった感情も収まるものなのです。
相手の感情をコントロールする手段として、これほど有効な武器を放っておくのは勿体ないと考えるべきです。

(3) 相手の話を聞くことは学習の機会や情報の宝庫

特に交渉では、相手に情報を引き出させれば出させるほど有利になります。
相手が自らそうした資源を惜しげもなく提供しようというのなら、ありがたく頂戴すべきです。
交渉のような勝ち負けのある会話でなくても、相手の話を学習の機会と捉え、幅広い好奇心を持つことは決してマイナスにはならないと考えられるでしょう。

一方具体的な手順としては、アクティブリスニングは三つのステップから成ります。
3まで至ればまた1に戻るというループで会話を続け、相手の話を引き出すわけです。
簡単にまとめると次のようになります。


1. 承認

相手の言っていることをそのまま受け止めます。
「なるほど」、「そうですか」、「分かります」といった表現です。

重要なことはここで相手の言った内容に対する批評や判断をまじえないことです。
相手が発言してこちらがそれを聞いた、という事実を承認してあげるわけです。

2. 言い換え

会話の接ぎ穂となり、またこちらの理解を確認する方法としてはパラフレーズ(言い換え)が有効です。
「仰ったことをまとめるとXXということですよね」といった表現です。
繰り返しがくどく思えるかもしれませんが、的を得た言い換えであれば相手はむしろポジティブな感情を持ちます。
さらに要約や表現の仕方を微妙にコントロールすれば、こちらが話題をコントロールする主導権を握ることができます。

3. 質問

とりあえず今相手の言ったことを聞けたなら、関連する質問で話題を深掘りしてあげることが有効です。
「YYは具体的にはどういう意味ですか?」とか「ZZの点はどう考えますか?」といった表現です。
的を得た質問はこちらの「聞いている」という姿勢を印象付け、また相手に話題を与えさらにしゃべる機会を与えるので満足感が高まります。
さらに質問する内容をコントロールすれば、自分の聞きたいこと、話したいことの方へ話題をコントロールすることもできます。

3まで至ればまた質問への回答が帰ってくるので、これに1の承認をしてプロセスを繰り返してやればよいわけです。

コミュニケーション手法や話し方は、それらがあまりに日常的なためこうしてハウツーにまとめると奇異な感じがするかもしれません。
しかし「何もしなくてもできる」と自分を過信していては、誰もが陥る悪いクセを踏襲するばかりになってしまいます。
そうした意味では、「自分の意識次第で自分の話し方が大きく変わる」という認識をモノにすることこそ、こうした手法の本当の価値なのかもしれません。

ここまで交渉でのコミュニケーションを扱ってきました。
しかし現実では相手との話し方を工夫しようにも、頭に血が上ってそれどころではなくなる、という場面も多いかと思います。
そこで次回からは、交渉で自分の感情にいかに対処するか、を考えていきたいと思います。

<23-1>アクティブリスニングってなに?

2005-11-14 | 第三部:実戦で交渉に勝つコツは?
コミュニケーションのハウツーは世の中にたくさん出回っています。
ビジネススクールの交渉論も基本的には「自分でそうした本を読みましょう」というスタンスでしたが、アクティブリスニングという概念は特に紹介されていました。
そこで今回はこの考え方をみてみたいと思います。

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-なんで話がかみあわないんだろう?

交渉に限らず誰かと話しているとき、誰もがこうした苛立ちを感じることがあると思います。
会話を円滑に進める技術があれば、いろいろな場面で非常に役に立つでしょう。
特にお互いの利害が絡んだ真剣な話し合いではそうしたワザがとても重要になります。(たとえば交渉のように)

では、話がかみあわないのはどうしてなのでしょうか?

話している内容が本当に支離滅裂な場合も時にはありますが、多くの場合話しのキャッチボールが成立していないことに原因があるようです。
話がスムーズに進まず喧嘩になった時を思い浮かべてみてください。
例えば、次のような発言をしてしまうことはないでしょうか。

「その考えは間違っているよ」
「そっちの言うのも分かるけど、こっちは他にやりようがないんだ」
「君は本当はこうすべきなんだよ。まず…。次に…」

どれも赤提灯に飲みに行ってクダをまいている時に出てきそうなセリフです。
「こんなこと自分は言わない」と思っているヒトも多いでしょう。
しかし何かの拍子にこうした言い方はひょいと顔を出すことがあります。
なぜなら、何かを強く主張したりアドバイスをして聞かせる事は誰にとっても大きな満足感をもたらすからです。
相手の話を聞いてやるつもりでも、いつの間にかこちらばかりが意見を主張し、言いたいことを言ってさっぱりしたと感じていることがあるものです。あれこれアドバイスした方からすればそれでも良いでしょう。
しかし話を聞いてもらう方からすれば話し足りない気持ちが残りますし、自分の意見が反映されないアドバイスを心から受け入れるのはとても難しいことです。

結果として聞いてもらうつもりだった方は「分かってもらえない」「どこか話がかみ合わない」と感じ、その不満が会話をさらにぎくしゃくさせていくものなのです。相談事のように明確な話し役/聞き役が決まっているケース以外でも、こうした感覚が積もればは話し合いをすれ違いに追い込む元凶になります。

相手の話をきちんと聞いてやることは、話を「かみ合わせる」上でとても重要です。
そして相手の話を聞く上で典型的な障害は、上に述べたような誰もが持つクセだと言えます。
具体的には、

1. 断定(「その考えは間違っている」)
2. 自己防衛(「こっちには他にやりようがない」)
3. 問題解決(「君はこうすべきだ」)

といったスタンスが過剰なことが問題なのです。
しかし人間誰しもこうした行動を自然に取ってしまうクセをもともと持っているので、自然な状態ではこれらを排除するのは非常に困難です。

ではどうすれば相手の話をうまく聞けるのでしょうか。

(第23回続く)

<22>コミュニケーションの4Pってなに?

2005-11-10 | 第三部:実戦で交渉に勝つコツは?
準備が終われば、さあいざ交渉の始まりです。
さて、交渉の場に実際に出てみると最初に試されるのは、相手とどういうコミュニケーションをとるか、です。
効果的な話し方についてはいろいろな手法やハウツー本が世の中に出回っていますが、今回はビジネススクールで特に取り上げていた「話し方の定石」について説明します。

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-どんな話し方をしたら交渉で有利になるんだろう?

MBAで交渉実習をしているときに悩んだ点です。
英語でやる難しさがあるのはもちろんですが、それ以上にどんな態度や姿勢を見せたらいいものか試行錯誤を繰り返したものでした。
ある講義では、「コミュニケーションの4P」なる概念を紹介していました。
それぞれの頭文字がPなので四つの要素を4Pと呼んで覚えやすくしてあります。
この四つの要素が、交渉でのコミュニケーションで忘れちゃいけない重要なカギだというわけです。
今回はこの4Pの概念を取り上げて、簡単におさらいして見てみましょう。

まず、4Pとはそれぞれ何でしょうか。
並べてみると以下の四つになります。

1. Purpose
2. Product
3. People
4. Process

以下、順に一つずつ見てみましょう。


1. Purpose (目的)

なんのためにその相手と話をするのか、そもそもの目的のことです。

相手と話す際には、どんなことを達成したいのかあらかじめ頭の中で明確にしておくことが重要です。
話し合いが終わって席を立つ自分を想像して、その時点で達成していたいゴールが何かを考えれば目的はおのずと明らかになるでしょう。
第二部で説明したキーワードに翻訳すれば、Interest(自分の利害関心)をあらかじめ整理しておくことと同義と言えます。

2.Product (成果物)

話し合いの結果として生まれる、具体的な成果物のことです。

合意案やその付帯条件とも言い換えられます。
話し合った内容を後々まで有効にするためには、具体的な条件に落としこみ、書類などの形にすることが大切です。
話し合いの席を立つ前に、議論した中身がはっきりとした成果物に落ちているか、再確認が有効でしょう。

3.People (参加者)

話し合いの参加者に対する関係作りです。

話し合いは多くの場合一度で終わるものではありませんし、またある交渉で得た評判は、良かれ悪しかれ将来の話し合いに影響を及ぼします。
要は、あまりに相手に嫌われる交渉を続ければ周囲は交渉を避けたり容赦なくえげつないやり方に訴えてきますし、相手に好かれていけば先々も譲歩を得られる可能性は高まるのです。
話し合いの直接の目的や成果に加えて、一方で相手と良い関係が築けているかは常に横目で見張っておくべきです。

4.Process (手順)

最後に、話し合いの手順は非常に重要です。

何を、どこで、いつ、どのように話すかを決めることは円滑な議論に不可欠です。
何より、以前にも説明しましたが、話し合いの内容とは別にまず手順を合意することで、お互いの協調関係を作り交渉をスムーズにする効果も見込めるのです。
また中級者以上の交渉ではこの手順をどちらが支配するかで勝負が決まってきます。
自分に都合のいい流れを作るには具体的な発言内容そのものよりも、物理的な背景(声の大きさ、発言の頻度など)も大きく作用するからです。

以上、4つのポイントを頭に入れて、次回はコミュニケーションの上級編である、アクティブリスニングについて話を進めたいと思います。

<21-3>交渉準備のイロハ(3)

2005-11-07 | 第三部:実戦で交渉に勝つコツは?
5. Commitment(コミットメント)

ここまで1~4と順に利害関心・合意案・正当性・交渉外の代替案を見てきました。
これだけそろえばたいていの交渉には対応できそうです。
しかしながら、レベルの高い交渉人であれば忘れてはならない要素がまだいくつかあります。
何より大事なのは、交渉のゴール、つまり交渉が終わった時点で達成しておきたい条件を明確にしておくことです。
言い換えれば、交渉相手と自分がこの交渉を通じて何にどこまでコミットメントを持つか、目指すべきプランを練っておくのです。
こうすることで、交渉を通じてずっと「本来目指していたもの」から視点がぶれることを防げますし、その交渉が有利に進んでいるのかを把握することができます。
こうしたコミットメントを考える際に、目を配っておくべき要素は2つあります。

第一に、どんな項目について互いのコミットメントを発生させたいのかを明確にします。
これは2.代替案のところで説明した代替案の方程式を構成する一つ一つの項目と同じです。
例えば価格交渉であれば、価格・数量・納期といった項目が並ぶでしょう。
第二に、今回の交渉でどの位のレベルまでコミットメントを発生させたいのか、項目ごとに整理します。
ある項目について話し合うといっても、議論の行き着く段階にはいくつかレベルがあります。
細かく言えば、どんな交渉でも:

その項目について意見を表明する→合意案のオプションを出す→どの合意案が良いか意見を表明する→ある合意案で仮合意する→最終的に合意する

と5つ位のレベルがあります。今回はどこまでの結果を出したいのか、整理しておくことで交渉のゴール、そこに臨むスタンスがさらに明確になるのです。

6. Relationship(相手との関係)

交渉の争点(話し合いの内容)について準備が終わったら、あとは交渉を支えるプロセスの要素に視点を移します。
具体的にはまず、相手との人間関係をどんなものにしたいか考えるのです。
ここで整理しておくべきなのは、相手との関係のありたい姿と、そこへ至る道筋です。
実際に準備する際には、下記のようないくつかの段階を踏むほうが分かりやすいでしょう。

まず第一に相手との関係が現在どうなっているか、箇条書きにしてみます。
対立的か・協調的か、互いの理解がどこまで進んでいるのか、を考えていきます。
書き終えたら、それが理想的にはどのようにあってほしいのか、理想像を横に書いていきます。
次に、もし互いの理解や関係構築への積極性にギャップがあるとしたら、何が原因になっているか、阻害要因を箇条書きにします。
これらを元に、理想の関係を気づいていくにはどんな打ち手がありそうか考えておくわけです。

7. Communications(コミュニケーション)

最後に、話し合いの中でどんな調子でコミュニケーションをするか、も予め方針を考えておきます。
「コミュニケーションの準備」と言っても、内容は二つの意味があります。

一つには、議論の内容、つまりどんな筋立てで話を持っていくかのストーリーを考えることが挙げられます。
ここまで準備した各要素から、相手を説得するために議題の順番、こちらから提案するオプションを順番に書き下します。
一方で、コミュニケーションを構成するのは話の内容(what)だけではありません。
同時に重要なのは、どんな風に話をするか、つまりhowの部分であり、交渉の進展に非常に強い影響を及ぼします。
この部分については、準備そのものというよりも実際の会話の中で技が問われる動態的な部分が大きいので、次回以降この点にフォーカスを当てて議論を進めていきたいと思います。

<21-2>交渉準備のイロハ(2)

2005-11-05 | 第三部:実戦で交渉に勝つコツは?
7つのステップの続きです。

2. Options(合意案)

次に、交渉のそれぞれの争点について、どんな合意案があるか列挙していきます(ここでいう争点とは、前回の「0.状況整理」で用意しておいたものです)。
双方の利害が対立しそうな各ポイントについて、理屈で考えられる合意案をできるだけ多く列挙しておくべきです。
どの案に落ち着くのがこちらにとって有利かどうかはさておき、まず交渉が落ち着く先(結果)のあり得るシナリオを把握しておくことが主眼だからです。

ここで重要なポイントは、合意案を「方程式にすること」です。

多くの場合、合意案はそれぞれ利害関心がからむ複数の付帯条件を含んでいます。
これら複数の利害関心の相互関係を整理し、あり得る組み合わせ(足し算、掛け算)を考えておくことがここで言う「方程式」なのです。

具体例で考えてみましょう。
ここでAさんがBさんにある絨毯を売る交渉をしているとしましょう。
合意案を考えてみると、単に「XX円でこの絨毯を売る」という要素以外に、いろいろな付帯条件があるはずです。
例えば絨毯の引渡しはいつなのか、絨毯の送料はどちらが負担するのか、何か絨毯に瑕疵(問題)があった場合どうするのか、といった点は曖昧にすべきでないでしょう。
また売り手のAさんから見たら、「もっとたくさん買ってくれたら割り引いてもいいのに」と思うかもしれませんし、買い手のBさんからすれば「絨毯の色にあうインテリアもつけてくれたら多少高くてもいいのに」と思っているかもしれません。
こうした「あってもなくても良いが実は気になる」付帯条件も現場では非常に重要です。
まとめると、まず必須の付帯条件を整理します。
例の場合は下のようになるでしょう。

合意案=絨毯の価格+引渡し時期+送料負担+瑕疵担保責任

さらにAさん、Bさんの潜在的な関心も加味すると、次のように書けるかもしれません。

合意案=(絨毯の価格×数量+おまけのインテリア)+引渡し時期+送料負担+瑕疵担保責任

方程式の各項(価格、数量、引渡し時期など)それぞれについて、複数のオプションがあるでしょう。
掛け合わせて考えると組み合わせは無限にもありますが、特に主要な組み合わせを考えておけば十分でしょう。
大切なことは、どの要素をどう変えるとこちらに望ましい案になるのか(または逆に相手から見て望ましいのか)理解しておくことだからです。

3. Legitimacy(正当性)

交渉の争点と合意案が用意できたら、各争点で何に依拠して正当性を判断するか、Criteriaとなる要素を用意しておきます。
交渉が始まり個別の争点について主張しあうと、意見が食い違って堂々巡りになることがあります。
そうした際には、「何をもってこの争点を裁くべきか」という基準が重要になってくるからです。

例えばAさんがBさんに絨毯を売る例で考えると、Aさんは自分の価格を正当化するため「これが相場だ」「これ以上下げたら利益が出ない」と主張するかもしれません。
これらを言い換えると「価格は市場価格と同様になるべき」「売主の利益は一定水準確保されるべき」で、だからこの価格にすべきだ、という構成になります。
こうして「市場価格」や「一定水準の利益」を正当性の根拠として挙げたら、あとは「ほんとに市場価格がそうなのか」「ほんとに利益はそうなのか」という検証に議論が移るでしょう。
理性的な話し合いで相手を論破しようとすると、こうした正当性がどうしても不可欠なことが分かるでしょう。
ただし、実際の交渉では、理性的な議論は重要ではあるがあくまで技の一つに過ぎません。
正当性はあくまで重要な武器の一つとして考えておくべきでしょう。

4. Alternatives(交渉外の代替案)

上記の1~3、利害関心・合意案・正当性は議論の中身を構成する要素として、話し合いの最中も意識しておくべきことです。
と同時に、忘れてはいけないのが交渉外の代替案、すなわちBATNAです。
第二部までも何度か紹介したように、BATNAは交渉で最も重要な、相手へのプレッシャーを醸し出す要素なのです。

ではどんな風に準備すればよいのでしょうか。
まず自分の側から言えば、何よりあり得るBATNAを出来る限り列挙してみることが第一歩です。
交渉に頼らないとしたら何が出来るか、じっくり考えてみるのです。
その上で、どの代替案が現時点で最も強いものか、一つ選んで丸をつけます。
交渉中はこの丸をつけたBATNAを一貫させ、決して曖昧にしてはいけません。
さらに、このBATNAを強めるために何が出来るか、も考えて書き出しておくべきです。
例えば、交渉と平行して別のパートナーに何らかの合意を取り付けておくとか、交渉中にどんな点を相手に主張するかを整理しておきましょう。

一方で、相手側のBATNAについても情報収集と整理が欠かせません。
何より相手のBATNAが本当の所何なのか、出来る限り情報収集に努めるのはもちろんですが、分からない部分があればいくつかの可能性として列挙しておきます。
さらに自分のBATNAとは逆に、相手のBATNAはそれをどう弱められるかを考えて準備しておきます。
典型的には、反証を交渉の場に持ち込んだり、相手の根拠を弱める新情報を準備しておくことが挙げられます。

(第21回続く)

<21-1>交渉準備のイロハ

2005-11-04 | 第三部:実戦で交渉に勝つコツは?
実際に交渉するとなると、多くのヒトは(特に日本人は)「とりあえず交渉の場に出て相手の出方をみよう」と思うようです。
臨機応変に、相手の出方に応じて柔軟な対応を考えたほうが有利に思えるからかもしれません。

しかしながら、実際に交渉のプロが準備ゼロで現場に出ることはほとんどありません。
やむを得ない場合を除いては必ずしっかりとした準備がされるべきであり、まず準備段階で勝負の半分が決まると言っても過言ではないのです。
では、どんなことを準備したら良いのでしょうか。
今回からは、筆者が習った交渉準備の7つのステップを題材に、どう交渉を準備したら良いか考えてみましょう。

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-交渉の準備といっても、何をしたらいいんだろう?

実際に交渉に出る局面を考えると、こんな疑問が頭に浮かぶかもしれません。

とりあえず分かっている情報をまとめて、大体どんなことを要求しようか考える。
筆者も交渉術の授業を受講する前はおおよそこんな感じの漠然としたイメージを持っているだけでした。
準備をどうするか、は一見シンプルですが非常に重要なトピックともいえます。
ネゴシエーターの基本ともいえる交渉準備について、筆者のビジネススクールで教えていた枠組みを考えていきましょう。

ここで紹介する枠組みは、7つの要素から成ります。
慣れないうちは特に、それぞれの要素について、必ず紙に落として準備することが重要です。
そして準備に対しては、交渉そのものと同じくらいの時間をかけるのが一つの目安です(それほど交渉では準備がカギとなるのです)。

では、実際の準備に即して順番に手順を一つずつ見ていきましょう。

0. 状況整理

まず7つの要素に入る前に、基本的な状況整理をします。
ここで重要なのは2つのポイントについて、網羅的に考えておくことです。

第一に、誰が交渉の関係者なのか、すべてリストアップすることです。

この場合、明らかな交渉相手だけではなく、その背後にある利害関係者を、間接的な関係しかない存在も含めて洗いざらい書き出します。
また、中立的な存在であっても、交渉に何らかの関心がありうるのなら、一緒に書き出しましょう。
出来るなら、こうしてリストアップした登場人物について、誰が誰に対してどんな関心を持っているか、絵にしてしまう方が分かりやすいでしょう。
こうして登場人物を網羅的にリストアップすることで、頭の整理になることは勿論です。しかしプロはさらに一歩進めて、そのリストを元に仮想アライアンスの可能性を考えるといいます。
具体的に言うと、今は敵側のバックについている存在でも、問題の捉え方によっては味方に抱きこめるかもしれません。
あるいはそもそも今回の直接の交渉相手を動かすには、別の第三者が交渉相手にプレッシャーをかける事こそが肝になるかもしれません。
要は、交渉を誰と、何について行うのが最も良いのか、「この相手と交渉するんだ」という枠から離れて、別の選択肢も考えることに意味があるのです。
個別の交渉戦術を離れて、誰と、いつ、何について交渉すべきなのか、全体設計を考えるわけです。

第二に、何が争点なのかも網羅的にリストアップします。

ここでは交渉を問題解決と捉え、どちらが有利か不利かもとりあえず置いて、純粋に問題を書き下して見ます。
この段階では、どう交渉するか、とかどちらが有利か、を考慮する必要はありません。
単純に「このまま話し合いに入ったなら、どこで意見が食い違いそうか」をアイデア出しすれば良いのです。
これら二つを整理してみることで、交渉がおかれた現状が以前より明確になっているはずです。

いよいよ、7つの要素の準備に取り掛かります。

1. Interest(利害関心)

状況の整理ができたら、各登場人物の利害関心について、ここでもう一歩深く考えておきます。
自分側、相手側、さらに直接交渉には参加しない関係者に分けて、それぞれが「こうなったらいいな」と思っているであろう事を推測し、箇条書きにするのです。
ここで重要なポイントは2つあります。

第一に、箇条書きの項目が多く分かれば多く分かるほど交渉が有利になります。

つまらないと思うことでも、できるだけ多く書き出しておくべきです。
なぜなら、Interestが多く分かっていればいるほど交渉で戦術の幅が広がるからです。
何となれば、Interestが分かっているということは、譲歩しても良いと思うポイント、魅力を感じてどうしてもこだわるポイントを把握できることにつながります。
それらが分かってしまえば、どこで妥協すれば相手が合意しても良いと思うか(またはその逆)、推測することができます。

第二に、相手やその他の関係者を一枚岩と考えず、できるだけ細かく分けて考えておくべきです。

実際の交渉では、異なるバックグラウンドから様々な交渉人が集まってチームを組むことがあります。
例えば国際企業間の交渉では、本社の人間と現地法人の人間が一緒にチームを組んで、地元企業と交渉することもあるでしょう。
こうした場合、例えば本社と現地法人で微妙な利害の対立がある可能性もあります。
あらかじめそうした温度差が明らかになっていれば、交渉相手はそこをついて揺さぶりをかけることもできるのです。

(第21回続く)

<20-2>デキル人の交渉ってどんな感じ?(続)

2005-09-30 | 第三部:実戦で交渉に勝つコツは?
7つのポイントの続きです。

4.基本的に協調路線だが、必要に応じて脅しも辞さない

国際政治の場などを考えるとイメージしやすいものですが、優れた交渉人は交渉と脅迫との微妙なバランスを利用することに長けているものです。
例えば六カ国協議のような交渉の場を考えてみましょう。
そうした場では「話し合いに応じる」ことが大前提ですが、だからといって「実力行使も可能性ゼロでない」という姿勢がないと、相手に妥協を迫るプレッシャーが不足することになるわけです。

そのために優れたネゴシエーターが得意とする点は、(暗黙のものも含め)脅しを現実的なものに見せるスキルです。
ただし実際に脅迫の内容を実行してしまえば、たいてい大きなコストが発生しますし相手も絶望的な反抗手段に出る可能性があります。
従って、相手を追い詰めすぎないようバランス感覚が非常に重要とされるのです。

5.相手との摩擦を予め予期し、冷静に対処する

特に日本人の場合、話し合いの中で相手との摩擦が大きくなることを極力避けようとするクセがあるようです。
確かに、交渉相手との関係が良好なほうが、何かと話し合いも円滑に進むでしょう。
しかし、交渉のもともとの目的はこちらのInterestを実現することなのであり、多くの場合相手側のInterestはこちらと相反するものなので、むしろ摩擦や衝突は必然と考えるべきです。

優れたネゴシエーターはどこで意見がぶつかるか、予め予期して準備することを重視します。
ある意味では、交渉に準備して臨むのはそうした摩擦に効果的に対処するためなのです。
冷静な対応をする力があれば、感情がエスカレートしたり一方的に相手につけこまれたりすることもありません。
むしろ交渉の枠組みを再定義したり、利害の対立しないイシューで合意を形成するなど、摩擦と合意のバランスをコントロールしながら交渉を進展させることができるのです。

6.合意へ向かう「流れ」を作る

交渉が合意に至るまでには、長い道のりがあります。
互いに自分の主張を出し合い、妥協する必要が感じられてもできる限り粘る。
一通りのせめぎ合いが終わらないと、「では合意しよう」という納得が生まれないものなのです。

優れた交渉人はそうした交渉者の心理的な動きを深く理解しています。
そこで、例えば序盤から無理に交渉を終わらせるような発想をせず、常に相手が心理的にどのステップにあるか観察を続けます。
共通のビジョンの提案や進捗の確認など、最終的な合意に至る前の途中の目標点を用意して、まずそれらを橋頭堡として確保します。
しかる後に、合意に至る勢いを醸成するわけです。

7.仲介の立場から交渉をリードする

最後に、交渉する際に重要なことは、交渉の参加者だけでコトが決まると思わないことです。
一見何のことか分かりにくいですが、要は交渉ではこちらに相手にも、背後に利害関係者(例えば交渉国の国民、交渉者の雇い手、上司など)がいるものです。
こうした背後の「黒幕」が納得して動ける合意案でない限り、たとえ交渉人個人がよしと思っても彼らサイドがその案をよしとすることはできないのです。
ある意味で、交渉人は常に仲介役に過ぎないのです。

そこで優れた交渉人は、自らのこうした「仲介役」としての役割を理解し、それに基づいて最大の価値を生み出そうとします。
例えば、相手の交渉者も同様に仲介役としての側面を持っていると考えれば、仲介者同士で協力して双方が納得する案を考えようとするアプローチも有効かもしれません。
時には、合意できそうな案について、相手の交渉者が背後の黒幕に「この案が良い」と説得する手助けを一緒に考えることもありえるでしょう。
互いの立場を必要に応じて中立化できることは、交渉を上手に進める上で必須の技術なのです。


以上、今回は歴史的なケーススタディから優れた交渉者の基本となる動き方を7つの原則として紹介しました。
第三部は交渉の実践に重きをおこうと考えており、今回の原則は総論としての心構えの再確認といえます。
次回は、実践上まず第一に必要となる、交渉の準備をどのようにしたら良いのか、を考えてみたいと思います。

<20-1>デキル人の交渉ってどんな感じ?

2005-09-22 | 第三部:実戦で交渉に勝つコツは?
今回から第三部、いよいよ交渉の実践的なテクニックに話を移します。
第三部では交渉する上で典型的な悩みを順次取り上げ、それぞれどう対処すべきかを色々な視点から考えていきたいと思います。
本題に入る前に、最初となる今回はネゴシエーターの「あるべき姿」について、著名な教授の論をもとにおさらいしておきたいと思います。

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-どんな話し方をしたら交渉で有利になるんだろう?

MBAで交渉実習をしているときにいつも悩んだ点です。

誰しも上手に交渉するには試行錯誤があります。
英語でやる難しさがあるのはもちろんですが、それ以上にどんな態度や姿勢が「勝ちパターン」なのか、感覚をつかむまではどうしても自分の交渉にしっくりこないのです。

そこでビジネススクールではあれこれ異なる交渉のアプローチを教えてくれます。
最適のやり方は一つだけではなく、自分に合ったスタイルをその中から抽出しましょう、というわけです。
色々な方法論の中でも、理論的な枠組みだけでなく実際に誰かがやってきた経験からの示唆が面白かったりします。
今回はそうした経験から結晶化した交渉の「黄金律」の中で、特に面白かったものを、実戦用ガイドラインとして紹介します。
今回紹介するのは、ハーバードビジネススクールのMichael Watkins 教授の議論です。
(同じ内容は「Breakthrough International Negotiation: How Great Negotiators Transformed the World’s Toughest Post-cold War Conflicts」という本にまとめられています)

教授は著名なネゴシエーターのやり方や歴史上大きなインパクトのあった交渉を”Breakthrough Negotiation”と定義し、それらを振り返って7つの大原則にまとめています。
”Breakthrough Negotiator”になるための原則を一つずつ順番にみていきましょう。


1.交渉の枠組みを自ら定める

まず、優れたネゴシエーターの条件として、交渉の状況を所与で固定されたものとは捉えない姿勢が挙げられます。

受身になって相手(あるいは周囲)が言うことを鵜呑みにしていては、創造的な解決策など浮かぶはずがないからです。
優れた交渉人は、交渉が始まると同時に交渉の基本的な枠組みを自分に有利なように定義しようと試みます。

基本的な枠組みとは何でしょうか。
具体的には、誰が交渉に参加すべきか、何が争点なのか、何が制約条件なのかといった、話し合いの前提条件です。
同じ交渉でも、捉え方一つで大きく進展が変わってくるものです。
例えば、互いが敵同士で妥協を要求しあっているのか、大きな共通の敵に向かって共闘するために必要な調整をしているのか、見方次第で同じ妥協も違った見え方をしてくるわけです。
多くの場合、優れたネゴシエーターは交渉そのものが始まる前から、こうした枠組み設定のために交渉相手(や影響力ある第三者)にアプローチします。
テーブルに着く前から交渉は始まっているのです。
話し合いが始まれば、交渉人は

-話し合う議題をコントロールする
-相手に妥協を強いるような具体的アクションをとることをほのめかす
-他の交渉とこの交渉とがリンクしていることを強調する(またはその逆)

といった手段で話し合いの枠組みに影響を及ぼします。


2.相手から体系的に学ぶ

次に、優れたネゴシエーターは交渉中に相手のホンネを学びとることに全力を尽くします。

勿論、交渉が始まる前に必要な準備は徹底的に行います。
しかしながら、どんなに優秀なスタッフが情報収集し交渉の準備をしたとしても、必ずそこには限界があるものです。
だからこそ、交渉中に仮説を立ててそれを試し、相手の反応をうかがって、相手がおかれている状況の理解を常に最新のものとするよう努力するわけです。


3.交渉プロセスを支配する

交渉では、プロセスを制する者が結果も制するものです。
交渉の日時、参加する人数、参加者が囲むテーブルの形、といった非常に細かな要素でさえ、交渉の雰囲気、ひいては話し合いの内容に馬鹿にならない影響を及ぼすものなのです。
例えば、協調を求めているのに、交渉の場やプロセスが相手に不快なものであれば、それだけ相手が協力的な考えに傾く可能性も限られてきます。
一方こちらが強い立場にあって、プレッシャーを与えることで即決を狙っているのであれば、相手の心理を追い込むためにも、用意すべき環境も異なってくるでしょう。
優れた交渉人はこうした交渉の細かいプロセスにも最新の注意を払うものなのです。

(第20回続く)