私が勉強していた80年代には村の子どもたちが、男女の区別なくこうしてガムランを演奏するなんていうことは全くありえなかった。中学生、高校生のグループはできつつあったが、村で演奏するのは例がなく男性だったし、小学生の女の子がガムランのばちを握るなんてことは考えられなかった。性差は明確に、芸能上の役割を規定した。
この20数年で大きく変わったのが、芸能を担う人々の性差と世代である。ジェンダー論がインドネシアにも普及し、一部の教育機関や、政府の政策下の育成だけではなく、村の中でも自然にこうしたとりくみが行われるようになったのは注目に値する。政策はさまざまな手法により中央から地方の末端まで普及していったと考えても過言ではない。
タバナンの街で小規模ながら毎年行われているフェスティバルの今年のテーマの一つは、参加する各村落が女性のガムランチームを結成し、3曲以上の作品を演奏することなのだそうだ。これに向かって多くの村は男性の演奏者の協力のもと練習が進んでいるらしい。
女性のガムランのフェスティバルなどはもう何年も前からバリ芸術祭で行われていた。しかし実際はこうしたガムランを演奏していたグループはまだ少数派だった。しかし、ここにきて、地方の中でもこうした取り組みが進みはじめていることを実感する。地方からの底上げといってもいいだろう。写真のように子どものころからガムランに親しむ女の子があらわれているのだ。あと何年かすると、今以上にとんでもなく上手な女性のガムラン演奏グループがつくられ、男性のグループの対抗戦を行うようになるかもしれない。しかしバリの人々の本音の部分には、「どうせ女性のガムラン」という部分がなきにしもあらずではなかろうか。その証拠に、まだ一本も女性のグループの演奏はカセットになって発売されていないのである。(8月24日、タバナンで記す)
この20数年で大きく変わったのが、芸能を担う人々の性差と世代である。ジェンダー論がインドネシアにも普及し、一部の教育機関や、政府の政策下の育成だけではなく、村の中でも自然にこうしたとりくみが行われるようになったのは注目に値する。政策はさまざまな手法により中央から地方の末端まで普及していったと考えても過言ではない。
タバナンの街で小規模ながら毎年行われているフェスティバルの今年のテーマの一つは、参加する各村落が女性のガムランチームを結成し、3曲以上の作品を演奏することなのだそうだ。これに向かって多くの村は男性の演奏者の協力のもと練習が進んでいるらしい。
女性のガムランのフェスティバルなどはもう何年も前からバリ芸術祭で行われていた。しかし実際はこうしたガムランを演奏していたグループはまだ少数派だった。しかし、ここにきて、地方の中でもこうした取り組みが進みはじめていることを実感する。地方からの底上げといってもいいだろう。写真のように子どものころからガムランに親しむ女の子があらわれているのだ。あと何年かすると、今以上にとんでもなく上手な女性のガムラン演奏グループがつくられ、男性のグループの対抗戦を行うようになるかもしれない。しかしバリの人々の本音の部分には、「どうせ女性のガムラン」という部分がなきにしもあらずではなかろうか。その証拠に、まだ一本も女性のグループの演奏はカセットになって発売されていないのである。(8月24日、タバナンで記す)