遊廓(芸娼混在)→赤線
明治5年、業者数234、娼妓数973、芸妓数37
大正元年、業者数238、娼妓数906、芸妓数26
昭和9年、業者数241、娼妓数1326、芸妓数0
昭和30年、業者数168、娼妓数750
昭和32年、業者数179、娼妓数693
売春防止法施行後、「五条楽園」と改名し、平成22年まで存続。
まず高瀬川の西側から回る。
大きな丸窓とステンドグラスが象徴的な建物。壁や地面のタイル張りも見逃せない。
二階部分は大きくリフォームされているようだ。
上の建物の隣に並ぶ和風建築。軒下には電球が全部きれいに残っている。
あえて複雑さを排除したかのような木材の組み方に、シンプルな構成美を感じられる。
ピンクの豆タイルがかわいらしい。
玄関脇に屋号を筆書きしたとおぼしき表札が残っているが、「樓」から上が読み取れない。
大型の下地窓が黒壁に映える。すだれで隠れた部分も繊細な造りになっている様子。
重厚なカフェー建築。ゆるやかなカーブを描くフォルムが出色。そのほか見どころは多い。
もっとも気になったのは右の写真の装飾。何か描かれているようだが、よくわからない。
小規模ながら出格子を備えた和風建築。右のほうにお茶屋の鑑札が残っていた。
全面が市松模様のタイル張りになっている。狭い路地にあって強烈な存在感を放つ。
状態がとても良好で、窓の造作や軒の装飾といったディテールも必見。
明治5年、業者数234、娼妓数973、芸妓数37
大正元年、業者数238、娼妓数906、芸妓数26
昭和9年、業者数241、娼妓数1326、芸妓数0
昭和30年、業者数168、娼妓数750
昭和32年、業者数179、娼妓数693
売春防止法施行後、「五条楽園」と改名し、平成22年まで存続。
まず高瀬川の西側から回る。
大きな丸窓とステンドグラスが象徴的な建物。壁や地面のタイル張りも見逃せない。
二階部分は大きくリフォームされているようだ。
上の建物の隣に並ぶ和風建築。軒下には電球が全部きれいに残っている。
あえて複雑さを排除したかのような木材の組み方に、シンプルな構成美を感じられる。
ピンクの豆タイルがかわいらしい。
玄関脇に屋号を筆書きしたとおぼしき表札が残っているが、「樓」から上が読み取れない。
大型の下地窓が黒壁に映える。すだれで隠れた部分も繊細な造りになっている様子。
重厚なカフェー建築。ゆるやかなカーブを描くフォルムが出色。そのほか見どころは多い。
もっとも気になったのは右の写真の装飾。何か描かれているようだが、よくわからない。
小規模ながら出格子を備えた和風建築。右のほうにお茶屋の鑑札が残っていた。
全面が市松模様のタイル張りになっている。狭い路地にあって強烈な存在感を放つ。
状態がとても良好で、窓の造作や軒の装飾といったディテールも必見。
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