桐生スバル☆☆☆座   

映画好きの座長がWEB劇場・桐生スバル座を始めましたが
東日本震災で故郷FUKUSHIMAが悲惨な状況で帰れないネ~

御無沙汰しました!

2022年05月20日 | スバル座再開!
 さてさて、「桐生スバル座」の再開じゃ!! これまでの経過をまとめると・・

 ①「桐生スバル座」の不振・・昔みたいに映画館や芝居小屋へワザワザ出かける時代でなく、テレビで寝そべり鑑賞の時代になった! 
 以前は入場券の「半券切り」にワクワクしてたものだが、今は・・♪♪・待てど暮らせど来ぬ人を~♪・宵待ち草のヤルセ~ナサ の時代。それは地元商店街でも同じで・・スマホで注文し「宅配」で受け取る時代となり、閉店するお店が続いたものジャ!!
 画して、運営資金を得るために・・渡良瀬川の河原の駐車場でガードマンの仕事・・♪・俺は河原の枯れススキ・♪・ ア~この歌を舞台で歌えたら最高だったのだがネ~。 
 
 ②そこで更なる運営資金獲得の為に、東京巣鴨の御贔屓様が運営する老人施設で4年間働く。
 ワシも老人に分類される年齢なのだが、入居してる高齢老人の世話は大変ジャった。しかしながら、彼らは「お世話になります!ありがたいデス!」の感謝の気持ちがあるので、ワシも「舞台芸」を披露して楽しませたものジャ。
 この施設で出会った大事な人たちが二人・・まずは「三弦爺イ」で古い歌や童謡、唱歌の替え歌が上手な人! 二人目は事務所で働くパソコン指南役の橘ヘルパー! ・・これらの人となら、何か出来そうな希望が出てきた!
 しかしながら・・・その夢を壊すような「ワガママ団塊世代」が入居してきて・・・人権を振り回して無理難題・・若い人も大変ジャたが、ワシは施設を辞めた。

 ③「桐生スバル座」に戻ったものの・・・御当地名物の「カラっ風」気分が続いた。
 そして、安酒を呑み過ぎて、ヨロヨロと舞台から転落・・大ケガをして身動きが出来なかったが、タマタマ巣鴨の友人が訪れたので命は助かった。
 ケガ治療の後は、巣鴨の施設に逆戻り。被介護者兼ドライバーとして働く事となった。そこでは友人二人と「新規事業」を起こそうと相談している・・そんな近況ジャ。



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四年前に何故?ブログやめたか?

2019年03月13日 | スバル座再開!
 さてさて「四年前に何故?ブログやめたか?」の訳を話そう。
それは・・・極寒のカラッ風の吹き荒ぶ渡良瀬川の河原駐車場管理のバイト仕事を終了して、座長部屋で2リットル700円の清酒を飲んでいた時なのだが、久しぶりに過去の座長ブログを読み返し始めたのだ。

 ところが、そのブログの筋立てが全然ワカラナイ・・・文字の羅列なのだ!? 
お酒のセイではない! 痴呆ボケでもない! ナゼ?こんな文章書いたのだろう!! 日本映画の立役者である牧野省三は「映画製作のモットーは 1.スジ(筋立て)、2.ヌケ(画面の良さ)、3.ドウサ(役者の演技)ダ!!」と三大原則を述べたが、座長もその原則に基ずいて「桐生スバル座」を運営してきたハズ・・・なのだが。

 そこで、気が付いた・・・これは当時の世相、話題、マスコミ記事を並列しないと読めないのだ。このブログを開演したのは2010年9月だから、9年前の事柄を覚えていないと座長の絶妙?なる筋立てが理解できないのである。
 これは怖ろしい事・・・某歴史研究家が「古典研究家の誤りは、当時常識であった事柄は記載しない資料だけを研究する事ダ!!」と述べてたが、後世の読書人にはソノ常識がスッポリと抜け落ちてしまうのだ。
 ア~~座長ブログは渡良瀬川岸辺の「平成・枯れススキ」状態・・・当時の新聞記事が絡まりついてた頃ならば読者も座長も理解出来たのダロウ。

 そこで、思い出した・・・座長が30代でバリバリ活躍?の頃、文京区本駒込の定食屋で300円の焼サバ定食を食べてたら、突然「戦前チチハハ」老人がテレビ報道に怒鳴り始めたのだ。そのテレビ報道は「韓国は植民地支配されてたから賠償しろ!!」という内容だったが・・・老人が叫ぶには「植民地では無い・・同胞併合だった!!同胞だった故に・・・戦前チチハハ達は韓国支援の為に血税を送り続けたノダ!!」
 ドッチが正しい!? 戦後生まれは「戦前チチハハは馬鹿な戦争をした!」の独断でマスコミに同調し、更には「強制慰安婦のデマ報道」にも無言であった。

 もしも、日本は悪い国だとする罪日シンブンが、その根拠となる戦前記事を併読させるならば、日本の若者達は「戦前チチハハ」を理解出来るだろう。

 ア~~!ア~~! 戦後生まれ団塊世代は占領軍の「戦後洗脳作戦」で「戦前チチハハ」と対話せず、平成生まれユトリ若者は罪日シンブンの言いなり状態なのだ。
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もうスグ改元! 桐生スバル座も近日改装再開!!

2019年03月07日 | スバル座再開!
 さ~て さ~て、桐生スバル座4年ぶりの再開演のお知らせでございます。
私・・・座長の「おず安」と申しますが、4年前の2015年2月に”赤城下ろしのカラッ風”に吹き飛ばされる如くこの地を離れ、東京は巣鴨の御贔屓様宅にお世話になりました。

 今年になって、久しぶりに劇場入り口の伝言ノートを見ましたら・・・閉館中にもかかわらず400余名の方々の御記入(アカウント数)がありました。これに元気つけられまして、(老齢の座長ながら)改装再演とすることに致しました。

 まずは、①4年前、ナゼ閉館したのか? ②4年間、ナニをしてた? ③その4年間で、ナニを得たのか? ④これからナニをしたいのか? 等に順次ブログ返答したいと考えておりますので、今後とも宜しく御贔屓のほど・・・スミからス~ミまで お願いタテマツリマ~ス。(拍子木パチパチ)



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