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 桐生スバル☆☆☆座   

映画好きの座長がWEB劇場・桐生スバル座を始めましたが
東日本震災で故郷FUKUSHIMAが悲惨な状況で帰れないネ~

上から目線の松本元復興大臣が、菅総理の我コソ目線を指摘

2011年08月29日 | 真夏の桜田門
    新装の真夏の桜田門13←クリック)ですので、ぜひ御一覧ください。

 さてさて、福島県出身のWATABE恒三が桜田門外のハンスト・テントで新聞を見てたら、一人の
議員が訪ねてきた。
被災困窮した蝦夷エミシ民に対して「上から目線」で対応したSUGIMITO元復興大臣である。
      

 シミン主党の代議士達は高級官僚出や役人・企業の労組出、が大勢を占めるので、「動かない
ユトリ代議士ばかりだ!」と盟友のOZAWA小四郎も嘆いていたが・・・目の前に立つ彼は解放
運動の経験からか、行動的で、混乱窮地の宮城県知事にまで「長幼の序」の差別を強いる人物
なのだ。(早稲田大学弁論部出身のWATABE恒三は、その恫喝映像の中の「長幼の序・・・」
       の意味が解らなくて、老いてからの不勉強を悔いた)

 (A)SUGIMITO元大臣は「管直亮総理は我コソ目線で自分だけ脚光!好きの男、仕事仲間を立て
  ないのです。」と話しかけてきた。
   彼の実家が建設業なので、震災6日後には復興計画をマトメて提案したにもかかわらず、
  管総理はしばらくしてから「復興構想会議だ!」をマスコミ発表・・震災3ヶ月後の6/25に
  発表された復興計画の内容は変わらなかったし、有識者たちが考えた綺麗事のスローガン
  だけがJマスコミの関心を集めた。

 (B)WATABE恒三はJマスコミ陣の前で大見得をきる管直亮を思い出す。
     O157病はカイワレ大根が原因だ!=裁判敗訴、
     エイズ郡司メモ見つけタ!=未確定時期の案件メモ、
     政治主導ダ!=半年後も震災対策が遅れ、
     総理辞める!=メドが立つまで、
  そして、原発廃止!=エコ代替エネルギー転換の大見得は、
      彼のエゴエネルギーのベント発散にすぎないのだ。

 (C)ナゼ?Jマスコミは管直亮総理を無批判に報道するのだろうか? それは
    「今の最後の言葉はオフレコです。いいですか? 皆さん。
   絶対書いたらその社は終わりだから
」 
  というSUGIMITO元大臣の発言に尽きるのだ。
  すなわち、シミン主党の支持層は役人・企業の労組出なので、職場・役所・家族での新聞購読を
  コントロールし、シミン主党に都合の良い記事構成とする事が可能なのだ、
   かくして、東京大手マスコミは報道自粛したのだが、宮城テレビが報道し=Youtubeネット
  放映されて・・・ニホン国民が知り得たのだ。

 (D)昔の自民党をWATABE恒三は思い出す。
  あの頃は、自営の商店主も多く、農業自営も容易だったし、中小企業主も活発に活動出来る環境
  だった・・・そんな自立する中流家庭が没落して・・・自民党もメルトダウンしてしまった。

    (自民党の「影の内閣」のホームページ?は1年以上更新されてなく、担当閣僚の発言も無い)


ブログ芝居「2x515事件=1015事件」は、「日本国債大暴落」を描く。

2011年08月14日 | 真夏の桜田門
  新装の「2x515事件=1015事件」←クリック)ですので、ぜひ御一覧ください。


 さてさて、20万トンに及ぶ福島原発の冷却汚染水が米国沿岸に流れ着いて・・・
「放射能で汚染された水産物は危険だ!」との風評が米国内で広まったのは9月頃・・・
まもなく、米国沿岸漁民達が集団訴訟して巨額の損害賠償を要求したのが「1015事件」である。
 「ガラパゴス頭脳」化した平成日本人には、そんな夷国人の訴訟なぞ想像も出来なかったし
・・・すでに管・枝野の旧政権が犯した7ヶ月前の「原発犯罪」なぞコロッと忘れていたのだ。

 そんな経過だったので、米国ベースの裁判進行となり=「損害賠償の担保として、日本が保有する
米国債を接収する」と政府発表があると=米国懸案の財政赤字問題が一挙に軽減されるとして
ドル高になり=逆に日本は円安、しかも投機筋の日本国債カラ売りが大規模に行なわれて
「日本国債大暴落」で国内大混乱となった。
      
 「これは米国トヨタのリコール問題と似てるナ・・」とWATABE恒三。
米国債の信用低下以上に破産状態だった米国自動車業界を救わんとして、「トヨタ車に殺された」
と泣く女を用意してトヨタをリコール集団訴訟したが、結局「問題なし」だったのだが、
車機密は米国に漏れ・日本車評判は下落し・GMは売上TOP回復となった事件である。
 あの時も日本官僚は何の外交努力・抗議もせずに静観の姿だったが、今回も全てが準備遅れであった。
米国裁判所の陪審員達は=事故発生時、管・枝野コンビが事故データを続けた事=彼らが引コモリ
対応に終始し積極的に対策しなかった事=さらに、ジャップ日本人自身が彼らを訴求しないで放置
した事=日本官僚が法廷で「言い訳」の姿勢を保って抗弁の姿勢ナシだった事、等で管首相・枝野
幹事長の「放射能海洋汚染犯罪」を認めたのである。

 WATABE恒三は「会津のケネデイ」と自称する程に、そして、太平洋の流れに乗って「太平洋単独
ヨット横断」の堀江冒険を高く評価した「米国」が好きだったが、今回の処置は文字通り
   「3番目の原爆」にも匹敵する残酷な仕業であると思った。
   (注:日本の新聞は堀江冒険を無謀・法律違反と印刷したが、米国評判を知って書き直した。
      逆に、超水増し株分割のライブドア堀江では連日モテ囃して株高維持に協力したのだ。)

 次回ブログは終戦特集1:「独アウシュビッツ虐殺以上の、日本バウシュビッツ虐殺」です。
       ネタ本は「虜人日記」解説本の山本七平の本です。

管・枝野らの「海洋汚染犯罪」の証拠は自衛隊機「ヘリ視察」。

2011年08月13日 | 真夏の桜田門
    新装の真夏の桜田門←クリック)ですので、ぜひ御一覧ください。

 さてさて、管首相と枝野官房長官の犯した「海洋汚染犯罪」の明確な証拠は、自衛隊機で強行した
3/12早朝の「原発ヘリ視察」にある。
彼らは放射能拡散予報SPEEDIによる「拡散情報連絡は無かった」としているが、飛行ルートの安全を
事前チェックする自衛隊パイロットによる「安全確認~搭乗者承認」があるからである。
          
 「管首相! 震災による原発炉破壊で爆発の危険があり、拡散予報SPEEDIによれば早朝なら海方向へ、
11時なら福島県内陸への放射能拡散となります。どうしますか?」
これは日本国民(首相を含む)を守る自衛官には必須の問答なのである。

 (A)前日3/11夜遅く、「福島原発被災、炉心制御不能」の情報を得た自衛隊は、東京電力社長を
  名古屋からC型輸送機で東京本部へ緊急移送途中であったのだが、政府幹部からの「私的利用で
  ダメ!!」の原則適用でUタ~ンせざるを得ず、翌朝の新幹線で社長帰京となった事実がある。
 この厳格で愚かな旧陸軍的な自衛隊規則に従えば、緊急時でも前記問答が行なわれた事は間違いない。

 (B)なにしろ、前日3/11深夜の時点で、東京工業大学卒の管首相はモチロン、政府関係者・自衛官
 ・科学者達には「原発メルトダウン・水素爆発」の認識が共有されていたのだ。
      (関連WEBクリック→ AAA  BBB
  ところが、管首相の個人的理系ノゾキ趣味とマスコミ受けを狙った政術とが、翌早朝の
   ヘリ視察行事を強行せしめたのである。
   もし、早朝の高圧放射能放出であれば=放射能拡散予報SPEEDIにより福島県内陸汚染の心配も
   無く=原子炉爆発も防止可能であったのだが、管首相・枝野官房長のヘリ視察強行により
   5時間も延期されてしまい、メルトダウンによる「放射能拡散汚染」という世界的犯罪行為が
   為された。

桜田門でハンガースト中のWATABE恒三の元に支援WEB・スバル座←クリック)の新装情報が届き、
恒三議員は大いに元気付けられると共に、新たなる課題に直面して日本の前途を悲観したのだ。


その課題とは、これから半世紀以上にわたって全世界に及ぶ「海洋汚染」の問題であり・・・
どこかの国で1マイクロシーベルト放射能汚染が上昇すれば、日本人相手に訴追、あるいは
強奪暴動騒ぎが起こるかもしれない事だった。

 ブログ芝居「2x515事件=1015事件」とは、米国沿岸漁民の集団訴訟1015事件を発端
  とする「日本国債大暴落」のことである。

ナゼ?平成日本人が裁かぬ管首相の「放射能海洋汚染犯罪」1

2011年08月11日 | 真夏の桜田門
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 さてさて、8月は毎年「戦争の月」で、日本人全員が裁かれる月でもある。
しかしながら、WATABE恒三の会津旧友・小室直樹←クリック)は「裁判とは検察官を裁くことである」との
名言を残して昨年9月他界してしまった。
          
 (A)戦前の裁判で世界の司法界から高評価された裁判に「ロシア皇太子襲撃事件」1891がある。
  明治政府首脳が大国ロシアに配慮して犯人津田三蔵を極刑にすべきと圧力をかけたが、
  児島惟謙大審院長は人間平等の原則から通常の傷害罪と判決した事件←クリック)である。
   それから120年後、大国チャイナに配慮したシミン主党政権は日本領海侵入の中国漁船の
  巡視艇破壊犯罪を「無罪放免」としたのである。

 (B)戦前の軍事政権においては、若き兵士を無駄に消耗させた犯罪的愚軍人であっても過失を
  立件せずに継続任務させて、犯罪的戦死を増加させた←OZUの瑶クリック
   斯くして敗戦後、彼ら愚軍人は占領軍極東裁判で裁かれる次第となるのだが、勝者が敗者を裁く
  リンチ裁判であって日本側反論証拠の多くが却下させられた。そもそもGHQは、明治開国以来の
  欧米帝国主義のモノマネ所業を罪として追求してきたのだ
    (石原莞爾の談話から。白人米国軍隊では有色人種が銃器で応戦すること自体が罪で、
     ハワイ奇襲時に応戦した黒人雑務兵が有罪とされ続けた)
   それから66年後、管首相の福島原発「放射能海洋汚染犯罪」は平成日本人が裁かずに放置する
  犯罪になりつつある。

 (C)戦後は「検察」ばかりである。
    Jマスコミと結託した進歩的文化人は日本人の所業を否定して告発し、
    裁判官と結託したヤクニン検察は必ず有罪被告人を作り続けたのである。 
  斯くして、団塊シミン世代は「日本嫌い」となり、「前科者」の孫である次世代若者達は
       ヒキコモリせずには生きていけないのだ。
  前戦争の原因が「石油エネルギー」の争奪であった事を知らぬ管首相は、
  「脱原発、再生エネ、石油発電」という政策で日本国が成り立つと考えているのだろうか???

(次回)WATABE恒三は管首相とEDANO幹事長の「放射能海洋汚染犯罪」を追求せずにいられない。

真夏の桜田門其8:「首相公選制」とウソぶく団塊シミン派の管直亮首相

2011年07月26日 | 真夏の桜田門
      0ZAWA天狗党番外編←クリック):真夏の桜田門8
 さてさて、自民党小泉首相の頃に「首相公選制は如何?!」と話題になり、Jマスコミ・評論家俵総一郎などがカナリヤ・・煽り立てたものだった。失い失われて10年の停滞日本・・そんな日本的「空気」を変えるには、既存の代議師集団に任せずに独断と実行力に富んだ国政リーダーを・・庶民が選択すれば良い!という論調であった。

 そのようなリーダーは、戦前においては「ヤッてみなきゃ判らない!」と開戦した東条英機首相が存在したし、平成真夏の今においても、桜田門に立つWATABE恒三の目前の国会議事堂(写真参照)内に君臨しているのだ。
         桜田門前の内堀通り・横断歩道から、
(A)団塊シミン世代のシンボルと言えるKAN直亮首相は、シミン主党の素人国会代議師達を「内閣ペテン承認」させた後、思いつき独断とJマスコミ的派手行動で国政リーダーとしての延命工作に集中するのだ。
 彼は、Jマスコミ受けする思いつきスローガンを連発し続ければ=平成ユトリ庶民達が歓喜して支持する事を=長い長いシミン運動の中から=実感していた。
 「これこそ、首相公選制如き運動だワ!」と側近に漏らす程のKAN直亮首相のやり方は、国民代表の代議士を無視し、Jマスコミの翼賛報道で国政リーダーたらんとするものだ。 WATABE恒三は、それに抗議して「ハンスト」を桜田門で始めた。

(B)首相は、地味な政策を続けても責任謝罪を追及される=311大震災や福島原発汚染の被災対策などの汚れ役を、他の政治家に任せてしまった。
 そんな汚れ役であっても「閣僚というポスト」に固執して辞表を出さない国会代議師達が大勢居ることを、彼は熟知しているのだ。与党のシミン主党のダラシナさである。
 WATABE恒三は、そこに抗議して「ハンスト」を桜田門に立つのだ。

(C)その代わりにKAN直亮首相は、国内向けに「反原発」「再生エネルギー」と綺麗事スローガンを挙げてユトリ庶民の支持を得るのだが、二兆円以上に及ぶ電気料値上げ話はしなかったし、スバル座座長の替え歌(下記に記載)に耳を貸さなかった。
   WATABE恒三は、その替え歌を桜田門で謡い始めた。

(D)更なる庶民受けする政策として、8月の広島・長崎の原爆演説、9月の訪米・国連演説、10月訪中チャイナ、11月G20訪仏・APEC訪米・ASEAN訪亜、そして、年内の北鮮コリア訪問、が予定されているのだ。
  WATABE恒三「ソリャ、北鮮系政治団体に国税党費6200万円献金すれば、入国OKだけどね・・何しに行くのかしらネ」

H23/07/26  Utatteru #31 OZUの謡←クリック  
   「電電ボ~ズ、風ボ~ズ」  
   元歌:テルテル坊主  作曲;中山晋平 作詞;浅原鏡村  
      YOUTUBE映像で聞けます←クリック
 電デン電デン坊主  電デン坊主
 今すぐ天気に  しておくれ
 ・  
 ローンで何~時か 首吊ろうか?


真夏の桜田門其7:日本で最も「個人」が安全な町・・・矢祭町

2011年07月23日 | 真夏の桜田門
   0ZAWA天狗党番外編←クリック):真夏の桜田門7
     
 さてさて、奥州会津出身のWATABE恒三が、拡声マイクを握ってJマスコミに話し始めた。
        (座長は、故郷福島弁の方言を忘れてしまったので、東京語で書く。)
         
  「皆さん、日本で一番安全な町がドコか? 知ってるか・・?」
彼の指先が福島県地図の最南端の町=矢祭町を指し示した。
  「そこは福島原発に近いから危険ジャないですか!」
と問う若いユトリ記者に向かって、
  「いいか!お前達、これからは矢祭町が一番安全な町になるんだヨ!」
        
 (A)WATABE恒三:「絶対安全だとしていた原発も壊れて・・エネルギー安全神話が日本から消えた。
     戦前は軍部が石油を求めて無謀な戦争を始めたが、シミン主党のKAN直亮首相は零細不安定な
     自然エネルギーを求めて無謀な耐久日本を強制し始めた。
       我慢出来るかナ? 平成庶民よ! 企業人ヨ! 労働者ヨ!、農水従業者ヨ! 
     平気なのは 税金で喰うヤクニンだけ!!」
     「加えて、昨年は尖閣領有問題が起きて、平和憲法さえ守れば絶対平和だという・・
      平和憲法神話も壊れた。シミン主党はその憲法神話をマニュフェストにしているがネ!」
     「さて、今の日本に残っている一番=大事な神話は「個人の自由」神話なのだ。
      残念ながら其の神話は、住民基本台帳システムで消えかかっている。
      唯一、矢祭町だけがこのシステム未加入なので町民の「個人の自由」が守られているダ。」
   
  注:今年春の選挙では、古張現町長70は住基ネット賛成派の鈴木候補53を46票差(人口6327人、
     投票率87.23%)で破って、2001年から闘い続けた住基ネット反対運動を死守した。
   尚、東京国立市は住基ネット賛成派が勝ち、矢祭町だけが「日本で最も個人が安全な町」になった。
               前根本町長の活躍←クリック   KAN直亮←クリック

 (B)若いユトリ記者:「しかし、最高裁では住基パソコンから個人情報は外部に漏れないから
    安全と判決してます。根拠として、外部ネットからの侵入は防御され、担当公務員は漏らず、
    審議会設置で対応可能、の3点を挙げてますが・・・」
    WATABE恒三は反論する:
     「若い君達は知らんだろうが・・このシステムは日本企業が「落札金額1円」で落札し=
      中国企業に下請けさせ=15年前の古い防御セキュリテイを加えて=コンピューターが全く
      解らない公務員に任せて=絶対に安全とした、中国製システムなのジャ! 
      だから、情報漏洩のチャイナトラップ中国罠が働いて、個人住民データを中国本土の
      グエイズ鬼子データベースへ流失するのだ。心ある霞ヶ関官僚は・・嘆いているよ」

 (C)若いユトリ記者:「しかし、放射能で死んだら「個人の安全」なんか、意味ないじゃン!」
    WATABE恒三:「官庁発表を第3者観点で垂れ流して儲けるJマスコミらしい質問じゃ。
      個人」を死ぬまで守って最後まで生き抜く・・それが会津のガンコさ・・なのだ
      そこで、最後までシブトく生き抜くには、広島原爆被災データから得られた「ホルミシス効果」などの
          放射能教育が大事になってくる。矢祭町では専門家を招いて正しく教育している。」

    サ~ この久慈川の鮎は、6月5日の解禁で釣れた元気アユだよ!!
       地元漁協が14.5万匹も放流したのに・・東京人は70%も釣りに来ない!
       東京人は「放射能教育」してから、是非、久慈川アユ釣りに来て下さい!

真夏の桜田門其6:被災民を4ヶ月シカトしても平気な・・平成官僚の劣化!

2011年07月21日 | 真夏の桜田門
       0ZAWA天狗党番外編←クリック):真夏の桜田門6

 さてさて、WATABE恒三は「退陣要求のハンガーストライキ」と言ってるのに、そのテント内には
福島県産の農水産物をたくさん持ち込まれているのだ。  だから・・Jマスコミから
「汚染牛肉は食べるの?」と質問されると、早速WATABE恒三は
   「オレは食べるヨ!理由は二つだ!
      放射能の測定方法がバラバラで・・汚染データが信用できないし、加えて、
      放射能の被爆・摂取の許容基準が混乱している・・

        特に若者と老人が同じ基準値じゃオカシイだろう~が・・。 
        オレみたいな年寄りは弱汚染のシーベルト食品を食べても、問題ないヨ!」
とオトボケ気味の返答をしたのだ。
  (座長は自分のブログ「団塊世代は福島野菜食べろ!」←クリック)が食料高騰で現実化してきた事を
   感じている・・事実、昨夕20日のNHKテレビは中国爆食買占めによる食料高騰の特集番組なのだ!)

 (A)今年4月、福島県のヤクニン達は「放射能汚染があるので人間の口に入る米の田植えは禁止だ!」
  と指導したんだけど、「肉牛の口に入る米稲・牧草」までは想像不足か?指導しなかった。
  斯くして4ヶ月後に、平成劣化官僚たちは突然に「福島県産の肉牛出荷停止」とTV発表して、
  福島県全体を混乱させる事になる。
  WATABE恒三曰く「こんなモンだよ!今のヤクニンの程度は!」・・・ヤクニンの劣化01。

 (B)WATABE恒三は枝野官房長官が大嫌い。
  (震災対応でゲッソリと頬が落ちる事もなく)人間味を感じさせない厚顔談話を発表し続け、
  (内心では世間の評判を気にして)風評による2次被害を防ぐ為と言い訳のニセ安全談話を出し続け、
  (本心は極度に潔癖性・神経質らしく)完全防備の防衣姿で福島県人と握手する・・
      そんな枝野官房長官と霞ヶ関官僚達が、福島原発爆発直後の拡散分布警報SPEEDY
      公開しなかった事を忘れてはならない・・・ヤクニンの劣化02。
 
         これが枝野ー人間の姿

 WATABE恒三曰く「その無策の為に、人体実験にされたようなものだヨ! 福島県人は!
 
 (C)KAN直亮首相は怒鳴るばかりで対策話を聞かない・・だからといって、4ヶ月も被災民を
  無視シカト続けた平成劣化官僚も冷酷・非道なものだ。
  彼ら縦割りヤクニン達は、省庁間の諸規制を現実適合融合もせず、
              省益の拡大に奔走し続けたのだ・・・ヤクニンの劣化03。
  WATABE源蔵曰く「シミン主党の鹿野農水大臣がナニもしない。三陸沖の漁業再開支援もせず、
            福島の農産物汚染も知らんプリで・・パチンコ業界の政治コンサルトに夢中だヨ!」

 ここでWATABE恒三がJマスコミ達に真顔で提案してきた。
    「これからは放射能教育が必要なんだヨ!、ユトリ教育で理科教育が衰退して・・・
     庶民が盲動して不安を増大させている。」
    「あの福島県・南郷の矢祭町(座長の故郷)では、
       専門家による放射能知識の教育を学校でヤッテンダヨ!!


 次回ブログは「放射能知識の教育 IN 矢祭町」

真夏の桜田門其5: シミン主党最高顧問・WATABE恒三が酷暑に立つ

2011年07月18日 | 真夏の桜田門

      0ZAWA天狗党番外編←クリック):真夏の桜田門其の5 
 さてさて、警視庁真ん前と皇居桜田門の間で「KAN直亮首相退陣ハンガーストライキ」などの抗議運動
をやれば、即座に中止命令が来ることは判っていた。
     ( 以後の表記を シミン主党最高顧問・WATABE恒三、とします)
                    桜田門の西方に国会
 シミン主党最高顧問・WATABE恒三は、そのハンスト運動を7月16日午後2時から真夏の桜田門に
立って始めたのだが、老獪な政治家ゆえに政界関係者・Jマスコミらに事前連絡して手抜かりは無い。
    (テレビの前で横寝する平成ユトリ庶民の支持を得るためには、吉本漫才並のタレント性と
     「パフォーマンス」が不可欠なのだ。)

 既に大勢のJマスコミ関係者が桜田門周辺に集まっている。
 (A)Jマスコミのビデオカメラとフラッシュ光が取り巻く警官対応の場でWATABE恒三は、
   「この暑さでは、三陸の爺チャン婆チャン、大変でネ~の?・・」とトボけた調子で口を開いたが、
  そのトボケ話は一瞬にして「KAN直亮政権の120日間の無策」を追求する雰囲気に変えてしまった。
   「私ス~が心配なのは、伝染病の流行ダワ! 総理執務室に篭ッているKAN直亮首相には
   想定外だろケド~な・・こんなに暑くなって身体・衰弱してるのに、片つけて無ネ~瓦礫から
    蝿・蚊が飛んできて、挿されたら~病気になるしかネ~べ!」

 (B)頃合をみて警官が「先生!ソロソロ退去しませんか?」と口をはさんだが、
   「ナニ言ってんだ!コノ役人は~~お前ら警官は、福島相馬の住民に退去シロ!と言って
   放り出しといて~何もしないから、空き巣・泥棒が荒らしまわって~無法地帯だベ~!
   何をしてたんだヨ!警視庁は!」
   「それと比べたら~東京消防庁は良く頑張ってくれた!福島県民の為に!!」
         そこへ電話連絡があったのか、警官達が去る・・・のだった。

 (C)実は前日、WATABE恒三はシミン主党のNAKANO公安委員長と談合済みであって、庶民の政治
   不満を解消する一手として斯様な「抗議パフォーマンス」が必要と・・了解済みであったのだ。
    即ち、出口の見えない社会状況に苛立った一部過激者が、150年前の「桜田門外の変」の
   如く暴発して社会不安を増大させる可能性がある事、を認知させたのだ。
       (NAKANO公安委員長は・・近くの公用車内からこの状況をみて、満足げに引き上げ指示を
        したのだった)

 (C)このNAKANO公安委員長という男は、前15日の閣議でKAN直亮首相に「私的な意見発表は困る!」
   と発言し~久しぶりにJマスコミ報道されて~チョ~御機嫌であったのだが、
   WATABE恒三は「本来ならば、辞職すべきだと・・」(内心)軽蔑しつつ談合を続けた。
    そもそも政治家たる者は、その出処進退は明確にして政局に緊張感を与えるべきなのだ。
   しかしながら、次内閣での入閣に期待しているシミン主党閣僚達は、旧ブログ←クリック)の如く
   サムライ諌死して現政権を正せない政治家ばかりだし、シミン党首自身が「メドが立つまで待って!
   とか、訪中したい!国連演説したい!」などとダダをコネ続けているのだ。

 (D)「福島県産の肉牛汚染をどう思いますか?」と質問するだけのJマスコミ。
   椅子にドサッと倒れこんだWATABE恒三は、怒気を込めて(東日本震災対策を120日間もシカトしても
   平気な)官僚・役人達を責め始めた。

          以下、次回ブログへ 

真夏の桜田門其4:WATABE恒三のKAN直亮退陣要求のハンガースト

2011年07月16日 | 真夏の桜田門

      0ZAWA天狗党番外編←クリック)から:

   真夏の桜田門4
 
 さてさて、酷暑の桜田門から、「政界の御意見番」と言われたWATABE源蔵代議士のハンガーストライキの様子を報告します。
 ココ桜田門は皇居をグルっと守るお堀端の南に位置する場所で、目の前には警視庁の建物、そして、西を見ますと・・政局大混乱中の国会議事堂がありまして、夕方になれば熱気のこもった陽光が、老代議士の体を焼き尽くすかのように射し込み、やがて、その太陽は国会議事堂の陰に落ち込むのです。

(A)「マサに、落ちゆく太陽=日本に、私WATABE源蔵が訴えているようだ・・」とは、先ほど夕日の太陽に向かってつぶやいたWATABE源蔵代議士の言葉であります。
 WATABE源蔵代議士は、原発汚染でその故郷を失いつつあります福島県、その奥座敷であります会津出身でして、自らを「会津のケネデイ」と自称して政界活動42年。会津弁で談話する政局話の面白さからJマスコミからは水戸黄門、「政界の御意見番」と呼ばれてます。
 (以前のWATABE源蔵関連ブログ2件 4大公害病 と 保科正之 ←クリック)

(B)「TBSテレビの時代劇・水戸黄門が43回目で終了なので、私WATABE源蔵もこの抗議活動で政界活動終わりにするよ!!」とJマスコミに笑いを振りましたが、そもそも、座長芝居の時代劇や童謡・唱歌・民謡・浪曲・軍歌・・等を知らない者が大多数となってしまった平成の時代では、従来からの日本式やり方(国会運営を含めて)・考え方が通用しなくなった御時世なのです。
 そんな伝統亡き時代を作ったのがKAN直亮総理がシンボルとなる団塊シミン世代ですが、彼らは「日本キライ」であり、ゲバ棒で伝統を破壊してきた世代、そして、その奥様方は海外旅行と韓流ドラマに夢中の状態、そんな時代なのです。
 
 アノ~ 突然ですがココでCM・・じゃない OZUの謡 を挿入します。7月になって、一度も座長が謡っていないものですから・・どうしても「入れろ」の命令ですのです。


H23/07/16  Utatteru #29  OZUの声から←クリック
 
  ズイ、ズイ、ズッコケ 先駆けズイ   元歌:ずいずいずっころばし 古謡
         YOUTUBE映像で聞けます←クリック
 ズイズイ ズ転ばし先駆けズイ、
  ・・・・・・・ お部屋はゴミ溜め
    どーしヨ~



(C)ア~ 向い建物の警視庁から警官が多数・・出てきました。
  ど~やら、シミン主党WATABE源蔵代議士を排除しようとしてます!!
       いったい、ど~なるんでしょうか?  (次回ブログへ)





幕末維新サムライを2重基準で歴史評価する平成日本人

2011年07月16日 | 真夏の桜田門
     0ZAWA天狗党番外編←クリック):真夏の桜田門其の3 

      真夏の桜田門3

さてさて、外国人が明治維新を見る時、2重基準で歴史評価をして平気な平成日本人を発見する。
 即ち、尊皇攘夷を叫んで京都街内でテロ行動を続けたサムライ達を「志士」と呼んで支持喝采する
一方で、徳川家祖法に背いてまでも「開国」策を採る徳川幕閣を積極的に評価しない態度である。
加えて、彼ら志士達が思想転向した後であっても、旧「開国派」への私怨とも言うべき暴虐さの足跡を
見ぬフリの態度である。
   (座長故郷の福島県、その旧会津藩の領民は昭和初期まで教科書で「朝敵」扱いされ、
               今度は福島原発の核汚染で無策放置されるのだ。)

 (A)もし、平成団塊シミン達が、尊皇攘夷を叫ぶテロサムライ達を支持喝采するならば、
       太平洋WARで「鬼畜米英の尊皇攘夷」を叫ばせて一般人を吶喊トッカン突撃させた
       「軍人」達も支持喝采すべきではないか! 
    そして、その後に開国へと思想転向した志士達まで高評価するならば、以前から開国を主張
         してきた旧徳川幕閣をより積極的に再評価せねばならないのだ。
  世界常識から見れば、敵である徳川家粗法の鎖国政策をマニュフェストにする革命勢力が変であり、
  それを簡単に放棄・転向して平気な革命勢力も変である。
        (現在の革新勢力のマニュフェストも同じ道を辿るのだろうか?)

 (B)加瀬英明氏のWEB←クリック)によれば、尊皇攘夷の先鋒であった水戸藩主の徳川斉昭公は
  「・・開闢以来之国恥・・槍劒アラバ、戦艦銃砲モ終ニ恐ルルニ足ラズ」と精神論的献策をしたが、
  80年後の太平洋WARになっても、(驚くことに)第一総軍参謀長の須藤栄之助中将は、
  「九十九里浜防衛師団に小銃が十人に一挺、第三十六軍では「槍(やり)一五〇〇本を装備ナリ」と
  報告して攘夷突撃させようとしたのだ。
      (戦後の革新勢力も同じ平和憲法的精神主義で世界に対応するのだろうか?)

 (C)そんな水戸斉昭式精神主義に対抗する井伊直弼大老は、江戸城溜詰大名9家の賛同、
  在府諸大名の大多数の容認、幕臣達の意見、等を得て条約調印したのだが、
   その意見書第2項目では、「外国船による江戸廻米船の封鎖の恐れ」を述べて、天災不作の
  地方窮乏農村から大江戸に集中し、我慢生活する庶民の食生活を重視しているのだ。
      (即ち、為政者の責務として、大塩平八郎の騒乱再発で国内から崩壊する事を恐れた。)

 (D)米を経済の主軸とする江戸時代に、その輸送廻米船を絶対確保する井伊直弼大老の政策を
  平成ユットリ現代とを比べると、
  エネルギーを経済発展の主軸とする現代において、その主たる供給源の原発を廃止しー
  ホソボソ不安定な自然エネルギーに依存しようとする管直人(前ブログでは、KANN直亮←クリック)
  政策は、日本国民に大きな混乱・困難を与えるだろう。

     アレアレ! ここで緊急ニュースです。
    
  ナント、あのWATABE源蔵シミン主党代議士が桜田門外で
        「KANN直亮退陣要求のハンガーストライキ」を始めたのです。
  このニュースは、次回ブログで、WATABE源蔵代議士へのインタビューを加えてブログ報告します!
      まさに「真夏の桜田門外の変」であります!!!!



真夏の桜田門其の2: 清水次郎長と井伊直弼が共有した幕末の3年間。

2011年07月11日 | 真夏の桜田門

 0ZAWA天狗党番外編←クリック):真夏の桜田門其の2 
   「次郎長伝ー博徒の虚像と実像」  台東区中央図書館の蔵の中
 さてさて、虎三浪曲で親しまれてる「清水次郎長伝」のハイライト3年間と、幕閣井伊直弼大老の
晩年3年間と、を並べてブログする。
 その始まり年(安政5年1858)は、ヤクザ次郎長がお蝶さんを連れて旅に出て名古屋で難儀した頃
であり、一方の彦根藩主井伊直弼が江戸城溜詰大名から大老職に祭り上げられた年である。
その終わりの年(万延元年1860+14時間)を、優柔不断の幕閣評議を率先決断して歴史を加速させた
故に暗殺される真冬の桜田門の井伊直弼の時と、穂北の久六と都鳥吉兵衛らの親分連続殺しで
ヤクザ仲間から悪評判となった次郎長の頃とすれば、この3年間は両者にとって最も輝いた時である。

 (A)虎三浪曲で、名古屋の貧乏ヤクザが病気の次郎長夫婦の世話をする場面「勝五郎の義心」では、
  座長も泣かされてしまうのだが、その世話する深見村のヤクザが、ナント「次郎長伝ー博徒の虚像
  と実像」を書きました佐橋法龍氏の曾祖父の鯱鉾・巾下の長兵衛なのです。
   31歳のお蝶さんが翌年1/1に亡くなってスグに、彼は誤認逮捕されて牢死しますが、残されたおせん
   母子が次郎長逃亡先の寺津・間之助親分宅を頼った事で、後年上記暴露本が上梓出来たのです。

 (B)一方の井伊直弼は、3年前に自選の戒名を菩提寺に託し「捨身興業之御深慮」の境地にあった。
   即ち、老中職を経ずとも高位の職(執事職、元老)が得られる家筋の直弼であったので、
  庶子待遇で部屋済み15年(埋木舎)で形成された自律・求道的態度を極めると共に、
  井伊家世嗣となった弘化3年1846からは江戸に出府して政治意識の向上に努めていた。
  斯くして、この年の4月に大老職を拝命して、老中らとの評議に参加すると共に、将軍家定を
  幕政の中に引き入れて将軍継嗣の正統化を図るのであるが、問題は彼の側近達の多くが
  高齢化して世代交代が始まっていたことであった。

 (C)いずれの世界でも対立抗争は尽きない!
  40歳の次郎長は、散々援助した元相撲取り久六が(大前田英五郎系ヤクザとの連携、十手預かり
  の親分格)戦略で順風満帆な事への妬みと、アノ石松が「お蝶密通話ーN本49P」を告げたことに
  怒り狂い、久六を殺してしまう。次郎長は翌年にはソノ石松に「イカサマ博打ーN本144P」を
  やらせて都田村の吉兵衛を殺すに至るのであるが、これらの騒ぎの決着は「日本一首継親分・
  安藤文吉」の調停で静まってしまう、ナゼダ!?
  以後、甲州黒駒の勝蔵とのイザコザ争いで雑な仕事の次郎長は、維新後は旧幕臣山岡鉄舟に
  心酔追従する事で「海道一の親分・清水次郎長」のブランド確立に成功するのだーN本228P。
 
 (D)一方の井伊直弼にとっての対抗勢力は、彼を幕府筆頭のスケープゴートに利用しようとする
  老中らと、江戸城内の安藤文吉親分・・如き大勢力の水戸斉昭らと、条約調印を7月期限として
  軍事脅迫する米総領事ハリスらと、等であった。
   果断にも直弼は、英仏軍の清国屈服の報を聞いて条約即時調印すべしとする江戸城内幕臣と
  老中掘田正睦・松平忠国らの賛同を得てハリス通称条約に調印する。
   そして「これは違勅であるが、慶喜を将軍にすれば朝廷に弁明する」と不時登城した斉昭派
  らを譴責排除すると共に、老中職2人には違勅調印の責任を負わせて辞職を命じる。
   その後の歴史展開を「公武合体」で切り抜けようとした直弼なのだが、斉昭派らの尊皇工作・
  慶喜擁立の過激なブランド戦略に屈してしまうのである。

              N本とは「次郎長伝ー博徒の虚像と実像」佐橋法龍著

菅直人総理と井伊直亮彦根藩主は、「主君押し込み」されなかったリーダー。

2011年07月10日 | 真夏の桜田門

    0ZAWA天狗党番外編←クリック):真夏の桜田門其の1 

 さてさて、平成の今世に国民の代表である国会議員の意見を無視して「己の意見」を強行しようとする
菅直人総理の姿は、徳川幕府大老職であった彦根藩主の姿を思い出させる。 
 その藩主とは、真冬の桜田門で暗殺された井伊直弼でなく、先代の井伊直亮(12代)であって、
ナント40年間も愚鈍なる専制政治を続けた藩主である。
    
 (A)驚く事に、父親の井伊直中は家督相続させて間もなく、6人の家老宛に遺言書を残して
  「主君押し込み」を示唆してまで息子藩主の治世を危ぶんでいた。
  しかしながら、文政3年正月に書かれ、天保2年五月彼の死後に11年ぶりに開破された遺言書を
  開封閲覧しても、愚鈍なる主従連中は相変わらずの愚鈍政治を続けたのである。
   今風に言えば、選挙解散が怖くて陰で給料札束を数える議員達と、親の心・子知らずの団塊総理・・
  という霞ヶ関の如きなのだ。
 
 (B)直中存命中は開封禁止とした6通の「書付一封」は、7箇条に及ぶ息子藩主直亮の「不安心=
  人格悪さ」を書き連ねている。
   即ち、勇気と決断力の欠如、家来の信頼を得られない事、怒りを露わにする気性の荒さ、
      第5に隠し事をする、善悪の判断がつかない、物言いが不分明、最後に親の言うことを
     聞かない・・の7箇条である。(出典は母利美和著「井伊直弼」吉川弘文館)
  ナント!平成の管直人総理とソックリの性格ではないか!?
     思いつきと責任転嫁、閣僚の信頼ゼロ、怒鳴りつける管総理、誤魔化し談話、
     そして被災民の難状も聞かずに未来エネ言葉で政権持続を狙う・・
     等の政治態度に国民はウンザリしているノダ。

 (C)そんな藩政が嘉永3年12月1850井伊直弼が第13代藩主となるまで続いた結果、彦根藩の
  家老・家臣たちは先君遺言の「主君押し込み」もせずに平成凡々の生活に甘えて、当然ながら領民は
  疲弊した。そもそも、家臣の政策批判の重要な手法として、直諌、諷諌、死諌、
  あるのだが、平成凡々の藩気風が40年も続けば、維新時に雄藩としての行動をとれなかったのも納得。
   さて、井伊直弼のその後は、彦根藩内の後始末再興と幕府大老としての職責を全うする為の
  10年間であったのだが、最後は過激な攘夷思想を藩気風とする水戸藩脱藩浪士に「真冬の桜田門」
  にて暗殺されてしまうのである。

(芝居草案)7月になって、うだるような東日本の暑さが被災民の身体・心情を萎え衰えさせゆく様を見かねた
福島会津放浪民の中には、安穏な平成時代であっても「真夏の桜田門」を再行動しようとする者が出現する事を、0ZAWA小四郎は予感した。