ワヤンに行く時の車はいつも彼の車と決まっている。普段は乗り合いバスとして使っているが、夕方にその仕事が終わるとワヤン一座と舞台道具を運ぶ「ハイヤー兼トラック」へと早変わりする。そして彼の車のバックミラーには9年前に亡くなった私の師であるダランが作った従者トゥアレンのワヤンのお守りが吊り下げられて、いつも左右にやさしく揺れる。
「いつもね、亡くなったダランがついているのさ。忘れないよ。何十年もぼくの隣に乗っていたからね。ボロボロの背広を着てね。今でもいるような気がするんだよ。」彼は顔をくしゃくしゃにしながら笑う。あれから23年だ。運転手も私も年を重ねた。
ぼくだって忘れない。一番後ろの席から、楽器やら人形箱やらの荷物がいっぱい積まれたそんな隙間から、一番前の席にどっしり座ったダランの後ろ姿を。ここに座るたびに思うんだ。ぼくはあれから少し大人になったのだろうかと。自分自身をちゃんと見つめることができるようになったのだろうかと……。(9月2日、デンパサールで記す)
「いつもね、亡くなったダランがついているのさ。忘れないよ。何十年もぼくの隣に乗っていたからね。ボロボロの背広を着てね。今でもいるような気がするんだよ。」彼は顔をくしゃくしゃにしながら笑う。あれから23年だ。運転手も私も年を重ねた。
ぼくだって忘れない。一番後ろの席から、楽器やら人形箱やらの荷物がいっぱい積まれたそんな隙間から、一番前の席にどっしり座ったダランの後ろ姿を。ここに座るたびに思うんだ。ぼくはあれから少し大人になったのだろうかと。自分自身をちゃんと見つめることができるようになったのだろうかと……。(9月2日、デンパサールで記す)